第二十四章② 近くて遠いこと
「ここですか」
「うん、前見たときに、雰囲気いいなと思ったんだよね」
そこは海岸通り沿いの、
せり出した大きなテラスが自慢のカフェだった。
潮風が心地いい席からは、
港を行き交う船の活気がよく見える。
店に入り、二人はテラス席に座った。
「えっと、私はこの、ぶどう入りのシードルと、この貝の蒸し物を。
あと、エールを一杯」
マルさんをちらりと見ると、軽く頷いた。
「う~ん、風が気持ちいい」
「暖かくなりましたね」
「景色も最高!」
私は潮風の心地良さを感じながら、周囲を見渡した。
すると端のほうの建物群が気になった。
「ねぇ、あの建物は何? あと、その奥も気になる」
「あれは、鍛冶工房が集まってるんです」
「夜中にカンカン叩く人も大勢居ますからね」
「あー、そういうこと」
「あとは、火も絶やしませんから、火事の延焼避けですね」
「へぇえ。…じゃ、その奥は?」
「奥は……。貧民街です……」
「端に追いやられる建物があれば、人も……」
「そうなのね……」
私は、しばらくその奥を見つめた。
賑やかな港のすぐ隣に、
まるで切り離されたみたいな場所。
「……近いのに、遠いね」
ぽつりと呟いた。
少しの間の後に、
店員さんが飲み物を運んできた。
「話を変えましょう」
「うん……」
二人は飲み物に口をつけた。
「これ美味しい!」
「シードルだけど、青リンゴも感じるし、ぶどうの香りと酸っぱさがいいわ」
「このエールも美味いですよ。香りもですが、コクと甘味が別格です」
「濁りも薄いですから、上手く作ってるんでしょうね。
他の店とはずいぶんと違います」
「ふ~ん。この貝も美味しいよ。おっきくないから食べやすいし」
「美味いですね。…お嬢、いい店見つけましたね」
「嬉しい! マルさんにそう言ってもらえると、本当に嬉しい!」
「ここも、また来ようね」
「はい、必ずですよ」
――――
「でね、昨日の先生の格言なんだけどさ…」
私は、昨日の先生の言葉を私なりに分かりたくて、
マルさんに聞いてみた。
「凡人は剣に縋り、秀才は技に溺れる。だが達人は、ただ相手の心を読む」
「でしたね」
「それそれ」
「私には、ただ何となくぐらいにしか、分からないの」
マルさんは軽く頷き、ゆっくり言葉を選ぶようにして話し始めた。
「俺も、全部は分かりませんが、俺なりの言い方で良ければ…」
「聞きたい」
「では…」
私は、ごくりと唾を飲んだ。
「俺の経験からですが、武器に頼るやつは多いです」
「ミスリルの武器とかは、本当に強力ですからね」
「ミスリル?」
「ええ、青く光る、貴重な材質です。
剣にすれば切れ味抜群、防具なら軽くて硬い」
「へぇえ」
少し間を置いて、マルさんは説明を続ける。
「話が少し逸れましたが」
「 ”この武器なら誰にも負けねーぜ”とか、
”武器が弱いから俺は負けたんだ”とか言うやつです」
「これが先生の言った、凡人とか愚者ってやつですね」
「うんうん」
私は頷きながらも、ある疑問が浮かぶ。
「でも、先生がそういう武器を使ったら?」
「それは、ほぼ”無敵”でしょう。
…でも今は、その話は置いておきましょう」
「そうだね、ごめん」
私に話の腰を折られつつも、マルさんは続けてくれた。
「そして、技に溺れるですが…」
「技も色々ありますが、簡単なところで、
自分の強力な打ち込みを最適な瞬間に使う、所謂、”得意技”とか」
「”必殺技”の方が分かり易いですね」
「それと、その手持ちの”技”を使いやすい状況に持ち込む”誘導技”ですかね」
「”駆け引き”と言ったほうが分かり易いかもです」
「…ふむふむ」
頷く私を見るマルさん。
「確かに技は強いです。いくつもの技を使うやつも居ます」
「フェイントも技の一つといえばそうなるでしょう」
マルさんは上を向き、目を瞑る。
その小さな動作が、技を極めることの難しさを暗に示す。
「でも、その技も、…いつかは破られます」
「同じ相手に同じ技を使い続けたり、
毎回違う相手でも、いつかは通用しない時が…来ます」
「そういうことだと、俺は思ってます」
「なるほど」
「じゃあ、”心を読む”…は?」
