第二十七章① 果樹園でのお仕事
五月初めのある朝。
稽古前の団欒の時間。
お茶をすする綾子とマルキーに、カールが告げた。
「綾子」
「はい」
「お前さん、軽く仕事がしたいと言っていたね」
カールにそう言われ、綾子は頷いた。
「はい。剣の修行だけじゃなくて、何か仕事もしてみたいなって」
「なら、ちょうどいい仕事がある」
「そうなんですか」
「ああ」
一拍置いて。
「農家の害虫駆除だ」
「害虫駆除?」
「ああ。蝶だの甲虫だのが飛んでくる」
「それに剣が必要なんですか?」
「ああ。行けば分かる」
綾子は少し困惑した。
(どういうことなんだろう……)
「いつですか?」
「今日だ」
(えっ?)
「今からですか?」
「そうだよ。心配しなくていい」
一拍。
「わしも一緒に行く」
「良かった……」
綾子がほっと息を吐く。
「ただし、現場はマルキーに任せる」
「え?」
初めて口を開いたマルキーが、苦笑いをする。
「……私ですか?」
「わしは、お前たちの様子を見ておる」
カールはそれだけ言うと、台所へ向かった。
しばらくして戻ってきたカールの手には、包みが一つ。
「ほら」
包みをマルキーへ手渡す。
「これは……?」
「昼飯だ」
「……先生が作ったんですか?」
「そうだ」
「腹が減っては仕事にならんからな」
(ちゃんとお弁当まで用意してくれるんだ……)
「明日からは、仕事がある日は早く来なさい」
「ここで弁当を作って仕事へ行くんだ」
カールは一度、二人の顔を見た。
「夕食もここで食べて帰る。いいね?」
「でも私たち、宿屋での食事が……」
「オルベインには話をつけてある」
カールはそう言うと、残ったお茶を飲み干した。
「じゃ、行こうか」
こうしてこの世界で、綾子の初アルバイトが始まることになった。
――――
道場を出た三人は、カラムの東城門へ向かった。
マルキーがカールに尋ねる。
「先生、どこの農家に向かうんですか?」
「カラムから北東にある果樹園だよ」
「果樹園ですか」
門へ近づくと、カールが二人を呼び止めた。
「ほら、これがお前さんたちの通行証だ」
カールはそう言って、二人に一枚ずつ札を手渡した。
「門の外へ出るには必要だからな」
綾子は札を手に取り、しげしげと眺める。
(オルベイン商会って書いてある……)
(ディルさんが用意してくれたのかな……)
「さ、行こうか」
三人で東城門を抜ける。
綾子は緊張して立ち止まっていた。
(ここに来て初めての外……)
(でも、先生がいるから……)
立ち止まる綾子に、マルキーが声を掛ける。
「そう言えば、あれ以来…初めての外でしたね」
マルキーがそう言うと、綾子は小さく頷いた。
カラムへ来てからというもの、綾子が知っているのは城壁の内側だけだった。
「大丈夫ですよ、俺も居ますから」
「ほら、行きましょう、お嬢」
マルキーに促され、綾子は歩き始めた。
――――
城門を抜けてしばらくは、まだ家々が並んでいた。
だが、街から離れるにつれて建物は少なくなり、やがて視界が一気に開けた。
「……わぁ」
思わず声が漏れる。
目の前に広がっていたのは、街中では見たことのない景色だった。
街道の両側には、低い丘に沿うように茶畑が広がっている。
整然と並んだ茶の木が遠くまで続き、その向こうには、さらに緑の丘が見えていた。
「カラムの東側って、こんな感じなのね……」
綾子は足を止めそうになる。
「茶畑、いっぱいあるね」
「カラムは茶の産地でもありますから」
マルキーは歩きながら答えた。
「この辺りじゃ、かなり有名なんですよ」
「そうなんだ……。またお抹茶飲みたいなぁ」
「そうですね。夏は抹茶のかき氷もいいですね」
「えっ? かき氷もあるの?…ってそうだよね。英雄様なら当然だよね」
微笑む綾子に、マルキーが相槌を打った。
しばらくすると、街道の先に別の農地が見えてくる。
「どこまで歩くの?」
「先生、もう少し先ですかね?」
「ああ」
「この先の果樹園みたいですね」
