第20話 悪魔たち
星城アリスは傷む頭を押さえながらゆっくりと重たい瞼を開きながら周囲を見渡した。
「あれ、ここはどこ?」
暗い個室に手足を縛られており、一瞬で自分が何ものかによって閉じ込められたのを理解した。
自分がいかにこの状況に陥ったのかを思い出すように考えた。
「そういえば、森で急に後ろから何かに襲われて」
勇気の気持ちを理解していたが勇気に振られたことで悲しい気持ちで森を歩いていたことまで思い出す。
あの時の感情は父親の裏切りによっても拍車をかけていた。
その中でアリスにとってはもう唯一の信頼をおける場所が彼のそばだったのにもかかわらず彼に振られたことが気持ちを不安定にさせた。
「注意力も散漫になっていた自分に腹が立つわね」
自己反省をしていても今は仕方ないと考えて周囲をもう一度観察して脱出する手段を考えた。
手枷は関節をはずせばどうにか脱出できそうだった。
痛みをこらえて関節をはずし、腕を拘束から解放させた。
問題の足かせをどうするかと考える。
「このベッドなら」
足枷は鉄製のおんぼろのベッドにつながれており、自由になった手の関節を戻し、ベッドの下を手探りして何か道具になるものを探すと都合よく緩み切っていたねじの感触を確かめた。
ねじを回してどうにか外すとそのねじを手にして足枷の鍵穴にねじ込んでピッキング術でどうにかこじ開けた。
ベッドから解放された身体で立ち上がろうとしたが脳震盪の後遺症かまだ体がふらつき、ベッドに思わず座り込んでしまう。
ふと、足元に何かが当たる音がした。
見れば、それは白くて丸みを帯びた人の頭蓋骨であった。
「っ」
おもわず息をのみ、ゆっくりとベッドの下を見るが何もいない。
だんだんと視界も暗闇に慣れてきて、よく見れば頭蓋以外の人の身体の骨が散乱していた。
いわば、死体の山だった。
「ここ何年も使用している牢屋ってところなわけ。そうなると、学園から離れた地下施設?」
そう考えてみるが何か腑に落ちない。
「そういえば」
風見先輩は学園長が悪魔であることを言っていたことをおもいだした。
また、それはアリス自身も考えていたことだった。
ならば、この施設のようなものが隠蔽されていたとしても不思議ではないのかもしれない。
「結構、広い地下施設って見ると教会組織が管理していた施設でしかない」
自分がここに閉じ込められてどれくらいの時間が経過をしたのかはわからないけれども、襲撃犯が一人ないし複数犯いても、あの状況下で自分自身を遠くにひそかに運び込むなど考えづらいと思えた。
「いくら悪魔でも簡単じゃないはず。そうなると、やっぱり学園近辺の地下」
ようやく身体がまともに動けるようになり、行動を始めた。
まっさきに死体をあさって状態を確認する。
死体が何かを持っていなかったかも含めて確認をした。
瞬間に何とも不気味な感じで背筋に悪寒が走る。
アリスはその場を思わず飛び退った。
背後を見ると特に何もおらず、小首をかしげた。
「今のは何?」
「キキキキキッ」
突然の奇妙な音に拳を構えて臨戦態勢をとる。
指を噛みきり、地面に血文字で悪魔よけの文字を書いていく。
もしもの対策を講じていくが突然と腹を横殴りにされて吹きとばされた。
腹痛に苦悶の表情を浮かべて顔を上げるが音の正体はわからず気配だけがひたすらに感じた。
「いったい誰? 私はそう簡単にやられたりしないよ!」
アリスは必死に死体をあさった。
何かの武器になるようなものを懸命に探したとき、死体が来ていたと思われる衣服の内ポケットに何かあるのに気づいた。
ポケットから取り出してみたものは何か銀色の指輪のようなものだった。
「もしも、相手がオオカミの類ながら銀は有効なはず」
何の指輪かわからないまでもその指輪をはめる。
はめ込んだ指輪から神々しいまでの光が放たれたと思えばどす黒い煙のようなものが指輪から漏れ始める。
