第十五章① 男の錬金術
次の日の朝。
目覚ましの音で目を開けた瞬間――
目の前に、骸骨がいた。
「うぉっ!」
反射的に声が出て、心臓が跳ねる。
一瞬で眠気が吹き飛んだ。
(……そうだった)
昨日の出来事が、遅れて現実味を帯びて戻ってくる。
夢じゃない。
本当に、いる。
俺――ジャクイユは上半身を起こし、
距離を取るように布団の端へずれた。
敵意はなくとも、やはり恐怖は拭えない。
「……なぁ」
少し間を置いてから、恐る恐る聞いてみる。
「……ごはん、食う?」
骸骨は、昨日と同じように首を横に振った。
やはり不要らしい。
(……じゃあ、何で動いてんだよ)
俺は諦めて立ち上がり、
自分とすえぞうの朝食だけを用意する。
米を食べたいが、浸す時間と洗い物が面倒で、
結局いつもの簡単なもので済ませる。
(あー、白いご飯に焼肉……タレが染みたご飯……)
(ちらし寿司とか…炊き込みご飯も……食べたいなぁ)
すえぞうはいつも通り元気に食べ、
骸骨はその様子を、どこか穏やかに眺めている。
(……見られてると、妙に落ち着かねー)
食後、薬屋へ行く準備を始める。
残っているパン、スナック菓子を二袋。
ニトリル手袋と、
大小の空のペットボトルを、
入るだけスーパーの袋2枚へ詰め込んだ。
(……あれと交換できりゃいいんだけど)
淡い期待を抱きつつ、袋を手に持つ。
外へ出ると、違和感に気付いた。
庭先の片隅に、
摘まれた雑草が、小さな山になって置かれている。
よく見ると、
プランターや周囲の雑草が、見事にすべて抜かれていた。
ジェスチャーを交えて聞いてみる。
「……これ、君が?」
俺が骸骨を見ると、骸骨は小さく頷いた。
「……こういうの、好きなの?」
もう一度尋ねる。
今度も、迷いなく頷く。
(……マジか)
少し考えてから、俺は続けた。
「……君、自分の部屋、要らないの?」
骸骨は、首を横に振る。
(いや、要るだろ)
心の中で即座に突っ込む。
(冗談じゃない。毎日一緒に寝るとか勘弁してくれ)
俺は家の中へ一度戻り、
奥にある、長らく使われていない部屋の前に立った。
――母親の部屋だ。
「……ここ」
部屋を指し示し、骸骨の方を見る。
「ここを、君の部屋にしたいんだけど」
それから、
掃除をする仕草、
片付ける仕草をして、問いかけた。
「……できる?」
骸骨は、しばらく黙っていたが、やがて、ゆっくりと頷いた。
(……できる、のか)
再び外へ出て、二人でガレージへ向かう。
シャッターを開けると、骸骨の眼窩が光った。
中を見渡すように、ゆっくりと頭を動かしている。
(まぁ……珍しいわな)
しばらくすると、視線が一点に留まった。
壁際に立て掛けてある、鍬や鋤簾、スコップ。
骸骨は、それらに近付くと、じっと見つめる。
そして――
そっと、鍬に手を伸ばした。
まるで宝物でも見つけたみたいに、
骨の指で柄をなぞり、しばらく動きを止める。
角度を変えてはまた眺めている。
(……そっちじゃないよ)
(何となく、こいつのキャラが見えてきたな)
俺は思わず苦笑しながら、
骸骨にバケツと雑巾、ほうきを手渡した。
「この辺の道具、使っていいから」
それから、
ゆっくり、という意味を込めて手を動かし、
「……ゆっくりでいいからね」
そう伝えた。
骸骨は、理解したように軽く頭を下げる。
俺はそれを見届けてから、
薬屋へ向かうため、家を後にした。
――――――――――――――――――――
今日は隣の家を見る余裕がある。
煙突から煙が出ている。家主はご在宅のようだ。
ご挨拶をしておきたいが、言葉の壁を思うと躊躇する。
俺は足を止めずに薬屋に向かった。
薬屋に着くと、
ミリナはいつも通り、カウンター越しにこちらを見ていた。
そして――
俺の手に提げられたスーパーの袋を見るなり視線が集中、
ミリナの視界に俺は入っていなかった。
(よし……いい感じ……)
奥の作業場へ通されると、
すでに木皿と種が、几帳面に並べられている。
「うへぇ……やっぱりこれか」
ぼやきつつ、いつもの単調な作業を始めた。
ニトリル手袋をはめて。
爪が必要で片手のみだが、指の痛みは和らぐ。
それを見たミリナの視線が、今度は俺の手元に落ちた。
ゆっくりと歩み寄ってきて、
俺の手を指差す。
そのまま、手袋をはめた指先をそっと掴み、持ち上げた。
指で触れ、
薄さを確かめるように引っ張る。
(ミリナさん……まだですよ。今は抑えて…)
俺は、少し強引に作業を続けようとした。
ミリナは何も言わず、
一度だけ振り向いて俺と袋を見ると、店内へ戻っていった。
その後も、黙々と種剥きを続ける。
――――
二時間ほど経った頃、
俺は頃合いを見て、計画を実行に移した。
袋から、空のペットボトルを一本取り出し、
おもむろにミリナの前へ差し出す。
途端に――
ミリナが、文字通り食いついた。
両手で掴み、くるくると回し、透明な容器をまじまじと覗き込む。
手でぽんぽんと叩き、机の角に、こんこんと当てる。
蓋を外し、
「ここから入れて、こうやって使うんだ」と身振りで示すと、
ミリナは目を見開いた。
軽くて、割れず、中身が見える容器。
そりゃ驚くよな。
店の窓ガラスも小瓶も透明じゃないんだから。
俺はスナック菓子を作業台の隅に置き、
ペットボトルの入った袋を持って、ランプの前へ行った。
「……これと、交換してくれないか?」
言葉と仕草で、そう伝える。
ミリナはしばらく考え込み――
やがて、意外な答えを出した。
ランプ、一つ。それに、油まで。
しかも、その油をペットボトルに入れて、
俺に手渡してくる。
(……使う気、満々じゃねーか)
思わず苦笑する。
まだ家にある、と伝えると、
ミリナは欲しい、と全身でアピールしてきた。
(まだ沢山あるよぉ、……中身入りのもね)
(いや、これはもう錬金術でしょ)
次に、
ミリナの視線が、スナック菓子に釘付けになる。
袋を開けて渡す。
一つ口に運び――
次の瞬間、
ミリナの目が、はっきりと見開かれた。
何度も頷きながら、
止まらない勢いで食べ続けている。
もう一袋を指差され、
「それはどうするのか」と問われたので、
――エレジアに、あげたいんだ。
そう伝えると、
ミリナは、にやりと笑って頷いた。
スナック菓子のせいで、昼飯はすっかり遅くなった。
今日もシチューとパンだ。
入っている具は普通なのに、なぜか肉の味が濃くて美味い。
(なんか美味いんだよな、これ)
昨日と同じ様に、ミリナとパンを交換して食べる。
ミリナの顔が少し和らいだ気がする。
そんなミリナを見て、俺も心が和らいだ。
昼ご飯休憩も少し楽しくなってきた。
第十五章 ① 終わり




