番外編 ④ これは仕事か、デートか(エレジア視点)
遅めの朝。
彼――ジャクイユは、もう出勤した後だった。
(少し寝過ぎたかしら…)
私――エレジアは、軽く朝食を済ませ、
明日の、彼とのテンパー行きの為の準備を始める。
(用意するものはカバンと外套だけでいいか)
カバンに印章と証文、宝石を詰める。
(そうだ! 彼の外套…)
ふと思い出した。
「さすがにあの格好で街を歩くのは……目立つわね」
思わず声が漏れる。
(用意できるか、ミリナに聞いてみよう)
そして干している薬草を取り込み、別の薬草を干す。
(もうっ。結局、納品の準備はしなきゃいけないから大変)
その後は昼まで部屋の片付けをする。
――――
昼。
昼食を食べていると、また彼の犬がやってきた。
今日はスパルトイも一緒だ。
「ワンちゃんこんにちは。ほら、ご飯よ」
犬は相変わらず、勢いよく食べ始める。
(ほんとに、遠慮という言葉を知らないわね…)
「あなたも元気そうね」
スパルトイも、動きが軽い。
私は気になっていたことを尋ねる。
「ねぇ、彼はちゃんと食べてるの?」
スパルトイが頷き、身振りをする。
「彼も、犬も、朝晩きっちりですって?」
もう一度、頷く。
「そう……ならいいんだけど」
(ちゃんと食べてるなら、少し安心ね)
私は犬に視線を戻した。
「それなのに、この食べっぷりなの?……凄いわね」
スパルトイが口を開け、歯を鳴らすように笑う。
「……そうよね。流石にこれは呆れるわ」
食べ終えた犬は、満足そうに息を吐いた。
(まあ、元気ならそれでいいのかもしれないけど)
私は再びスパルトイを見る。
「あなたも……何か楽しそうね」
スパルトイが嬉しそうに頷く。
――今、畑を作っている。
「そう、良かったわね。あなたの本職だものね」
――ボスがたくさんの野菜の種を見せてくれた。
――今年は野菜を沢山作る。
「それは楽しみね。売れるほど作れたら、彼の助けにもなるわ」
――ボスの手助け、嬉しい。
「あなたは、主が“レッド”じゃなくて彼だって分かっているのね」
――ボスはボス。
「……そう。私も嬉しいわ。これからもお願いね」
スパルトイは大きく頷いた。
でも、まだ何か言いたげにしている。
「えっ? まだあるの?」
――肥料が心配。
――種も欲しい。
「分かったわ。今度頼むときに一緒に買ってあげる」
「その代わり、私の畑も少し見ておいてね」
スパルトイは一拍間を置き、それから頷いた。
「……何よ、その間は」
すかさず、スパルトイが両手を振って否定する。
「ふふっ、冗談よ。分かってるわ。彼が一番なんでしょう?」
スパルトイはまた頷いた。
「そうだ、明日なんだけどね」
「彼も私も朝から出掛けるの。帰りも遅くなると思うから、周辺お願いね」
スパルトイが力強く頷く。
「じゃあ、そろそろ戻ったほうがいいわね」
「畑作り、頑張って」
スパルトイは一礼し、犬と共に去っていった。
(ふふっ、楽しそうで良かったわ)
――――
午後。
頃合いの時間になり、ミリナの店へ行く。
店に入ると、奥からいつもの明るい声が飛んでくる。
「おや、来たね、エレジア」
「ジャクイユ! エレジアが来たよ!」
彼の返事が少し遅れて聞こえた。
「ごきげんよう、ミリナ」
「彼はどう?」
「ああ、今日は薬草挽きをさせてるよ」
「種剥きよりかは楽だから、気は楽なんじゃないかね」
「そう、今日倒れると私も困るから、良かったわ」
私は彼に挨拶をし、軽く息を整えて席についた。
今日の彼は、どこか不思議そうな顔をしている。
「さ、お茶にしようか」
ミリナが慣れた手つきで茶を淹れる。
薬草の少し強い香りが、店の空気に広がっていく。
今日も同じ色の茶を、彼の前に置く。
「おや、もう慣れたのかね、普通に飲んでるよ」
「次はもう少し濃い目に淹れようかね」
「もうっ、ミリナったら」
「食べてないんなら、この薬草茶が一番だよ」
「それがね、朝晩しっかりと食べてるみたいなの」
「血色は良いから心配はしてないけど、良かったじゃないか」
「ええ、そうね。それにね、彼の犬も朝晩食べてるって」
「そうだったのかい」
「で、昼にエレジアの家に来て食べるんだろ?」
「……ええ……」
