↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見知らぬ世界で、ほんの少しの幸せを  作者: すえゴハン
番外編 エレジア視点

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/42

番外編 ④ これは仕事か、デートか(エレジア視点)


遅めの朝。

彼――ジャクイユは、もう出勤した後だった。


(少し寝過ぎたかしら…)


私――エレジアは、軽く朝食を済ませ、

明日の、彼とのテンパー行きの為の準備を始める。


(用意するものはカバンと外套だけでいいか)


カバンに印章と証文、宝石を詰める。


(そうだ! 彼の外套…)


ふと思い出した。


「さすがにあの格好で街を歩くのは……目立つわね」


思わず声が漏れる。


(用意できるか、ミリナに聞いてみよう)



そして干している薬草を取り込み、別の薬草を干す。


(もうっ。結局、納品の準備はしなきゃいけないから大変)


その後は昼まで部屋の片付けをする。


――――


昼。

昼食を食べていると、また彼の犬がやってきた。

今日はスパルトイも一緒だ。


「ワンちゃんこんにちは。ほら、ご飯よ」


犬は相変わらず、勢いよく食べ始める。


(ほんとに、遠慮という言葉を知らないわね…)


「あなたも元気そうね」


スパルトイも、動きが軽い。

私は気になっていたことを尋ねる。


「ねぇ、彼はちゃんと食べてるの?」


スパルトイが頷き、身振りをする。


「彼も、犬も、朝晩きっちりですって?」


もう一度、頷く。


「そう……ならいいんだけど」


(ちゃんと食べてるなら、少し安心ね)


私は犬に視線を戻した。


「それなのに、この食べっぷりなの?……凄いわね」


スパルトイが口を開け、歯を鳴らすように笑う。


「……そうよね。流石にこれは呆れるわ」


食べ終えた犬は、満足そうに息を吐いた。


(まあ、元気ならそれでいいのかもしれないけど)


私は再びスパルトイを見る。


「あなたも……何か楽しそうね」


スパルトイが嬉しそうに頷く。


――今、畑を作っている。


「そう、良かったわね。あなたの本職だものね」


――ボスがたくさんの野菜の種を見せてくれた。

――今年は野菜を沢山作る。


「それは楽しみね。売れるほど作れたら、彼の助けにもなるわ」


――ボスの手助け、嬉しい。


「あなたは、主が“レッド”じゃなくて彼だって分かっているのね」


――ボスはボス。


「……そう。私も嬉しいわ。これからもお願いね」


スパルトイは大きく頷いた。

でも、まだ何か言いたげにしている。


「えっ? まだあるの?」


――肥料が心配。

――種も欲しい。


「分かったわ。今度頼むときに一緒に買ってあげる」

「その代わり、私の畑も少し見ておいてね」


スパルトイは一拍間を置き、それから頷いた。


「……何よ、その間は」


すかさず、スパルトイが両手を振って否定する。


「ふふっ、冗談よ。分かってるわ。彼が一番なんでしょう?」


スパルトイはまた頷いた。


「そうだ、明日なんだけどね」

「彼も私も朝から出掛けるの。帰りも遅くなると思うから、周辺お願いね」


スパルトイが力強く頷く。


「じゃあ、そろそろ戻ったほうがいいわね」

「畑作り、頑張って」


スパルトイは一礼し、犬と共に去っていった。


(ふふっ、楽しそうで良かったわ)


