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見知らぬ世界で、ほんの少しの幸せを  作者: すえゴハン
第二十二章 これは仕事か、デートか

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第二十二章② たくさんの小さな幸せ


馬車を降り喧騒に包まれた瞬間、

エレジアが迷いなく口にした。


「テンパー」


ついでに聞き忘れていたことも聞く。


――じゃあ、俺――ジャクイユたちの町は?


「リベリン」


(へぇー、そんな名前だったんだ)


俺が何度も頷いていると、

エレジアも、なぜか一緒に頷いていた。


国の名前も聞きたかったが、うまく伝えられなかった。



急いでいるのか、

エレジアは俺の手を引くと、そのまま市場の方へ向かう。


どうやら朝市らしい。

その横顔は、さっきまでとは違って真剣だ。


(あ、これ仕事モードだな)


エレジアは、まず一軒目で薬草を買う。


(あー、俺がゴリゴリするやつかな)


次に別の店でいつもの種を2袋分。


(あー、それ……要らないんだけど……)


最後に、さらに小さな種を選んだ。


(……)


来た早々、

四つの大袋が、あっという間にいっぱいになる。


売り切れて買えないと困るからだろう。

その判断の早さに、口を挟む気は起きなかった。


エレジアは俺に一度だけ微笑むと、また歩き出す。


――ついてきて。


俺も黙って後を追った。


―――



その途中。



前から猫系の獣人が歩いてくる。



それを見た瞬間、

俺は思わず大袋を地面に置いてしまった。


(……ね……猫耳娘じゃない……)

(くそう……俺の妄想をぶち壊しやがって……)


“リアルな獣人”を目の当たりにして、

俺は、はっきりと落胆した。


しばらく呆然としていると、

エレジアが不思議そうに振り返る。


「……ジャクイユ?」


俺は慌てて、

何事もなかった顔で笑みを返す。


そして、気を取り直して歩き出した。



歩く人々を観察すると、

ちらほらと、エルフやドワーフらしき人がいる。

角が生えてる人も見かけたが、あれが何なのかはわからない。


(他種族共生か…、そりゃそうだよな)


―――


次にエレジアが向かったのは、大きな建物だった。

人の出入りが多く、入口の前だけ空気が少し違う。


(……商業組合、か)


中に入ると、

エレジアは手際よく大袋を指示して預ける。


それが済むと、表情がふっと緩み、

いつもの優しい顔に戻った。


そして、俺の背中を指差して、


――背中の瓶、出して。


俺は言われるまま、一升瓶を取り出して渡す。

エレジアはそれを受け取ると、

組合の人と短く、要点だけ話し始めた。


(……買ってくれる場所、聞いてる感じだな)


話は長引かず、

ほどなくしてエレジアが軽く頷く。


どうやら行き先は決まったらしい。


エレジアは、また自然に俺の手を取って、

歩き出した。


―――


着いた店は陶器商のようだった。


店先には大きな壺や皿が無造作に並び、

中へ入ると陶器だけでなく、ガラス製品も所狭しと置かれている。


棚はきっちり整えられているが、飾り気はない。

実用と商売を優先した、職人肌の店だ。


カウンターの奥にいた店主は、

背は高いが、少し腰の曲がった老人だった。


頭頂部には髪がなく、側頭部にわずかに残る白髪。

深く刻まれた皺が、その顔に知性と経験を物語っている。

年の頃は七十前後といったところか。


一見すると、

どこにでもいそうな穏やかな老商人。

だが、こちらを見る目だけは妙に冴えている。


(……この人、目利きだな)


エレジアに促され、

俺は一升瓶を二本、カウンターの上に置いた。


店主は無言で瓶を手に取り、

光にかざすようにして確認する。


エレジアが静かな声で説明を始めた。

身振りは控えめだが、要点だけを的確に伝えている。


店主は何度か頷き、

今度は瓶の外側――ラベルに視線を落とした。


指でその一角を軽く叩き、

何かをエレジアに問いかける。


(……あ、やっぱりラベル邪魔だよな)


俺は一升瓶を手に取り、

剥がそうとする仕草をした。


その瞬間だった。


店主が低い声を上げ、

エレジアも同時に俺の腕を掴む。


(えっ……?)


