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見知らぬ世界で、ほんの少しの幸せを  作者: すえゴハン
番外編 エレジア視点

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36/42

番外編 ① 懐かしい声の向こう側で(エレジア視点)


彼――ジャクイユが転移してきて、三か月が経った。


これまでのことを思い返してみようと思う。


1月にしては、温かい日だった。


お昼前。


私――エレジアは、軟膏作りの仕込みを終えて、お茶で一息ついていた。



そこへ突然―――



振動は弱いが重めの波動が、家の北側から伝わってくる。


(…何が?)


外へ出てみると、北側に見慣れない家が現れていた。


(まさか…。…転移!?)


薄っすらと舞い上がった土煙が風に流されていき、

家の姿がゆっくりと露わになっていく。


私は少し近づいて観察してみる。


(やっぱり…転移現象だわ。でも建物ごとって…)


規則正しく灰色の見慣れない瓦屋根。

同じく見慣れない外壁。


(見たこともない建物…)


隣には無骨な建物がある。


前面の壁の大部分の色が違っている。

あれが入口なのか外壁なのか分からない。


その隣には、奇妙な形の物が置いてある。


好奇心に駆られ、もう少しだけ近づいてみる。


(馬車とは違う…)

(でも、どこか似ている気もする)


その”奇妙な馬車”のある部分に目が行く。


(あれは、ガラスなのかしら?)

(ずいぶんと透明だわ)


再度、家の方に目をやる。

家の前には、奇妙な箱がいくつも並んでいた。

いくつかの箱から、何かの植物が生えているのが見える。


(…野菜かしら?)

(この寒い時期にあんなに青々と…)

(あり得ないわ)


観察していると、

家の裏手から一匹の犬がふと姿を現した。


(珍しい模様の犬ね)


その犬は、こちらを見つけたようだ。

時折尻尾を振りながら、とことこと歩み寄ってきた。


私は、犬の頭を撫でてみた。


「ずいぶんと人懐っこいのね」

「あなたが転移者なのかしら?」


とても満足そうな顔をしている。

そのまま、私の匂いをくんくんと嗅ぎ始めた。


「きゃっ、ちょっと…! どこの匂い嗅いでるのよ!」

「やめなさい! ちょっと…! やめてってば!」


遠慮のないその様子に、思わず戸惑う。


今度は軽く跳ねるようにして、私の顔へと飛びついてきた。


「わっぷっ…。もう…」

「少しは落ち着きなさい! いい? 分かった?」


犬は首を一度だけ傾げて、私の前で座った。


「まったく…、あなたの飼い主の想像がつくわ」


(しかし……、誰が転移してきたのかしら…)

(しかも、この場所で起こるなんて…)


私の心は、期待と不安が入り混じっていた。


(まさか…ね…)