――――


午後。


頃合いの時間になり、ミリナの店へ行く。


店に入ると、奥からいつもの明るい声が飛んでくる。


「おや、来たね、エレジア」

「ジャクイユ! エレジアが来たよ!」


彼の返事が少し遅れて聞こえた。


「ごきげんよう、ミリナ」

「彼はどう?」


「ああ、今日は薬草挽きをさせてるよ」

「種剥きよりかは楽だから、気は楽なんじゃないかね」


「そう、今日倒れると私も困るから、良かったわ」


私は彼に挨拶をし、軽く息を整えて席についた。

今日の彼は、どこか不思議そうな顔をしている。


「さ、お茶にしようか」


ミリナが慣れた手つきで茶を淹れる。

薬草の少し強い香りが、店の空気に広がっていく。


今日も同じ色の茶を、彼の前に置く。


「おや、もう慣れたのかね、普通に飲んでるよ」

「次はもう少し濃い目に淹れようかね」


「もうっ、ミリナったら」


「食べてないんなら、この薬草茶が一番だよ」


「それがね、朝晩しっかりと食べてるみたいなの」


「血色は良いから心配はしてないけど、良かったじゃないか」


「ええ、そうね。それにね、彼の犬も朝晩食べてるって」


「そうだったのかい」

「で、昼にエレジアの家に来て食べるんだろ?」


「……ええ……」


ミリナは呆れたように肩をすくめた。


「あの犬は、どんだけ食い意地が張ってるんだい?」


「そうなのよね…。心配になるぐらい食欲旺盛よ」


「エレジアも気苦労が絶えないね」

「さ、ジャクイユに明日のことを伝えようか」


ミリナは楽しそうに、身振りで彼へ伝える。


――明日は早く来い。

――エレジアとテンパーに行くんだ。


彼は一瞬固まり、意味を追いかけるように目を瞬かせる。

ミリナがもう一度繰り返すと、彼は私の方を見る。


私はただ微笑んだ。


その瞬間、

彼は再び固まり、そのまま呆然としていた。


「ありゃ、ジャクイユが驚いたまま固まっちゃったよ」


「無理もないわね」


「しばらく放っておこうか」


「…ええ、そうね」


「あっ、そうだ、彼の外套なんだけど……」


「ああ、分かってるよ、ちゃんと用意してある」


「ありがとう、ミリナ。大好き!」


「旦那が着てたやつだけどね」


「あっ、別れた旦那さんの……」


ミリナが少しむっとしたように言う。


「死んだ旦那のだよ」


「……ええ、そうだったわね……」


私が言葉を選ぶより先に、

ミリナは、鼻から空気を抜きながら話題を切った。


「それで明日の買い出しだけどさ……」


「ええ…」


(触れられたくない過去は誰にでもある……)


「いつもの種を2袋分と、新しい薬草。

…あとは、別の種も買ってきてもらおうか」


「分かったわ」


「あの種は、うちの店の生命線だからね」

「ジャクイユも入ったことだし、少し商品を増やそうかと思ってね」


「ミリナの化粧品は、お肌に優しいから好きよ」


「エレジアが居てくれるから、良い物が出来るんだよ」


「うふふっ、ありがと。嬉しいわ」


「さて、仕事に戻るかね」

「エレジア、薬草詰めを手伝っておくれ」


「勿論よ」


私は何も言わず、手を動かした。


――――


彼の仕事が終わる頃になる。

彼は呆然としたまま、ミリナに明日のことを念押しされていた。


私はそんな彼を手を振って見送った。


(また明日ね)



彼が粉にした薬草の残りを瓶に詰めていると、

ミリナが口を開いた。


「エレジアも明日の朝は早いんだから、もう帰んな」


「ええ、そうね。…そうするわ」


「ほら、ポトフだよ、持ってお行き」


「ありがとう」


「明日は頼むよ」


「ええ。じゃ、また明日」


私はポトフを受け取り、手を振って店を出た。


外に出ると、夕方の空気が少し冷たかった。

薬草の匂いがまだ服に残っている気がする。


(……ああやって終わらせるのは、ミリナらしいわね)

(少しだけ、置いていかれた気もするけれど)


軽いため息がこぼれた。


(今日も、短いようで長い一日だったわ)


そう思いながら、ゆっくりと家へ戻った。


――――


家に着き、ポトフを温めて食べる。

静かな家で一人だと、余計に明日のことを意識してしまう。


(彼とテンパーの街を歩く……)


その言葉だけで胸の鼓動が強くなる。


ふと、昔の記憶がよみがえる。


――二人で、色んな街を歩いた日々。


人混みの中で騒いで、周りに笑われたこと。

何気ない通りを、手を繋いで歩いたこと。


(ダメ、こんなことしてると寝られなくなる……)


