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見知らぬ世界で、ほんの少しの幸せを  作者: すえゴハン
番外編 エレジア視点

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番外編 ③ 馴染んでいく日々の中で(エレジア視点)


彼がミリナの店で働く初日。


私――エレジアは昨日の疲れもあり、10時過ぎに目覚めた。


(彼の初出勤に間に合わなかった…)

(今から様子を見に行けるけど……ミリナに任せたんだから、きっと大丈夫)


そう考えて、私はゆっくりと朝食の準備を始めた。


その時だった。

外からふとした気配がした。

ドアを開けると、彼の犬とスパルトイの姿が目に入った。


「おはよう、ワンちゃん」


尻尾を振る犬の頭を撫でると、嬉しそうな顔をする。


「下僕君も、おはよう」


スパルトイは少し遅れてから、ぎこちなく頭を下げる。


「ワンちゃん、今日もご飯食べる?」


犬は勢いよく立ち上がり、尻尾を振る。


「いいわ、一緒に食べましょう」



食事をしながら、私は犬の様子を眺めていた。


(ほんとによく食べる子ね……)

(彼、ちゃんと食べさせているのかしら)


ふと、隣のスパルトイに視線を向ける。


「それで、彼は?」


問いかけると、スパルトイは少し間を置いてから答えた。


――顔を見せたら、驚いて腰を抜かしていた、と。


「……そう、だったわね」


私は思わず目を伏せる。

彼にはまだ、 “そういう反応”になる理由がある。


「う~ん…。仕方ない、彼には慣れてもらうしかないわね」

「時間が掛かるかもしれないけど、それまでは誠実にね」


スパルトイが静かに頷いた。


その後、自分の作業をする。

手持ち無沙汰なスパルトイも手伝ってくれた。


犬はその間ずっと、傍らで私たちを見ていた。


まるで、そこにあるものを静かに守っているように。


――――


頃合いの時間になり、ミリナの店へ向かおうとすると、

スパルトイが必死に何かを訴えてきた。


「えっ? 何?」

「することがなくて暇?」


「じゃあ彼の庭の草むしりでもしてなさい」

「得意でしょ? そういうの」


スパルトイは嬉しそうに頷くと、勢いよく手を上げて去っていった。

犬は多少迷ったが、スパルトイと一緒に戻った。


「さて、彼の様子を見に行こう」


――――


薬屋に着くと、ミリナは複雑な顔をしていた。


「彼の様子はどう?」


「ああ、問題ないよ。それなりに真面目だねぇ」


作業場を覗くと、彼が手を振ってきた。


(良かった、元気そうで)


「あの種を剥かせてるんだけどね、何も起こりゃしない」


「…ったく、ミリナも容赦ないわね」


「雇う側としては、あいつの根性を確かめておきたいし」


ミリナが間を置いた。


「そうだ、名前はジャクイユって言うそうだよ」


「……そう、ジャクイユって言うのね……」


(そう…。そういうところは、昔と変わらないのね)

(ほんと、自分の名前が嫌いな人ばっかり)


「私、ちょっと挨拶してくる」



胸の鼓動の高まりを抑えながら、彼に話しかけた。


名前を呼ぶと、彼は少し戸惑っていた。


(ふふっ)


まだ偽名に慣れていないのがよく分かる。



私は、”彼に付けてもらった名前”を名乗った。


(とっても大事な名前なのよ)


握手しながら、何度も「エレジア」と名乗っていた。


(忘れないでね)



