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見知らぬ世界で、ほんの少しの幸せを  作者: すえゴハン
第二十二章 これは仕事か、デートか

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第二十二章① 期待と不安の交差する朝


朝。

まだ外は暗く、夜の名残が家の中に溜まっている時間。


俺――ジャクイユは、重たい瞼をこすりながら起き上がった。


俺は、昨夜のポトフの残りを温めて口に運ぶ。

腹に落ちると、ようやく身体が動き出す気がした。


すえぞうの餌は、スケさんに任せる。


(すえも起きてこないし)


今日は街まで行く。

移動は馬車になるだろう。


そう考えて、家にあった小さめのゲル座布団を二枚、

リュックにもなるカバンに押し込んだ。


それから一升瓶を一本。

薬屋の分と合わせて、今日は二本売るつもりだ。


少し迷ってから、

母親が使っていたダウンジャケットも手に取る。

小さくて、俺には着られない。


――でも、エレジアなら、きっと似合う。



出かける前に、こっそりスケさんの部屋を覗いた。

ベッドの上で、布団をしっかり被っている。


(やっぱ寝るんだ……)


そう思った瞬間、

布団の中から手だけが出てきて、ひらひらと振られた。


朝の厳しい寒さに身をすくめながら、

俺は薬屋へ向かって歩き出した。


――――――――――――――――――――


隣の家に近付くと、外套を着た誰かが立っていた。


近付いてみる。


「ジャクイユ…!」


エレジアが手を振っていた。


「えっ…?」

(まさか……)


――ここ、エレジアの家?


エレジアはにっこりして頷いた。


「えぇぇぇっ……!?」


一気に目が覚める。


(マジか……!)


まだ回りきらない頭で、必死に考える。


(俺が異世界人なのも、もうバレてる……)

(だから、あんなに自然だったんだ)


それでも――


「なぜ優しくしてくれるのか」は分からない。


打算か。

何か目的があるのか。


そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎる。


だが、


エレジアの親切さと、

屈託のない可憐さを前にすると、

そんな疑念はあっさり霧散する。


(いずれ、聞けるようになったら聞こう)

(……ミリナも、きっと知ってるよな)


しばらく呆然としていたが、気を取り直して挨拶を交わす。


髪を後ろで結い、外套を着たエレジアは、

いつもより精悍で、隙のない佇まいをしていた。


旅慣れていそうな雰囲気もある。


俺はダウンジャケットを差し出してみる。


エレジアは不思議そうな顔をしたあと、

外套を一度脱いで俺に渡し、

その下にそれを着込んだ。


(外套か……)

(この格好で街を歩くの、ちょっとマズいかもな)


そんなことを考えながら、

二人で薬屋へと歩き出した。


――――――――――――――――――――


薬屋では、ミリナが待ち構えていた。


挨拶をすると、

ミリナは無言のまま、手に持っていた外套を差し出し、顎で示す。


――着ろ。


(へ……? ……いいの?)

(ミリナさん、ちゃんと考えてくれてるんだな)


俺は小さく頷き、外套を羽織った。


(…重っも)


ずしりとした重み。

革の質感も、作りも、明らかに上物だ。


(旦那さんの物かな……)


ミリナは俺の外套姿を一瞥すると、

ほんの一瞬だけ、口元を緩めた。


すぐに表情を戻し、一升瓶を俺に渡す。

続けて、大きな袋を四つ、俺とエレジアに手渡した。


――行って来い。


厳しくも、どこか温かいその眼差しに見送られながら、

俺たちは薬屋を後にした。


―――


エレジアの後について川下へ歩く。

すると、もう乗合馬車が待っていた。


俺は慌てて座布団を用意する。


馬車はほぼ満車だったが、

エレジアが何かを言うと、周囲の人たちが身を詰め、二人分の席が空いた。


(場所空けてくれ…かな)


二人が腰を下ろすと、馬車はゆっくりと動き出した。

まだ暗い中、ランタンの灯りを頼りに、のろのろと進んでいく。


(遅っそ)

(歩くのと……そんな変わらんやん)


しばらくして、

エレジアが座布団を指さし、微笑みながら二度頷いた。

どうやら、気に入ってくれたらしい。


次に外套を少し開き、その隙間を指さす。

エレジアは目を見開き、今度は大きく二度、頷いた。


(暖かいんだな)

(……気に入ってくれて良かった)


