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見知らぬ世界で、ほんの少しの幸せを  作者: すえゴハン
第二十六章 ジャクイユの休日

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第二十六章② 食の楽しみと、俺の邪魔する英雄様



「これは……売れるね」


「ええ……これこそ国宝級よ」


「ジャン爺に見せるべきだよ」


「そっか……。じゃあ、今度持っていこうかな」


「段取りは、私がつけるから、なるべく急ぐんだよ」

「それと、割れたら大事だ。エレジアもついて行ってやんな」


一拍。


「ついでに買い出しもだよ」


「ええ、勿論よ」


水槽を眺めながら、俺も値段を考えてみる。


「そんなに高く売れる?」

「せいぜい金貨100枚ぐらいじゃないの?」


「いや、ジャン爺の目が節穴じゃなければ、金貨500枚はくだらないね」


(……500枚?)


「……そんなに?」


「何いってんだい、その値段で売りつけるんだよ」

「家が欲しいんだろ?」


「えっ? もう家を買うことになってんの?」


「煙突もない家で、どう暮らしていくのさ」


「それはそうだけど……」

「そもそも、家っていくらぐらいするの?」


「そうだねぇ、大金貨3枚もあれば建つよ」

「4、5枚出せば思い通りの家が建つんじゃないかねぇ」

「ウチの店がそんなもんだったよ」


(500枚……大金貨5枚か)

(家が建てられちゃう……?)


「で、今更な話だけど、これ勝手に畑とか作ってるけど、

土地代とか、税金とかって大丈夫なの?」


「住んで暮らす分には、問題ないわ」

「そのうちにテンパーから役人が調査しに来るぐらいよ」


笑みを浮かべていたエレジアの目が一瞬だけ揺れた。


「ただ、少し気になることはあるけど……」

「リベリン村も問題ないわ。ミリナが居るし」


「任せておきな」

「何なら、私かエレジアの身内として登録すればいい」


(おっ? ミリナはそれなりに顔が利くっぽいな……)


「そっか……。意外といい加減なのね」


「そんなもんよ、田舎なんて」


「しかし、リベリン”村”だったとは……。規模からして”町”だと思ってた」


「”町”という言葉は分かるけど、この世界にはないわ」

「この世界は街と村しかないの」


「そっかー。また一つ勉強になったよ」


ミリナが一瞬厳しい顔つきになった。


「それとジャクイユ、商売して儲けが出たら税金が来るよ」

「テンパーはまだ緩いけど、利益に対して最大2割払わなきゃならない」


(2割か……緩いのか厳しいのか知らんけど)


「これ、経費増やして利益を少なくするとかは…アリ?」


「やり過ぎると目を付けられて税金も増えるから、やめときな」

「役人もバカじゃない」


「そっか……。じゃあ、普通にやるか」


「真面目に商売してれば、役人の目もそう厳しくはならないよ」


そんな話をしていると、スケさんが俺たちの前を通り過ぎた。


「ん?」


家の中から、黒豆の入ったボウルを持って出てきた。


「スケさん、それは……」


俺が声を掛けると、スケさんが立ち止まった。


「あー……多分、そろそろ手伝えアピールだな」


「そうなの?」


「うん。何となく分かってきたから」


「……」


スケさんがそのまま畑に向かおうとする。


「なんか嫌味ったらしくないかい?」


「”お茶休憩長いぞ”って、無言の圧だと思う」

「スケさん、待ってぇ。まだ蒔いちゃダメだよー」


スケさんが不思議そうに首を傾げる。


「まだ時期じゃないんだよ」


「これは6月頭か、7月頭でいいよぉ」

「って、ここは梅雨ってあるよね?」


「あるわよ、ちゃんと雨が降るし」


(やっぱりあるんだ)


(時計も暦も、季節の移り変わりも似ている)

(やっぱり、この世界は俺の世界とかなり近いな……)


「……なるほどね」


「何がなるほどなの?」


「いや、この世界の気候がちょっと分かった気がして」


「その豆は何だい?」


「えっと…黒い大豆かな…」


「黒い大豆?」


「うん。黒豆って言うんだけど」


「普通の豆とは違うのかい?」


「同じ大豆だよ。種の皮が黒いだけ」

「若いうちなら枝豆として食えるし、乾燥豆は二人の方が詳しいと思う」


「枝豆ってなんだい?」


「ふ~ん。皮が黒いのね」


(えーっと……この世界、……ひょっとして大豆も無い?)