時が止まっていたかのような二人の瞬間に、

ミリナの声が割って入る。


「ほら、いつまで手を握ってんだい。お茶にするよ」


ミリナがお茶を淹れてくれた。


「ミリナ、気を遣ってくれてありがとう」


「万人向けのお茶にしといたけど、大丈夫そうだね」


「ドライフルーツ入りなんて、奮発したわね」


彼は美味しそうに飲んでいる。


「お昼にジャクイユからパンを貰ったからね、そのお返しだよ」


「パン?」


「ああ。とても柔らかくて、少し甘くて美味しかったよ」

「あんなパンは初めて食べたよ。…あれは異世界のパンなのかねぇ」


「多分そうだと思う」


「でもこいつは、私が出したパンを美味そうに食ってたよ」


「用意された食事が、ありがたいと思ったのよ」

「ミリナのシチューも美味しいし」


「しかし、あんなパンを作れたら、金持ちになれるかも知れないね」


「そこよ! 彼には知識がある。

…きっかけと資金、人材、

それにミリナの伝手があれば、大金持ちになれるわ」


「そこまで凄いのかい? この男は」


「ええ、彼の知識は宝の山よ」


「でも資金って言ったってねぇ…」


「資金は、ある程度は私も用意できるから」

「ミリナには、今の彼の生活を支えてあげて欲しい」

「勿論、私も支えるつもりよ」


「まあ、期待はしないけど。楽しみにしておくよ」


「ええ」


――――


その後、彼の仕事終わりまで、種剥きを手伝った。


彼は私と目が合うたびに手が止まり、

ミリナの方を見ては、また作業を再開していた。


時間になって、ミリナが彼に帰宅を促す。

彼は私たちに手を振ると、そのまま元気に帰って行った。


(元気に初日を過ごせて良かった)

(あのスパルトイと、少しずつ打ち解けてくれるといいけど)


こうして何事もなく、彼の初出勤が終わった。



――――――――――――――――――――



次の日。


私はいつも通り朝に起き、朝食を食べる。


ふと、昔の思い出が蘇る。


(ちゃんと朝昼晩、メシを食え! 子供は特にな! 俺は食わんけど)


そんな彼の言葉を思い出して、ふふっと笑みが溢れる。


その後、ミリナに卸す咳止め薬を作る。



彼の出勤時間になり、足音と何やらガサガサと音が聞こえてくる。


そっと窓を開け、彼の後ろ姿を見てみる。


(両手に抱えた、あの白い袋は何だろう…)


少しの疑問を抱きつつも、歩く彼が微笑ましく思えた。


その後も私は、いつも通り作業を続けた。


――――


昼になり昼食の準備をしていると、また彼の犬がやってきた。


「こんにちは、ワンちゃん。今日もご飯欲しいの?」


尻尾を振る犬を家に迎え入れ、一緒に昼食を取る。


犬は出された分を、迷いなく食べ尽くしていく。

まるで遠慮というものを知らない勢いだった。


(だんだん心配になってきたわ)

(……犬だけじゃなくて、彼もちゃんと食べてるのかしら)


犬は、ご飯を食べ終えると家から去って行った。


(意外と現金な子なのね…)


「そう言えば、今日はスパルトイが来てないわね…」


(まさか排除されたとか…。流石にそれはないわよね)


――――


ようやく作り終えた咳止め薬を持って、ミリナの店へ向かう。


店の扉を開けると、いつもと少し違う空気があった。


「ミリナ、咳止め薬を持ってきたわ」


「おやエレジア、やっと来たね」


どこか含みのある声だった。


「どうかしたの?」


「色々あるけど、…まずは、あいつに挨拶してやんな」

「私はお茶を淹れるよ」


そう言って、ミリナは奥へと消えた。


ミリナの様子を不思議に思いながら、彼の元へ向かう。


彼に挨拶をすると、少しの間が開いた。

そして、

どこか緊張しながら、彼は奇妙な袋を差し出してきた。


「それはお菓子だよ」

「美味しいから食べてごらんよ」


お茶を運びながら、ミリナが横から言った。


「さ、お茶にしよう」


私は袋をしばらく眺める。


「袋の上を両手で持って、真ん中から開くといいさ」


言われるままに開けてみると、簡単に開いた。


「あら簡単! 凄いわねこれ」


「そうだろう? 食べるとまた驚くよ」


中のお菓子を一つ摘んで、口に運ぶ。


「あら、美味しい!」


少し塩気は強い。でも、それ以上に後を引く味だった。

気付けば、手が止まらなくなっていた。


ふと我に返り、彼に視線を向ける。


差し出すと、彼は一つだけ摘み、にっこりと微笑んだ。



(ふふっ……そういうところも昔のままね)