ミリナは呆れたように肩をすくめた。
「あの犬は、どんだけ食い意地が張ってるんだい?」
「そうなのよね…。心配になるぐらい食欲旺盛よ」
「エレジアも気苦労が絶えないね」
「さ、ジャクイユに明日のことを伝えようか」
ミリナは楽しそうに、身振りで彼へ伝える。
――明日は早く来い。
――エレジアとテンパーに行くんだ。
彼は一瞬固まり、意味を追いかけるように目を瞬かせる。
ミリナがもう一度繰り返すと、彼は私の方を見る。
私はただ微笑んだ。
その瞬間、
彼は再び固まり、そのまま呆然としていた。
「ありゃ、ジャクイユが驚いたまま固まっちゃったよ」
「無理もないわね」
「しばらく放っておこうか」
「…ええ、そうね」
「あっ、そうだ、彼の外套なんだけど……」
「ああ、分かってるよ、ちゃんと用意してある」
「ありがとう、ミリナ。大好き!」
「旦那が着てたやつだけどね」
「あっ、別れた旦那さんの……」
ミリナが少しむっとしたように言う。
「死んだ旦那のだよ」
「……ええ、そうだったわね……」
私が言葉を選ぶより先に、
ミリナは、鼻から空気を抜きながら話題を切った。
「それで明日の買い出しだけどさ……」
「ええ…」
(触れられたくない過去は誰にでもある……)
「いつもの種を2袋分と、新しい薬草。
…あとは、別の種も買ってきてもらおうか」
「分かったわ」
「あの種は、うちの店の生命線だからね」
「ジャクイユも入ったことだし、少し商品を増やそうかと思ってね」
「ミリナの化粧品は、お肌に優しいから好きよ」
「エレジアが居てくれるから、良い物が出来るんだよ」
「うふふっ、ありがと。嬉しいわ」
「さて、仕事に戻るかね」
「エレジア、薬草詰めを手伝っておくれ」
「勿論よ」
私は何も言わず、手を動かした。
――――
彼の仕事が終わる頃になる。
彼は呆然としたまま、ミリナに明日のことを念押しされていた。
私はそんな彼を手を振って見送った。
(また明日ね)
彼が粉にした薬草の残りを瓶に詰めていると、
ミリナが口を開いた。
「エレジアも明日の朝は早いんだから、もう帰んな」
「ええ、そうね。…そうするわ」
「ほら、ポトフだよ、持ってお行き」
「ありがとう」
「明日は頼むよ」
「ええ。じゃ、また明日」
私はポトフを受け取り、手を振って店を出た。
外に出ると、夕方の空気が少し冷たかった。
薬草の匂いがまだ服に残っている気がする。
(……ああやって終わらせるのは、ミリナらしいわね)
(少しだけ、置いていかれた気もするけれど)
軽いため息がこぼれた。
(今日も、短いようで長い一日だったわ)
そう思いながら、ゆっくりと家へ戻った。
――――
家に着き、ポトフを温めて食べる。
静かな家で一人だと、余計に明日のことを意識してしまう。
(彼とテンパーの街を歩く……)
その言葉だけで胸の鼓動が強くなる。
ふと、昔の記憶がよみがえる。
――二人で、色んな街を歩いた日々。
人混みの中で騒いで、周りに笑われたこと。
何気ない通りを、手を繋いで歩いたこと。
(ダメ、こんなことしてると寝られなくなる……)
食器を片付ける手に少しだけ力が入る。
気持ちを振り払うように身を整え、体を拭き、ベッドに入った。
(……でも、楽しみなのよね)
布団を引き寄せながら、小さく息を吐く。
高鳴る気持ちは、すぐには落ち着きそうになかった。
――――――――――――――――――――――――
翌朝。
予定より早く目が覚めた。
食事はポトフの残りで軽く済ませ、顔を洗った。
冷たい水で私の気持ちが引き締まった気がする。
次に身だしなみを整える。
(特に何もないけど…。 ”あの人”と一緒に歩くんだから…)
そして、カバンを腰に着け、外套を着て外に出る。
私は家の前で彼が来るのを待った。
(もう”あの人”を支えるって決めたんだから…)
しばらくすると、彼が歩いてきた。
声を掛けると、彼は物凄く驚いていた。
(今まで言わずに、ごめんなさい)
固まっていた彼が我に返り、挨拶を交わす。
すると、一着の服を差し出してきた。
その服は、まるまると膨らんでいて、とても軽い。
匂いを嗅ぐと、ほんのり鳥の匂いがする。
(中に…鳥の羽根……?)
