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第2話 二度目の転生

「シン様。お目覚めになられましたか?」

「ん……なんだ、ここ……?」


 身体が軽い。軽いと言うか、疲れがないように感じる。

 前にも感じたことがある気が……。


「まさか、俺」

「申し訳ありません、シン様は先程お亡くなりになりました」

「まじか……」


 眼前にいるのは、純白に身を包んだ女神。慈愛に満ちたその目も、今は少し悲しさを孕んでいるように見える。


「せっかく転生させてもらったのに、こんなつまらない最期で……申し訳ない」

「いえ、私の事はどうでもよいのです。前世では魔王討伐に多大なご尽力を頂きましたから、転生程度のお礼は当然です」

「ははは……違う世界でやり直したいって言う、ただの逃げだったけどな。ヤケクソに次ぐヤケクソだよ」

「人間のその感情を素直に吐露できることは、素敵な事だと私は思います」

「そうは言っても……『争いのない世界』に転生したところで、俺は結局何も変わらなかった」

「……」


 困った表情で俯く女神。


 そう、俺は魔王城での決戦の後、自爆に巻き込まれて死んだ。

 そして最後の最後で、仲間だと思っていた奴らに裏で嘲笑されていたと知った。

 目覚めた俺は死後の世界ではなく女神の御前にいたのだが、その理由は『自爆による世界の綻びを食い止めた功績を与えたい』とのことだった。

 限界を超えたハイパーリジェネレートの作用により、世界を半壊させ得る魔王城の自爆の矛先が俺に収束し、消し飛んだのは俺一人で済んだとのこと。


 そこで俺は、功績を与えてくれるってんなら次は争いのない世界で人生をやり直させてくれと願った。


 少し見栄のある言い方をしたと思う。

 いや、この時はまだ俺は俺自身のことをよくわかっていなかったんだ。

 違う世界に行けば、争いのない世界にいけば……俺は変われると思った。前世のミスを精査し、より正しく生きていけると思っていた。


 だが、結果は散々だった。

 転生した先は日本と言う国で、そこでは学力や会社と言ったものがステータスとして見られているようだったので、俺はまずそれを手に入れようと努力した。

 しかし戦いに明け暮れていた前世の知識など役に立たないし、俺は普通の高校、普通の大学に入るのが精一杯だった。


 そして、最大のミスは就職。


 前世のトラウマのせいで、転生後の俺はあまり人と関わらないようになっていた。

 だから、出版系とは名ばかりのブラック企業の口車に見事に乗せられてしまったのだ。

 就職してからの記憶は朧げにしかない。

 友人と呼べるような相手もいなければ、当然彼女もいない。

 ただ目の前に現れ続ける仕事と言う名の雑務を処理するだけの日々。

 しかも、理不尽に怒鳴られ続け暴力や減給の繰り返し。

 側から見れば「早く辞めろ」と思うものだろうが、渦中の俺は目の前の処理に必死で、それ以外のことは考えられなくなっていた。



 就職して五年ほど経ったのだろうか?

 過労が祟った俺は呆気なく死んだ。

 思わず乾いた笑いが漏れる。


「結局、人のバカさ加減はそう簡単に変わらないって事だろ」

「それは捉え方次第ではないでしょうか? シン様は純粋な心をお持ちなのだと、私には思えますが」

「アンタは女神だからそんな綺麗事が言えるんだよ! だったら何だ? 次転生したらうまくやれるってか? 二度も転生させてくれるなんて生優しいことは言えねえよなあ!?」

「いえ。もう一度転生することをご提案したく思い、お呼びした次第なのです」

「ほらな! 人生そう都合よくは……え?」

「ですから、再びの転生を」

「何でだよ」

「と申しますと?」


 歯の奥をグイと噛み締める。これまでの二つの人生、確かに俺は俺なりに頑張ってきた。だがどれも碌な結末を迎えなかった。そんな俺が再び転生? もしかしてこの女神とやら、俺をバカにして楽しんでんのか?