慌てて手を止めると、

店主は短く首を振り、ラベルを指差した。


どうやら、

それも含めて価値があるらしい。


(……マジか)


しばらく考え込んだ店主は、

カウンターの下から袋を取り出し、

金貨を、きっちり4列に並べた。


(……お?)


エレジアが、そこへ何かを付け足すように話す。


店主は一度だけため息をつき、

追加で、金貨を5枚置いた。


(……金貨、45枚!?)

(……よっしゃ!)


俺は平静を装いながら、

心の中でガッツポーズを決めた。


エレジアが俺の顔を見て、微笑む。


(あれ?……顔に出てたかな?)


金貨の袋を受け取り、

店主と固く握手を交わす。


その手は、

思った以上に硬く、仕事の手だった。


―――


陶器商を出る。


エレジアがほくほく顔の俺を見て、にこりと笑った。


――こっちよ。


エレジアが、また気軽に俺の手を握って歩き始める。


俺は遠慮しながら、少しだけ握り返してみた。

エレジアも一度だけ俺の手を確かめるように握り直してくる。



いつの間にか自然と手をつないで歩き続けていた。



――――



着いた場所は大きな商店。

エレジアの顔が少し険しい。


(……? この店に何かあるのか?)


中に入るとエレジアは店員に声を掛けて、

ポケットから取り出した何かを見せた。


俺たちは奥の部屋へと案内された。


――待ってて。


そう手で示すと、

エレジアは、俺を残して部屋の外へ出る。

また店員と何かを話しているようだ。



部屋へ戻ってきたエレジアは、俺に微笑む。


しばらくして、店員が戻ってくると、

俺の前に何かの書類を置いた。


(う~む、サッパリ分からん)


エレジアが書類を指さしながら、言う。


――ここと、ここ。


「…ジャクイユ、…ジャクイユ」


(あー、ここに名前を書けってことか)


俺は、言われるがまま、片仮名で名前を書いた。


(現地の言葉書けないけど、……いいのかこれ?)


店員が書類の確認をして、エレジアに渡す。

エレジアはそれを俺に差し出して、にこりと笑った。


俺は、何も分からないまま、それを受け取る。


そして、そのまま店を出た。


(なんだったんだ、一体。……まるでわけが分からんぞ)



――――



商会を出ると、

エレジアが指先で軽く空を示した。


――行きたい所、ある?


俺は少し考えてから、頷いた。


――服が欲しい。

――あと、身体も洗いたい。


そう伝えた瞬間、

エレジアは俺の外套の前を、ひょいとめくった。


そのまま胸元に顔を寄せ、

しっかりと俺の匂いを嗅ぐ。


――大丈夫。臭くない。


そう示してから、

なぜか満足そうに頷いて、微笑んだ。


俺は一気に顔が熱くなって、

視線を逸らしながら伝える。


――じゃ、服屋、行こう。


―――


通りを歩く。


朝の市場を抜けた街は、

少し落ち着いた表情を見せていた。


石畳の道はよく整えられていて、

両脇には二階建ての店が続く。


上階の窓からは洗濯物が垂れ、

肉や穀物を焼く匂い、布の匂いが混じって流れてくる。


人の流れもゆるやかで、

商いと生活が、同じ場所で息をしているのが分かる。


そんな街の中を、

エレジアは当たり前のように俺の手を引いて歩く。


(……これ)

(デートって言って、いいよね)


―――


衣服店に着くと、エレジアの目が少し輝いた。


店内に入ると、

エレジアが手際よく棚をめくりながら、

「こっちもいいかも」と微笑む。


俺は、つい頷きながら、色や柄を見比べる。


(あー、楽しい…!)


自然に頬が緩む。


俺は迷いながら、どっちにしようか悩む。

エレジアも楽しそうに見守ってくれる。


結局、どちらも気に入ったので、

黒と深緑色の二種類を上下セットで購入することにした。


――エレジアの服も、買いたい。


俺がそっと示すと、エレジアは手を振って遠慮する。


――一升瓶のお礼だよ。


そう伝えて、俺は少し照れながらも、

彼女のための服を選ぶ。


――だが。


エレジアは、俺が選ぶものよりも実用的な服を選んで、

にっこり微笑んだ。


(ダメか。まぁ俺センス無いしな)


店を出ると、外の風が優しく二人を包む。


手を取り合って歩くと、

まるで小さな世界に二人だけがいるような感覚になる。


―――――


歩き始めたところでエレジアが、


――ご飯食べに行こう。


――何食べたい?