マルさんは、エールで喉を湿らせてから続けた。
私もシードルを一口飲む。
「俺もハッキリとは言えませんが」
「簡単に言えば……、
あいつは多分こう動くだろうから、俺はこう動く。
俺がこう動いたから、次はこう来るはずだ。とか、そんな感じです」
私は小さく頷きながらも、頭の中で何度も反芻した。
「そういう一連の流れを型にはめたのも”技”になりますが」
マルさんがまた目を瞑った。
「そうじゃなくて……、”駆け引き”より更に上の話になりますが」
一拍開いた。
「常に相手を読んで常に先手を取る」
「先手を取れるように、相手を誘い込む」
「…うん」
「それの繰り返しです」
「そうすれば、技とかそんなの関係ないですから」
私の指先がテーブルに軽く触れた。
マルさんの言葉が胸に落ちるのを感じながら、昨日の立合いを思い出す。
「でもさ、相手を見てる間も、相手は打ち込んでくるよ」
「そうですね、だから遅いと言われる。でも…仕方ないことです」
マルさんが間を置いた。
「それと…当然、相手も動きを予測してきますから」
「その予測も読まないといけません」
「詰まるところ、達人同士の立合いは、”読み合い”の戦いになります」
私は少し困惑したまま、マルさんに視線を向けた。
「う~ん…。……どうすればいいの?」
「今は……どうしようもないと思います」
「ええっ…?」
「俺もそうですが、先生は今、技の入口をお嬢に見せてます」
「お嬢が、それに対処できたら、その先を見せていく」
「その繰り返しで、まず一連技の対処を教えてくれるかと」
私は視線を少し落とし、テーブルの端をぼんやり見つめた。
頭では理解しようとしても、体がまだついていかない感覚が残る。
マルさんが、またエールを一口。
「でも…」
「でも…?」
「先生は…、お嬢が…技を使うだけとか、
技の対処だけで終わってほしくないんだと思います」
「…常に相手を読んで、常に…って?」
「う~ん、そんなの無理なんじゃないかなぁ」
私は困惑したまま続けた。
「大体さぁ、先生の頭の中ってどうなってるの?」
「心を読んでるにしても、反応とか対処とかそんな話じゃないよね?」
「恐らく…、頭より先に、体が動いているんだと思います」
「体に染み付いているというか、”慣れ”とか”経験”かと」
「予測して身体が勝手に動いてるってこと?」
「…そうです。予測も”勝手に”しているかと」
「…んー、私にそんなこと出来るのかなぁ」
「入口に立っていると言ってましたね」
「俺もそう思います」
「…マルさんも? …そう思っているの?」
「ええ」
マルさんが笑顔で言った。
「そっかー、マルさんがそう言うなら、そういうことにしておこっか」
私も笑顔で返した。
「にしてもさ、マルさんって博識だよね。…なんで?」
「俺は…、子供の頃、道場に通ってましたから」
「へぇー、すごいじゃん」
「途中で辞めちゃったの?」
「ええ、親父の会社が潰れて、それどころじゃなくなりましたから」
「ごめん、余計なこと聞いちゃった」
「大丈夫ですよ、もう過去の話ですから」
気まずくて、私は少しの間考える。
「マルさん、もう一杯飲む? ……良ければ、話を聞かせて」
「じゃ、もう一杯だけ」
「すいませーん、エールとシードルお代わりお願いしまーす」
――――
お代わりを飲みつつ、マルさんの話を聞く。
「そんな重い話でもないですから、気軽に聞いて下さいね」
「…分かった」
「俺の家は、カラムから西にある、ストラーバという村にありました」
「親父は材木問屋をやってまして。家は、そこそこ金持ちでした」
「だから剣術道場にも通えたんです」
私は頷きながら言葉を追った。
昔の話を聞くと、なんだかマルさんの人生がぐっと近くに感じられる。
「でも5年ぐらい経った頃に、
親父が取引で騙されましてね…、問屋は倒産しました」
「何歳までやってたの?」
「12歳ぐらいですかね」
「じゃ、これからだって時だったのね」
「そうですね」
私はシードルを一口含む。
まだ子どもだった頃のマルさんのことを想像して、胸が少し締め付けられる。
「…それで、その後どうなったの?」
