62 衝突 オリバー視点
「オリバー!どうしてそんなことばっかり言うのよ!」
「ローザ、君こそ何故分かってくれないんだ!」
レビンストン公爵家の当主の執務室では、今日もまた怒号が鳴り響いていた。
こんなのはいつものことである。
「仕事が嫌だの王宮に行きたいだの我儘ばかり言って!子供じゃあるまいし……」
「貴方こそどうしてそんな風に私を怒鳴りつけたりするの!私は貴方とリオのためを思って言ってるのよ!?」
あの日から、ローザは我儘ばかり言うようになった。
仕事をしたくないくらいならまだ可愛いものだ。
定期的に家族三人で旅行へ行きたいだの、丘の見える綺麗な場所に別邸を建てたいだの数えたらキリがなかった。
公爵というのはそんなに暇ではないし、資産にだって限りがある。
いくら言っても、彼女はそれを分かってくれないのだ。
「オリバー……貴方はとても変わったわね……」
「何?」
ローザは悲しそうに目を伏せた。
「昔は私の頼みごとなら何だって聞いてくれたじゃない。たとえそれがどれだけ常識の範囲外のことだったとしても……」
「……」
彼女の目からは今にも涙が溢れてきそうだった。
(その通りだ……ローザは何も変わっていない……変わってしまったのはむしろ……)
――私の方だった。
愚かにも私は、彼女の切実な叫びでようやくそのことに気付いたのだった。
「どうしてなの?どうしてそんな風になってしまったの?昔の優しい貴方はもういないの?」
「ローザ……」
ついにローザは顔を手で覆って泣き始めた。
愛する女が涙を流しているのだ。
これ以上はとても責められなかった。
「ローザ……今日はもう部屋に戻りなさい……疲れているだろう……」
「……」
私は泣き喚くローザを何とかなだめて部屋へと送り返した。
ローザが部屋から出て行った後、私は椅子に座ってハァとため息をついた。
(どうすればいいんだ……)
ローザとの仲は日増しに悪化していくばかりだった。
愛する女の願いなら何だって叶えてやるのが男というものだろう。
しかし、今回ばかりは私も譲れなかった。
(公爵夫人が仕事をしないなどありえない……王宮に連れていくというのも無理な話だ……)
公の場に出して、先ほどみたいにヒステリックに叫ばれでもしたらたまったもんじゃない。
精神が不安定な今のローザなら十分にあり得ることだった。
(元妻はあんなに聞き分けがよかったのにな……)
前妻のエミリアはローザとは違って一切我儘を言わない女だった。
新しいドレスを買いたいだのお茶会を開きたいだの、貴族令嬢ならして当然のことですら言ってこなかった。
あの女が妻だった頃は本当に楽だったなと思う。
(いや、私が彼女をそうさせたのか……)
前妻の悪事は全て使用人たちの虚言であり、子供が産めなかったのも彼女には何の問題も無かったのだ。
私を謀った使用人たちは即刻解雇してやりたかったが、あいにく今はそれどころではなかった。
(もし、このままローザとの関係が改善されなかったら……)
――最悪の場合、離婚。
そこまで考えて私はハッとなって首を横に振った。
(離婚なんて絶対ダメだ!子供がいるというのに……)
元妻との間に子供はいなかったが、今回は違う。
ローザとの間に生まれた愛する息子がいるのだ。
私は落ち着かない自分に言い聞かせるように心の中で唱えた。
(大丈夫だ……きっとすぐ元通りになる……この生活に慣れれば彼女も変わってくれるはずだ……)
このときは本気でそう思っていた。
今はまだ公爵家での生活に慣れていないだけで、時間が経てばローザも分かってくれるだろうと。
しかし、私のその思いは最悪な形で裏切られることとなってしまうのだった。
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