と聞いてきた。


悩みながら歩いていると、

通りの向こうから、揚げ物と、かつお出汁のような匂いが漂ってきた。


(まさか…この匂いは……)


匂いに釣られ、思わず足を早める。


場所はうどん屋、いや、どう見ても定食屋だ。


――ここで食べたい。


そう伝えると、頷いたエレジアと店に入った。


席に着くと、俺は周囲を見回す。


(おい!これって……どう見ても、日本の文化だろ……)

(どうなってんだ……)


エレジアは、にこにこしている。


俺は他の席を指差した。


――あれと、あれが食べたい。


カツ丼と、うどんらしきものを指すと、

エレジアも、にこにこ頷いた。


店員を呼び、エレジアが注文する。


食事が来る間、俺は考えた。


(…過去にも転移者が居たってことだよな)

(いや、…まだ生きてるのかもしれない)


やがて料理が届き、俺たちは食べ始める。

エレジアも同じものを頼んでいたようだ。


(えっ、エレジアも、その量食べるの?)


少し驚きながら、うどんを口に運ぶ。

麺は灰色がかっており、出汁(だし)は濃いめ。


「おっ、これは…美味い」


思わず声が出る。

濃いめのタレに浸った灰色の太麺は、

口に入れると絶妙な歯ごたえで、優しくも存在感がある喉越し。


(おい…これって、伊勢うどんじゃないか!)


ふとエレジアを見ると、美味しそうに食べている。


(エレジア、箸の使い方上手いな)

(…使い慣れてるっぽい)


二人で、あっという間にうどんを平らげ、続いてカツ丼に手を伸ばした。


見た目は卵が半熟でない程度で、普通だ。


「うん、これも美味い」


米は日本米より少し長めで、肉には若干の獣臭さが残るが濃厚な味わい。

玉ねぎとタレの風味も絶妙だ。


(しかし、米も醤油もあるとは…)

(ってことは、……味噌もあるんだな)


(過去の転移者、恐るべしだな……)


そう思いながら、俺は食べ終えた。

ちなみにエレジアも、しっかり完食してた。


(エレジアさん、……結構食べる方なのね)


伊勢うどんとカツ丼の余韻に浸りながら、

俺たちは再び街の喧騒に戻った。


―――――


店を出て歩き始めた俺たち。


エレジアが握る俺の手。

俺も、そっと握り返す。


二人で通りを歩くと、

石畳の上に日光が反射して、街全体が柔らかく輝いて見える。


道端の露店では、革製品や小物が並び、香ばしい匂いも漂う。


エレジアは小物を指差して笑いかけた後、

ふと後れ毛を後ろにかき上げた。


俺は思わずその仕草に目を奪われる。


(…可愛い……)


顔を赤くしながら、二人だけの小さな世界に浸った。


言葉は要らない。

俺たちは、ただ、その雰囲気を楽しんだ。


―――――


少しして街の角を曲がると、武具店が目に入った。


俺はエレジアに、


――ちょっと見てみたい。


と伝えた。


店に入ると、高級そうな武器や防具がずらりと並んでいる。


(やっぱエルフなら、弓だよね)


エレジアに弓を手に取ってもらうと、にこっと笑い、

素手のまま軽々と弦を引いた。


(お、すげぇ…本当に様になってる)


その仕草を見て、思わず俺は息を呑む。

かっこいい、だけじゃなくて、自然に体に馴染んでる感じがする。


試しに俺も引いてみたが、当然まったく弾けない。


(どうなってんだよ、やっぱりエルフってことか)

(こんなもん俺が引いたら、指が千切れるぞ)



ふと視線を上げると、

一段高い場所に薄っすらと光り輝く剣や防具が置いてある。


――あれ、何?