(じゃ、味噌と醤油の豆は何使ってんだ?)


「それだけじゃないよ」


「で、商売になるのかい?」


ミリナに話の腰を折られた。


「多分……。いや、間違いなく商売になる」

「その辺はミリナに頼ることになるけど」


「任せな。売れる物なら、ちゃんと考えてやるよ」


話の途中でスケさんが、手にしたボウルをカン、カンと叩いた。


「……あー」


「喋ってないで手伝えって言ってる?……それとも別の種?」


スケさんが二度、大きく頷いた。


「分かったよ。次の種を蒔こう」


――――


育てるのが難しくて挫折したスイカとメロンの種。

それと、害虫対策が面倒で諦めたトウモロコシ。


「スケさん、これなんだけど」

「難しいし、面倒だけど、大丈夫?」


スケさんが親指を上げてくれた。


「ありがとう。全部スケさんに任せるよ」


それ以外にも、余っている春植えの種を全部渡し、

俺たちはスケさんを手伝った。



「はー……」


一拍。


「腰痛てー……」


「ふふふっ」


「歳には勝てないようだね」


「ほんとにね……」


(プランターの数が50を超えた辺りから薄々は感じてたけど……)


(誰だよ、農業がスローライフとか言った奴は……)


(全っ然、スローライフじゃない)


こっそりと愚痴をこぼしながら、種を蒔き続けた。



しばらくして、太陽が高くなってきた。


「そろそろ昼にしようか」


「そうね」


「あたしも腹が減ってきたよ」


俺は浸しておいた米の鍋を火にかけた。


――――


米が炊き上がるまでに、味噌汁を作る。


鍋に湯を沸かし、手持ちの鰹節を入れる。


具は、こっちで売ってる大根っぽいやつと三つ葉、

それに油揚げ……の代わりに、肉屋で買った油かすだ。


二人も手伝ってくれた。


(手持ちの味噌もそろそろなくなるけど……)


「油揚げが無いから、油かすで」


「油揚げって何だい?」


(やっぱりか……)


「えっと、さっきの豆を加工すると色々作れるけど」

「その一つだね」


「へえ……」


「ふ~ん」


「あのさ……、この世界の味噌とか醤油って、どんな豆使ってるの?」


「そら豆とかひよこ豆よ」


「そうなんだ……」

「……じゃあ黒豆が儲かるのは決まったようなものだね」


「それは嬉しいね」


「頼りにしてますよ、ミリナ店長」


「任せておきな」


「ふふっ」


「でも、油揚げとやらがなくてもいいんじゃないかい?」

「油かすは、私もシチューに入れるし」


(そうだったのか……。あの美味さの秘訣は油かすか……)


そんなことを話しながら、次はおにぎりを握る。


お約束の塩昆布と秘蔵の梅干し。

多分夏まで持たない海苔。


「おや、おにぎりかい?」


「は?」

「この世界、おにぎりあるの?」


「あるわよ」

「塩昆布も梅干しも」


「私らも、たまに食べてるよ」


「は?…どういうこと?」


(どうなってんだ、この世界)

(日本食が浸透し過ぎてないか?)