「ふ~ん」
綾子は少し考えた。
「そういえば、ディルさんにアルバイトの話って、した?」
「ああ……あれですか」
マルキーが苦笑いする。
「まだ早いって言われました」
「そっか……」
綾子は少し残念そうに呟いた。
「でも先生の方は、すぐに用意してくれたんだよね」
「そうなんですよ」
マルキーが、前を歩くカールをちらりと見た。
「なんか、先生の段取りが良すぎませんか?」
「そうなの?」
「だって、いきなり今日からですよ」
「うん」
「弁当まで用意してあって、明日からの食事の話まで決まってて……」
「そういえば、オルベイン商会にも話をつけてあるって言ってたね」
「でしょう?」
マルキーは呆れたように肩をすくめた。
「それに通行証まで用意してありましたし」
「……あ」
綾子も気づいた。
「もしかして……」
二人は顔を見合わせた。
「先生は、最初から仕事をさせるつもりだったんじゃないかと思いまして」
「そうかも……」
「ひょっとして、私が仕事したいって言う前から?」
「そこまでは分かりませんが……」
マルキーは少しだけ考えた。
「少なくとも、先日言われて今日用意したとは思えませんね」
「……確かに」
綾子は歩きながら、道場でのカールの様子を思い返した。
仕事の話をした時も、弁当を渡した時も。
妙に手際が良かった。
「先生って、すごいね」
「そこじゃないと思いますが……」
マルキーがまた苦笑する。
そんな話をしながら歩いていると、前方に果樹の並ぶ一帯が見えてきた。
「多分、あの辺りじゃないかと思います」
マルキーが指差す。
「……あの辺なのね」
「はい」
初めての仕事。
初めての城壁の外。
綾子は、少しだけ歩調を速めた。
――――
目的の果樹園に着いた。
「ここですか?」
「そうだよ」
カールが答える。
「すっごい広い所なのね……」
「これ、何の木なのかな……?」
マルキーが、木をしげしげと見ながら答える。
「多分、オレンジか何かだと思います」
「ふ~ん」
果樹園の入口には、数人の男たちが集まっていた。
その中でも一際目を引くのは、少しばかり恰幅の良い男だった。
「カール先生!」
男がこちらに気づき、声を掛けてくる。
「オーダ君、久しぶりだね」
「先生も、お久しぶりですね」
「今日は俺たちに任せて下さい」
オーダはそう言うと、綾子とマルキーへ目を向けた。
「こちらのお二人ですね?」
「ああ、面倒見てやってくれ。綾子とマルキーだ」
「どうも。街道警備団のオーダです」
「よろしくお願いします」
綾子とマルキーが頭を下げる。
「こちらこそ。…こう言った仕事は初めてですよね?」
「はい」
「では、今回の仕事を説明しますね」
オーダは果樹園を見渡した。
「まず、果樹園の外側に弓持ちを配置します」
指差した先では、すでに数人の男たちが準備を始めている。
「飛んでくる虫は、まず弓で落とします」
「弓で?」
「ええ。大きな虫から狙います」
(大きな虫ねぇ……)
オーダは木々の間へ目を向ける。
「弓で落としきれなかった虫を、木の間に配置した剣持ちが仕留めます」
「なるほど……」
「良かったですね」
「今回は果樹園の先が開けていて、弓が使いやすいんで」
「そうなんですか?」
「ええ」
「木が密集していたり建物があったりして、弓が使えない場所とかもありますんで」「そういう現場だと剣持ちは、かなり大変になっちゃいますね」
「ふ~ん。そうなんですね……」
「今日は暇だと思います」
「飛んでくる方向も限られてますし」
オーダが弓隊の方を見る。
「ただ、数が多いと撃ち漏らした大きな虫が来ることもあるんで」
「あと、定期的に矢の回収時間が入りますから」
「その時はお願いしますね」
綾子は少しだけ表情を引き締めた。
「分かりました」
「撃ち漏らしの虫は、そんなに大きくはないんで」
「じゃあ、今日は楽な方なんですね」
「まあ、そうですね」
「初めての方には、丁度良いかと」
