第3話 ふたつの出会い
まだ十歳だと言うのに、王族と言うのを傘に着てやりたい放題。幾人もの家庭教師をクビにし、街へ勝手に出ては無礼で傲慢な振る舞いの数々。
父や兄が言っても聞かないので、王家でも腫れ物扱いになっていた。最も、腫れ物と言うのは【帰伏】した際に得たシンクスの記憶から俺が判断しただけのことだが。
(何か理由があってグレたんじゃないかと思ったんだけどな)
この男、シンクス・リーアヴィルに関しては、全くそうではなかった。単に初めからその生まれに胡座をかき、傲慢に生きてきたのだ。
最後まで。
そして、一切の改心をすることもなく、それどころか自分の行動を省みることすらなく死んだ。
自業自得とはまさにこのことだろう。
だから、目の前の兵たちも何かを踏み込んで言うことを躊躇している。
「あー、行くよ。入学式だろ?」
「はっはいそうでございますっ!」
「すまん、さっきうっかり橋から落ちて頭打ったみたいでな、記憶が少し朧げなんだ。学校? はどの辺にあるんだっけか」
「北の方でございます。我々がすぐにご案内致しますので、こちらの馬車へ……」
「了解。頼んだ」
案内されるまま馬車に乗り込む。護衛は同じ室内には入らないようだ。入ったとて、我儘な悪虐王子相手では心身共に疲弊するだけだろうから、当然と言えば当然か。
シンクス自身はまだ十歳なんだから、更生の機会はまだあっただろうに、とは思うが――
(いや、それは無いか)
シンクスの存在をスキル化して習得したのが[捕食]とか言う物騒な奴だ。恐らくこの少年は根っこから、捕食者の側にしか居られないのだろう。そして、そんな人間だから、十歳にしてあっさりと殺された。
「殿下、何か御用がありましたら、お申し付けくださいませ」
「ああ」
馬車が走り出す。
(てか俺、ちゃんと王族っぽくできてたか……!?)
見つけた主人がいきなり庶民臭くなってたら怪しまれるかと思い、なるべく尖った喋り方をしてみたのだ。
一応記憶ごと引き継いでいるからそれなりに違和感なくできたつもりだが、それでも自信は無かった。
だがしばらく経っても音沙汰ないので、ひとまずは大丈夫だろう。
(まあ、考えるにはちょうど良いか)
この世界は、いわゆる魔法のある世界。女神から授けられたスキルと言うものは、少なくともシンクスの記憶の中では一度も見つけられなかった。
スキルについては隠しておくべきだろう。
技術レベルは中世的なものを感じるが、インフラは魔法のおかげで現代人として三十年近く過ごした俺でも一応不自由なく暮らせそうだ。
問題は、俺自身だ。
さっき兵士の一人が、ちらっと『魔物の気配』と言っていた。もし俺のことだとすると、その気配とやらには気を配らないといけない。
万が一スライムが王子に成り変わったなどと知られたら、国ごと敵に回すことになりかねない。……いくらクズとは言え、王子は王子だからな。国が敵にならなかったとしても、何か面倒な争いの火種を産む可能性は高い。
(とりあえずは平和にやり過ごさないとな)
馬車がキッ、と止まる。意外と早く着いたな。
外に出てみると、門の前ではあったが、校舎のようなものは近くに見当たらない。
「殿下、ここより先はトーネリア魔法学校の敷地となっておりまして……」
「校舎は結構遠いのか?」
「はい。申し訳ございませんが、これより先は殿下ご自身でと……。勿論殿下に御足労頂くわけですし、ポーションなどはこちらにご用意しております! ですから――」
「わかった。ここまでありがとう」
「大変申し訳ございません! ですが厳格な校則で定められておりまして! これより先はいくら王族でも……え?」
「? もう帰っていいぞ。わざわざ助かった」
「は、はあ……かしこまり、ました」
ぽかんとする兵。
(しまった! このシンクスとか言う奴はこういう時マシンガントークで駄々を捏ねてるんだったか……)
しかし言ってしまった以上取り消すのもおかしな話だ。余計なことをして更に怪しまれるのは悪手すぎる。
まあ、入学で浮かれてて気分が良かったんだろう、とか勝手に解釈してくれるはずだ。多分!