「アンタの梅干しは少し小さいけど、赤いんだねぇ」


「ははは……」


(くっ…)

(梅が高くて、小さいのしか買えなかったんだよ)


「ま……まぁ、梅の木も5本あるから……」

「数年後には家で採れるから……」


「なにをしょげてんだい?」


「いや…別にそういう訳では……」


「小さいって言われたのを、気にしてるのかい?」


「だから違うって……」


「ふふっ」


エレジアが小さく笑った。


「ほら、食べましょう」


「うん」


俺たちは出来上がったおにぎりと味噌汁を囲み、昼食を取った。



この世界にも普通にある、ただのおにぎりと味噌汁。


そのはずなのに――


「美味しい……」


そう呟いたエレジアの表情が、妙に印象に残った。



――――



昼食を終え、午後の作業に戻る。


ふと見ると、スケさんが自分専用の区画で何かを植えていた。


「スケさん、何植えてるの?」


エレジアが少し笑った。


「ああ、あれね。あの子、あれを植えたいって」


「へぇ……」


「……まあ、好きな物くらい自分で育てたいんじゃないかしら」


「なるほど」


スケさんをよそ目にしながら、

今度はミリナとエレジアの主導で、ハーブ類を植えることになった。


「その前にジャクイユ、便所を借りるよ」


「あ、うん。どうぞ」



しばらくして、ミリナの大声が聞こえた。



「汚ったないねぇ!」


うちの便所は、昔ながらの汲み取り式。


(だから転移しても使えたんだが……)

(でも、掃除もほとんどしてなかったからなぁ)


「アンタ……」


ミリナが厳しい目つきで俺を見る。


「エレジアにも、この便所を使わせるつもりだったのかい?」


「あっ、はい……。……そうです…ね……」


俺は一瞬で、逃げ道がないと悟った。


「ははは……。俺に掃除をさせたらダメだからね……」


ミリナは呆れたようにため息をついた。


「まったく……。こんな状態で、よく平気で暮らせるもんだよ」


「俺は慣れてるから……」


「慣れるんじゃないよ。掃除するんだよ」


「はい……」


「ほら、そこに座ってな。あたしがやるよ」


「え、いいの?」


「良くないからやるんだよ」


ミリナが掃除道具を手に取る。


「エレジア、悪いけど手伝っておくれ」


「ええ」


二人が掃除を始める。


「男の独り身って、皆こんなものなのかい?」


「彼には無理よ……」


「そこまで言うかね」


「だって、家の中を見たでしょう?」


「……それもそうだねぇ」


「でも、彼なりに頑張ってるのよ」


「まあ……それは分かってるけどさ」


「ありがとうございまーす!」


「アンタはもう少し、申し訳なさそうにしな!」



その後もミリナの嫌味を聞きながら、俺たちはプランター群に集まった。


種袋の絵やプランターの現物を見ながら、二人が次々と聞いてくる。


「これは何だい?」


「青じそだよ」


「青い……しそ?」


「そう。食べられるよ」


「紫蘇って言うのね。これもハーブなのよね?」


「そう。こっちは赤紫蘇ね」


「これも食べられるの?」


「うん。梅干しが赤いのはこれね」


「梅干しって、赤くするものなのかい?」


「まぁ……普通はそうかな……」

「赤くない梅干しも普通にあるよ」


(まさか、紫蘇が無かったとは……)