「俺たちは、知り合いの”つて”でハレスト村に引っ越しました」
「お嬢や白銀様と出会った湖より、もっと奥にあります」
「そこで親父は経験を活かして、材木を見極めたり、
切る計画建てたりする職に就いて、一家を支えてくれました」
私は軽く微笑む。
家族を守ろうとしたマルさんの親父さんの姿が見える気がした。
「倒産はしたけど、結構順調な気がするよ」
「……そうですね」
「それで、…どうなったの?」
「その後、親父の勧めもあって、カラムの材木問屋で働くことに」
「うんうん。製造と卸しがつながってると、おいしいよね」
「10年ぐらい務めたところに、見覚えがあるやつが問屋へ…」
「まさか…」
「そうです。子供の頃に見た、親父を嵌めたやつです」
私は思わず息を止めた。
心に引っかかっていた存在が、目の前の話に出てきたからだ。
「俺は、そいつを探ろうとしました」
私もマルさんも唾を飲み込んだ。
「でも……」
「…でも?」
「探り始めたところでしたが、俺が店の金を盗んだと疑われて…。
無いはずの証拠が次々と出てきて、そのまま衛兵に突き出されました」
「それは…」
「多分、内偵が居たんでしょうね」
私は小さく息を吐いた。
言葉だけで状況の理不尽さが伝わってくる。
「で、今に至る…です。
そんな感じですね」
「そっか…。…だからカラムも詳しいし、剣術の心得があるんだ」
「そうです。それで……腕を買われて、盗賊に……」
「家の近くで盗賊とか、辛かったでしょうね」
「そんな近くでもなかったですが。…ですね、俺も嫌でした」
「……相手が知り合いだったらと思うと……」
「だよねぇ」
「お父さんや、ご家族は?」
「親父もお袋も生きてます。妹は嫁いで、遠く西にあるナグーヤって街に居ます」
「お父さんに、濡れ衣のことは?」
「言いましたよ。でも…、聞いちゃくれませんでした」
「お父さんも、本当はマルさんのことを信じてたと思うよ」
「…そうですかねぇ」
「うん。”危ないことに首を突っ込むな”って感じじゃないのかな」
「…かも知れません。
俺も親父にまで手が伸びたらと思って、それ以上言いませんでしたし」
私は静かに頷いた。
家族のことも絡むと、やっぱり簡単には割り切れないんだな、と思った。
「で、盗賊のことは?」
「勿論言ってません。あれ以来……家にも帰ってませんから」
「あちゃー、知られちゃいけないやつだね」
「教えてくれた剣術の先生も”激おこ”だろうね」
「”げきおこ”ですか…はは」
「でも…いつか、分かり合える日が来ると思うよ」
「…そうですかね」
「うん」
「だって、お父さんもお母さんも、生きてるんだもん」
「まぁ、会おうと思えば会える距離なんですけどね」
「近いけど、遠いね。剣の間合いみたい」
私はマルさんに微笑んだ。
結構重い話だったけど、希望もちゃんと感じられた。
「ちょっと湿っぽい話になっちゃいましたね」
マルさんは、私を見ながら照れ臭そうに笑った。
「そんなことないよ。マルさんの生い立ちが知れて良かったと思う」
「すっかり日も暮れちゃいましたね」
「そうだね。ここで夕ご飯食べて、宿に帰ろっか」
「そうしましょう」
私たちは軽く夕食を済ませ、港の薄明かりが照らす石畳を歩いた。
潮風を感じながら、
今日聞いたこと全部は分からないけど、少しずつ理解していけばいいんだと思った。
港町の賑やかさはすぐ近くにあるけれど、
あの貧民街や、マルさんの過去と家族の話は、近くて遠いものだと改めて感じる。
近いのに、遠い。
そういうことって、沢山ある。
どうしようもないことも沢山。
でも、それでいいんだと思う。
すぐに分からなくても、
全部に踏み込めなくてもいい。
今は、見えるところから少しずつ、確かめながら進めばいい。
今日の出来事を胸に、私たちはゆっくり宿へと帰った。
――――
「…で、お嬢、……明日は何時に出かけるんですか?」
「…ん~、10時かなぁ……」
「分かりました。11時ですね」
「ひっどーい!」
「どうせ、今日買ったものを朝から使うんですよね?」
「……そう…ね」
「もっと遅くなりそうですね…覚悟しておきます」
第二十四章② 終わり