(でも彼がくれるんだから)
彼に外套を一度持ってもらい、その服を着てみる。
(特に暖かいってわけではないわね)
彼は私の外套姿を見て、気まずそうな顔をしていた。
(大丈夫よ、ミリナが用意してくれてるわ)
「さあ、ミリナの店に行きましょ」
二人で薬屋まで歩いた。
――――
店に着くとミリナはカウンターに腰掛けていた。
「おはようミリナ」
「おはよう。二人一緒なんだね」
ミリナの目が一瞬細くなった。
「ええ、お隣さんだし」
「それもそうだね」
ミリナはそう言うと彼に外套を差し出した。
彼はそれを受け取ると、困惑したまま羽織った。
「おやおや、意外に似合ってるじゃないか」
「ふふっ、そうね」
(懐かしい……。彼の外套姿)
「それと売りに行く瓶だよ。…あとは、大袋4つだ」
「ほらっ、行ってきな」
「ええ、行ってくるわ」
「気をつけて行くんだよ」
「ありがとう」
――――
店を出て馬車乗り場まで歩く。
しばらくすると、身体が暖かく感じてきた。
(この服のお陰かしら……)
乗り場に着いて馬車を覗くと席が空いてない。
一部の乗客が広々と座っていた。
「ほらっ、開けて! 予約席よ!」
(んもう…)
馬車に乗り込む時に、彼がクッションを差し出してきた。
(何かしら、これ…)
触ってみると、不思議な感触。
(なんか、スライムっぽいわね)
それをお尻に敷き、二人で座った。
馬車が動き出してしばらくした後。
(このクッション、…良いわね)
(そんなに急がない馬車だから、無しでも耐えられるけど)
(それでも…これは、ありがたいわ)
(それにこの服も…。毛皮とはまた違う暖かさだわ)
私は彼に感謝を伝えると、にっこりと微笑んでくれた。
――――
しばらく馬車に揺られていると、テンパーの城壁が見えてきた。
彼は城壁を見て少し怯えていたけど、
馬車が街に入ると、周りの様子を見て楽しんでいるようだった。
――――
馬車を降りるなり、彼が町の名前を尋ねてくる。
「ここはテンパーって言う、大きな街よ」
次に、私たちの村の名前を聞いてきた。
「リベリン村って言うのよ」
それを聞いた彼は何度も頷く。
私も釣られて頷いていた。
(うふふっ)
「さぁ、まずは買い出しよ」
私は彼の手を引いて朝市に向かった。
(用事は先に済ませちゃいましょ)
手早く4つの大袋を一杯にし、二人で商業組合に向かう。
途中でなぜか彼は立ち止まり、膝をついていた。
不思議に思って声を掛けると、彼はにっこり笑って歩き始めた。
(あー、思い出せないけど、昔も何か…そんなことがあった気がする)
商業組合に着き、私たちは大袋を全部預けた。
「さあ、次はあなたの用事を済ませちゃいましょ」
「瓶を出してくれる?」
彼から瓶を受け取り、組合の担当者に買取先を尋ねてみる。
「ふんふん、あそこの陶器商ね。…ジャンさんだったかしら」
「…確かにガラス製品もあったわね。教えてくれてありがとう」
「さあ、瓶を売りに行きましょ!」
私は無意識に彼の手を取り、歩き始めた。
――――
「確かこの店だったわね」
店内は、相変わらず整理されているとは言い難い。
だが雑然としているというより、 “価値の基準だけが残っている空間”に近かった。
私はドアを開け、声を掛ける。
「ジャンさん、…居るわね」
奥から、ゆっくりとした視線がこちらに向く。
「…おや、どなただったかな」
「もう覚えてないかしら…」
「ふむ……記憶には薄いが、印象には残っておる。娘さん」
「エレジアよ、思い出してね」
「そうじゃったな。……ずっと娘さんのエレジアさんじゃ」