オーダは微笑んだ。
「それと…虫は、大きければ大きいほど、卵を産む数がとんでもないので」
「確実に駆除して下さい」
「はい」
「さらに甲虫は、葉も噛りますから」
「放って置くと、1匹で木々が丸裸になっちゃいますからね」
「分かりましたー!」
――――
「夜勤組の人たちは上がっていいですよー!」
(夜勤あるんだ……)
「では、配置についてもらいましょう」
弓持ちは果樹園の外側へ。
剣持ちは木々の間へ。
綾子とマルキーも、それぞれ持ち場についた。
しばらくして。
「……」
「……」
虫一匹、飛んでこない。
綾子は周囲を見回した。
弓持ちの迎撃だけが目立っている。
「ヒマだねー……」
「そうですね」
マルキーも苦笑する。
「こんなんでお金を貰っていいの?」
「違いますよ、お嬢」
マルキーが綾子を見る。
「暇だからこそ、虫が飛んできた時にちゃんと対処しないといけないんです」
「そういうものなの?」
「そういうものですよ」
「これだけ暇なのに害虫を見過ごしたら、それこそ……」
「そっか……そうだよね」
綾子は少し考えた。
「でさ……」
「はい?」
「街道警備団って、なに?」
「そこからですか」
マルキーは少し笑った。
「簡単に言えば、街道に関わる仕事をしている人たちです」
「ふんふん」
「王都とか各街では、自前の兵士が警備や道路敷設を行うんですが、
それは街の中と外壁周辺までです」
マルキーが周囲を見ながら話を続ける。
「で、街道警備団が各街や村の間、
主に街道の敷設や維持、交通整理と警備、治安維持なんかを受け持ってるんです」
「ふ~ん。……でもなんで害虫退治なの?」
「道路関係の仕事が少ない時や、盗賊が出ない時は、
組合とか民間の依頼を受けてます」
「それが、土壌改良だったり、害虫害獣対策だったりするんです」
「なるほどねー」
綾子は頷きながら、ふと視線を下げた。
「……でさ、なんで鶏さんがそこらを歩いてるの?」
「さあ…? 多分、下に落ちた虫の処理かなんかですかね……」
よく見ると、弓で落とされた害虫を、鶏が啄んでいる。
「あ、来ましたよ」
綾子が顔を上げる。
「ほんとだ」
飛んできたのは一匹の蝶。
(いやこれ、大きくない?)
「どうぞ、お嬢。やってみて下さい」
「うん、……やってみる」
綾子は木剣を構えて蝶を追った。
(慎重に……)
一振り。
外れる。
もう一振り。
また外れる。
蝶はひらひら逃げる。
綾子は少し焦った。
「中々当たらないね……」
「落ち着いてください。焦ると余計に当たりませんよ」
「う~ん、思ったより難しいなぁ」
綾子はしばらく蝶を目で追っていたが、やがて困ったように眉を下げた。
「ごめん、マルさん。…お願い」
マルキーは蝶を迎え撃ち、一撃で落とした。
「マルさん、すごーい!」
「そんなでもないですよ」
マルキーが微笑みながら目線を変えた。
「ほら、また3匹飛んできましたよ」
「お嬢、落ち着いて予測しましょう」
「うー、頑張ってみるよ」
綾子はまた蝶を追った。
「お嬢、追っちゃダメです。回り込みましょう」
「……分かった」
(この木の向こう側から……)
「あれ? 蝶さん、どこ行った?」
「あ、居た居た」
その間に2匹を落としたマルキーは、黙って見守った。
「もぉー。……全然当たらないんだけどー?」
「マルさん手伝ってー」
マルキーが苦笑いする。
「はいはい」
「じゃ、俺が追いますんで、お嬢は俺の行く先で迎え撃って下さい」
「…分かった」
綾子はマルキーの進む先を見て回り込む。
「お嬢、空振ったらすぐ下がって打つの繰り返しで」
「分かった」
(今度こそ……)
「えい!」
「この!」
「そりゃー!」
そして、ようやく一匹目を落とした。
「やったー!」
「お見事です、お嬢」
「良かったぁ……」
「お嬢、喜んでる場合じゃないですよ」
「次々と飛んできてます」
「うん、頑張る!」
マルキーとの追い込みで数匹を落とした頃。
――バサッ!