「紫蘇は、もうそこらのプランターから生えてるね」

「これは気を使わなくても増やせるから」


「じゃあ、これは?」


「ごぼう。根っこを食べるやつね」

「この種、スケさんに渡すの忘れてたわ」


「ええ?根っこを食べるのかい?」

「あたしらも、似たような物を薬としては使うけどさ」


「そうだよ。ごぼうは美味しいから大丈夫」

「炊き込みご飯とか、味噌汁に豚肉と入れるともう堪らんね」


「そうなんだ」


「そうなのね……」


「うん、超おすすめ」


その後も、レモングラスは雑草じゃないとか、

ニラやネギ、わけぎとらっきょうの違いを説明したり、

忘れていた生姜を見せたりした。


「異世界のハーブ、悪くないじゃないか」

「これは金になりそうだね」


「そうなってくれると嬉しいね」

「いや、紫蘇や生姜は売れるの確定だと思う」


「そうなのかい?」


「間違いないよ」

「薬味で青じそと生姜、梅干しに赤紫蘇は確定だし」

「紫蘇ジュースとか夏場に飲むと最高だよ」


「それは楽しみだね」


ミリナがプランターを指さす。


「これは何かの柑橘類のようだね」


「うん、みかんとはっさくと夏みかん。…あと、すだちかな」


「全部聞いたことがない名前だね」


「まぁこの世界のと、そう変わらんと思うけど、美味しいから」

「この辺はスケさんの手が空いたら、植えてもらおうかな」


「こっちはなんだい?」


「この3本は梨だね」

「あとの2本は柿」


「ああ、梨なら分かるよ」


「見た目は少し違うと思うけど、これも美味しいから」


「へええ。楽しみだね」


「こっちも、時期になったらスケさんに地植えしてもらうつもり」


(接ぎ木で増やしまくって……)


さらに別のプランターを指差される。


「これはオレガノかしら?」


「……え? 知ってるの?」


「私の畑にもあるわよ」


「知ってるよ。料理に使うじゃないか」


「あ、うん……そっか」


「ピザにも使うわね」


「ピザもあるの?」


「あるわよ」


「……トマトがないのに?」


「ええ……」


「ふ~ん」


ミリナが他のプランターを指差す。


「これは?」


「チェリーセージだったかな。食べられないけど」


「食べられないのに植えてるのかい?」


「観賞用だけど、防虫とか匂いを活用……ミリナのほうが詳しいか」

「あと、乾燥させて燻すと魔を払うとか何とか……」


(食えると勘違いして買っちゃっただけですが……)


「なるほどねぇ」


「食える方のセージは、あっちの少し大きいやつだね」


そんな調子で、

俺の持っていた種やプランターのハーブを、エレジアの畑へ移していった。



――――



植え替え作業も終わり、最後にスナップエンドウとイチゴを収穫することになった。


「イチゴね!」


「待ってたよ」

「ようやくイチゴを食べられるんだね」


二人とも、待ちきれないといった様子でプランターへ向かう。


その横を、スケさんが通り過ぎた。


そして、迷うことなく赤く熟したイチゴを一つ摘む。


(スゲーな、スケさん……)


初めて見るはずなのに、一番良さそうな実を選んでいる。


その後もスケさんは、良く育ったイチゴを次々と選んで摘んでいった。


「スケさん、本当に凄いな……」


俺も負けじとイチゴを収穫する。


続いて、スナップエンドウも収穫していく。


全員で沢山のプランターに群がり、

食べ頃のものを選びながら、次々と収穫していった。


――――


収穫したスナップエンドウを全員で筋取りする。


「あっ、筋取るだけだよ。皮も食うからね」


ミリナが、少し不思議そうな顔をした。


「これ、皮ごと食べるのかい?」


「うん」


「そうなのね……」


「大丈夫なのかい?」


「大丈夫、間違いなく美味しいから。……皮も」


「そうなのかい……」


ミリナを横目に、鍋で茹でる。

イチゴも”エレジア水”で洗って皿に盛り付けた。


「いいなぁ、エレジア水」

「俺も魔法使いたいなぁ……」


「なんか言い方が引っ掛かるけど……」


「エレジア、話に乗っちゃダメだよ」


「なになに? そっち方面の話に持っていきたいの?」


「アンタ、エレジアに嫌われたいのかい?」


「あっはい。…すぐやめます……」


「ふふっ。……程々にね」



そして、手持ちのマヨネーズを取り出す。

これで最後の一本だ。


「おや、それはマヨネーズかい?」


(まさか……、またかよ)