(……相変わらず、基準が曖昧ね)
「ちょっと買い取ってもらいたい物があるの」
その言葉に、ジャンさんの視線が一段だけ鋭くなる。
「ふむ……持ち込みか。それはまた、面白い」
「ジャクイユ、背中の瓶を出して」
瓶がカウンターに置かれると、ジャンさんは一度だけ息を止めた。
それから無言で持ち上げ、光にかざすように眺める。
「……見覚えのない透明度じゃな」
「こんなガラス瓶見たこと無いでしょ?」
「厚みも均一で、中身が見えるのよ?」
「おぉ、そうじゃのう…」
だが声は上の空だった。
手元の瓶から視線が離れない。
「ジャンさんなら分かると思うけど、出すところに出したら国宝級よ」
「う…うむ、そうじゃのう」
「何とか高値で買い取ってもらえないかしら」
「う~む……、そう言われても…、わしも手持ちが少ないからのう」
ジャンさんの目が、瓶のラベルに留まる。
指で瓶を弾きながら話を続けた。
「おや、このラベルは……」
「良いでしょう? 趣があって。……異国の物よ」
「……確かに……」
その後もジャンさんは瓶に釘付けだった。
――その時。
彼――ジャクイユがもう一本の瓶を手に取り、ラベルを剥がそうとした。
途端にジャンさんの喉が低く鳴る。
咳でも制止でもない。
“価値の喪失”に対する反射に近い音だった。
私は即座に彼の手を止める。
困惑する彼。
ジャンさんは瓶から視線を外さないまま、わずかに首を振った。
「……それは、外してはならん部位じゃな」
「彼は、このラベルの価値を分かってないのかね?」
「ええ、多分……」
しばらくの沈黙が続き、時間だけが過ぎていく。
ジャンさんは、鼻から息を何度も吐きながら考え込んでいた。
そして、ようやく口を開いた。
「1本金貨20枚じゃな」
そう言いながら、カウンターの下から金貨を取り出して、4列を並べた。
迷いはないが、確信とも違う。
“市場に当てはめた仮の値”のような声だった。
「もう少し、何とかならないかしら?」
「そう言われてものう……」
「彼はまだ瓶を持っていると思うわ、今後もここで買い取ってもらうから…ね?」
「う~む……」
「仕方ないのう、更に5枚追加じゃ」
「ありがとう、ジャンさん」
「構わんよ。…美人さんに言われてはのう…」
「ほれ、袋はオマケじゃ」
私は、金貨を袋に詰めるジャンさんをよそ目に、
ふと彼の方を見た。
すると彼は、必死に平静を装いながら、ほくそ笑んでいた。
(…ふふっ。 …私はお見通しよ)
ジャンさんは袋を彼に渡すと、手を差し出して握手を求めていた。
彼も手を差し出し、二人は固い握手をする。
そのまま、ジャンさんは話を続けた。
「今後の買取は、これ次第じゃな」
「ええ、そうね。……手持ちは用意しておいて」
「ふむ。……まだ持ち込む気かね」
「ええ、瓶以外もね」
「……なるほどな」
ジャンさんは、ほんのわずかに口角を上げた。
「それは、楽しみじゃ」
「ええ、楽しみにしておいて」
満足そうなジャンさんに見送られながら、
私たちは店を出た。
――――
嬉しそうな彼を見て、私も思わず笑顔になった。
――でも。
(まだ宝石の換金が残ってる……)
私はまた彼の手を取り、歩き始めた。
すると、彼は握り返してきた。
また昔の記憶が蘇る。
(ほら、ギュッとしてないと、はぐれちゃうぞ)
そう言って、しっかり私の手を握って歩いてくれたあの頃。
私も彼の手をしっかり握ってオルベイン商会に向かった。
――――
商会のテンパー支店に着いた私たち。
(今の商会に、この印章と証文が通じるかしら……)