門を潜り、学校の敷地内に入る。思った以上の広さだ。校舎は小高い丘の上に見える。うっすらと得た知識によれば、この学校は実践的な訓練もしているんだとか。
この広大な土地も、訓練や実験を行うなら有意義だろう。
「――な、何だ?」
しばらく歩いていると、急に異様な気配を感じた。
「クゥン……きゅう……」
「犬?」
近くの大木の下に、うずくまっている黒い子犬のような存在があった。
「この強力と言うか禍々しいと言うか、そういう気配は多分この子犬? から来てると思うんだが……それにしても弱りすぎてて見るに堪えないな」
その子犬は全身に裂傷を負っており、息も切れ切れだった。
(確かさっき……)
馬車から降りる時に兵士からポーションやら何やらの入ったカバンを貰ったはず。
「多分これだな」
中からポーションの小瓶を取り出す。使い方はどうやら上から掛ければ良いらしい。
「クゥン」
「少しは元気になったか」
こびりついた血までは消えないので治っているかわからなかったが、色は淡くなったようだし、子犬の震えも収まったようだ。
最低限の回復はできたらしい。
「クゥ……」
が、いまだ衰弱状態ではあるようだ。
これ以上は今の俺ではどうしようもできない。
「あ、あの! 強い気配を感じたので来たんですけど、大丈夫ですか……!?」
お手上げかと思ったその時、後ろから声をかけられた。息が上がっているようだ。
振り向くと、綺麗なピンク色のミディアムヘアを青いリボンで纏めた、可愛らしい少女がいた。手には赤い宝石を先端にあしらった杖を持っている。年齢は……多分シンクスより上だろう。
「俺は大丈夫なんだけど、この子が弱ってて」
「わっ、本当だ、すごく弱ってる……」
「ポーションはさっき使ったんだけど、それでも治らないみたいなんだ」
「大丈夫、お姉さんにまかせてください!」
ふんす、と少女が胸を叩く。ばいんっ、とその豊かな胸が弾んだが、一旦見て見ぬふりをしよう。
「ヒール!」
「おお、これがこの世界の魔法か……」
「どうかしました?」
「ゲホゲホ、いや何でも無い!」
現れた魔法陣に記された魔法文字は、かつて俺が使っていたものとは由来も構成も何もかも異なるものだった。だが、同じ回復魔法の使い手だった俺にはわかる。
彼女のヒールはとてつもなく緻密だ。莫大な魔力量に胡座をかくことなく、魔法の練度そのものを高めてきたのだろう。無駄がなく、細やかで高度な魔法技術。若いのに立派だなあ、などと感心してしまう。
いやいや、今の俺は十歳の少年なんだから、あんまおっさんっぽい感想は持たないようにしないと……。
「クゥ、クゥン!」
ぶるる、と子犬が身体を震わせる。
そして顔を上げ、目が合う。
《対象 フェンリル 個体名○×%#を【帰伏】可能になりました》
「何だって?」
個体名が読めない。言語体系が違うんだろうか。
「って、フェンリルゥ!?」
「この子フェンリルだったんですか!? 魔物の!?」
「君も知らなかったのか……」
「はい、すみません……私、隣国のエール小王国から来たんですけど、その、恥ずかしながら田舎者で、魔物とか実際にはほとんど見たことなくって……」
「まあ俺も今知ったし、全然良いよ」
「クゥン! クゥン!」
「うおお、どうした」
幼いフェンリルが相変わらずじっと見つめてくる。
スキルについて知っているのかは定かではなかったが、俺に何かして欲しそうな目をしていることくらいはわかった。
《如何致しますか?》
「まあ味方は多いに越した事はないしな。【帰伏】!」
先程と同じく、円の中に星型が描かれた陣がフェンリルの身体の下に現れる。
――しかし、今度は何も起こらなかった。
「何ですか今の!? 魔法陣、みたいでしたけど、星? みたいなのがありましたし……」
「え、あー、確かに君の出した魔法陣とは違ったか……」
「リーアヴィル王国ではこんな魔法陣もあるんですね!」
「いや、これは多分他には無い奴だから! 内緒にしておいて欲しい!」
「勿論です! 誰かに言いふらしたりなんてしませんよっ」
魔法陣と同じ感じで現れたものの、書いてある文字も構成も異なるものだった。相変わらず俺には解読できなかったが。名付けるならスキルマーカーと言ったところか。
「クゥン!」
《【帰伏】完了しました。下位スキル[覇者の一柱]を習得。こちらは常時発動型の特殊スキルになります》
「なんじゃそりゃ。やっぱフェンリルって凄いのか」
《対象が命名を要求しています。如何致しますか?》
「名前か……」
ちら、と少女の方を見る。
「あのさ、もしこの子に名付けるなら何て名前が良いと思う?」
「そうですね、見てると可愛くて元気がもらえるから……リーンフォース……? あ! リーン、とか!」
「リーン、か」
良い感じに可愛いし、ペット感もある名前だな。雄なのか雌なのかわからないけど。
「よし、じゃあリーンにしよう」
《完了しました。当個体を今後、リーンと呼称します》
するとリーンはクゥン! と鳴き、どこかへ行ってしまった。あれ? テイムした後ってついてくるもんじゃないの?
