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見知らぬ世界で、ほんの少しの幸せを  作者: すえゴハン
第二十四章 綾子の休日

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第二十四章① 魚介の暴力と止まらない物欲

朝。


私――綾子は、”どんどん”とドアを叩く音で目が覚めた。


うるさい音を布団にくるまって遮る。


「……うー……」


(……まだ聞こえる)


寝ぼけたまま、少しだけ考える。


(……ん?)


「……嬢、……て下さい」


マルさんの声が、かすかに聞こえる。

少しだけ布団をめくる。


「……今、何時……?」


「お嬢!もう10時過ぎてますよ!」


大きな声が廊下越しに響く。

私は目を見開き、慌ててベッドから起き上がった。


「……えっ、もうそんな時間……?」


布団に残った温もりに、思わず手を伸ばす。


「……ごめん、ちょっと寝すぎたみたい」


「ちょっとですか…はは。…お出かけはいいんですか?」


「…お願い、宿の人にお湯かお水もらってきて……」


ボサボサの髪をかき上げながら、マルさんにお願いする。


「もらってきますけど、…ちゃんと起きてくださいね」


「分かった…」


マルさんの足音が遠のいていく。

ゆっくりと外着に着替え、櫛(くし)で髪をとく。



しばらくしてマルさんが戻ってきた。


「今日は食堂が休みですから、水しかないそうです」


「…そうだったわね。ありがとう、マルさん」


「じゃ、通りの先でエールでも飲んで待ってますんで」


「ごめん、すぐ準備するから……」


そう言って、入念に身だしなみを整える。


顔を洗い、歯を磨く。

歯ブラシも英雄様が広めたらしい。

様々なことを広めた英雄様。


(ほんと、色んなことしてる人よね)


そして、しっかりと髪をとかし、ハーブ油で整える。


(お化粧がないから楽だけど……)


「さて……」


カバンを肩から掛け、

私は腰に木剣を携える。


先生がくれた、革製の鞘に収めて。


――――


宿を出てマルさんを探す。


「お嬢…!こっちですよー!」


マルさんは、もう出来上がってた。


「ごめん、お待たせ……って、何杯目?」


「…まだ2杯目ですよ」


「まだ…?」


「だって、お嬢が遅いもんですからね……」

「もう11時回ってますよ」


私は言葉に詰まる。


「女の子は支度が遅…時間がかかるって、お嬢から学びましたからね」

「飲み食いしながら待つのが一番ですよ」


「お昼食べられなくなるわよ」


「そん時は、また何か摘みながら、飲みますよ」


「んもう……。じゃ、いこ」


――――


「どこ行くんですか?」


少し酔って饒舌なマルさんが聞いてくる。


「どうせまた、ぶらぶら歩きまわるんでしょ?」


私のこめかみがぴくりと動く。


「ブッブーっ!残念でしたー! もう決めてますぅ」


「その、”ぶっぶー”が気になりますが、じゃ行きましょう」


「でもその前に、ご飯よ。ピザ食べたい」


「はいはい、ピザ屋さんですね。行きましょう」


マルさんはそう言うと、歩き始めた。


――――


マルさんおすすめのピザ屋さんに着いた私たち。

ピザの香ばしい匂いに包まれた盛況なお店に、心が踊る。


店の奥では、大きな窯に次々とピザが入れられていた。


店内に入ってメニューを見るが、結局。

いつものように。


「おすすめのピザ下さい」

「あと、私はシードルで。マルさんはどうするの?」


「俺はエールで」


そう言って、私たちはピザが焼き上がるのを待った。

店内は賑やかで、あちこちから笑い声が聞こえてくる。


「飲むのは良いけど、べろんべろんになるのだけは、やめてね」


「大丈夫ですよ」


「あまり贅沢するのも、白銀様に申し訳ないし……」



私は無意識に胸のペンダントを触っていた。



「ねぇ、アルバイトみたいなのって、ないのかな?」


「”あるばいと”が何なのか分かりませんが…」


「えっとね、空き時間に手軽な仕事をすることよ」

「あとは……、その日だけとか数日間だけの仕事とか」


マルさんが上を向いて、少し考える。


少しだけ間を置いてから。


「じゃあ、カール先生か、ディルに聞いてみましょうか」

「剣術を活かせる仕事があるかもしれません」


「それいいわね。じゃあ先生には私が聞いてみる。ディルさんはお願いね」


「分かりました」


――――


話していると、ピザが運ばれてきた。

具沢山で白いソースの魚介ピザ。


一口食べてみる。


「うん、美味しい」


「美味いですね、相変わらずの美味さです」


「魚介の暴力って、やっぱりすごいわね」


「エビ、カニ、イカ、貝、魚、全部乗ってますもんね」


美味しく食べながら、ふと周りのテーブルを見回す。


(…あれ? 皆白いピザだ……)


「ねぇ、トマトソースのピザって無いの?」


「”とまと”って何ですか?」


(えっ……?)