食器を片付ける手に少しだけ力が入る。

気持ちを振り払うように身を整え、体を拭き、ベッドに入った。


(……でも、楽しみなのよね)


布団を引き寄せながら、小さく息を吐く。

高鳴る気持ちは、すぐには落ち着きそうになかった。



――――――――――――――――――――――――



翌朝。


予定より早く目が覚めた。

食事はポトフの残りで軽く済ませ、顔を洗った。


冷たい水で私の気持ちが引き締まった気がする。


次に身だしなみを整える。


(特に何もないけど…。 ”あの人”と一緒に歩くんだから…)


そして、カバンを腰に着け、外套を着て外に出る。


私は家の前で彼が来るのを待った。


(もう”あの人”を支えるって決めたんだから…)



しばらくすると、彼が歩いてきた。



声を掛けると、彼は物凄く驚いていた。


(今まで言わずに、ごめんなさい)


固まっていた彼が我に返り、挨拶を交わす。

すると、一着の服を差し出してきた。


その服は、まるまると膨らんでいて、とても軽い。

匂いを嗅ぐと、ほんのり鳥の匂いがする。


(中に…鳥の羽根……?)

(でも彼がくれるんだから)


彼に外套を一度持ってもらい、その服を着てみる。


(特に暖かいってわけではないわね)


彼は私の外套姿を見て、気まずそうな顔をしていた。


(大丈夫よ、ミリナが用意してくれてるわ)


「さあ、ミリナの店に行きましょ」


二人で薬屋まで歩いた。


――――


店に着くとミリナはカウンターに腰掛けていた。


「おはようミリナ」


「おはよう。二人一緒なんだね」


ミリナの目が一瞬細くなった。


「ええ、お隣さんだし」


「それもそうだね」


ミリナはそう言うと彼に外套を差し出した。

彼はそれを受け取ると、困惑したまま羽織った。


「おやおや、意外に似合ってるじゃないか」


「ふふっ、そうね」


(懐かしい……。彼の外套姿)


「それと売りに行く瓶だよ。…あとは、大袋4つだ」


「ほらっ、行ってきな」


「ええ、行ってくるわ」


「気をつけて行くんだよ」


「ありがとう」


――――


店を出て馬車乗り場まで歩く。

しばらくすると、身体が暖かく感じてきた。


(この服のお陰かしら……)


乗り場に着いて馬車を覗くと席が空いてない。

一部の乗客が広々と座っていた。


「ほらっ、開けて! 予約席よ!」


(んもう…)


馬車に乗り込む時に、彼がクッションを差し出してきた。


(何かしら、これ…)


触ってみると、不思議な感触。


(なんか、スライムっぽいわね)


それをお尻に敷き、二人で座った。



馬車が動き出してしばらくした後。


(このクッション、…良いわね)

(そんなに急がない馬車だから、無しでも耐えられるけど)

(それでも…これは、ありがたいわ)


(それにこの服も…。毛皮とはまた違う暖かさだわ)


私は彼に感謝を伝えると、にっこりと微笑んでくれた。


――――


しばらく馬車に揺られていると、テンパーの城壁が見えてきた。


彼は城壁を見て少し怯えていたけど、

馬車が街に入ると、周りの様子を見て楽しんでいるようだった。


――――


馬車を降りるなり、彼が町の名前を尋ねてくる。


「ここはテンパーって言う、大きな街よ」


次に、私たちの村の名前を聞いてきた。


「リベリン村って言うのよ」


それを聞いた彼は何度も頷く。

私も釣られて頷いていた。


(うふふっ)



「さぁ、まずは買い出しよ」


私は彼の手を引いて朝市に向かった。


(用事は先に済ませちゃいましょ)


手早く4つの大袋を一杯にし、二人で商業組合に向かう。


途中でなぜか彼は立ち止まり、膝をついていた。


不思議に思って声を掛けると、彼はにっこり笑って歩き始めた。


(あー、思い出せないけど、昔も何か…そんなことがあった気がする)