「えーっと、あるんだ……ここにも」


「あるわよ」

「売ってるお店もあるし」


「普通に作るよ」


「そっか……」


(生卵使えるってことは……養鶏もしっかりしてるのか)


モヤっとしながら、マヨネーズを器に盛り付けた。


「じゃあ、食べようか」


「どれ、観念して食べるとするか」


「ええ」


三人でスナップエンドウを手に取る。


二人の疑念は、まだ晴れていないようだ。

恐る恐る、スナップエンドウを口に運ぶ。


目を瞑って噛る二人。


「……美味しい!」

「皮もこんなに美味しいなんて……」


「これはいいねぇ」


「やっぱうめー!」


「このマヨネーズ、美味いねぇ」


「本当に美味しいわ」


(やっぱり、採れたては最高だな)


――――


あまりの美味さに満足していたが、

ふと、気になることがあった。


(……う~む……)


これまでも、鰹節に味噌や醤油、うどんにカツ丼があった。


それと――


(おにぎりもある。梅干しもある)

(ピザまであるし、マヨネーズまで普通に作ってる)


今日だけでも、これだけある。


(俺がこれから広めようと思ってた物が、ほとんど存在してる)


「あのさ……教えてほしいんだけど」


「何かしら?」


「この世界のおにぎりとかマヨネーズってさ、誰が広めたの……?」


「え?」


「昔居た、英雄様だよ」

「あんたの同類さ」


「一体、何者なんだ?」


「どうして急にそんなことを聞くんだい?」


「いや……」

「俺が思いつくような物が、ことごとく広まってるからさ……」


「……」


エレジアが、ほんの少しだけ視線を逸らした。


「英雄様は、凄い人だったのよ」


「ふ~ん……」


「色々な物を、この世界に広めてくれた人なの」


「それと、盗賊を退治しまくって、治安も良くしてくれたそうだよ」


「そうなんだ……」


(クソっ、英雄様め……)

(俺のネタを……先回りばっかしやがって……)


「じゃあ、次はイチゴね!」


「そうだったね。食べよっか!」


「……あま~い!」

「本当に美味しい……!」


「イチゴ最高だねぇ」


ミリナの目つきが変わった。

これまで以上に、商売の目になっている。


「これは売れるよ! 」

「ジャクイユ! もっともっと苗を増やすんだよ」


「うん、もちろんね!」


(まぁ実際に増やすのはスケさんだけど)


ちらりとスケさんの方を見ると、親指を上げてくれてた。


(やっぱり、スケさん頼もしいわぁ)


二人は、嬉しそうに次々とイチゴを口に運んでいる。


俺も一つ摘まんで食べる。


「う……。……微妙だった……」


「たまにハズレがあるのは御愛嬌ね」


その時だった。


ふと横を見ると、スケさんがこちらを見ている。


「……ん?」


スケさんが、イチゴを指差した。


「スケさんも食べたいの?」


スケさんが大きく頷く。


(そうだよな……)


(スケさんも元は人間だ)

(そりゃ、食べたいよな)


「いいよ、スケさん。一緒に食べよう」


俺はイチゴを一つ、スケさんに渡そうとした。


すると、スケさんがズボンに手を掛けた。


「……ん?」


そのまま、スケさんがズボンを脱ぎ始める。


「えっと…、君は何をしているのかな……?」


俺は呆然とした。


「まさか……」


スケさんと目が合う。


「まず服を脱ぎます、って話?」


スケさんが大きく頷いた。


(いや、ネタは通じてないだろ)


「何で脱ぐんだい?」


ミリナが不思議そうにスケさんを見る。


「……服が汚れるから……とか?」


俺も自信なさげに答える。

エレジアは首を傾げた。


スケさんが、もう一度大きく頷いた。


「……なるほど」


(あっ、下だけなんだ……)