《追随は命令されておりませんので、現在付与しておりませんが、召喚はいつでも可能になります。ちなみに、リーンは雌です》
「……うん、色々追加情報をありがとう」
心を読まれている感がどうにも不気味だよな。このポップアップ。と言うか他人にも見えてるのか?
「リーンちゃん……元気になった、のかな? それなら嬉しいなあ」
「なあ君、これ見える?」
にこやかに呟いている彼女にそう言って、ポップアップを指差す。
「?」
が、首を傾げるだけだった。どうやら見えていないらしい。お約束だな。
「ああいや、何でもない。そういえば自己紹介がまただったよね。俺はシンクス・リーアヴィル。このリーアヴィル王国の第四王子だ。とは言え十歳の特待生入学だし、気軽に呼んでくれ」
「お、おおお王子様だったんですか!? 私はエール小王国より参りました、エクラレイン辺境伯の一人娘、シャーロット・フォン・エクラレインと申します!」
「へぇ、外国からも来るのか」
「友好の証として、何人かの特別生を受け入れる形になっているようです! 今回は幸運にも私もその一人として選んでいただけました」
そう言って嬉しそうに笑うシャーロット。貴族的で優美な振る舞いの中にも、幼さとあどけなさが残っている。その美しさと無垢さを兼ね備えた容姿には、初対面でも心惹かれるものがある。
「ちなみにシャーロットは何歳?」
「私は今年で十四になります」
「だいぶ上だよなあ、やっぱり」
「いえいえ! 王子殿下に向かって失礼な物言いなど勿論致しませんので!」
「いや、この学校って入学中は身分に関係なく同学年は同学年として扱う、がモットーじゃなかったか?」
「そうは言っても……流石に失礼が過ぎるのでは……?」
「うーん、少なくとも俺はこの学校の方針は良いと思うし、シャーロットも俺のことは適当に呼んでほしい。ほら、シン、とかな」
「うぅん……そう、仰るんでしたら……わかりました! 私のこともシャロと呼んでください!」
「了解、シャロ」
「シンくん! よろしくお願いしますね!」
「ついでに敬語も無くしてくれると嬉しいかなあ」
「ええっ、そこまでは流石に……」
「ついでだと思ってさ、頼むよ」
「わ、わかりまし……わかった! うん! そうだよね、一応同級生なワケだし」
シャロがぶつぶつと呟いて己を説得している。
……もしかしてこの子も、人付き合いは不得手な方なんだろうか?
だとしたら最初に出会った相手としては運が良かったかもしれない。似たもの同士なら、少しはやりやすい。
よし、この調子で入学も上手くいく、と良いんだが……。
(そういうわけにはいかないんだろうなぁ。一応、殺されたわけだし)
犯人は王族、あるいはそれに近しい権力の持ち主らしいから、学校に行けば何かわかるはずだ。
(なるべく穏便に終わると良いんだが……)
次話は明日18時更新です!