商業組合に着き、私たちは大袋を全部預けた。


「さあ、次はあなたの用事を済ませちゃいましょ」

「瓶を出してくれる?」


彼から瓶を受け取り、組合の担当者に買取先を尋ねてみる。


「ふんふん、あそこの陶器商ね。…ジャンさんだったかしら」

「…確かにガラス製品もあったわね。教えてくれてありがとう」


「さあ、瓶を売りに行きましょ!」


私は無意識に彼の手を取り、歩き始めた。


――――


「確かこの店だったわね」


店内は、相変わらず整理されているとは言い難い。

だが雑然としているというより、 “価値の基準だけが残っている空間”に近かった。


私はドアを開け、声を掛ける。


「ジャンさん、…居るわね」


奥から、ゆっくりとした視線がこちらに向く。


「…おや、どなただったかな」


「もう覚えてないかしら…」


「ふむ……記憶には薄いが、印象には残っておる。娘さん」


「エレジアよ、思い出してね」


「そうじゃったな。……ずっと娘さんのエレジアさんじゃ」


(……相変わらず、基準が曖昧ね)


「ちょっと買い取ってもらいたい物があるの」


その言葉に、ジャンさんの視線が一段だけ鋭くなる。


「ふむ……持ち込みか。それはまた、面白い」


「ジャクイユ、背中の瓶を出して」


瓶がカウンターに置かれると、ジャンさんは一度だけ息を止めた。


それから無言で持ち上げ、光にかざすように眺める。


「……見覚えのない透明度じゃな」


「こんなガラス瓶見たこと無いでしょ?」

「厚みも均一で、中身が見えるのよ?」


「おぉ、そうじゃのう…」


だが声は上の空だった。

手元の瓶から視線が離れない。


「ジャンさんなら分かると思うけど、出すところに出したら国宝級よ」


「う…うむ、そうじゃのう」


「何とか高値で買い取ってもらえないかしら」


「う~む……、そう言われても…、わしも手持ちが少ないからのう」


ジャンさんの目が、瓶のラベルに留まる。

指で瓶を弾きながら話を続けた。


「おや、このラベルは……」


「良いでしょう? 趣があって。……異国の物よ」


「……確かに……」


その後もジャンさんは瓶に釘付けだった。



――その時。


彼――ジャクイユがもう一本の瓶を手に取り、ラベルを剥がそうとした。


途端にジャンさんの喉が低く鳴る。


咳でも制止でもない。

“価値の喪失”に対する反射に近い音だった。


私は即座に彼の手を止める。


困惑する彼。


ジャンさんは瓶から視線を外さないまま、わずかに首を振った。


「……それは、外してはならん部位じゃな」

「彼は、このラベルの価値を分かってないのかね?」


「ええ、多分……」


しばらくの沈黙が続き、時間だけが過ぎていく。

ジャンさんは、鼻から息を何度も吐きながら考え込んでいた。


そして、ようやく口を開いた。


「1本金貨20枚じゃな」


そう言いながら、カウンターの下から金貨を取り出して、4列を並べた。


迷いはないが、確信とも違う。

“市場に当てはめた仮の値”のような声だった。


「もう少し、何とかならないかしら?」


「そう言われてものう……」


「彼はまだ瓶を持っていると思うわ、今後もここで買い取ってもらうから…ね?」


「う~む……」

「仕方ないのう、更に5枚追加じゃ」


「ありがとう、ジャンさん」


「構わんよ。…美人さんに言われてはのう…」

「ほれ、袋はオマケじゃ」


私は、金貨を袋に詰めるジャンさんをよそ目に、

ふと彼の方を見た。

すると彼は、必死に平静を装いながら、ほくそ笑んでいた。


(…ふふっ。 …私はお見通しよ)