「まぁいいや」

「落としたやつは、すえぞうが食べるからさ」


スケさんは嬉しそうにイチゴを受け取った。


そして――


骨だけの手で、大事そうにイチゴを口元へ運んだ。



どうせ顎から落ちるとか、味も分からないだろとか野暮なことはいい。


――スケさんも一緒に楽しんでくれれば。



そう思った矢先だった。


「えぇええええ?」

「顎から落ちないんかい!」


思わずツッコんでしまった。

エレジアもミリナも驚いていた。


「凄いわね、スパルトイって。こんなの知らなかったわ」


「私も驚いたよ。骨の魔物がこんなことできるなんて」


「魔物とは少し違うけどね」


骨の手で覆って、咀嚼しながら頷くスケさん。


「あっ、美味しいんだね、良かったよ」


歯も汚れず、周りに果汁も飛び散っていない。

さすがに消化はされないみたいだが、しっかりと下半身から落ちていた。


すえぞうが落ちたものを食べている。


(しかし……スケさん、ほんと汚れないのな……)


「スケさん、スナップエンドウもどう?」

「食感がいいから、美味しいと思うよ」


スケさんが嬉しそうに頷いた。


「じゃあ、どんどん食べて」

「まぁ、実際に食べるのは、すえぞうだけど」


俺がそう言うと、すえぞうが嬉しそうに尻尾を振った。



そんな感じで、俺たちは収穫した野菜を堪能した。


片付けを終える頃には、日もだいぶ傾いていた。



――――



今日の締めで、ミリナが商店街の酒場で奢ってくれることになった。

すえぞうとスケさんには、家で待っていてもらう。


「やったー! 奢りだー!」


「ふふっ、良かったわね」


「後から高く付くとか考えないのかね、この男は……」


ミリナが呆れたように呟く。


ミリナの小言を楽しく聞きながら、俺たちは酒場へ向かった。



――――



酒場に着くなり、ミリナが店主に声を掛ける。


「おや、今日は親父さん居ないのかい?」


「はい、今日は早番で……」


「久し振りに、からかってやろうと思ったんだけどね」

「とりあえず、例の肉、出しておくれ」


「はい。今出しますね」


「他の料理も、アンタに任せるから」

「適当に出しておくれ」


「はい!」


ミリナが慣れた様子で注文を済ませる。


「ほら、座りな」


「何?」


「今日は肉を用意させてある」


「ほんと!? うぉおおおおお肉ぅうううううう!」


「そんなに喜ぶことかねぇ」


「だって、肉だよ? 肉!」


「エレジア、酒はどうする?」


「私はシードルでいいわ」


「あたしはエールだね」


「じゃあ、俺もエールで」


エレジアが、少し困ったような顔をする。


「……エールは、あまりおすすめしないわよ」


「そうなの?」


「まあ……飲んでみれば分かるわ」


「ほら、乾杯するよ」


ミリナが杯を掲げる。


「これからの儲けを祝って」


「乾杯!」


三人で杯を合わせる。


俺もエールを口に含んだ。


「…………」


(無理……)

(すっごい酵母臭い……)


「どうしたんだい?」


「……うん、これは無理かも……」


「普通のエールだよ?」


「これが普通なの……?」


思わず顔をしかめてしまう。


(まるで炭酸水に砕いたエビオスと――)


そこまで考えて、やめた。


「ふふっ」


エレジアが笑っている。


「ほら、言ったでしょう?」


「……うん。……俺もシードル頼んでいいかな?」


「軟弱な男だねぇ」



しばらくして、店の奥から肉の焼ける匂いが漂ってきた。


そして、大きな肉の塊が皿いっぱいに盛られて運ばれてきた。

表面には香ばしい焼き目がつき、肉汁が滴っている。


(うぉー! 異世界のお肉ぅううう)


「ほら、ジャクイユ、遠慮せずに食べな」


「いただきまーす!」


「いただきます」


気を取り直して、肉にかぶりつく。


「……んっまっ!」


この香ばしさでいて、中は柔らかい。

味もしっかり染みていて、どこか懐かしいような味がする。


(こういう肉、元の世界でも食ったことあるなぁ)


