第4話 死者の入学
――言うまでもなく、俺の淡い希望は叶わなかった。
それも、予想外の方向でだ。
この元の身体の持ち主、シンクス・リーアヴィルと言う少年――もといクソガキは、相当嫌われていたらしい。
校舎に辿り着く前に、事件は起きた。
いや、事件と言うべきなのかもわからないが。
「シンくんシンくん! 大変だよ! シンくん死んじゃったって!!」
ううん……。
「流石だな。知らなかった。凄いぞ。センスある。そうだったのか。流石だ――」
「シンくんフリーズしないで!?」
「うおお、すまん……」
しまった、サ行の定型文が湧いて出てしまった。
「だって、これはさあ」
ポップアップとはまた異なる、配信の映像魔法を見る。
どうやらこの魔法は人間を検知すると自動でスクリーンを写してくれるらしい。便利だ。
そしてその便利魔法のおかげで、俺は今頭を抱えている。
スクリーンには、デカデカとこう書かれている。
『シンクス・リーアヴィル第四王子、暗殺される』
「いや確かに死んだけど!」
「死んだの!?」
「すまんこっちの話!」
「う、うん……?」
どうなってんだこれ、情報が早すぎないか?
やっぱ王家だかなんだかが関わってるって言うのはホラじゃなかったってことか?
「どうする……? このまま学校行く?」
シャロが不安げな顔で聞いてくる。エフェクトをつけるなら、おろおろ……と言ったところか。しかし純真さを感じる彼女の表情を見ていると、不思議と心に余裕が生まれてくる。
「そうだな……変に他の場所に行って、また命を狙われるのも馬鹿らしいしなぁ。とりあえず学校には行くか」
「うんうん! もしケガしたら、私がちゃんと治すからね!」
「お、おう。頼んだ……」
待って近い、シャロさん近い近い。なんか良い匂いするし。
うん、タメ口で良いとは言ったが、アイスブレイクが早すぎないか……? 今の若い子ってこんな感じなの……? って今は俺の身体も十歳だったか。
――そうこうしている内に、校舎が見えてきてしまった。どうやらこの顔は国内だと当然有名なようで、俺に気づいた人はギョッとするか必死で目を逸らすか愛想笑いを浮かべるか、の三択だ。
当然どれも心地いいものでは無いんだが。
(元の俺は最弱魔物のスライムだしなぁ……どのみち命を狙われることに変わりはないし、この判断の正否は何とも言えない……)
難しい顔をしながらとりあえずクラス表へ向かう。
と、目の前に如何にもいけすかない男が立ちはだかった。
「見目麗しい女性よ、初めまして。見かけないお顔ですが、もしや特別生のお方かな?」
「わ、私ですか!? はいっ、私はシャーロット・フォン・エクラレインと申しまして、隣国のエール小王国より参りました」
シャロが慌ただしくお辞儀をする。
……それは良いが、この男俺のことはシカトか?