ジャンさんは袋を彼に渡すと、手を差し出して握手を求めていた。

彼も手を差し出し、二人は固い握手をする。


そのまま、ジャンさんは話を続けた。


「今後の買取は、これ次第じゃな」


「ええ、そうね。……手持ちは用意しておいて」


「ふむ。……まだ持ち込む気かね」


「ええ、瓶以外もね」


「……なるほどな」


ジャンさんは、ほんのわずかに口角を上げた。


「それは、楽しみじゃ」


「ええ、楽しみにしておいて」


満足そうなジャンさんに見送られながら、

私たちは店を出た。


――――


嬉しそうな彼を見て、私も思わず笑顔になった。


――でも。


(まだ宝石の換金が残ってる……)


私はまた彼の手を取り、歩き始めた。

すると、彼は握り返してきた。


また昔の記憶が蘇る。


(ほら、ギュッとしてないと、はぐれちゃうぞ)


そう言って、しっかり私の手を握って歩いてくれたあの頃。


私も彼の手をしっかり握ってオルベイン商会に向かった。


――――


商会のテンパー支店に着いた私たち。


(今の商会に、この印章と証文が通じるかしら……)


店員に印章を見せると、奥の部屋に通される。


彼に部屋で待つように言い、私は廊下で支店長と話した。


「まず、この宝石を換金したいの」

「最初の1つか2つは換金で。残りは預かってもらえるかしら」


カバンから取り出した宝石を見て、支店長が驚いた顔をする。

そして、宝石と私の顔を何度も見返していた。


「こちらは、少々金額が張る品物のようですね。

本店への問い合わせと確認が必要になりますので、お時間が掛かります」


「そう……。どれぐらい?」


「最低でも、一月は掛かるかと…」


「そう…、仕方ないわね。お願いするわ」


(すぐに換金はできないのね…)


「じゃ、あとは…この印章と証文の名義変更なんだけど」

「…元の持ち主から私名義になっているけど、更に変更したいの」


「はい、問題ありません」

「当商会の印章は引き継ぎ可能です。…証文は書き直しになりますが」


「問題ないわ。あっ…もしかして最初の持ち主の名前も入っちゃう?」


「はい」


「それは困るわね……」

「何とか消してほしいの…。それも本店に問い合わせてもらえないかしら?」


「かなり難しいと思われますが……。一応問い合わせてみます」


「お願いね」


「じゃあ、必要書類の署名だけ、彼にやってもらうわ」


「分かりました。すぐに書類をお持ち致します」


そう言うと、支店長は廊下の奥へ下がった。

私も部屋へ戻る。


(ふぅ、やっぱり時間がかかるのね)


困惑した顔の彼に、私は微笑んで誤魔化した。


その後、支店長が持ってきた書類に彼に署名してもらう。


「では、こちらが預り証になります」


「ありがとう。…ほらジャクイユ、これ持っててね」

「では諸々お願いね」


「かしこまりました」


(何も解決してないけど、一段落ついたわ)


――――


「さぁ、ジャクイユ。テンパーの街を楽しみましょ」


(言葉が通じてないけど…。でも言いたかったの)


彼に行きたい所があるか尋ねてみると、服と風呂だと返ってきた。


(昔からお風呂が好きだったのは覚えてるけど)


私は彼の外套をめくって匂いを嗅いだ。

匂いと共に呼び起こされる、昔の記憶。


(彼の匂い……。そんなに変わってないわ)


私が大丈夫だと伝えると、

彼の顔は真っ赤になって、とても恥ずかしそうにしていた。


(ふふっ、昔は私に「風呂入れ!」とか、良く言ってたわね)


「じゃ、服屋さん行きましょ!」



彼と手をつないでテンパーの街を歩く。


あの頃は、いつも私の手を引いて歩いてくれた。

迷わないように、置いていかないように。


私の歩幅に合わせて、ゆっくり歩いてくれた彼。


私が食べたいと言った物は食べさせてくれた。


私が見たいと思った物や人も、

私が行きたい、入りたいと言った場所も連れてってくれた。


(今度は私が……)


私は彼と歩きながら、懐かしさに浸っていた。


――――


服屋に着いた。


彼はどれを買うか迷うというより、何を選べばいいのか分からないようだった。


(ダメよ、あなたにセンス無いの知ってるから)

