3 疎まれた正妻
それから私は、オリバー様が帰るまでの間を自室で過ごした。
一度は外に出たが、使用人たちの刺すような視線に耐えられなくなって逃げるように部屋に戻って来てしまったのだ。
侍女たちはもちろん、執事や公爵邸の料理人たちまで。
全員が私に敵対するかのような目を向けた。
私は社交界ではそれほど目立つ方ではなかった。
だから人々のそのような視線には慣れていない。
公爵夫人失格だなと心の中で思いながらも、私は部屋の中でじっとしていた。
(もうすぐ旦那様が帰ってくる時間かしら……?)
使用人たちはよほど私に部屋から出てきてほしくないのか、オリバー様が帰ってきたら親切に教えに来てくれるという。
しかし、既に時刻は夜の七時を回っている。
未だにオリバー様が帰宅したという連絡はない。
(夕食前には帰ってくると思ったのに……)
今日はオリバー様と初めての夕食を共にすることになると思っていたので、拍子抜けである。
しかし不思議とお腹は空いていなかったため、私は部屋にあった本を読んで適当に時間を過ごすことにした。
そうしているうちにも時間は過ぎ去っていく。
公爵邸に来て初日だというのに、あの結婚式以来オリバー様とは一度も会っていない。
(私、いつまで待っていればいいんだろう……)
次第にそんなことを思い始めるようになった。
いつまで経っても帰って来る気配の無い夫に、心が折れそうになっていた。
(……ダメよ。もう少しだけ、もう少しだけ待とう)
きっと仕事が立て込んでいるのだと必死で自分に言い聞かせた。
***
夜の十一時になった。
(まだ帰って来ないの……?)
こんなのはいくら何でもおかしい。
不審に思った私は、部屋を出て侍女に聞きに行った。
「あの、旦那様はまだお戻りになられないのですか?」
「……」
私が尋ねた侍女は、私を視界に入れてあからさまに嫌そうな顔をした。
そのように不快感を隠すこともしなかった彼女は、次に信じられないことを口にした。
「奥様、今日はもうお休みになられてはいかがですか?」
「……え?」
侍女は表情を変えることなく淡々と言い放った。
「今日は多分もう帰ってこないですよ」
「で、でも……」
今日は初夜なのに。
「分かったなら早く部屋に戻ってくれませんか?私は仕事があるんですけど」
「……分かりました」
私は彼女の言葉に渋々頷いて部屋へと戻った。
自室に入った私は倒れ込むようにしてベッドに横になった。
何が起きているのか全く分からない。
何故オリバー様は帰って来ないのか、何故使用人たちに冷たくされているのか。
私が何か悪いことをしたのだろうか。
いくら考えても答えは浮かばない。
(……彼女の言った通り、先に寝てしまった方がいいのかもしれない)
もう考えるのが嫌になってしまった私は、現実から目を背けるかのように重くなっていた瞳を閉じた。
***
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
「――様!」
誰かの呼ぶ声が聞こえる。
(もう少しだけ……もう少しだけ寝させて……)
今はまだ起きたくない。
「――奥様!」
「……!」
突如耳元に響いた大声で私は目覚めた。
(あれ、ここは……?見慣れない部屋……)
私が寝ていたベッドのすぐ傍には一人の侍女が立っていた。
いつもと違う部屋に、初めて見る顔の侍女。
私は慌てて状況を整理した。
(あ……そうだ、私……オリバー様と結婚して公爵邸に来たんだった……)
よほど疲れていたのか、そのことをすっかり忘れていた。
ベッドの上から動こうとしない私を見て、侍女が眉をひそめた。
「奥様、早く起きてください」
「起きる……?」
もう夜が明けたのだろうか。
しかし、朝にしては何だか外が暗い気がする。
(どう考えてもまだ夜じゃない……)
こんな時間に起こすだなんてどうしたというのだろう。
何かトラブルでもあったのかと思ったが、彼女が放った言葉に私は衝撃を受けた。
「――奥様、旦那様がお戻りです」
「……………………え?」




