4 夫の帰宅
――オリバー様が帰って来た。
突然の出来事に、全く理解が追い付かない。
何故今になって帰宅したのだろうか。
「ど、どうして……」
「早くお出迎えの準備をなさってください、奥様。旦那様をお待たせしてはいけません」
「は、はい……」
侍女に強く言われて、私はすぐに着替えて下へと降りた。
(オリバー様が……帰って来るだなんて……)
その知らせを聞いたとき、驚きと嬉しさが混ざったような複雑な気持ちになった。
オリバー様とは挙式以来顔を合わせていない。
ようやく彼に会えるのだと思うと、不思議と足取りが軽くなった。
が、しかし――
「……旦那様はどちらですか?」
オリバー様を出迎えるためにエントランスへ来たものの、そこに彼の姿は無かった。
不思議に思い、辺りをきょろきょろと見渡してみるもどこにもいない。
(まさか……使用人たちの嘘……?)
嫌がらせをされたのだろうかと疑い始めたそのとき、老齢の執事が私に声を掛けてきた。
「奥様、旦那様がお部屋にてお待ちです」
「……部屋で、ですか?」
「はい、すぐに来るようにと」
「……分かりました」
オリバー様をお待たせしてはいけないと思った私は、再び大急ぎで階段を上って上の階にある旦那様の部屋へと向かった。
「……」
彼の部屋の扉の前に立つと、途端に心臓の鼓動が激しくなった。
私にとって彼は初恋の相手であり、最愛の人でもあるのでそうなるのは当然のことだった。
(オリバー様のお部屋……)
私は一度深く深呼吸をした後、部屋の扉を優しくノックした。
「旦那様、エミリアです」
「入れ」
中からオリバー様の声が聞こえた。
(き、緊張する……!)
胸の高鳴りを必死で抑えた私は、慎重に部屋へと続く扉を開けた。
「し、失礼します……」
中に入ると、オリバー様がソファにドサリと座り込んでいた。
普段舞踏会で着ているようなきっちりした服ではなく、白シャツに黒いズボンという軽装。
その胸元は豪快に空けられていて、顔が真っ赤になった。
(オリバー様……!)
彼と初めて会って恋に落ちたあの日のように体が硬直した。
こちらを見つめる神秘的な紫色の瞳はこの世のものとは思えないほどに美しい。
「座れ」
彼は扉の前で立ち往生していた私に短く命令した。
「はい……」
私はオリバー様に言われた通り、彼の向かいに腰を下ろした。
今部屋には私たち二人しかいない。
完全に夫婦の時間だ。
何を言われるんだろうと胸がドキドキした。
このときの私は、オリバー様を前に浮かれすぎていて気付くことが出来なかった。
――私に向けられた彼のその瞳が、異様なほど凍り付いているということに。
(何を言われるんだろう……)
部屋中がシンと静まり返っている。
私をここに呼んでおきながら、彼はしばらくの間一言も発しなかった。
そのことを疑問に思った私が、先にオリバー様に声を掛けた。
「あ、あの……旦那様……」
「――お前を愛するつもりは一切ない」
「……………え?」
オリバー様は冷たい目と声でただそれだけ言った。
元から誰にでも冷淡な人だったが、これほどだっただろうか。
(……どういうこと?)
驚いて声も出ない私を前に、彼は言葉を続けた。
「私がお前に求めているのは妻として後継者を産むことだけだ」
「……」
「それ以外は何も求めない。ただ大人しくしていろ」
「……」
そこまで言うと、オリバー様は突然立ち上がりツカツカと荒い足取りで私の傍へとやって来た。
そして、私の手を強い力で掴んだ。
「キャッ!」
あまりの痛みに小さな悲鳴を上げた。
しかし彼はそんなこと気にもせず、強引に私を引っ張った。
ズキズキと手首に痛みが走る。
しかし、今はそれどころでは無かった。
(ま、まさか……!)
彼が向かっているのは部屋に置かれているベッドだ。
そのことに気付いたとき、恐怖で体が震え上がった。
「嫌ッ!」
もちろん夫婦の営みをすることは理解していたが、こんな風に無理矢理されるのは望んでいない。
私は必死で抵抗したが、男の人の力に敵うはずがなかった。
結局、私は何も出来ないままベッドに倒された。
「……!」
ギシリというベッドが軋む音に目を開けると、オリバー様が私の顔の横に手を付いて覆いかぶさっていた。
暗闇の中で、彼の紫眼が鋭い光を放っていた。
それを見た瞬間、私は恐ろしくて動けなくなった。
(嫌……怖い……助けて……誰か……)
そんな私の願いは当然誰にも届かない。
彼が荒々しく私の着ていた服に手をかけた。
優しさの欠片も無い手付きに、思わずギュッと目をつむった。
耐える以外に選択肢は無かった。
「……」
――そして私は、その日強引に純潔を踏みにじられた。