(私に任せて)


私は彼が好みそうな色合いの服を見極めながら、

似合いそうな服をいくつか取り出して見せた。


彼はその中から上下二着を買った。


そして私の服を買いたいと伝えてくる。


「ダメよ、今のあなたはお金がないでしょ?」

「臨時収入が入ったからって、ダメよ」


でも彼は引き下がらなかった。

仕方なく、服を買ってもらうことにした。


(本当は、物凄く嬉しい……)


彼は私の服選びに夢中だった。


(でもね……やっぱり、あなたにはセンスが無いの)

(昔、それで恥ずかしい思いをしたことを、忘れてないわよ)


私は自分が着たい服を選び、彼に渡す。

彼は少し残念そうな顔をした。


――――


服屋を出ると、すでに12時を回っていた。


(お腹も空いてきたわね)


私は彼に何を食べたいかを聞いてみた。


すると彼は周りを見渡しつつ、悩みながら歩き続けていた。


そして、

ふと何かに引き寄せられたかのように足早になった。


(もしかして…)


着いたのは、和風定食屋だった。


(ふふっ、匂いに敏感なのも相変わらずね)

(そして、美味しいものを嗅ぎ分ける力も……)


私は余りのおかしさに、笑いを堪えるのに必死だった。


(自分で広めた定食屋に、250年以上後に入るって……)


店に入ると、彼は周囲を見回し、匂いの元を見極めていた。

そして遠慮しながら指を指す。


(分かったわ、うどんとカツ丼ね)


店員を呼び、注文する。



料理が届くまでの間、彼はずっと考え事をしていた。


(ふふふっ、どうせ、誰が広めたとか考えてるんでしょ?)

(もう、おかしくって…。笑いを堪えきれないわ…)


料理が届き、私たちは食べ始めた。


(あら美味しい…。店主が代替わりしたとは聞いてたけど…)


彼は驚きつつも、美味しそうに食べている。

でも最後まで、どこか考え事をしながら食べ続けていた。



食べ終わると、彼はとても満足そうな顔をしていた。


(良かった、気に入ってもらえたようで)

(でもあの顔……。なんか彼の犬を思い出しちゃった)


――――


定食屋を出て再び歩く。

もう当たり前のように手を繋いで歩いた。


私は彼とのテンパー散策を楽しんだ。


いくつかの露天を見て回ったけど、

二人で歩くだけで楽しかった。


(ずっと……こうしていられたら……)


そして角を曲がると、武具店に入りたいと彼が示した。


彼が入りたいと言うので入ったけど、

本当は私は嫌だった。


(もうあなたには、戦いとは無縁でいてほしいの)


彼は店内を物珍しそうに見回す。

すると弓に目を留め、交互に私を見る。


(あー、引いてほしいのね)


私は軽く息を吐いてから彼に笑いかけ、弓を引いてみせた。


彼はそれを見て、どこか真剣な眼差しを向けていた。


(もう…。恥ずかしいから、あまり見ないで…)


彼も弓を引いてみる。

だが引くことはできず、とても残念そうな顔をした。


(大丈夫よ、あなたには必要ないわ)

(何かあっても私が守るから)


弓を元の場所に戻すと、彼の目は一段高い場所に釘付けだった。

ミスリルの武具が青く輝いていたからだ。


(どういうこと?)

(誰も触れていないのに……)


私は物凄く驚いた。


(まさか……。彼の影響で……?)

(でも、”レッド”は、彼の魔力は弱いって言ってた…)


そんな私を尻目に、

彼が「――あれは何?」と聞いてくる。


私がミスリルだと答えると、彼はとても驚き、

オリハルコン、アダマンタイトと続けて言葉を発した。


(そこは通じるのね……)


私は、誰も触れていないのに光を放つミスリルから目を離せなかった。

でも、このままでは誰かに気付かれる。

私は急いで彼の手を引き、店を後にした。


(これは……”レッド”に相談しないと)


――――


武具店を出ると時間は午後2時前だった。

帰りの馬車まではもうそんなにない。


私が彼にそう伝え、お茶に行くことになった。


(ちょうどいいわ。私も落ち着きたいし)


少しお洒落な喫茶店に入り、二人でミルクティーを飲む。


彼と飲むお茶はやっぱり美味しい。

でも増えた考え事がそれを阻む。


(あのミスリル……)


(いったいどうなってるのかしら……)

(やっぱり、ポンコツドラゴンの見立てだったってこと?)


