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見知らぬ世界で、ほんの少しの幸せを  作者: すえゴハン
第十三章 未知との遭遇と初出勤

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第十三章 未知との遭遇と初出勤


朝8時。


男が目覚ましの音で目覚めた。

朝起きれない心配から、結局スマホの目覚ましを使った。


溶けきった冷凍食品を温め直し、残っているパンをかじる。

パンはもう賞味期限が近い。昼用にいくつか持っていく。


昨夜、一緒に寝ていたはずのすえぞうの姿が見当たらない。


「またかよ、飯に釣られて来ないなら、その辺には居ないな」


男は、餌だけ用意した。


「さて…っと」


そう呟いて玄関のドアを開ける。



――開けた瞬間、固まった。



目の前に、骸骨が立っていた。


「うぉおおおおおおっ!」


声にならない悲鳴が喉の奥で潰れ、腰が抜ける。


逃げる前に尻もちをついた男は、人生で一番驚いたかもしれない。

昨日のドラゴンより驚いたなどと、どうでもいいことを考えていた。


骸骨は、そんな男を心配しているかのように、

少し前屈みになって覗き込んでくる。


……襲ってはこない、らしい。


骸骨の横には、すえぞうがいた。尻尾を振っている。


「……お化け? モンスター? スケルトン?」


頭が追いつかない。

男は何とか、落ち着きを取り戻そうとする。


「おい、すえぞう、…なんで教えてくれないんだよ、

……明らかに不審者だろ、吠えてくれよ」


犬は一度首を傾げただけで、変わらず尻尾を振っていた。


(これは……。でも仕事行かんと)


混乱する中、ふと昔の記憶がよぎる。


入社初日に遅刻はあり得ない。

初日なんて親が死んでも出社するだろ――

そんなブラックな冗談を言っていた、あの時の会話。


(……あれは、お化けだ)


心の中でそう言い張り、男は立ち上がった。

襲ってこない骸骨を横目に、何事もなかったかのように歩き出す。


(…見えてない…見えてない)


骸骨の横をすり抜ける瞬間、思わず内心で叫んだ。


(怖ぇぇえ……リアル骸骨、怖すぎだろ……)


その時、気付いた。

骸骨が、微妙に光っている。

緑……いや、青? 良く分からないが青緑色に発光していた。


男は首を少しだけ回し、視界の端で骸骨を見る。


(やべー…こっち見てる)


家から離れようとしたところで、すえぞうがついて来ようとした。


(すえも警戒してないし、まぁ…大丈夫だろ)


骸骨に背を向けたまま、小声ですえぞうに命じる。


「ダメだって、お前が来たら、あいつも来るだろ」

「俺はお仕事、……ね? …戻って、お願い」


すえぞうは珍しく素直に引き返した。

骸骨も、ついてはこない。


男はほっと息を吐き、家を後にした。

――――――――――――――――――――


家を出てしばらく歩くが、心臓の音はまだ落ち着かない。

頭の中は、さっき見た骸骨の姿でいっぱいだ。


(で、あの骸骨は、何?)


ゲームや映像の骸骨は、そこまで怖くはない。

怖いどころか、数で押してくる面倒な敵、くらいの認識しかない。


なのに。


(現実の骸骨、怖すぎだろ……)


理由は分かっている気がする。


あれは「死」そのものだ。

肉も皮もなくなった、人の成れの果て。

無意識下で本能が拒否するのも、無理はない。


(……昨日はドラゴンで、今日は骸骨)

(この世界、刺激強すぎだって)


男にはまだ、周囲に視線を走らせる余裕はなかった。

隣の家を見ても、まったく頭に入ってこない。


(仕事終わって家に帰ったら、もう居ませんように)


そう願いながら、男は薬屋のドアノブに手をかけた。

――――――――――――――――――――


初出勤は何回目でも緊張する。

男は、意を決して薬屋のドアを開けた。


中は、昨日と同じ薬草の匂いが漂っている。

乾燥ハーブと、いかにもな薬草の少し鼻につく匂いだ。


思わずごくりと唾を飲み込んだ。


店の奥から、女――薬屋の女が姿を現した。

こちらを見るなり、眉をひそめる。


(あーやっぱりか、予感的中)


男が軽く頭を下げると、女は短く頷き、

そのまま奥へ行けと、乱暴な手振りで示した。


作業台の前に座らされる。


次の瞬間。


ドン、と音を立てて、木鉢が置かれた。

中には、茶色い粒が――山のように入っている。


さらに、空の木鉢と木皿がひとつ。


(……は?)


男は鉢の中を覗き込み、思わず目を凝らした。


(小っさ……)


黒豆どころじゃない。

それより、はるかに小さい。


(冗談だろ)


女は腕を組み、顎を上げる。

その表情は、はっきりとこう言っていた。


――やれるもんなら、やってみな。


(ははーん……なるほど)

(初日で辞めさせに来たな、これ)


男は内心でため息をつく。


黒豆の鞘を剥くだけでも、

指が痛くなる作業だと知っている。


それより小さい種を、

しかもこの量。


(でも、辞めるわけにはいかない)

(エルフさんへの義理がある)


金も必要だ。

おいそれと辞めるわけにはいかない。


男は木皿を引き寄せ、覚悟を決めた。


女は、指でつまむ仕草をしてから、

ゆっくり、細かく動かして割ってみせる。


――雑にやるな。


――気を付けろ。


そんな意図は伝わってくるが、言葉は分からない。


男が「分かった」というように頷くと、

女はすぐに顔をしかめた。


――分かってない。


そう言いたげに、苛立ったように手を振る。


(いや、分かってないけどさ)

(でも、やるしかないだろ)


女はもう一度、

今度は少し強めに、指を振った。


――本当に、気を付けろ。


その必死さに、男は少しだけ背筋を正す。


(……なんか知らんが)

(相当ヤバい作業なんだろうか)


男は小さな種をつまみ、黙々と作業を始めた。


この種が、

初心者に任せるには、あまりにも厄介なものだとは――

この時の男は、まだ知らない。


――――


しばらくして、女が何かを言いながら、男の手元を指差した。

指をつまむ様にし、次に木鉢、木皿を交互に示す。


(……手順? 量? 置く場所?)