「美味しいわね」


「美味いだろう?」


三人で肉を食べ進める。

この馴染みのある味で、ふと気になって聞いてみた。


「これ、何の肉?」


「牛だよ」


「……普通に牛なんだ」


そして、もう一つ気になったことを聞いてみる。


「そういえば、なんでこんな肉を用意してくれたの?」


「エレジアから聞いたんだよ」


「え?」


「アンタ、肉が食べたいって言ってたんだろ?」


「確かに言ったけど……」


「ふふっ」


エレジアが、嬉しそうに笑っている。

その笑顔が、やけに眩しく見えた。


「エレジア、ありがとう」


「どういたしまして」


「おや、私にお礼はないのかい?」


「もちろん、用意してくれたミリナもね。ありがとう」

「それと、作ってくれた若店主もね」


若店主が、ぺこりと頭を下げる。



それからしばらくは、余計なことを考えずに肉を楽しんだ。



「いやぁ、たらふく食った……」


さすがに、もう食べられない。


「残った分は持って帰ればいいんじゃないかい?」


「いいの?」


「ああ、そうしな」


ミリナが残った肉を包んでもらう。


「すえぞうも食うだろうし、あの骨にも持って行ってやりな」


「うん、今日は本当にありがとう」


「礼はいいよ。その代わり――」


ミリナが俺を見る。


「明日からも、しっかり働いてもらうからね」


「うん、もちろん」


(う~ん、プレッシャー)


「稼げるようになったら、ちゃんと家も建てるんだよ」


「あっはい。頑張ります」


「ふふっ」


その後、俺たちは酒場を出た。



――――



ミリナにお礼を言って、エレジアと二人で帰る。

すると、すえぞうとスケさんが迎えに来てくれてた。


(あー、少し空気を読んでほしかったけど)

(これはこれで……)


「二人にお土産あるからねー」


皆ですえぞうをなだめながら、家へ向かって歩き出した。

すえぞうが俺たちの前を歩き、スケさんが少し後ろをついてくる。


エレジアと並んで歩きながら、ふと空を見上げた。


そこには、見慣れた星々が輝いていた。

この世界に来てから、何度も夜空を見上げている。


空気が澄んでいるせいか、元の世界よりも星がよく見える。


(綺麗だな……)


梅雨がある。

季節もある。

一日の長さも、暦も似ている。


でも――


地軸の傾きが…とか、そんなことを考えるまでもなかった。


星の配置が、転移前と変わっていない。


(……やっぱり)


(最初から分かっていたが……)


(ここは、俺の知っている地球と同じだ)


……いや。


別の世界にある、もう一つの地球なんだろう。


(こうなると、地図を見てみたいな……)


エレジアが、不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる。


「どうしたの?」


「いや……星が綺麗だなと思って」


「そうねぇ」


エレジアの家に着いた。


(ちょっと聞いてみるか)


「あの星座は?」


エレジアが空を指差す。


「北斗七星よ」


「あーやっぱりそうなんだ」


「どうしたの?」


(これも翻訳されてるのか、それとも本当に同じ名前なのか……)

(まあ、どっちでもいいか)


「ううん、何でもないよ」


エレジアと並んで、しばらく星を眺める。


(なんだかんだ、今日は疲れたな……)


(でも――)


(なんか楽しかったな)


「だよね、すえぞう君」


すえぞうが首を傾げる。


「スケさんも。今日はお疲れだったね。ありがとう」


親指を立てるスケさん。


「エレジアも。今日は本当に楽しかったよ、ありがとう」


「私もすっごく楽しかった」

「……また、一緒にご飯食べようね」


「うん。もちろん」


「じゃあ、また明日」


「うん、また明日」


エレジアが笑顔で手を振る。


俺も手を振り返し、家に戻った。





第二十六章 終わり



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