(彼と手をつないでいると、妙な高揚感と言うか…)

(何か体の調子が良い気がするのも…同じ理由なのかしら)


(私が舞い上がってるだけかと思ってたけど……)


(でも…いいの。今は、そういうのは置いておこう)


ふと彼を見ると、彼も考え事をしているみたいだった。


彼と目が合って、私はにっこり微笑んだ。

彼も微笑み返してくれた。


(今は、一緒に居る時間を楽しもう)



――――



時間になり、私たちは組合で荷物を受け取ると、

また馬車に揺られてリベリン村へと戻った。



ミリナの店に入り、大袋を渡す。


彼は外套をミリナに返そうとしたが、

ミリナはそのまま彼に持たせた。


「ふふっ、やっぱりミリナは優しいわね」


「どうだった? ……瓶は高く売れたかい?」


「う~ん、ジャンさんも手持ちが少なくてね」

「国宝価格とは縁遠かったわ。…2本で45枚ね」


「そうだったのかい。…ジャン爺もケチだねぇ」


「売れた価格で次は考えるって言ってた」


「私も金貨用意して、ジャクイユから1本買おうかね」


「今のうちかもね。…多分値は上がるだろうし」


「こうしちゃいられないね。もっとジャクイユを働かせて稼がないと」


「なんか順番がおかしい気もするけど…。程々にね」


「さ、もう夜だよ。…二人とも帰んな」


「ミリナ……。いいの…?」


「ああ、話は明日にでも聞くよ」


「分かったわ、おやすみ」


「ああ、また明日」


二人でミリナの店を後にする。


――――


帰り道はとても短い。


(近いのも良し悪しね)


私は魔法で夜道を照らした。


(彼の魔法発現もあるけど……)


驚いている彼と一緒に家まで歩く。


(今日は楽しかったな…)

(…また来月かな。商会の返事もあるし)


そして気付けば、もう私の家に着いてしまっていた。


しばらくの間、沈黙が続いた。

言葉にするほどでもないのに、どちらも動けないまま時間だけが過ぎていく。


私は彼を見つめながら、思い切って食事に誘おうか迷った。


(用意してないし、少し時間がかかるけど……)


でも、彼が家に帰る仕草をする。


(そう……。そうよね…、明日もあるわよね)


――じゃあ、またね。


――うん、またね。


明日もまた会えるのに、胸が締め付けられるように感じた。


彼の去り際に、犬が主人を迎えに来た。

後ろにはスパルトイも居る。


(ああ、もう! なんでアンタまで来るのよ……)


スパルトイは、私に向かっておもむろに手を上げてきた。


(どうすんのよ! この状況……)

(私も手を上げるしか無いじゃないの!)


私は微笑みながら仕方なしに手を上げ返した。


彼はしばらく困惑していたが、

気を取り直すと、私に手を振って帰って行く。

犬とスパルトイも後に続いた。


私も手を振り返し、家に入った。


――――


(ふう、最後まで色々とあったわね……)

(んもう、あのバカスパルトイ……)


私は、あの薬草茶を淹れて、一息ついた。


(スパルトイの言い訳、どうしよっか)

(ポンコツな白銀様から、転移者の様子を見るように頼まれた……)

(……ぐらいしか思いつかないわ)


パンを口に入れ、ベッドに入る。


(もう! そんな事考えたくないのに……)


(……まぁいいわ)

(明日考えればいいことね)



(お願いだから……)

(今日の楽しい出来事を思いながら寝させて……)


知らない間に、私は眠りに落ちていた。





番外編④ 終わり

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。