「あっ……」
夢中になるあまり、綾子が木の枝を払ってしまった。
「やっちゃった……」
マルキーを見る綾子。
「気を付けて下さいね」
「あと、鶏も歩いてますから」
(鶏さんが、微妙に邪魔なんだよね……)
「お嬢、蝶に混じって甲虫も来ましたよ」
「なんか…すっごく大きいんだけど?」
「速度も速いですから、弓が打ち漏らしたんでしょう」
「低く飛んでるから、これなら当てられそう……」
「結構不規則に動きますから、よく見て下さいね」
「でも飛ぶ音が、なんか嫌……」
「ほら、そっち行きますよ」
「うん」
(これなら……)
「そりゃー!」
鈍い音とともに甲虫が落ちた。
すかさず鶏が寄って来る。
「よしっ!」
「お見事です、お嬢」
「これなら簡単に落とせるかも」
「だといいですね……」
マルキーがニヤリとする。
「じゃあマルさんが蝶さん担当で」
「私は甲虫を落とすよ」
「分かりました」
綾子は少し自信を持って、木剣を構えた。
――しかし。
「ねぇ……。2匹目、全然落とせないんだけど?」
「お嬢は、また虫を追ってますね」
「気が高ぶって、少し逸ってるんでしょう」
「そっかー、少し調子に乗っちゃったかー」
(反省反省……)
甲虫は、我関せずと木の枝へ向かって飛んでいき、
木の陰へ入ってはすぐに飛び出すを繰り返す。
(落ち着いて……)
「そこだ!」
木剣を振る。
しかし、わずかに届かない。
「惜しいです」
「う~ん、中々トリッキーなんだね…」
綾子は木剣を構え直した。
甲虫が飛び出してくる方向を見ながら、じっと待つ。
「……そこ!」
木剣が振り抜かれた。
――パシッ!
「よっしゃー!」
甲虫が地面へ落ちる。
「当たりましたね」
「うん!」
綾子は嬉しそうに木剣を見た。
「蝶とは違うんだね」
「そうですよ」
マルキーは頷いた。
「相手が変われば、動きも変わりますから」
「そっか……」
その後も綾子は、失敗しながらも害虫退治を続けた。
昼前。
オーダが近付いてきた。
「交代で昼休憩回しますね。30分でお願いします」
「まず綾子さんから行って下さい」
「分かりました」
こうして、午前中の害虫退治が終わった。
――――――――――――――――――――
綾子はカールが居る指揮所へ戻った。
「どうだ、綾子」
「結構、難しくて……」
「そうか」
カールはマルキーの居る方へ視線を向けた。
「まあ、わしからは言うことはない」
一拍。
「まだな」
(まだって…、どういう意味なんだろう……)
「さ、弁当食べなさい」
「わーい」
「お弁当、お弁当嬉しいなー」
綾子は包みを開いて、籠の弁当箱を開ける。
「せーのっ、ぱかっ!」
「わぁ……!」
中には、いくつかのおにぎりと、だし巻き卵。
その横には漬物と、小さな焼き魚まで入っていた。
「美味しそう……」
まずはおにぎりを手に取る。
「いただきまーす!」
一口かじると、梅の酸味が広がった。
「梅干しー」
思っていたよりも酸っぱくなかった。
結構フルーティーな甘さがある。
「これ、梅干しなのに果物っぽい……」
(これ、ほんとに梅……?)