「何度転生したって変わりゃしねえ! こうして呼んだってことは、転生後の俺のことだって見てたんだろ!? ああ情けない人生だったよ!」

「はい。私も申し訳なく思っております。ですが、功績として与えた転生が三十年にも満たず終わってしまったのです。もう一度転生させても、充分なのでございます」

「……そうは言ってもな」

「ご懸念、最もでございます。ですから次の生では、シン様には特別な能力を予め付与させて頂きたく思います」

「いわゆるチート能力って奴か?」

「はい。それをお二つ、ご用意させていただきます。シン様は人間関係にお苦しみのようでしたので、それに関連したものをと」

「そりゃどうも……。それでその能力は何て言うんだ?」

「具体的な能力名は、転生先の世界でご確認くださいませ。世界に入ってからチューニングする必要がありますので、今お伝えしても意味がございません」

「そう言うものなのか」


 怪しい、とは思ったが、女神の表情は相変わらず思いやりに満ちていた。なので、ひとまず流す。


「それともう一つ、次の世界での種族はシン様に決めて頂こうかと」

「俺が?」

「はい。今回は事前に言語情報などの【世界知識(ナレッジ)】をインストールさせて頂いた後、ご自身で適切な種族をお選び頂くのが宜しいかと思いまして」

「随分と親切設計だな。まあそう言うならそうさせてもらうよ」

「私としても初の試みでございますが、シン様の次の世界での幸福を心より望んでおります」

「……どうも」

「なお、種族選択は世界への介入となり、再選択などはできませんので、お気をつけくださいませ」

「わかった」

「それでは、良き人生を」


 身体が光に包まれる。


「ちなみに……次はどんな世界なんだ?」

「はい。シン様が経験された二つの世界、そのどちらのものも活かせるような世界となっております」

「随分都合がいいな、まあ助かるけど」

「ご武運を」


 優しげに手を振る女神の姿が消え、天空から地に向かって落ちていくような感覚になる。

 下を見ると、森と城、城下町のようなものが点在しているようだった。

 なるほど、最初の世界に似たゲーム的な世界か。


「これか


 眼前にステータス画面のようなものが開く。

 いくつかの制御プログラムを読み込むような文字列の後で、種族名がずらりと一覧で表示される。


「うわっ見にく!? そういや初の試みとか言ってたか……」


 それにしても見にくい。新しい世界の言語情報のインストールがまだ途中なのか、種族の文字列を見ても理解するのに一瞬時間がかかる。


「えーと、獣人? こっちが人間……うわ、思ったより多いな。そもそもそれぞれの特性とかがわからないと……」


 気づけば、宙で停止しているようだった。どうやら種族選択をするまでは次のステップに進まないらしい。


「とりあえず一般的な強さでソートしたいんだけど」


 そう呟くと、読み込み中の文字が出た後に、再表示された。


「えーっと、一番上がスライム……まあそりゃそうか。てかこれ詳細とか見れないのか? 押せば見れるのかな」


 試しに、とスライムの文字にタッチしてみる。もちろん腕はないので、身体を細く伸ばしてだが。

 と、ポップアップが表示された。ご丁寧に声付きだ。


《種族が『スライム』に決定されました。シン様の幸福な人生をお祈りしております》

「え!? いや待て待てワンタップで決定とかスパムかよ!? あー違う違う違う戻れ戻れ!」

《種族か決定されたため、世界情報と固有スキルをインストールしています。しばらくお待ちください》

「決定してねえええ!」

《インストールしました。固有スキルは【帰伏(テイム)】と、【魅了(チャーム)】です》

「え?」


 スキルの情報が脳に流れ込んでくる。全てをすぐに理解はできなかったが、概要はわかった。基本的に字のままで、対象をテイムしたりチャームを掛けたり、と言ったものらしい。


「いや、人間関係とは言ったけどさ、これはちょっと違うんじゃないの? 女神ってやっぱ人間とは価値観が――うお!?」


 光に包まれていた身体がスライム状に再構築されていく。


「あー、これ……もうダメっぽいな……素直にスライムで生きろってか……」


 ひゅーん、と落下していき、俺は川のせせらぎの横に着地した。町外れだろうか。


「転生早々爆散するんじゃないかとひやひやしたよ」


 声に出してしまった、と思ったが、モコモコと音が鳴っただけで声にはならなかった。スライムはそもそも発話できる構造になっていないのだろうか?

