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見知らぬ世界で、ほんの少しの幸せを  作者: すえゴハン
第十六章 欲しいもの、必要なもの

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第十六章② 街の現実と、胸に残ったもの


「さて、まず何から行きましょうか?」


「カバン!」


即答だった。


マルキーは一瞬きょとんとしたあと、小さく笑って歩き出す。

案内されたのは、革製品を扱う店だった。


店内には、革の匂いが満ちている。

壁には大小さまざまな鞄やベルトが吊るされ、奥では職人が何かを縫っていた。


「いらっしゃい」


年配の店主が顔を上げる。


「肩から掛けられるものを探してまして」


「女性用ですね。こちらなどどうでしょう」


差し出されたのは、上質な茶色の革で作られた斜め掛け鞄だった。

深すぎず、明るすぎない色合い。触れると、しっとりと手に吸い付く。

ベルト通しも付いており、腰に固定もできるようだ。


「……これ、好き」


綾子は思わず頬を緩める。

肩に掛けてみて、鏡代わりの磨かれた金属をちらりと覗き込む。


「派手すぎませんし、長く使えますよ」


「うん……これにします」


即決だった。


代金を払う間も、綾子は何度も鞄を撫でていた。

店を出る頃には、すっかりご満悦だ。


―――


しばらく歩いたところで、マルキーが足を止める。


「すみません、少し用を足してきます。ここで待ってて下さい。

一人で勝手にどこか行かないで下さいね」


「分かってる」


綾子は頷き、柱のそばで待つ。

買ったばかりの鞄を肩に掛け、覗いたり触ったりしていると――


足音。


顔を上げた瞬間、思考が止まった。



虎だった。



正確には、虎の獣人。


筋肉質の体に縞模様、鋭い目。

綾子の前で、その獣人は足を止めた。


「お嬢ちゃん、獣人を見るのは初めてかい?」


綾子は固まったまま、こく、こく、と二度頷く。


「大丈夫。取って食ったりなんかしないよ」


にこりと笑い、手を振って去っていく。


綾子は、同じように固まったまま手を振り返し、その背中を見送った。


(あれが……獣人さん……)


―――


戻ってきたマルキーに、ぽつりと言う。


「……ねぇ。今……虎の人がいた」


「虎の人? ……ああ。運が良かったですね。なかなかお目にかかれませんから」

「そのうち、トカゲの人にも会えますよ」


(トカゲの人……?)


綾子は、まだ頭が追いついていなかった。


―――


「では次はどこへ?」


「洗髪薬が欲しい…」


「俺は買ったことがないんで、何軒か回るかもしれません」

「香油屋か薬屋にありそうですね。まずは香油屋へ」


―――


香油屋に入った瞬間、綾子の表情が変わった。


「……わぁ」


甘い香り、爽やかな香り、重たい香り。

小瓶がずらりと並び、蓋を少し開けるだけで空気が変わる。


「これ……いい匂い」

「気に入ったなら――」


マルキーが値札を見て、固まる。


「……やめましょう」

「……うん、やめよ」


綾子も値段を見て、即座に正気に戻った。


二人は無言で店を出る。


―――


薬屋では、目的のものが見つかった。


「洗髪薬はこちらです」


小瓶。中身は見えない。


「……中、見えないんだ」


「香りで判断して頂く形になります」


蓋を開けると、ハーブの匂いがふわりと広がった。


「……悪くはない、けど……」


値段を見る。


銀貨五枚。


「……高い」

「そうですね……」


少し迷ってから、綾子は頷いた。


(毎日は無理ね。週一が限界だわ)

(銭湯も高いし……)


ついでに、ハーブ油も買う。


―――


「じゃ、次は櫛!」


「はいはい、屋台へ向かいましょう」


二人は、屋台や露天商をあちこち巡った。


あちらへ向かっては、また別の露店へ。

行ったり来たりを何度も繰り返す。

マルキーの顔に、疲れの色が見え始めていた。


「……お嬢、まだ決まらないんですか?」


「う~ん、候補はいくつか決めてるんだけどねー」

「もう少し、見て回りたい」


「…分かりました。

…少し遠いですが、次は、あちらの露店に行ってみましょう」



歩き回った甲斐もあって、綾子は3本の櫛を手に入れた。


買った物を鞄に入れながら、綾子は小さく笑った。

異世界での買い物が、こんなにも楽しいなんて思わなかった。


「そこそこ良さそうな櫛が売ってて良かったわ」


「…お嬢、櫛なんて1本あれば良いのでは?」


「”櫛なんて”なんて、マルさん酷い!」

「女の子はね――髪が命なの!」


口をとがらせた綾子が続ける。


「その日の天気とか、髪のコンディションを見て、使い分けなきゃダメなの!」


「ドライヤーが無いの! 櫛しか無いの! だから櫛が大切なの!」

「だから、色んな櫛の細さや幅を見て選んだの!」


「お嬢、謝りますから、落ち着いて下さい」


「ちゃんと理由があるの!」


綾子に圧倒されたマルキーは、苦笑いしか出来なかった。

どう見ても、落ち着いているようには見えなかった。


その勢いのままに――


「じゃ、次はタオル買いに行くよ!」

「はいはい」


―――


だが、どの店にもなかった。


代わりに、騒ぎが起きた。



言い争い。

男が剣を抜き、振り下ろす。

血。

悲鳴。



笛の音とともに衛兵が駆けつけ、取り押さえる。



「……ここでは、ああいうのが普通です」

「いつ何が起こるか、分かりませんよ」



綾子は、ただ立ち尽くしていた。


(…身を…守れないと、…ああなる)


(…やっぱり…剣、必要…かも)


―――


結局、綾子は厚手で上質な布を大小数点買った。


「……結構いい値段ですね」

「うん……」


(やっぱり、ボロ布が普通なんだ)


―――


買い物に付き合ったマルキーは、完全に疲れ切っていた。


「満足しましたか?」


「うん、今日は満足……」


「 “今日は”ですか……はは……」


「日も落ちてきましたし、宿に戻りましょう」


「……うん。マルさん、今日もありがとう」


二人は宿屋へと戻っていった。


――――――――――――――――――――


宿屋で夕食を取り、綾子は部屋へと戻る。

体を拭きながら、今日の出来事を振り返った。


獣人の姿などどこへやら。

あの乱闘騒ぎが目に焼き付いて離れない


(血が出てた……)

(衛兵さんが来ても暴れてた……)


ベッドに入り、再びドラゴンの言葉を思い出す。


(身を守るためにも必要……)


そう考えながら、綾子は眠った。



第十六章② 終わり

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