男は一瞬だけ考えるが、分からないまま小さく頷いた。


「お、おっけぇ」


女の眉が、ぴくりと動く。

もう一度、今度は少し早口で、何かをまくし立てる。

指の動きも、さっきより細かい。


(いや、分からんって)


だが男は、もう迷わなかった。


「おっけー」


女は、明らかに不満そうな顔をした。

腕を組み、男を睨む。


(あー、これ怒ってるわ)


再び、女が言う。

今度は、男の指先を指し、強く首を横に振った。


(雑にやるな、か?)


男は背筋を伸ばし、今度は少し真面目な顔で頷く。


「……おぉけぃ」


女は、また不満そうな顔をしている。

声が小さい――とでも言わんばかりだ。


男は開き直って大声で返事をした。


「オッケ!」


それからだった。

女が何か言うたびに、男は反射的に返すようになった。


「オッケ!」


確認する。


「オッケ!」


指示が飛ぶ。


「オッケ!」


(……そう言えば、そんな映画あったな)

(当時腹抱えて笑って、何度も見返したっけ……)


男が数えきれないほどの「オッケ!」を連発した後で、

女は深いため息をついた。


そして――

自分の胸を、―ドンドン―と叩いて、


「ミリナ!……ミリナ!」


と叫び、手を男に向けた。


(あ、名前か)


男はすぐに自分の胸を指差す。


「……ジャクイユ」


(もうこれしかないだろ)


ミリナはじっと男を見てから、

一瞬の沈黙の後、ふん、と鼻を鳴らした。


――――


指先が、じわじわと痛くなってきた。

正確には、痛いというより――嫌な感じだ。


(あー……これ、嫌なやつだ)


小さな茶色い種を、つまんで殻を剥き木皿へ移す。

小さくて硬く、割り目に爪を立てないと剥けなく、とても神経を使う。


少しでも力を入れすぎると、種が弾けて、どこかへ飛んでいく。


(おい待て、今どこ行った)


視線を落として探すが、床の色と同化して見えない。


(……アカーン)


男は、ちらりとミリナの方を見る。


しっかりと目が合って気まずかったが、

見なかったことにして作業へ戻った。


ミリナは、少し離れたところから腕を組み、

じっと男の手元を見ている。


監視、という言葉が一番しっくりくる。


(見られてると余計ミスるんだよなぁ……)


指先に集中する。呼吸を整え、今度は慎重に。


――コツン。


種が、わずかに指に当たっただけで、

なぜか背筋がぞわりとした。


(……なんだ今の)


気のせいだ。そう言い聞かせて、また一粒。

ミリナが何か言い、顎で男の手元を示した。


(え、なに、速すぎ? 遅すぎ?)


男は顔を上げ、困ったように眉を下げる。


(サッパリ分からん)


「……おっけぇ?」


言った瞬間、

ミリナのこめかみに、青筋が浮いた気がした。


違ったらしい。


ミリナは近づき、男の指を軽く叩く。


そして、ゆっくり、ゆっくり、

さっきよりもさらに丁寧な動きで、

種の殻を割って見せた。


――優しく。


――本当に、優しく。


(あー……)

(そういうことね)


男は深く頷き、今度は黙って作業を再開する。


さっきよりも、ゆっくりと爪を立てて、

慎重に殻を割った。


(そんな焦らずやれってことか)


すると不思議なことに、

さっきまで感じていた嫌な違和感が、少しだけ和らいだ。


(……なるほどな)


ミリナはそれを見て、ようやく腕を解いた。


完全に信用したわけじゃない。

でも、最低限は合格――そんな顔だった。


―――


どれくらい時間が経ったのか分からない。

気付けば、指先は赤くなり、感覚も鈍ってきている。


(……お昼はまだ……?)

(もう目もぼやけてきたし……)


そう思ったタイミングで、

ミリナが何か言いながら、

シチューと布に包まれた物を置いた。


――パンだ。


男の腹が、正直に鳴った。


(あ、やっとか……)


ミリナは顎で示す。食え、ということらしい。

男は小さく頭を下げ、食べ始めた。


意外に美味しい、シチューには肉の出汁が効いてる。

パンも、素朴だが好みの硬さで食べ応えがある。


お礼と言うわけではないが、

男は家から持ってきたパンを、ミリナに差し出した。


不思議そうな顔をしたが、一口かじると目を丸くした。


うんうん、と、頷きながら、一つ食べた。

もう一個良いか? と指を差すミリナ。


男が頷く。


ミリナは、初めて会った時と同じように、

優しい顔つきで食べた。


(……明日から貢ぎ物作戦で行こう)



第十三章 終わり

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