第十四章 憩いのティータイムとファーストコンタクト
昼の休憩が終わり、男――ジャクイユは再び作業台に向かった。
指先の感覚はもうだいぶ鈍っているが、
不思議と、さっきほどの焦りはなかった。
(……慣れって怖いな)
小さな種をつまみ、殻を割り、皿へ移す。
同じ動作の繰り返し。
それでも、二時間ほど経った頃には、
ほんの少しだけ、周囲を見る余裕が出てきていた。
男は、作業の合間にちらりと店内を見回す。
午前中に比べると、客足は明らかに少ない。
それでも、ぽつりぽつりと人は訪れ、
ミリナはそのたびに手際よく対応していた。
(午前中が勝負、昼からは落ち着く感じか)
店の外にも目を向ける。
土の道を、時折、馬車が通り過ぎていく。
ガラガラと車輪の音が、規則正しく耳に残った。
(……この世界、ちゃんと回ってるんだよな)
そんな当たり前のことを、今さら実感する。
そして、どうしても、考えが戻る。
(……で、あの骸骨だ)
朝、玄関先に立っていた、あの存在。
(アイツ、何なんだよ)
昨日のドラゴン。今日の骸骨。
(……ひょっとして)
(ドラゴンが、気を利かせて召喚したか……?)
(あのドラゴン、宝石一つしかくれなかったもんなぁ…)
男が、そんなことを考えながら手を動かしていると――
ふと、店内の方が騒がしくなった。
少し立ち上がって店内を覗くと、
あのエルフがひょいと顔を覗かせた。
目が合った瞬間、
彼女はぱっと表情を明るくし、手を振ってきた。
男は、思わず小さく手を振り返す。
(エルフさん来たよ…、美人さん来たよ……)
エルフはすぐに、ミリナの元へ歩み寄った。
二人は、しばらく会話をする。
内容は分からないが、雰囲気は柔らかい。
やがて、エルフが男の方へ歩いてきた。
「ジャクイユ?」
そう呼びながら、男の前に立ち、指差し――
「ジャクイユ」
自分の名前を呼ばれて、男は一瞬、動きが止まった。
エルフは、優しく微笑み、
胸に手を当てて、丁寧に名乗る。
「……エレジア」
もう一度、同じ仕草で。
(……名前、教えてくれたのか)
男は慌てて立ち上がり、手を差し出した。
エレジアも細くて長い手指を差し出す。
何度もお互いの名前を繰り返しながら笑顔で握手した。
(エレジアか……、じゃあ哀歌さんだな)
その様子を見たミリナが、
小さく息を吐き、お茶を運んできた。
三人分。
(……ミリナさん気が利くなぁ)
男が木鉢と木皿を動かすと、ミリナがお茶を置いた。
ミリナとエレジアは、
お茶を飲みながら、穏やかに話を続けた。
(結構美味いな、ハーブと果物っぽい)
当然、内容は分からないが、
時折、
エレジアが男の方を見て、身振りで話題を振ってくれる。
ミリナも、それに合わせて、男の方へ視線を向ける。
(……気、使われてるな)
それが分かって、少しだけ胸が温かくなった。
休憩が終わると、
エレジアはそのまま作業を手伝ってくれた。
男の向かいに座り、時折目が合うと笑顔になる。
同じように、種を剥いていく。
(……集中、集中)
目の前には美人。
しかし、気を抜けばミリナに睨まれる。
(ある意味、地獄だな……)
男は必死に視線を落とし、黙々と手を動かした。
やがて、日が傾き始め――
ミリナが、帰っていい、という仕草をした。
時刻は、16時を少し過ぎた頃だ。
男は深く頭を下げ、エレジアにこっそりと手を振る。
そしてゆっくりと息を吐きながら店を後にする。
(……くぁー、初日を乗り切ったぁ……)
そう思いながら、
男は夕方の道を、家へと歩き出した。
――――――――――――――――――――
道を歩きながら、
男の意識は、どうしても家の方へ引っ張られていた。
(……あいつ、まだ居たらどうしよう)
朝、玄関先に立っていた骸骨の姿が、
何度も脳裏に浮かぶ。
(さすがにおらんよな…普通…。頼むぞ……)
自分に言い聞かせるが、足取りは自然と慎重になる。
男は腰を落として、
恐る恐る家に近付きながら、様子をうかがう。
――いた。
(おい、あの骨、まだ居るって!)
