彼はおそらく、私が彼を好きなほど、私を好きではない・12
DP01-12
「がふっ」
パイロットの迫水さんが血を吐いて倒れた。
迫水さんは人事不省で自宅療養していたのだが、急に呼び出されてパイロットをすることになったそうだ。
フライト一回分くらいならなんとかなると思っていたそうだが……。
「俺が代わります、自家用機での操縦ですが、30時間の飛行経験があります」
-「何もしないよりはマシでしょう」
神崎さんが買って出てくれた。
神崎さんは自家用機での操縦経験があるから、真っ先に乗り込んでいたそうだ。
うっ、殊勝だ。
サガサンとの対比が著しい。
しかし不幸は重なる。
不意の天候不良と、風に巻き上げられた巨大広告が当たったせいで、プロペラに異常をきたしたのだ。
「不味い、不時着します」
神崎さんが備え付けの拡声器で地上へ声をかける。
「今からヘリが不時着します、道を空けてください、繰り返します、今からヘリが……」
神崎さんが続いて110番に電話する。
交差点の信号が全部赤になった。
交差点の真ん中辺りでヘリコプターが不時着する。
神崎さんが更に電話し、救急車を手配してくれたようで、サイレンを鳴らして救急車が来た。
パトカーも来たけど。
救急隊員が担架で迫水さんを運び出す。
レイナも私を抱きかかえて救急車に乗り込もうとするが、メガネに止められた。
行き先が違うらしい。
最寄りの救急病院では私の治療に必要な設備が整わないそうだ。
やってきた警察には神崎さんが相手をしてくれることになり、私たちはタクシーを捕まえる事になった。
いや、パトカーで連れて行ってもらえばいいんじゃないの?
レイナが意見するが、メガネが言うには警察に渡せば、担当の医師が代わり、また診察から始めることになり、手遅れになるかもしれない、とのことだ。
「まあ沙耶姫は大物だから迅速に行われるかも知れないが、万が一ということもある、絶対確実な方法をとりたい」
まあ、そういうことなら、私だって死にたいわけではないのだし。
周囲からざわめきが聞こえる。
「なあ、あれ……」
「なんか見たことのある顔だな」
「てか門倉沙耶じゃん」
「綺麗……」
「おお、リアル沙耶姫」
「ネットで見たぜ、なんか監督踏んでた」
「監督殴って出て行くやつしか知らんわ」
「神光臨」
「人形みたい…」
「実物すげぇ、マジ惚れた」
「シルクなにそれ、おいしいの? 状態」
「いや、「おもひで」踏んだらダメだろ、と思っていたが、オレが踏まれたい」
「なんのはなし? 」
「なんでダッコされてんの? かわいいけど」
タクシーは停まったが、行き過ぎてけっこう距離がある。
私たちが走り出すと釣られるようにして周囲の人々が、距離を詰めて群がろうとしてくる。
「まずいですね、ここは私にお任せを」
おお、サガサンが凛々しい。
サガサンは背広を脱ぎ、風に舞うネクタイを外した。
「活目せよ、「江戸前評定」で披露した寛木門左衛門の日本一美しい土下座をっ」
サガサンはなぜかその場で土下座した。
追ってきている人たちはサガサンを避けてこちらへ来る。
そりゃそうだよね、サガサンに少しでも期待した私が馬鹿だった。
それを見たレイナが、メガネに私を預ける。
「ここは、私が……」
「村澤さんっ」
レイナは慈しむような目で私を見る。
「沙耶さん、覚えていますか? 」
-「あなたが掛けてくれたコートと、お汁粉、とても温かかったです」
私はふと思い出した。
あれは11歳の頃だったか、あの頃はまだ、私が一人で行動しても大丈夫だった。
季節は晩秋、人気の無い寂しい路地裏で、ふと人の気配がしたので近づいてみた。
すると看板の陰に全裸の女性がうずくまっていた。
それがレイナだった。
彼女は私と目が合っても、頑なに何も喋ろうとはしなかった。
震えている彼女を見た私は着ていたコートを掛け、近くの自動販売機で買った温かいお汁粉缶をあげたのだった。
あの後、家に帰って熱を出した。
コートは途中で無くしたことにした。
両親が珍しく協力して、私を看病してくれた。
母はおかゆを作ってくれて、父は私の身体を拭いてくれた。
それが印象的でレイナのことを忘れてしまっていたのかもしれない。
そして、このことがあったからこそ、12歳の頃、両親の嘘を信じてしまったのかもしれない。
レイナはおもむろに衣服を脱ぎ始めた。
下着も、靴も、靴下も、手荷物も、何もかもをその場に脱ぎ捨てたレイナは、群集に向かって走って行く。
「おお、なんだ」
「痴女だぁーーー」
「裸の女が走ってくるぞ」
「それ、捕まえろ」
「しかも美人だ」
「でも、どこかで見たことのある顔だな…」
「井崎レイナだ」
「おお、それだ」
「何でもいい、とにかく追うぞ」
「でかいな」
「たゆんたゆん」
「あわよくば揉みたい」
「これって和姦になるよな? 」
群集が駆け抜けるレイナを追って離れてゆく。
レイナの貴重品だけを拾ったメガネは、私を抱え直してタクシーを目指した。
「ハァハァ、ハァハァ」
メガネ、ガンバレ。
登場人物紹介
門倉沙耶……15歳、女性、ダンジョンパートナーNo.1。四肢が動かず、喋れない。
村澤レイナ……31歳、女性、ダンジョンパートナーNo.79。女優時代の名は井崎レイナ。4年前、轡とのプレイ中、11歳の沙耶に見つかった。沙耶の優しさが身に沁みた。
神崎直人……32歳、男性、ダンジョンマスターNo.78。今回、八面六臂の活躍をした。嵯峨との対比が凄まじい。
嵯峨優一……34歳、男性、ダンジョンマスターNo.83。元俳優の映画監督。俳優時代の代表作「江戸前評定」で日本一美しい土下座を魅せた。
メガネ……32歳、男性、ダンジョンマスターNo.85。本名・朔恭司。レイナより体力が無い事が今回露呈した。メガネの「大物」発言はファン補正が入っています。
迫水洋治……39歳、男性、ヘリコプターのパイロット。フライト中、血を吐いて倒れた。
門倉彩……40歳(11歳時)、女性、ダンジョンマスターNo.84。沙耶におかゆを作ったこともある。
門倉王将……45歳(11歳時)、男性、ダンジョンパートナーNo.84。安定のエロ親父。趣味と実益を兼ね、かつ沙耶にも感謝されるという神行動をとった。