「ミリナは食べないの?」


「私は午前中に一袋食べたからね。それはエレジアの分だよ」


「そう、じゃあ食べちゃおっと」


「そう言えばだけど、ジャクイユが不思議な瓶を持ってきたんだよ」


ミリナが瓶を取り出しながら、思い出したように言う。


「物凄く透き通ってるし、軽くて弾力があって、割れないんだよ」


「また異世界の物ね」


差し出された不思議な瓶を手に取って、私も確かめてみた。


「確かに凄いわね、これ」


「ああ、凄いだろう?」

「いくつか差し出してきて、ランプと交換してくれってさ」


「多分、家に明かりが無いんだと思う」


「明かりが無いって、普通じゃないだろ。どういう家なのさ」


「聞いたことがあるわ。

雷のような力で明かりを灯したり、ご飯を炊いたり、氷も作れるって」


「他にも、夏は涼しく冬は暖かく出来たり、遠い場所と会話出来たり、

そういう道具を作る工場も、それで成り立ってるとか聞いたわ」


「そりゃ凄いね、魔法より凄いんじゃないかい?」


「でも供給が止まると何も出来なくなるんだって言ってたわ」


「便利なのか不便なのか良く分からないね」


ミリナは肩をすくめるように笑った。


「あたしゃ、不思議な瓶が欲しかったから交換してやったけど」

「良かったかい?」


「ええ、大丈夫よ。また何か持ってきたら助けてあげて」


「現金を渡してやりたいけど、私もそんなに持ってないからねぇ」


「出来る範囲で構わないわ」


「分かったよ。欲しい物は買い取って、売れるものは売ろうかね」


ミリナが、商売人の顔を少しだけ見せて笑った。



――――


その後、彼の作業を手伝う。


彼の魔法発現を促そうと、目の前で風魔法を使ってみせた。

小さな風が指先からふわりと流れる。


彼は大はしゃぎして、「俺も俺も」と興奮していた。

目を輝かせながら、何度も手を振っている。


私の真似をして、手をかざして一生懸命踏ん張っていたが、

何度やっても、何も起きなかった。


魔法は発現せず、彼は少しがっくりしていた。


「大丈夫、あなたなら出来るわ。いつか…ね」


昔、彼に教わった言い回し。


(言葉なんて通じなくても……)



止まりかけていた作業に、ミリナが咳払いをした。


彼は興奮が冷めやらぬまま、残りの時間、真面目に種を剥き続けた。


そして帰る時も、その興奮のまま、手を振って帰っていった。


私も彼に手を振って返した。


その背中は、少しだけ名残惜しく見えた。



――――――――――――――――――――――――



翌日。


朝食を終えて作業をしていると、例の”馬車”の音が聞こえてくる。

彼はミリナの店へ向かっていた。


(あの可愛い”馬車”、なんか似合ってないようで、似合ってるわね)


微笑ましく思いながら、私は、咳止め薬の下処理を行う。

頼まれた追加分を多めに仕込む。



昼になると、また彼の犬がやってきて昼食を食べていく。

もう日課として、自然に受け入れていた。


そして、少し早めにミリナの店へ向かうことにした。


(今日は納品はないし、少し早めだけど行こう)


――――


ミリナの店に入る。


「おや、今日は少し早いね」


「ええ、咳止め薬はまだ仕込みだし」


ミリナの後ろ、カウンターの棚に目をやると、珍しい瓶が置いてあった。


「やっぱり気になるかい?」


「また彼が持ってきたのね」


「ああ。今日は、あの瓶をいくつかと、この大きな瓶を持ってきたよ」

「買い取ってくれってさ」


(やっぱり……。お金が欲しいのね)