「赤い野菜なんだけど。見た目は果物っぽいかも」


「う~ん、多分無いと思いますよ」


「そっかぁ、ちょっと残念」

「英雄様でも、トマトソースは広められなかったのね」


そんな会話をしながら、魚介の暴力を最後まで楽しんだ。


――――


「あー美味しかったー」


「美味かったですねぇ。また来ましょうよ」


「うん、絶対にね」


「で、お嬢、次はどこへ行くんですか?」


「次はねぇ、お洒落したいから、化粧品が買いたい」

「もう3ヶ月ぐらい経つし、そろそろいいかなぁって」


「お店は決まってるんですか?」


「…うん。前通ったときに、女の子たちが群がっていたから」


少し自信がないまま。


「……大丈夫だと思う」


「分かりました。じゃあ向かいましょう」

「お嬢の案内で」


「うん、いこ!」


初めてマルさんの前を歩く。

少しだけど、誇らしく、自信が持てたような気がした。


私も、街に、この世界に慣れてきたんだと思う。


――――



「あそこよ、七色ハーブ亭ってお店」


店に着くとマルさんが苦笑いする。

狭い店内に、大勢の若い女の子がひしめき合っている。


「…お嬢、俺は外で待ってますよ」


「なんで?」


「いや、なんでって。…女の子ばかりじゃないですか!」

「大勢いますし、剣も邪魔になりますよ」


「確かにそうね……。マルさん、木剣持ってて」


「分かりました」


ホッとしているマルさんに木剣を預ける。


「なるべく早く戻るから」

「飲みに行かないでよ。後でお茶するんだから」


「はいはい、ちゃんと待ってますから」



店内に入ると、様々な商品が所狭しと置かれていた。


口紅を始めとした化粧品や、

花の香りがする水や香油、身体の手入れ用品、色々なものがある。


私は店のかごを手に取って、目に入った必要なものを入れていった。


(カミソリ。色々ともう限界)

(毛抜きも…。放って置いたら眉がつながっちゃう)


次に、香油や芳香水の棚へ向かう。


(前行った店より、小分けで買いやすいわね)


(これはラベンダーっぽい)

(こっちはローズかな)


ひとつずつ香りを確かめていく。


(これピオニーみたい!)

(あーいい香り。これ絶対買う!)


そして、かごに入れていった。


次は化粧品。

貝殻や陶器に入った口紅を見比べる。


(これはオレンジ系ね。こっちは深い赤系)

(うわー、青みピンクまである)

(これは2個買っちゃお)


次々と、かごに入れていく。


(ファンデーション…じゃなくて白粉みたいね)

(これは…やめておこう)


(これは…見た感じ、ベビーパウダーかな?)

(こっちは真珠の粉っぽい)


次にアイブロウ、アイシャドウの棚へ。


(う~ん、眉のお手入れは買うとして…)


私が緑や青系のものに手を伸ばそうとしたそのとき。


「それ、やめておいた方がいいよ」


一人の女の子が声をかけてきた。

ブルネットで目が青い、細身の子。


「前使ったけど、目に入っちゃって、すごく痛くて大変だった」


「そうなの?」


「うん。今はこの茶色と黒系使ってる。眉用だけどね」

「他は、口紅を目に使いまわしているわ。頬にもだけど」


「ありがとう。私もそうしようかな」


「筆は買った? ここの筆は結構いいよ」


「ほんと? 私も欲しい」


「こっちよ」


この世界で同年代の女の子と初めての会話。

私たちは少しの間、化粧談義に花を咲かせた。


彼女のお奨めや、他にいくつかの小物をかごに入れ、会計をする。


「金貨6枚と銀貨8枚になります」


(うっ……。そんなに……?)


金額を聞いて罪悪感が走る。



それでも――


私は悩まなかった。


(白銀様、ごめんなさい。私は買います)


金貨7枚を払い、お釣りをもらう。


店を出る時、あの女の子が手を振ってくれた。


「また会えるといいわね」


「そうだねー、また会えるといいな」


そう言うと、彼女は去っていった。



――――



通りの先で、マルさんが待ちぼうけてた。


「ずいぶんと待ちましたよ、お嬢」


「ほぼ2時間ですよ、2時間」


「ごめーん、女の子と話し込んじゃって」


「女の子の買い物は時間がかかりますし……」

「それに……、

 初めてお友達が出来たようですし」


マルさんがにっこり笑う。


「仕方ないですね、今回は大目に見ましょう」


「ありがとう、マルさん」



――しかし。



”あの話題”に触れられたくない私は、話を変えてみる。


「じゃ、お茶しに行こっか」


そう言って、後ろを振り向かずに歩き始めた。



しばらくすると――



「お嬢、ずいぶんとカバンが膨らんでますが」


私の背筋が凍りつく。


「いくら使ったんですか?」



何も答えずに歩き続ける。



「お嬢…?」



でも――

言い逃れできないと分かって、私は口を開いた。


「金貨6枚ちょっと…かな…」


「ええぇ!? さっき、あまり贅沢するのもとか言ってませんでしたか?」


マルさんの目が大きく見開く。


「うん…。ごめん…。どうしても欲しかったの」


「そこは白銀様に言って下さい……」


「そ、…そうね」

「白銀様、贅沢してごめんなさい。どうしても欲しかったんです」


「許してくれるといいですね」


にやりとするマルさんを横目に、

私は冷や汗を流しながら歩いた。


(……さすがに、ちょっと使いすぎたかも)



第二十四章① 終わり

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