男が大袈裟な身振り手振り顔振りで続ける。
「おお! 何と言う僥倖! この僕はリーアヴィル王国ゼマス伯爵が嫡男、ネゾーヌ・ゼマスと申す者ッ。二人こうして出会えたことは運命の巡り合わせでしょう! ささ、是非我がパーティへお入りくださいませ、『エールの聖女』様」
「エールの聖女?」
なんだ、もしかしてシャロって二つ名を既に他国にまで轟かせるほどの有名人だったのか? シンクスの記憶には無かったような……うーん、このガキが他国の女に興味がまだ無かったってだけか。
「エールの聖女だなんて……私のような回復魔法主体の魔法使いは、他のパーティメンバーがいてこそですから。あまり持ち上げないでください」
俺を見て少し恥ずかしがるシャロ。
が、このネゾーヌと名乗った顔も声もやかましい男はその自己顕示欲のままに、ずいとシャロへ詰め寄る。
「何を仰るか! 貴女のような美しく可憐な女性がパーティにいると言うだけで、他のメンバーの士気を上げると言うものです! おおっとそうだ、クラス表は確認なされたかな?」
「いえ、まだです」
「ささささっ、それでしたらそれでしたら! こちらでございますぞ~!」
言いながらシャロの肩へと手を回すネゾーヌ。その下品な視線は、当然シャロの豊かな胸へと向けられている。汚らしい欲望を向けられ、僅かに萎縮するシャロ。
(全く……鬱陶しい奴と言うのはどこの世界だろうと本当に同じなんだな)
ネゾーヌがシャロの肩に触れるより先に、シャロの手を引く。
「それなら問題ない。クラス表ってのはそこのだろ? わざわざ案内されるまでもないよ」
「し、シンくん!」
シャロの萎縮が解かれるのを感じる。そのままネゾーヌを振り切るか、と思ったが、奴の執心も安易には終わらない。
「おおっと? もしや貴殿は第四王子の、シンクス・リーアヴィル殿ではございませんかな?」
「だとしたら、何だ?」
ようやく目が合う。しかしこの男は俺に対して、一切の敬意を払っていない。その理由は、俺の正体がスライムと言うことを看破したから、ではないだろう。
学校の意向を最大限利用しているこの男は、学内なら王族だろうと同級生なら不遜な態度を取っても問題がないことを早くも逆手に取っているのだ。
「くくくくくっ! 先程のニュースをご覧になられていませんかぁ? 殿下、お亡くなりになられたそうじゃァありませんか! ははははははは!」
「そうらしいな。俺もさっき知ったよ」
「では続報もご存知で?」
「それは知らなかった。教えてくれるかい? えーと、ネムリくん?」
「カーッ! ネ、ゾー、ヌ、だッ! 十歳で特待生入学だと浮かれてるガキの分際でこの僕を愚弄して! フン、良いだろう、続報はこうだバカガキ――」
スクリーンをこちらに表示してくる。
それを見ると、確かに王家の紋の元に発表された公式の続報だった。
『シンクス・リーアヴィル第四王子の死は誠に遺憾である。が、これは国の問題ではなく単に我が家の不手際である。よって、この件に関して国費を浪費することは王家の、ひいては国の意志にあらず。故に、死亡したシンクス・リーアヴィルをここに廃嫡とし、家名も剥奪した後、一人の国民の死として悼み、葬るとする』
とのことだ。しかもご丁寧にその下には、川流れしているアホヅラの死体のシンクスの顔写真がついている。センシティブな死体画像なので淡くモザイクが掛かっていたが。
普通にフェイク画像じゃねーか。
「ふむ。つまり俺は死んで早々に何もかもを失ったと言うわけか」
それにしても妙な手際だ。殺した連中の雑さ加減もそうだが、その後の処理が死体を相手にしているとは思えない。死んだんだから廃嫡だの何だのをする必要はないだろうに。
(つまりこれは俺が生きているかもしれないと言うことへの警戒ではなく、他の王位継承権を持つ者に対する警告と牽制、と言うわけか)
仮に替え玉などで死を偽装、回避したとて、先に死を公式発表してしまえば復活の手段は絶たれる。これを企んだ奴は相当用心深いんだろう。しかし権力の暴力とはまさにこのことだな。国王はこの暴挙を黙認しているのか?
(シンクスの記憶では父親との関わりはほとんどない……断片から推察するに、恐らく女を孕ませるまでが趣味で、生まれた子供になど興味がないんだろう。生前のシンクスの悪虐も放置していたしな)
子がクズなら親もクズと言うことか。
国民も不憫だな。
「そのとぉーり! 貴様は最早王家のシンクス・リーアヴィルではなく、無名のガキ、ただのシンクスと言うわけだ! くはははは!」
前言撤回。クズの国民が目の前にいた。やれやれ、腐敗と言うのは連鎖的なものだな。
「――そこの貴方! 仮にも同級生に対し、なんですかその態度は!」
突然、凛とした女性の怒声が響く。
声の方に目をやると――そこにいたのは、ブロンドの長髪の美女。射抜くようなその目には強い意志を宿しており、刀を背負っている。
そして特徴的な長い耳から察するに、なるほどこれがエルフか。
次話は明日18時更新です!