「こんなに大きなガラス瓶は珍しいからね」

「頑丈だし、蓋も出来る。何より中身が見えるのがいいよ」


ミリナに差し出された瓶を受け取り、まじまじと見てみる。


「色が付いているのに濁っていないのね」

「それに、表面も滑らかで、厚みも丸さも均一だわ」


「そうだろう? あの透明な瓶もそうだけど、これは驚いたよ」

「出すところに出せば、国宝と言われてもおかしくないよ」


「そうね。これはさすがに……」


慎重に瓶を返すと、ミリナは渋い顔をしながら言う。


「ああ、うちでは買い取れないからね」


「そう…よね」


「ジャクイユにも、街に行くしかないとは伝えておいたよ」


ミリナは、にこりとしながら、少し間を置いた。


「少しだけ、あいつの身振り手振りが分かってきたよ」


「そう、それは良かったわ」


(良かった、ミリナと打ち解けてきたのね)


「真面目だし、軽い説明で動いてくれるから助かるよ」


「おっと、話が逸れたね」

「でさ、私がテンパーに連れてっても良いっちゃあ良いんだけど、

店を閉めて行くのもなんだし…」


「いいわ、私もテンパーに用があるから、私が一緒に行くわ」


(ちょうどいいわね、宝石を換金できるかも)


「いいのかい? 」


「ええ、大丈夫。任せて」

「今日の明日ってわけにはいかないけど、多分明後日なら…」


「分かったよ。じゃあ、買い出しも一緒に頼もうかね」

「こっちは、準備と馬車の席取りだけしておくよ」


「お願いね」


「でも……、あぁ欲しいねぇ、この瓶」

「このラベルがまた良いねぇ、なんて書いてあるのか分からないけどさ」


「ふふっ、なんか、いい感じに趣(おもむき)があるわね」


瓶のラベルを見ながら、話を続けた。


「彼に言えば、くれるかもよ」

「でも多分、もっと良いものを持っていると思うわ。ミリナが欲しがるような」


「そうなのかい? あいつの頭の中が宝の山と言ってたけど、

私は、あいつの家を覗いてみたいもんだね」


「ふふっ、頼めば見せてくれるかもね」



そんなやり取りの後、私はふと思い出したように言葉を継いだ。


「それと…気になってるんだけど…、彼、お昼はちゃんと食べてる?」


ミリナが不思議そうな顔をする。


「ああ、シチューとパンだけど、しっかり食べてるよ」


「そう、ならいいんだけど…」


「どうしたんだい? …何が気になるんだ?」


「彼の食生活とかね…。朝とか夜、どう過ごしているのかが気になって」


「血色も良いし、別に不健康には見えないよ」


「…そう」

「彼の犬がね、毎日お昼に私の家に来て、しっかり食べていくのよ。

……それが少し気になって」


「あの賢そうな犬だね」


「餌をちゃんとあげてないんじゃないかとか、

彼も食べてないんじゃないかとか、心配になっちゃって」


「そうなのかい。そりゃ犬までは回らないのかもねぇ」

「じゃあ、あのお茶でも淹れるかい」


ミリナが茶目っ気のある顔になる。


「そうしてくれる?」

「少し飲みづらいでしょうけど、彼には飲んでもらいましょ」


「じゃあ淹れてこようかね」

「ははは、ジャクイユの顔が見ものだねぇ」


「ふふふっ」


――――


そして、いつものお茶の時間。


彼はお茶の色に違和感を感じ、匂いを嗅ぐ。

一瞬だけ嫌な顔をしたのを、私たちは見逃さなかった。


(ふふっ、…昔とおんなじ顔)


ミリナが先に、ジャクイユの顔を覗き込んだ。

私も少し遅れて、その顔を覗き込む。


ミリナは、にやりとしながら飲めと急かしている。


(お願い、飲んでね)


私と目が合うと、彼は観念したかのように一気に飲み干した。


「おや、吐き出さずに飲んだね。立派だよジャクイユ」


そう言いながら、彼の肩を叩くミリナ。

私も笑顔で彼に声を掛けた。


(本当に体にいいのよ。出来れば、毎日飲んでね)