店員に印章を見せると、奥の部屋に通される。
彼に部屋で待つように言い、私は廊下で支店長と話した。
「まず、この宝石を換金したいの」
「最初の1つか2つは換金で。残りは預かってもらえるかしら」
カバンから取り出した宝石を見て、支店長が驚いた顔をする。
そして、宝石と私の顔を何度も見返していた。
「こちらは、少々金額が張る品物のようですね。
本店への問い合わせと確認が必要になりますので、お時間が掛かります」
「そう……。どれぐらい?」
「最低でも、一月は掛かるかと…」
「そう…、仕方ないわね。お願いするわ」
(すぐに換金はできないのね…)
「じゃ、あとは…この印章と証文の名義変更なんだけど」
「…元の持ち主から私名義になっているけど、更に変更したいの」
「はい、問題ありません」
「当商会の印章は引き継ぎ可能です。…証文は書き直しになりますが」
「問題ないわ。あっ…もしかして最初の持ち主の名前も入っちゃう?」
「はい」
「それは困るわね……」
「何とか消してほしいの…。それも本店に問い合わせてもらえないかしら?」
「かなり難しいと思われますが……。一応問い合わせてみます」
「お願いね」
「じゃあ、必要書類の署名だけ、彼にやってもらうわ」
「分かりました。すぐに書類をお持ち致します」
そう言うと、支店長は廊下の奥へ下がった。
私も部屋へ戻る。
(ふぅ、やっぱり時間がかかるのね)
困惑した顔の彼に、私は微笑んで誤魔化した。
その後、支店長が持ってきた書類に彼に署名してもらう。
「では、こちらが預り証になります」
「ありがとう。…ほらジャクイユ、これ持っててね」
「では諸々お願いね」
「かしこまりました」
(何も解決してないけど、一段落ついたわ)
――――
「さぁ、ジャクイユ。テンパーの街を楽しみましょ」
(言葉が通じてないけど…。でも言いたかったの)
彼に行きたい所があるか尋ねてみると、服と風呂だと返ってきた。
(昔からお風呂が好きだったのは覚えてるけど)
私は彼の外套をめくって匂いを嗅いだ。
匂いと共に呼び起こされる、昔の記憶。
(彼の匂い……。そんなに変わってないわ)
私が大丈夫だと伝えると、
彼の顔は真っ赤になって、とても恥ずかしそうにしていた。
(ふふっ、昔は私に「風呂入れ!」とか、良く言ってたわね)
「じゃ、服屋さん行きましょ!」
彼と手をつないでテンパーの街を歩く。
あの頃は、いつも私の手を引いて歩いてくれた。
迷わないように、置いていかないように。
私の歩幅に合わせて、ゆっくり歩いてくれた彼。
私が食べたいと言った物は食べさせてくれた。
私が見たいと思った物や人も、
私が行きたい、入りたいと言った場所も連れてってくれた。
(今度は私が……)
私は彼と歩きながら、懐かしさに浸っていた。
――――
服屋に着いた。
彼はどれを買うか迷うというより、何を選べばいいのか分からないようだった。
(ダメよ、あなたにセンス無いの知ってるから)
(私に任せて)
私は彼が好みそうな色合いの服を見極めながら、
似合いそうな服をいくつか取り出して見せた。
彼はその中から上下二着を買った。
そして私の服を買いたいと伝えてくる。
「ダメよ、今のあなたはお金がないでしょ?」
「臨時収入が入ったからって、ダメよ」
でも彼は引き下がらなかった。
仕方なく、服を買ってもらうことにした。
(本当は、物凄く嬉しい……)
彼は私の服選びに夢中だった。
(でもね……やっぱり、あなたにはセンスが無いの)
(昔、それで恥ずかしい思いをしたことを、忘れてないわよ)