と聞くと、エレジアはすぐに答えた。


「ミスリル」


「は?……ミスリル?」


エレジアは頷く。


(……そこは通じるんか)


思わず知ってる言葉を羅列してみる。


「オリハルコン、…アダマンタイト?」


エレジアは何度も頷いた。


(あるんか!しかも、言葉もそのまま…)

(どうなってんだ……)


値段は分からないが、確実に高価なのは分かる。



光る武具に目を奪われていると――



――もう店を出よう。


エレジアに促される。


名残惜しさを感じながら、俺たちは店を後にした。


―――――


歩きながら、エレジアが街の時計を指差した。


――2時か3時には帰るよ。

――それまで、どこか行こう。


俺は少し考えて、頷いた。


――じゃあ、お茶しに行こう。


エレジアは小さく笑い、

片手を軽く上げて「こっち」とジェスチャーする。


俺もつい手を差し出し、エレジアの手をそっと取る。


二人で静かに街の喫茶店へ向かった。


―――


カップを手に、俺はふと考えた。


(俺が異世界人で、エレジアは、それを知っている)

(……でも、言葉が通じない)


(……通じても……)


――聞きたいけど、聞けない……

もどかしさが胸の奥に膨らむ。


それでも、彼女の美しい笑顔と仕草に、

俺は、ただ見惚れるしかなかった。


エレジアはカップの淵を指で軽く撫でながら、

楽しそうに笑い、時折俺の顔を見て小さく頷く。


(……今はこれでいい)


街のざわめきやランプの光が二人を包む。

しばしの間、時が止まったかのように楽しいひと時を過ごした。


――――


やがて組合で荷物を受け取ると、

中央広場に戻り、帰りの馬車に乗ることになった。


満員の馬車には、

両側や後ろに荷物がぎっしり括り付けられている。


俺たちも大袋を横にくくりつけ、狭い車内で再びエレジアと密着する。


帰りの馬車も辛かったが、

それでも俺は、エレジアと街を歩いた幸福感でいっぱいだった。


―――――


リベリンの町に戻った二人。

日が落ち、辺りはすっかり真っ暗になっていた。


俺たちは町の薄明かりを頼りに歩き、薬屋へ向かう。


ミリナは、もう待ち構えていた。

店に入り大袋を渡す。


俺が外套を返そうとすると、ミリナは、


――持ってけ。


――お前にやる。


そう示して外套を突き返した。


(分かっちゃいたが、優しいな、ミリナ……)


ミリナが続ける。


――もう遅いから、帰れ。

――エレジアも帰れ。


気を利かせたのか、二人で帰れと即された。


(まぁ、同じ方向だしな)


――――


二人で暗い中を歩く。

突然、エレジアが魔法らしき光を放ち、辺りを照らした。


エレジアみたいに、淡く優しい光だった。


(おー、凄いな、ランタン代わりだ)

(眩しくないのがいいな。…眩惑補正か?)


色々と驚くことばかりだが、

俺も、少しずつこの世界に慣れてきているようだ。



光に照らされながら、

短い家路を惜しみながら歩く。



とうとうエレジアの家の前に着いた。


俺たちはしばらく立ち止まり、無言で見つめ合う。

互いに微笑みながらも、俺には名残惜しい思いが募った。


――じゃあ、またね。


――うん、またね。


別れの時間はほんの数秒かもしれないが、

俺にとっては、長くも複雑なひとときだった。


手を振って帰ろうとしたとき、すえぞうが歩いてきた。

後ろにはスケさんもいる。


(ヤバい、……スケさんはまずいぞ)


どうしようかと迷う俺。


しかし近づいてきたスケさんは、おもむろに手を上げた。

驚くことなく、エレジアも手を上げ返す。


「は?…どういうこと?」


(どうなってんだよ、ここも知り合いか?)

(俺が仕事してる間に、何が起こってるんだ?)


俺だけが気まずい空気の中、

もう一度、エレジアに手を振って家に帰った。


もう、飯を食って寝るだけだ。

すえぞうも食べ終えている。


腸詰めとパンで軽く済ませ、ベッドに入った。


スケさんに色々と聞きたいこともあったが、

今はそれより、エレジアとの街デートを思い返したかった。


(あー、馬車は辛かったけど、楽しかったなぁ)

(エレジア、上品で可憐すぎる……)


(あ、ミリナに外套のお礼をしなくちゃな)

(ワインでも渡すか…5年放置物だけど)


すえぞうの温もりを感じつつ、

俺の呟きは止まらなかった。


(しかし…日本の文化が入った世界…過去の転移者…)


(俺も知識を活かして金儲けしよう……!)


(それには、まず言語習得を頑張らなきゃ)



夜の静けさと、すえぞうの寝息に包まれながら、

そう心に誓い、俺は眠りについた。



第二十二章② 終わり

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