29 複雑な感情 オリバー視点
しばらくして、ローザとリオが公爵邸へとやって来た。
「わぁ、すっごく大きい!」
「ここが公爵邸……何て立派なお屋敷なの!」
私は彼らの存在を隠していたので、もちろん二人とも公爵邸に足を踏み入れたことは無い。
ローザとリオは初めて見る大きな邸宅の煌びやかな内観に感動していた。
「お父さん、本当にここが僕たちの新しいおうちなの?」
「そうだ」
「すごいすごーい!」
ピョンピョン飛び跳ねてはしゃぐリオに、侍女長がゆっくりと近付いた。
「お坊ちゃま、私はこの屋敷の侍女長をしております。お部屋へとご案内いたします」
「お坊ちゃま?」
「おい、お前……」
私は侍女長を咎めようとしたが、彼女はそそくさとリオを連れて去って行ってしまった。
(行ってしまったな……)
色々あって疲れていたせいか、引き留める気力は無かった。
ローザとリオはまだ正式に公爵家の一員になったわけではない。
だからお坊ちゃまという呼称はまだ早い。
もちろん、頃合いを見て迎え入れるつもりではあるが。
私はエントランスに集まっている使用人たちを横目で見た。
(何故だ……?)
リオに話しかけた侍女長を始めとした使用人たちが何故だかやたらと機嫌が良いように見える。
何故そんなにニコニコ笑っているのかが私には理解出来なかった。
ローザとリオのことがそんなに好きだったのだろうか。
彼らは二人と関わったことなどほとんど無いはずなのに。
「オリバー」
「……ローザ」
リオがいなくなり、残ったローザが私に声を掛けて来た。
「奥様と離婚したって聞いて……私のせいでそんなことになってごめんね」
「……君のせいじゃない」
これは嘘だ。
公にはされていないが、妻との離婚理由はローザとリオが原因だったから。
(しかし……それ以前に私にも問題があった……)
本当に夫として最低なことをしていたと思う。
そうは言ったが、ローザは妻とのことを申し訳なく感じているらしく目に涙を溜めて俯いていた。
「ローザ」
私はそんな彼女を放っておけず、腕を掴んで優しく引き寄せた。
ローザの泣きそうな表情には胸が痛む。
(そういえば、アイツはいつだって明るい女だったな……)
愛しいローザを抱き締めているというのに、浮かんできたのは元妻の姿だった。
そんな自分に嫌気が差す。
妻だったエミリアはどれだけ蔑ろにしてもニコニコ私に話しかけてくる女だった。
そんなあの女が鬱陶しかった。
だから関わってほしくなくて必要以上にキツく当たった。
いけないことだと、心のどこかで分かっていながらも。
力強く抱き締めてやると、ローザの涙はすぐに引っ込んだ。
「ローザ様、お部屋へご案内いたします」
「ええ、分かったわ!」
「お荷物は私がお持ちします」
「ありがとう」
それからローザもリオに続いて部屋へと向かった。
ローザが使うのは公爵夫人の部屋――元妻が使っていた部屋だ。
(嬉しいはずなのに、何だか複雑な気分だな……)
何故こんな気持ちになるのかが分からなかった。
何か嫌な予感がしてならない。
「旦那様、お部屋へお戻りになられますか?」
「……あぁ、そうしよう」
私は言葉では言い表せないこの気持ちに蓋をして自室へと戻った。