私は自分が着たい服を選び、彼に渡す。
彼は少し残念そうな顔をした。
――――
服屋を出ると、すでに12時を回っていた。
(お腹も空いてきたわね)
私は彼に何を食べたいかを聞いてみた。
すると彼は周りを見渡しつつ、悩みながら歩き続けていた。
そして、
ふと何かに引き寄せられたかのように足早になった。
(もしかして…)
着いたのは、和風定食屋だった。
(ふふっ、匂いに敏感なのも相変わらずね)
(そして、美味しいものを嗅ぎ分ける力も……)
私は余りのおかしさに、笑いを堪えるのに必死だった。
(自分で広めた定食屋に、250年以上後に入るって……)
店に入ると、彼は周囲を見回し、匂いの元を見極めていた。
そして遠慮しながら指を指す。
(分かったわ、うどんとカツ丼ね)
店員を呼び、注文する。
料理が届くまでの間、彼はずっと考え事をしていた。
(ふふふっ、どうせ、誰が広めたとか考えてるんでしょ?)
(もう、おかしくって…。笑いを堪えきれないわ…)
料理が届き、私たちは食べ始めた。
(あら美味しい…。店主が代替わりしたとは聞いてたけど…)
彼は驚きつつも、美味しそうに食べている。
でも最後まで、どこか考え事をしながら食べ続けていた。
食べ終わると、彼はとても満足そうな顔をしていた。
(良かった、気に入ってもらえたようで)
(でもあの顔……。なんか彼の犬を思い出しちゃった)
――――
定食屋を出て再び歩く。
もう当たり前のように手を繋いで歩いた。
私は彼とのテンパー散策を楽しんだ。
いくつかの露天を見て回ったけど、
二人で歩くだけで楽しかった。
(ずっと……こうしていられたら……)
そして角を曲がると、武具店に入りたいと彼が示した。
彼が入りたいと言うので入ったけど、
本当は私は嫌だった。
(もうあなたには、戦いとは無縁でいてほしいの)
彼は店内を物珍しそうに見回す。
すると弓に目を留め、交互に私を見る。
(あー、引いてほしいのね)
私は軽く息を吐いてから彼に笑いかけ、弓を引いてみせた。
彼はそれを見て、どこか真剣な眼差しを向けていた。
(もう…。恥ずかしいから、あまり見ないで…)
彼も弓を引いてみる。
だが引くことはできず、とても残念そうな顔をした。
(大丈夫よ、あなたには必要ないわ)
(何かあっても私が守るから)
弓を元の場所に戻すと、彼の目は一段高い場所に釘付けだった。
ミスリルの武具が青く輝いていたからだ。
(どういうこと?)
(誰も触れていないのに……)
私は物凄く驚いた。
(まさか……。彼の影響で……?)
(でも、”レッド”は、彼の魔力は弱いって言ってた…)
そんな私を尻目に、
彼が「――あれは何?」と聞いてくる。
私がミスリルだと答えると、彼はとても驚き、
オリハルコン、アダマンタイトと続けて言葉を発した。
(そこは通じるのね……)
私は、誰も触れていないのに光を放つミスリルから目を離せなかった。
でも、このままでは誰かに気付かれる。
私は急いで彼の手を引き、店を後にした。
(これは……”レッド”に相談しないと)
――――
武具店を出ると時間は午後2時前だった。
帰りの馬車まではもうそんなにない。
私が彼にそう伝え、お茶に行くことになった。
(ちょうどいいわ。私も落ち着きたいし)
少しお洒落な喫茶店に入り、二人でミルクティーを飲む。
彼と飲むお茶はやっぱり美味しい。
でも増えた考え事がそれを阻む。
(あのミスリル……)
(いったいどうなってるのかしら……)
(やっぱり、ポンコツドラゴンの見立てだったってこと?)