―――


そんなことより、

俺はエレジアと密着していることが、ずっと気になっていた。


真横には美人。

視線を向ければ目が合って、柔らかく微笑まれる。


かすかに漂ってくるエレジアの香り。


(……アカン)

(……どうにかなってしまいそうだ)


―――


覚悟はしていたが、

馬車の乗り心地は、思っていた以上にひどい。


エアサスの凄さを知っている身には、

正直、耐え難い。


座布団なんて、ほとんど意味をなしていなかった。



そう思っているうちに、

東の空が白み始め、朝日が差し込んでくる。


光を受けて、エレジアの髪がきらりと輝いた。


金色、栗色、茶色。

光の加減で、いろんな色に見える。


(……綺麗だ)


思わず目を奪われる。


……そして、気付いてしまった。


(あ……)

(髪、少し傷んでるな)


(この世界じゃ……仕方ないか)

(こんな美人なのに……勿体ない)


(……何とか、してやれたらいいんだけどな)


そんなことを考えながら、

俺たちは、馬車に揺られ続けた。


――――


見える景色は、畑、放牧、果樹園、林。

そればかりである。


そして、それらを管理する建物や集落。

ほとんどが、生きる為の食糧と燃料、資材生産だ。


(フランスが、昔も今もこんな感じだとは聞いたことがあるが)

(ま、のどかでいい感じだな)


――――――――――――――――――――


三時間ほど揺られて、

城壁に囲まれた街が見えてきた。


(おいおい、あんなもんがあるってことは……)

(……争いも、あるってことか?)


心の中に少しの緊張が走る。

俺は無意識に視線を落としていた。


それに気付いたエレジアが、

俺の肩をぽんぽんと叩き、顔を覗き込む。


(心配させたかな)


俺は慌てて顔を上げ、

大丈夫だと伝えるように、笑って頷いた。


そして改めて周囲を見渡してみる。


(いや…、これ…大丈夫…ぽい…?)

(壁の外も畑と放牧、果樹園だらけだし)



街が近付くにつれ、

その大きさが、はっきりと分かってくる。


高い石の城壁が、街をぐるりと囲んでいる。


角張った要塞ではなく、

円を描くように、なだらかな曲線。


(……丸い、街?)


無秩序に広がった村とは違う。

守るために造られ、

人が集まることを前提に、形作られた場所。


城壁の上には等間隔に見張り台。

城門の前には人と馬車の列が続いている。


(……でかいな)


思っていたより、ずっと。


(城壁も所々工事中みたいだな)


街の拡張に合わせて、城壁も外に広げているようだ。


(この街が、もっと発展するってことか)


―――


馬車が城門をくぐる。


厚い石壁に囲まれた門の内側は、

外から想像していたより、ずっと広かった。


正面に伸びる道は、ゆったりとした幅があり、

大型の馬車が二台、余裕ですれ違えるほどだ。


その両脇には、びっしりと店が並んでいる。


陶器を高く積み上げた店。

金属製の道具を吊るした露店。


革製品、木工品、布――

実用品から、用途の分からない細工物まで、実に雑多だ。


(……ここ、工業も相当だな)


農産物だけじゃない。

加工品が多いのは、

職人と流通が、きちんと回っている証拠だ。


ふと視線を上げる。


街の奥、小高い場所に、

ひときわ大きな邸宅が見えた。

周囲の建物とは、明らかに格が違う。


(……あれが、たぶん領主か何かの屋敷か)


城塞都市の中心として、

この街が機能している。

そんな事実を無言で示しているようだった。


馬車はそのまま街の中へ進み、

やがて速度を落とす。


どうやら中央の広場らしい。


時刻は朝9時を少し過ぎた頃。

広場には、すでに人が溢れていた。


市場は完全に動き出している。


呼び声。

値段交渉。

笑い声と、怒鳴り声。


活気が、空気そのものを震わせていた。


馬車が止まり、

俺たちは地面に降り立つ。


俺は思わず周囲を見回しながら、

隣に立つエレジアに聞いてみた。


――ここは、なんていう街?



第二十二章① 終わり



※一口メモ

トラックのエアサスですが、

飲みかけの缶コーヒーを荷台に置き忘れて、

450km走ってきても倒れていませんでしたし、位置もほぼ同じでした。

それなりに”うねった道”を、それなりに飛ばしてもです。

そりゃー精密機器も運べるって分けです。

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