続いて、だし巻き卵を口に運ぶ。
ほんのり甘い。
それでいて、醤油と出汁の味もしっかり感じられる。
「……美味しい」
綾子は思わず頬を緩めた。
甘すぎない。
しょっぱすぎない。
出汁の香りも丁度いい。
(お母さんのと似てるかも……)
漬物を一口。
(これはいつものやつ……でも美味しい)
気が付けば、綾子は夢中で弁当を食べ進めていた。
食べ終えて一息ついている綾子に、カールが声を掛けた。
「綾子」
「はい」
「休憩後しばらくは、オーダ君をよく見ていなさい」
「マルキーが戻ってくるまでは見学だ」
一拍。
「全部オーダ君に任せていい」
「はい」
(多分、よく見て学べってことかな)
「マルキーが戻ってきたら」
「今度は二人の立ち回りや、連携を観察しなさい」
「はい」
短い休憩の後、綾子は持ち場に戻る。
――――
「戻りましたー!」
「じゃあ次はマルキーさん行ってきて下さい」
「じゃ、行ってきます」
マルキーが持ち場を離れた。
「あの……」
「先生が、オーダさんをよく見なさいと言ってたんですが……」
「ええ、話は聞いてます」
「ま、休憩の延長だと思って、ゆっくりしてて下さい」
「はい」
綾子は、オーダの動きをじっと見つめていた。
オーダは、ゆっくりと体を振って周囲を常に警戒していた。
周りには数羽の鶏が集まっている。
しばらくすると、一匹の蝶が飛んでくる。
オーダは、ゆっくりと歩き出した。
その後ろを、鶏が当然のようについていく。
(……なんで?)
オーダが蝶を追っているようには見えない。
少し先へ歩き、そこで立ち止まると、ゆっくりと剣を抜いた。
すると、蝶がオーダの目の前へ飛んできた。
オーダの剣が一閃する。
蝶がゆっくりと落ちていく。
鶏が群がる。
オーダは剣を収めた。
「……」
綾子は目を瞬かせた。
次の蝶が飛んでくる。
オーダはまた、ゆっくりと歩く。
鶏もぞろぞろと後をついていく。
今度は木の横へ。
そこで待っていると、蝶が木の陰から飛び出してきた。
剣を抜くと同時に一閃。
またすぐ納刀する。
(……待ってたの?)
綾子には、なぜオーダがそこに立っていたのか分からなかった。
ただ歩いている。
そう見えるのに、なぜか虫がその場所へ飛んでくる。
「……すごい」
思わず声が漏れる。
勢いで、綾子は聞いてみた。
「なんで飛んで来る所分かるんですか?」
「僕らは、地形とか木の数や生え方を見れば、何となく分かるんで」
今度は、3匹の虫がほぼ同時に飛んできた。
蝶が一匹。
甲虫が二匹。
オーダの視線が素早く動く。
「……」
次の瞬間だった。
タタタッ。
オーダが短く駆けて剣を抜く。
まず一匹。
――ヒュッ。
身体を返す。
もう一匹。
――ヒュン。
そして、向きを変えた蝶へ。
オーダの足が止まる。
ほんの一瞬。
次に飛んでくる位置を見定めると、また駆ける。
そして一歩踏み込んだ。
軽く一閃。
「……え?」
綾子は目を丸くした。
さっきまで、ゆっくり歩いていたはずなのに。
「この人……あの体型で、素早い……」
思わず口に出してしまう。
オーダは何事もなかったように剣を鞘に収める。
「あー、昼休憩回してるんで、撃ち漏らしが多いですね」
さらに4匹。
今度はそれぞれ別の方向へ飛んでいく。
オーダの身体が、また動いた。
タタタッ。
一匹目。
タタッ。
二匹目。
だが、3匹目の甲虫が突然進路を変えた。
オーダも即座に向きを変える。
予定していた順番を捨て、先にそちらへ向かった。
一閃。
そのまま身体を返す。
残った1匹へ。
――ヒュン。
駆けながら甲虫を落とした。
「……」
綾子は、ただ見つめていた。
何を基準に順番を決めているのか。
どうして途中で変えられるのか。
綾子には分からない。
ただ、オーダは虫が近付いてから動いているようには見えなかった。
虫がどう動くのか。
最初から分かってて、動いている。
そんな気がした。
でも、凄いことだけは分かった。
(鶏さんも、それが分かってるのね)
「オーダさん、すごい!」
「そうですかね…。まあ、僕らは慣れてるんで」
「続けてやってれば、すぐ慣れますよ」
そうこうしてると、マルキーが休憩から戻ってきた。
第二十七章① 終わり