そこへ――


《おい、エレジア》


懐かしい声の念話が届いた。


《そろそろ来る頃だと思っていたわ。…転移の件よね》


《うむ》


《今、その家の近くに居るわ。家ごと転移してきてるみたい。

…私の家の北側よ。お隣さんになってるわね》


《なんだと…? その場所となると…まさか…》


《一旦家に戻るわ》


「じゃあね、ワンちゃん。 またね」


犬は座ったまま、私が帰るのを見守っていた。


――――


家に戻った私は、冷めたお茶を一口含む。


《でも……久しぶりね、”レッド”》


《我(わし)をその名で呼ぶな》


《あら? せっかく名前があるんだから、いいじゃない》


《我に名はない》

《その名は”あ奴”が勝手に呼んでいただけだろうに》


《まったく…。自分の名前が嫌いだなんて…》

《あなたも私も、”あの人”に名付けてもらったんだから》


私は昔を思い出し、少しだけ懐かしさに浸った。


《たまに轟音が聞こえる時もあったけど、

近くを通った時ぐらい、声を掛けてくれてもいいのに》


《エレジアにも生活があるであろう。…なるべく邪魔をしたくない》


《あなたは相変わらず…素っ気ないのね》



少しの沈黙。

私は、家の外へと静かに視線を向けた。



《…で、本題だ》

《今回の転移の波動は、二箇所だ》


《えっ? ここだけじゃないの?》


《うむ》

《今、魔族領との境から、全速でそちらに向かっている》


《じゃあ、あと数十分ってところかしら》


《うむ》

《あれ以来、もう転移はないと思っていたが》


少しの間。


《その場所が本当に”あ奴”だとしても、もう一人が気になる》


《もう一人…。なぜ二人なのかしら…》


《分からぬ。…だが、理由はあるはずだ》


《神に聞いても答えは返って来ないんでしょ?》


《うむ》

《あの御方が我の問いに答えた例(ためし)はない》


《我はそこの上空を通り、”其奴”の魔力の波動を確かめる》

《そのまま、もう一人の場所へ向かう》


《私はどうすれば?》


《”其奴”が何者であっても、監視や支援は必要だ》

《間違った方向へ進まんようにな》


《”あの人”だったら、どうするの?》


《それは我の台詞であろう》

《エレジア…、お前はどうするつもりだ?》



言葉に詰まる私。



《私は……。分からない……》



念話越しに”レッド”のため息が聞こえる。



《”あ奴”が”あの時”のままなら、

刹那的な行動をしないよう、見守る必要がある》


《その場合、エレジア以上に適任はおらぬ》



またしばらくの無言が続く。

私の中で渦巻く想いが、言葉を遮った。



《…分かったわ》

《じゃあ、あなたの報告待ちね》


《うむ》


《私は、午後に備えて軽く食事を取っておくわ》


《了解した》



―――――



私が昼食を取り終えた頃、空気を切り裂く衝撃波が響いた。


《ちょっと! 低空を飛ばないでよ!》


《すまんな》

《”あ奴”の魔力の波動が弱くてな。近付かないと確認出来なかった》


《んもう……。で、…どうだったの?》


《うむ、姿も確認したが、”あ奴”本人か、系譜の者で間違いない》


《……そう……》


心が大きく揺れ動くのが自分でも分かった。


《…でも、魔力の波動が弱いって、どういうこと?》


《分からぬ》

《非常に弱く、当時のような”力”を持っておらぬ》


《……そう…。でも……”あの人”なのね…》


《エレジア、すまぬが、あとを頼む》

《我は”もう一人”の元へ向かう。少し様子がおかしい》


《分かったわ》


《こちらが落ち着いたら連絡するつもりだ》

《念話は一旦閉じるぞ》

《なに、何かあればすぐ駆け付ける》


《了解よ》


《エレジア…、気を付けてな》


《ありがとう、”レッド”もね》


《……》


懐かしい友人との念話を終え、少しだけ息をついた。

それからミリナの店に向かった。


――――――――――――――――――――


薬屋の扉を押すと、いつもの香りと木の軋む音が迎えてくれた。

客の姿はなく、午後の店内は静かだった。


「おやエレジア、今日は早いんだね」


「ええ、…少し用事があって」


一瞬の沈黙のあと、ミリナの目が細くなった。

商人らしい勘が、何かを嗅ぎ取ったのが分かる。


「何かあったんだね。…私に手伝えるかい?」


「ミリナ、先に謝っておくわ。思いっ切り巻き込むと思う」


口にした瞬間、その言葉の重さが自分に返ってくる気がした。


「…そうかい。…ずいぶんと深刻なんだね。

遠慮は要らないから、話してごらん」


一瞬、言葉が詰まる。


「異世界からの転移者が現れたの…。

彼は…そのうちに、この商店街に来ると思う」


ミリナは一瞬、意味を飲み込めていないようだった。

そしてすぐに、その言葉の重さに気づくように目が見開かれた。


「ええっ? 転移者だって…?」


「ええ…」


言葉を選ぶように、ミリナが慎重に口を開いた。


「転移者って、かつての”英雄様”と同じってことかい?」


「……そう…なる…わね……」


「…大丈夫なのかい?

当時、 ”英雄様”のお陰で盗賊の類(たぐい)は減ったと聞いてるけど…」


その言葉には、恐れと感謝が入り混じっていた。


「それ以外の言い伝えは、酷い話ばかりじゃないかい?」


「…そう…ね」


真実が捻じ曲げられた言い伝えばかり。

でも…本当の言い伝えもある。


「……大丈夫よ」


それを思い出すと、言い切ることができなかった。


「……多分」


ミリナはそれ以上問いただすことなく、小さく息を吐いた。


「…分かったよ。

とりあえず外に出て、ご尊顔を拝もうじゃないか」


それ以上何も言わずに、一緒に店の外へ出てくれた。


――――


しばらくして、あの犬を連れた彼の姿が見えた。


「あれが英雄様の同類なのかい?」


ミリナが目を細める。


「ずいぶんと冴えない顔をしているねぇ」

「まだ犬のほうが男前に見えるよ」


ミリナの辛辣な言葉が続く。


「変な服を着てるねぇ。

それに…白髪交じりの、ただのおじさんじゃないか」


(確かに老けてはいるけど、”あの人”によく似ている…)