その煙に嫌な空気を感じ取り慌ててはずそうとしたが何かが自分の中に侵食していくのを感じた。
それで手遅れだと悟る。
「これはだめ……まずい。勇気……」
アリスの意識は次第に飲み込まれていく。
ついに自我は失われる。
ゆっくりとアリスに近づく気配。
「おいつめてようやく呪具をはめてくれた。それで、聞こえてるでしょ」
「……その声はアスモデウスか」
「久しぶりというべき? セーレ」
ゆっくりとセーレと呼ばれた存在は星城アリスの身体を借りて立ち上がる。
身体の調子を確かめるように首を回し手足を握り締めて開いたりする仕草をする。
アスモデウスを睨みつけながらその手をかざし、攻撃を仕掛けようとする
「何のつもり?」
「そちらこそ、何が目的? このような都合の良い器に憑依させたのには何か理由があるの?」
「もう一度地獄を開く」
セーレ(星城アリス)は目を大きく開けてあざ笑う。
「馬鹿を言わないで。あれには大きな力が必要。だいたい、施されていた術式の解除はどうする?」
「それなら、問題ない。私は目覚めたときに真っ先にそれらを弱めるように行動をしていたからな」
「どういう意味だ?」
「この器はこの世界でいう資産家の娘であり、我々を封じ込めたあの忌まわしい一族に連なるものの子孫である」
「何かをもう実行したのか?」
「愚かにもこの子孫は自分の願いをかなえたいばかりに私を呼び出した対価にいろいろと工作した。その願いも愚かにも母を生き返らせてほしいとは無謀なことだったがな」
実行内容を聞いたセーレは感心しながら、自分の憑依者の胸に手を当てる。
「世界に秘密裏に軍事機密を流用しながらの術式の構築ね。なかなかに面白いことをやったのね。さらには超越者同士。それならば、力の件も片が付くわね。この憑依者はあなたが作った超越者なの?」
「その身体は違う。それは憑依者の愛する者だった女だ」
「では、なぜこの私をよみがえらせるようにこの器に憑依させた?」
「超越者の都合に良い素体だっただけだ。それに、その女もまた例の我々をあらゆる道具や遺跡に封じ込めた組織の一族の子孫だ」
「っ! あははは。そうかなるほど。忌まわしい一族を利用するのもまた面白いわ。だからこそ、良き器だったか」
セーレが豪快に笑いながら、突然と笑いを止めて胸元を抑え始めた。
「セーレどうした?」
「アスモデウス、少し無理に憑依させたのではないか? この器はまだ意識を持ち起こして我を排除に動き始めた」
セーレは無言になり始めて首をうなだれるようにして静かになる。
「…………」
「セーレ?」
「よ、よくもやってくれたわね。その顔あなたがアスモデウスだったのね。どうやっていたのか知らないけどすべては合点がいった」
「ちっ、セーレの間抜け。簡単に意識を持ってかれたか」
「今すぐに悪魔祓いをしてあなたたちを追い払ってあげる」
「そのような状態で悪魔祓いをすればあなたもただではすまないぞ」
「そんなの百も承知。悪魔に乗っ取られるくらいならこの身を消滅したってかまわない」
「ならば、無理やりにでもその行動を封じさせてもらう」
重く澱んだ空気が身体の全神経を支配するかのように重くのしかかる。
「なにこれ……」
強い音が響く。
後ろを振りかえると死体の山やベッドが宙へ浮き、行き交い始めていた。
一種のポルターガイスト現象である。
地面も地割れでも起きているような音が鳴り響く。
アリスは精神を悪魔に揺さぶられながらも精一杯の悪魔祓いの呪文詠唱を始めた。
「我々の主であるイエス・キリストの御名と力において、
神の教会から、そして神聖な羊の貴重な血に………うぐっ」
「言わせはしない!」
呪文の途中で彼女を吹き飛ばし壁に磔にして、詠唱を食い止める強硬手段に出る。
彼女の腹部を裂き始め、アリスは痛みに絶叫する。
「ぁあああああああああっ!」
「たかだか、ただのハンターに何ができる!」
「勇気、助けに来てくれたの?」