「さて、このお茶を淹れたついでだ。煮詰めて砂糖足して、瓶詰めしようかね」

「エレジア、手伝っておくれ」


「いいわよ」


――――


瓶詰め作業を手伝っていると、ミリナが呟いた。


「今日あいつが持ってきた透明な瓶の分だけでも、払ってやろうかね」


「ありがとう、ミリナ」

「彼は今まったくお金を持ってないから、必死なのよ」


「それとさ、残業させて夕飯も食べさせてもいいよ」

「勤務時間をずらしてもいい」


「ああ、助かるわ」


「まあ、夕飯代は給料から天引きだけどね」


(……そこは取るのね)


「その辺は彼と相談ね」


ミリナが少し困った顔をする。


「でも、言葉が通じないのがもどかしいね」

「あいつが言葉を覚えてくれると助かるんだけどねぇ」


「その辺りも、私たちで教えていきましょ」


「ああ、こりゃ大変だねぇ。…先が思いやられるよ」


私は思わず、そんなミリナの表情を見てしまう。


「ふふっ、ミリナの困った顔、可愛い」



しばらくして、彼の帰る時間になった。

ミリナはポケットから金貨を2枚出すと、彼に渡した。


驚いたように固まる彼に、私とミリナは軽く頷いた。


金貨を受け取った彼は、一瞬だけ間を置くと、

すぐに思い出したように必死に身振りを始め、まだあるからと伝えてきた。


「まだあるって、どんだけ抱え込んでるんだい?」

「放って置くと際限なしに持ってきそうだね」


「お金が欲しいのよ」


私がそう言うと、ミリナは軽く頷いた。


「ジャクイユ、少しずつ持ってきな」

「全部買い取ってやりたいけど、私もそんなに持ってないんだよ」


彼は次に、カウンターの後ろを指差した。


「ああ、名残惜しいから置いてっておくれ。売るまで眺めたいからね」


彼は納得したように頷くと、手を振って店を出た。



「おや、家に向かわず、商店街の方へ行ったね」


「やっぱり食べる物に困ってるのよ」

「お金を渡して正解だったわね」


「しばらくは、あのお茶を毎日出してやろうかね」

「あれ飲んでりゃ、丸一日食わなくても持つだろうし」


「砂糖を入れない辺りが、ミリナらしいわね」


「ははっ、お茶だけでも結構高いからね」


(もうっ…、ミリナったら)



しばらくの間の後。


私は、思わず思いついたことを口に出した。


「…私の家で彼に夕食を食べさせて、……言葉を教えようかしら」


ミリナが、はっとしたように声を強める。


「エレジア!」

「 あいつと昔何があったのかは聞かないけど、それはどうかと思うよ」


(そうなるわよね)


それでも私は、言葉を止めなかった。


「うん、そうかも知れない…。でも、助けてあげたいの」


ミリナは少しだけ息を吐き、困ったように視線を逸らした。


「気持ちは分かるけど……。なら仕事終わってから、ここで教えな」

「夕食もあたしが出すから。…そうしときな」


「……うん。…ありがとう、ミリナ」


――――


家に戻り、一息つく。


(ミリナのお小言も分かる……)


(……けど)


少し沈んだ気分のまま、

私は戸棚の奥から”ある物”を引っ張り出した。


”あの人”の印章と証文。

指輪は錆が浮き、証文も文字が不鮮明な箇所がある。


(これなら多分無利子で貸してくれるとは思うけど……)

(今のオルベイン商会に何の伝手(つて)もないから…)


ため息がこぼれる。


(やっぱり、宝石を換金するのが先ね)


私は懐から宝石を出して、眺めながら呟いた。


「…ったく、”レッド”もケチなんだから……」


(あー…でも換金しても、どうやって渡そう…悩みの種だわ)


小さく息を吐き、私はベッドに入った。


「…さぁ、明日は、明後日の為に家の片付けしなきゃ」


私は夕食も取らないまま、静かに眠りについた。



番外編③ 終わり


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