 俺が自分の身体にとりあえず慣れようと動きを試みたところ、橋の上から怒号が聞こえてくる。


「テメェら! このオレが誰だか分かっての狼藉か!?」

「へいへい当然じゃありませんか。我らがリーアヴィル王国第四王子、シンクス・リーアヴィル殿下でェございましょう?」

「ならとっとと離しやがれ! 今この場で打首にしても良いんだぞ!?」

「カーッカッカ! さーすがは"悪虐王子"、口が達者でいらっしゃるゥ!」

「俺たちAランク冒険者四人に囲まれてまだそんな口が叩けるとはねえ」

「五月蝿いぞ下郎共が! くそ、この魔法封界(ディスペル・フィールド)さえ解ければ貴様らなんて!」

「ったく、ギャーギャーと喧しいんだよ」


 ドス、と何かを刺す音が聞こえる。


(いやいやいや、不味いところに出くわしちゃってないか俺!?)


 王子? 冒険者? いやそれは良いとして、何だこの状況? 助けに行くべき、なのか……?


「て、テメェ……」

「お~~痛そうでございますなぁ殿下! 今すぐ楽にして差し上げますんでェ! ご安心ください~!」


 そう言って男がゲラゲラと笑う。


「ふざ、けるな……国家反逆罪だぞ、こんな、もの……」

「はあ? 都合が悪くなれば国家反逆罪かよ。テメーがその名の通り悪虐王子で、テメーのせいでどんだけの国民が迷惑を被ったと思ってんだ?」

「そうそう。殿下を殺す依頼をしてきたのはその当の国家、でしてね? ククク、反逆者は一体どちらなんでしょうねえ」

「な……に……? あのバカ兄貴どもの誰か、か……?! クソッ! クソクソクソ、絶対許さねえぞ貴様ら――」

「はいお終い」

「うぐッ」


 再び鈍い音がする。若い男と思しき者の声は、そこで途切れた。


「お頭、コイツどうします?」

「あん? まあこんなのは適当に捨てとけば良い。悪虐王子様、恨みを買われたどなたかに殺されて~川流れ~っ! てな」

「ガハハハハ! 容赦ねえ?!」


 橋の上から川へと、男が突き落とされる。男、いや少年、と言うべき体躯だ。金髪で、いかにも王族と言う身なりをしている。

 少年を突き落とすと、橋の上の男たちは下卑た笑いと共に、やれ報酬で飯だ女だと、これまた下卑た話で盛り上がりながらさっさと去っていく。


(うーん、目の前で殺人って流石に寝覚めが悪すぎるでしょ。しかも王子って……転生早々面倒には巻き込まれたくないけど、かと言って見逃したらそれはそれで、なあ……)


と、俺が相も変わらず悩んでいると、ポップアップが現れる。



《対象 人間 個体名シンクス・リーアヴィルを【帰伏(テイム)】可能になりました》

「ていむ?」


 いや待て待て、相手は人間だろ? つーかシンクスて。俺は二度の人生とも名前はシンで通してきたけど、また似たような名前の奴が来ちまったな。と言うかこいつ、多分もう死んでないか……?