幻聴とも呼べる声がかすかに聞こえた。
うつろな意識でそちらのほうにアリスは意識を持っていく。
意識下の中で声のしたほうにいる愛する彼のもとに手を伸ばすとそれは黒い存在であり、アリスの意識は即座に逃げようとするが身体すべてが暗闇にからめとられていく。
「いやだ、絶対に嫌だ!」
詠唱の続きをただたどしく唱え始める。
「よりて……神の…………似姿へ作られた…………贖いの魂から逃げ失せ…………根絶せんことをっ」
『うぁああああああああああっ』
アスモデウスとセーレはその絶大な聖なる波の空気に身体の神経を焼かれるような痛みに叫ぶ。
アリスは磔から解放され、地面に突っ伏し、身体から煙を上げながらもゆっくりと意識を保ちつつ前のアスモデウスの生死を確認した。
「え」
絶望をする。
ゆっくりと立ち上がりながらその目を未だに黒くした存在。未だにアスモデウスに憑依させられ続けてるとわかる少女の姿。
「詠唱は完ぺきだったはず」
「ええ、詠唱は完ぺきだったけど邪魔をさせてもらったんですわよ」
どこからともなくゆっくりと姿を現す気配。
「九条学園長」
「今はバエルと呼びなさいですわ」
再び、身体が占められる感触に襲われ、霞む眼で目の前の女を睨みつけた。
今度はすぐ近くにもう一人の存在がいたことに気づく。
気づくタイミングの遅さが一種の失敗を悟ったとき、現れたもう一人の彼女の手が視界を覆う。
「さあ、アリスさん。もうあなたはお眠りなさいデス」
「ごめんなさい、勇気。もう私は……」
意識はついに立たれた。
精神が入れ替わるようにアリスの目は真っ黒にそまり、身体の傷はたちまち癒えていく。
立ち上がる姿を見て、アリスの意識を刈り取るとどめを刺した悪魔が嬉しそうに言葉をかけた。
「ようやく完全復活というところかデスね、セーレ」
「そうね。ようやくおとなしくなったようねこの器。それよりも驚いたのはガープ、バエルお前たちも復活していたのね」
「まあ、そうデスね」
「いろいろと苦労はあれどうまく復活してアスモデウスと協力していますわよ」
「なるほど。ガープさきほど、私に施したのは何? あれはどういう仕組みの物?」
「ああ、これですか」
そういって、ガープが手にしたのは一つの指輪である。
「人の霊魂をかき集めた呪具であなたの素体になった少女の精神性を弱めたのデスよ。これはバエルの素体主のおかげってやつデス」
「この素体の記憶にもある。バエルの素体の記憶は。ずいぶんと立場がいいようね。それにガープの素体も」
「デス。私の素体も実は魔女でありあの忌まわしい一族の子孫だ」
「それはいいね。じゃあ、うまい具合に今度はあいつらに仕返しができそうってわけだ」
「そのための計画が今は動いているけど、この馬鹿をまずは復活させないとね」
そっと、バエルは焼きただれたアスモデウスの器となった少女の身体へと触れる。
少女の身体は癒え始める。
ゆっくりとその身体を起き上がらせ、目を黒くしアスモデウスが再び復活する。
「さて、アスモデウス今回はミスったようですわね」
「バエル、すまない。いろいろとミスをした」
「むりにセーレまで復活させようなんてするからデス」
「だが、コイツの力は必要」
「そうですわね」
セーレはいまだに肝心の目的を聞いていなかった。
たしかに地獄を開くという目的は聞いたがその先を聞いていない。
「おい、さすがに地獄を開くだけじゃないのだろう。もしかして、あの方を復活させるの目的なのか?」
その答えに全員はただにやりとほほ笑む。
「そうか。なるほど、私の能力はそれは有効にしないとならないわね」
「まずは彼のような超越者をもう少し育て上げるように工作を踏まないとならないが。バエルどうにか算段はあるか?」
「ええ、ちょうど例の彼女と彼は接触したようですのである最終計画を実行に明日しますわ」
謎の地下施設で悪魔たちの厳かな計画が暗闇の中で語られるのだった。