「あら、川下手に行っちゃったよ、観光気分なのかねぇ」



しばらくの間、私たちは遠目で彼を見守り続けた。



「どうやら、こちら側に渡ったようだね、もうすぐ来るよ」


彼が店に近付いてくるにつれ、私の動揺が大きくなってくる。

胸の鼓動も一緒に大きくなっていった。


「エレジア、何しているんだい。ほら、声を掛けるよ」


ミリナが私の腰を押しながら、彼に話しかけた。


「どうやら言葉が通じていないようだね」


(やっぱり……どうみても”あの人”だわ)

(声も……”あの人”の声だ……)


(でも…どうして言葉が通じないの?)


「ここでは何だし、店に入ってもらおうか」


「ええ、そうしましょう」

「ほら、こっちよ、お店の中に入って」


――――


彼は店の中を見回している。


「色々と物珍しいようだね。

この男は、そんなに貧しい世界からやって来たのかねぇ」


「ほら、こっちに来な。棚の薬でも見せてやるよ」


「ミリナ、あの人に何か役に立ちそうな薬を分けてあげて。お金は私が払うわ」


「いいのかい? 無料(ただ)で渡すと癖になるよ?」



おや、とミリナが目を細めた。



「この男……どうやらエレジアに見とれているようだね」

「固まったまま、あんたをずっと見ているよ」


私も、気づけば彼を見つめていた。

あの頃の記憶が、ゆっくりと蘇っていく。


(……でも)

(彼は、私が”エレジア”だと分からないみたい…)



「いつまでエレジアに見とれてるんだよ。

こっちに来な、エレジアがお前に薬をあげるってさ」

「ほら、精力剤だよ」


ミリナは優しい顔のまま、乱暴な口調で容赦なく言った。


差し出された小瓶を、彼はじっくりと眺めていた。


「もうお前には用がない薬だろうけど、欲しけりゃやるよ」

「…どうせ金も持ってないんだろ?」


「ちょっとミリナ…! もう少し優しくしてあげて」


「いいじゃないか、どうせ言葉なんて分かりゃしないんだ」


彼は、一頻り小瓶を眺め回した後、

申し訳なさそうな顔をして、ミリナに返した。


「おや、意外に律儀な男だねぇ、受け取らずに返してきたよ」

「そのまま帰るつもりみたいだけど……どうするんだい?」


帰ろうとした彼が、ふと足を止めた。

ゆっくりと振り返る。


その瞬間―――


場の音が、すっと消えた。


彼は右手を胸の高さまで上げて、指を二つに分けた。

――見覚えのある仕草。


そして、何かを呟いた。


それを見た私は、涙が溢れそうになった。


(……間違いない……”あの人”だ……)


言葉は分からないけど、多分、あの時と同じ言葉。

今でも覚えている。



――彼の最期の挨拶。



「長寿と繁栄を」



私は必死に涙を堪え、同じ仕草を返した。

彼が店を出ていくまで、ミリナは私の腰をそっと抱えてくれた。


――――――――――――


彼が帰った後すぐ、ミリナが口を開いた。


「エレジア、…あんた…あの男を知っているのかい?」



しばらくの間、返す言葉が見つからなかった。



「……ええ……。……多分……」



「”多分”って、どういう意味なんだい?」



私はまた言葉を探す。



「あの人は……私の知っている”あの人”じゃないみたいなの」


「どういうことなのか分からないよ、説明してくれないのかい?」


「……ごめんなさい、まだ私にも分からないの……」



真実を告げるべきか、迷い続けた。

ミリナは大切な友人。

――それでも、少しの打算が頭をよぎる。



私は、沈黙を選んだ。



「……ごめんなさい。今日は、もう帰るわ」


「エレジア、…大丈夫なのかい? 送っていこうか?」


「ありがとう…ミリナ。…でも大丈夫よ」


「…ならいいけど、気を付けてお帰り」


「うん……。また明日ね……」


――――


私はミリナの店を出て歩く。

家までの短い道のりが、とても遠く感じる。


ふわふわと曖昧な感覚だけが続いた。


(”あの人”は、私を私と分からなかった…)


(もう、あの頃の”あの人”はいないのね……)


(……でも、”あの人”にとっては、その方がいいのかもしれない)


(――私にとっては…… どうなんだろう……)


(……分からない……)




夜風が、やけに冷たく感じた。




番外編① 終わり

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