《肯定。よって、スキル【帰伏】の条件を満たしております》

「どういう条件なんだよ! あと心読むな! ってそんなこと言ってる場合でもないのか、早くしないとあいつ流されちゃうよ」

《【帰伏】を実行しますか?》

「やっぱ不親切設計だよなこれ!? あーもう、わかったテイムね! やるよ! 【帰伏】!」


 そう唱える。恐らくまともな声にはなっていないはずだが、どうやら意思表示だけで良いらしく、絶賛川流れ中の王子の死体の上に陣が形成される。円の中に星型が描かれているものだ。


《完了しました。転送します》

「うおあ!?」


 どさり、と死体が落ちてくる。

 見開かれた目は微動だにすることなく、死を表している。


《【帰伏】を実行したことにより、対象の存在をスキル化し、実装します……完了。種族:スライムにチューニング。……完了。下位(サブディレクトリ)スキル[捕食(プリデーション)]を習得しました》

「捕食て。物騒だな」

《実行しますか?》

「何を食うんだ?」

《シンクス・リーアヴィルです》


 ふむ、そもそもスライムの身体で捕食とかできるのか。……いや無理だろ。身体に入れて持ち運ぶとか、そのレベルなんじゃないか? だとしたらやっておいた方が良いかもしれない。


「捨て置いても俺が犯人扱いされかねないしな。転生早々討伐なんてされたらたまったもんじゃない。と言うか、食っても平気なのか?」

《毒物等は感知されませんので、大丈夫と思われます》

「了解、じゃあとりあえずやるよ。[捕食]!」


 そう唱えた瞬間、身体がぐにゃりと伸び、シンクスの身体を包み込む。


《取り込み完了。消化吸収に入ります》

「待てい!」

《なんでしょう?》

「消化吸収ってなんだ」

《消化し、吸収することでございます》

「さてはお前ポンコツだな?」


 などと言っているうちに、シンクスの身体は早くも溶け、消えて無くなってしまった。


「嘘だろ、あまりにも早い……」

《【帰伏】と[捕食]の相乗効果により、外見情報を変換できます》

「誰になるんだ?」

《現状では、変更可能な外見はシンクス・リーアヴィルのみとなります》


 それはまずいだろ。

 今さっき殺されたばかりの奴になんかなったら――


「おい! こっちだ! 僅かだが魔物の気配がある!」

「くそっ、殿下まさか……」

「ええいあの我儘王子め、仮に怪我でもしてたら俺たちの責任になるんだぞ……!」

「ただでさえシン"クズ"殿下の護衛なんて言う王宮で最悪のポジションなのに、これ以上マイナスを被ってたまるかよ!」


 どやどやと兵士らしき者たちの声が聞こえてくる。


「魔物の気配って、もしかして俺?」

《そのように思われます》

「チャットAIか君は?」

《いえ、私は――》

「ああもう今は良いや! これとりあえず逃げた方が良いよな!?」


 とにかく動こうとする。が、遅い……。流石最弱と言うだけあって、全身ムニムニしているだけでめちゃくちゃ動きにくい。



《スライム態での移動速度では、人間に遠く及びませんがよろしいですか?》

「全然よろしくねぇな~……」

《では、シンクス・リーアヴィルへと外見情報を変換しますか?》

「この際後には引けないか――はいはい、変換する!」

《承知致しました》


 どういう原理なのかわからないが、数秒も経たないうちに俺の身体は当の少年の姿になった。


「とは言え、こっからどうすれば良いんだ……」


 三度目の人生ともなれば、多少のトラブルで動じる事はない。

 だが、流石に最初からこうなるとは……。


「居たぞ! 殿下だ!」

「無事ですか!?」


 兵たちが橋の下の俺に気付き、駆け寄ってくる。

 しかし先程までの悪口はどこへやら、口篭った様子だ。

 俺から何か切り出すべき、か?


「えーっと、俺はだな――」

「殿下、入学式が間も無く始まってしまうのですが……」

「入学式? 何の」

「勿論、トーネリア魔法学校でございます」


 兵たちがこちらをじっと見てくる。

 シンクス・リーアヴィルの情報は、さっき【帰伏】した時に頭に入ってきた。

 だからわかる。

 コイツは残念ながら、ただのクズだ。

次話は明日18時更新です!

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