(彼と手をつないでいると、妙な高揚感と言うか…)
(何か体の調子が良い気がするのも…同じ理由なのかしら)
(私が舞い上がってるだけかと思ってたけど……)
(でも…いいの。今は、そういうのは置いておこう)
ふと彼を見ると、彼も考え事をしているみたいだった。
彼と目が合って、私はにっこり微笑んだ。
彼も微笑み返してくれた。
(今は、一緒に居る時間を楽しもう)
――――
時間になり、私たちは組合で荷物を受け取ると、
また馬車に揺られてリベリン村へと戻った。
ミリナの店に入り、大袋を渡す。
彼は外套をミリナに返そうとしたが、
ミリナはそのまま彼に持たせた。
「ふふっ、やっぱりミリナは優しいわね」
「どうだった? ……瓶は高く売れたかい?」
「う~ん、ジャンさんも手持ちが少なくてね」
「国宝価格とは縁遠かったわ。…2本で45枚ね」
「そうだったのかい。…ジャン爺もケチだねぇ」
「売れた価格で次は考えるって言ってた」
「私も金貨用意して、ジャクイユから1本買おうかね」
「今のうちかもね。…多分値は上がるだろうし」
「こうしちゃいられないね。もっとジャクイユを働かせて稼がないと」
「なんか順番がおかしい気もするけど…。程々にね」
「さ、もう夜だよ。…二人とも帰んな」
「ミリナ……。いいの…?」
「ああ、話は明日にでも聞くよ」
「分かったわ、おやすみ」
「ああ、また明日」
二人でミリナの店を後にする。
――――
帰り道はとても短い。
(近いのも良し悪しね)
私は魔法で夜道を照らした。
(彼の魔法発現もあるけど……)
驚いている彼と一緒に家まで歩く。
(今日は楽しかったな…)
(…また来月かな。商会の返事もあるし)
そして気付けば、もう私の家に着いてしまっていた。
しばらくの間、沈黙が続いた。
言葉にするほどでもないのに、どちらも動けないまま時間だけが過ぎていく。
私は彼を見つめながら、思い切って食事に誘おうか迷った。
(用意してないし、少し時間がかかるけど……)
でも、彼が家に帰る仕草をする。
(そう……。そうよね…、明日もあるわよね)
――じゃあ、またね。
――うん、またね。
明日もまた会えるのに、胸が締め付けられるように感じた。
彼の去り際に、犬が主人を迎えに来た。
後ろにはスパルトイも居る。
(ああ、もう! なんでアンタまで来るのよ……)
スパルトイは、私に向かっておもむろに手を上げてきた。
(どうすんのよ! この状況……)
(私も手を上げるしか無いじゃないの!)
私は微笑みながら仕方なしに手を上げ返した。
彼はしばらく困惑していたが、
気を取り直すと、私に手を振って帰って行く。
犬とスパルトイも後に続いた。
私も手を振り返し、家に入った。
――――
(ふう、最後まで色々とあったわね……)
(んもう、あのバカスパルトイ……)
私は、あの薬草茶を淹れて、一息ついた。
(スパルトイの言い訳、どうしよっか)
(ポンコツな白銀様から、転移者の様子を見るように頼まれた……)
(……ぐらいしか思いつかないわ)
パンを口に入れ、ベッドに入る。
(もう! そんな事考えたくないのに……)
(……まぁいいわ)
(明日考えればいいことね)
(お願いだから……)
(今日の楽しい出来事を思いながら寝させて……)
知らない間に、私は眠りに落ちていた。
番外編④ 終わり




