28 優しい母
両親と再会の抱擁を交わしたあの後、私はお母様と二人で邸宅の応接間にいた。
今、私の向かいにはお母様がソファに腰を下ろしてこちらをじっと見つめている。
私はその視線を受け止めながら、テーブルの上に置かれていたお茶に手を伸ばした。
「……」
お茶の注がれたティーカップに顔を近付けると、芳醇な香りが鼻をくすぐった。
どこか懐かしい香りだ。
それからカップに口を付けて一口飲んでみると、まろやかでコクのある味わいが口の中に広がった。
「……ふぅ」
このお茶を飲むといつだって心が落ち着く。
幼い頃からずっと私の一番だった。
「とっても美味しい!やっぱりお母様の淹れてくれたお茶が一番だよ!」
「あら、本当?嬉しいわ」
お母様はクスクスと口元を手で押さえて笑った。
(お母様のお茶は本当に美味しい)
私のお母様はお茶を淹れるのがとても上手なのだ。
私の様子がいつもと違うことに気付いたお母様が気を遣って淹れてくれたらしい。
母のそんな気遣いに胸が温かくなる。
「それよりエミリア、何があったのか詳しく聞かせてくれない?あれほど離婚を拒んでいた貴方がどうして急に離婚するに至ったのか……気になることはたくさんあるわ」
「ええ、もちろん教えるわ。元々それらを全て話すためにここに来たんだから」
今ここには私とお母様の二人しかいない。
ちなみにお父様とエドモンドは二人一緒に外で遊んでいる最中である。
(もちろんお父様にも話さないといけないけれど……)
まずはお母様からだ。
こういうのは同性の方が話しやすいため、助かった。
しかし、話すにしてもそれなりに覚悟のいることである。
伯爵家側の人間でオリバー様の愛人と子供のことを知っているのは今現在私とケインお兄様だけだった。
公にするべきことでは無かったし、何より二人の間に生まれた子供が可哀相だったから。
(……だけど、両親には全てを言わなければいけない)
彼らはきっと約束を守ってくれるはずだから大丈夫だろう。
「お母様、あのね……」
私は意を決してついこの間あったことを全て話した。
お母様は突然声を荒げるわけでもなく、私の話をじっと最後まで聞いてくれた。
「――それで、離婚を決意したの。もう彼に対する気持ちは無いわ。今まで迷惑かけてごめんね、お母様」
全てを話し終えた私はハッキリとそう口にした。
「辛かったわね、エミリア」
「うん……お母様……」
公爵邸での日々を話すのは辛いことだった。
途中で何度も涙が出てきそうになった。
(……でも最初に自分の口で話したのがお母様で本当に良かった)
母は昔から私の良き理解者である。
お母様は無表情のまま少しだけ黙り込んだ後、口を開いた。
「話は変わるけれどエミリア、これから何をするのかは決めているの?」
「え、えっと……」
――これからのこと。
オリバー様から受けた傷が癒えたら修道院に入るつもりではあるが、それまでのことに関しては全く考えていない。
言葉を詰まらせる私に、お母様は優しい口調で言った。
「これからは貴方の好きなことをしていいのよ。今まで我慢してきた分……私もあの人も貴方の行動を制限したりはしないから」
「……!」
私の好きなこと。
正直に言うと、やってみたいことはたくさんあった。
「それって……各地を旅行したりとかでも……?」
「もちろん。全力で支援するわ」
「お母様……!」
私は嬉しくてつい子供のようにお母様に抱き着いてしまった。
「ありがとう、お母様!」
母はそんな私を咎めるでもなく、そっと抱きしめ返してくれた。
(ああ、こうしていると本当に子供の頃に戻ったみたいだわ)
それから私はしばらくの間、母の腕の中でじっとしていた。
十年ぶりに母の愛を感じたような気がした。
「ここには貴方を苦しめる人間は誰もいないんだから。好きに過ごしていいのよ」
「うん、お母様!」
母は私の頭を優しく撫でると、そっと体を離した。
「さぁ、そろそろエドモンドとお父様のところに行きましょうか。外で待っているはずよ」
「あ、そうだった!」
私たちはエドモンドとお父様の待つ庭へと向かった。