思わず頭を抱えそうになる。
しばらく観察していると、庭先で何かが動いた。
すえぞうは骸骨のそばで、やけにご機嫌だ。
尻尾を振り、腹を見せている。
(おい……)
骸骨が、手慣れた手つきで、すえぞうの腹を撫でていた。
(あいつ、俺には中々触らせてくれないのに)
(どうなってんだよ)
「あ…、すえに気付かれた……」
こちらに気付いたすえぞうが、とことこ歩きながら近づいてくる。
同時に、骸骨も男の存在に気付いたらしい。
ゆっくりとこちらに向かってくる。
(……もう観念するしかないな)
男は深く息を吸い、意を決して"接触"を試みる。
まず、そっと手を挙げてみる。
骸骨も、少し間を置いて手を挙げ返した。
(……本当に友好的らしい)
男は玄関前を指差し、
そこへ移動するよう手招きする。
正式な"初接触"の儀式を行うことにした。
一礼して名前を告げると、
骸骨も、ぎこちなく頭を下げた。
(……礼儀もあるね)
(でもというか、やっぱり喋れないのね)
男は周囲を指差し、次に真下、地面を指差す。
――どこから来たの?
骸骨は隣の家の方を指した。
もう一度地面を指し、骸骨と家を交互に示す。
――なぜ、ここに?
骸骨は丁寧な仕草で答える。
(……ここで寝て)
(……俺と寝る?……は?)
骸骨の仕草を見て、男は言葉を失った。
(……一緒に住むって事?)
困惑しながらも、男は続けた。
翼と牙の真似をして、ドラゴンの存在を示す。
――関係あるのか?
骸骨は、首を横に振った。
(……分からん)
空は、すでに夕暮れ色だ。
初出勤と、細かすぎる作業で、疲労が一気に出てくる。
(……あかん、今日は、もう限界だ)
(俺は、明日も種剥きしなきゃならねーんだよ)
――――――――――――――――――――
見た目はどうあれ、
友好的な相手を外に放り出す気にはなれなかった。
家の中は、台所と自分の部屋以外、荷物であふれている。
男が二つの場所を示すと、
骸骨は迷わず男の部屋を指した。
(その…、意味が分からん……)
夕食の支度をする。
保存の利く食材以外は尽きかけてる。
今日はレトルトのカレーとパンで済ませる。
真っ暗な中で、懐中電灯を片手に調理する。
その様子を見ていた骸骨が、そっと手を伸ばした。
手のひらを上に向け、
あおぐような仕草。
――懐中電灯を、渡せ?
男は一瞬ためらい、それでも差し出した。
骸骨はそれを受け取り、男の手元を照らした。
「……あ、ありがとう。助かるよ」
思わず、声が出た。
骸骨の眼窩の奥は相変わらず怖いが、同時に優しさも感じられた。
食事を持って自室に移動する。
「あー、すえぞう君、今日はドッグフードね」
餌を用意しながら考える。
(これ切れる前に、何とかしないと)
冗談半分で、骸骨にカレーを示す。
「……食べる?」
骸骨は、首を横に振った。
(……ですよね)
では何を、と尋ねると、骸骨は男を指差した。
(……え? どういう事? …怖いんだけど)
男は自分の腕を噛む真似をし、そのまま差し出す。
骸骨は、慌てて首と手を振った。
(……違うらしい)
理解できないまま、
男はそれ以上考えるのをやめた。
夜。
体を拭き終え、骸骨にも同じように尋ねてみる。
首を横に振る。
(そう言えば、汚れてないもんな)
そのまますえぞうを拭くと、嫌そうな顔で耐えていた。
「だって、すえぞう君、獣臭いんだもん」
悩んだ末、
男は骸骨と同じ部屋で寝る事にした。
骸骨は床に座った。
朝までそのままなのだろうか。
布団に入って、気付く。
骸骨は青緑に発光してはいるが、
周囲を照らすほどではない。
(光っているのに…光ってない…?)
考えても答えは出ない。
骸骨の目と視線が合い、男は慌てて布団を被った。
(……やっぱ怖いって)
こうして、男と骸骨との正式な"初接触"が終わった。
すえぞうを抱き寄せ、目を閉じる。
――――
――カチッ。
時折響くその音に、
少しだけ悩まされながら、男は眠りに落ちた。
第十四章 終わり




