彼はおそらく、私が彼を好きなほど、私を好きではない・8
DP01-BS8
朦朧とした意識の中で、私はつい先日のことを思い出す。
私に女優引退を決意させた「火花散る」のその後だが、降板したシルクが再度起用され、里子に出されていた姉、白木徒花が活躍する話になったようだ。
火花(私)はと言えば、学校の虐めを苦に自殺したことになっていた。
現場でうたた寝していたところを隠し撮りされていたことがあったらしく、その映像が合成されて、私の死体映像に利用されたようだ。
映画の中には私が長時間、裸で放置された映像などもあり、それが仕組まれたことだったのかも知れないが、事故のようなものとして処理されていたはずなのだが。
よく解らないけど肖像権とかどうなっているのかしら。
日本橋監督とはもう関わり合いたくないので、仕方ないけど。
また、途中で脱けたにもかかわらず、入金はあったようだ。
シルクの途中降板や再度起用、主演女優の私が途中で脱けた問題作「火花散る」は、「蚊帳の外」ほどではないが、そこそこの数字が出たらしい。
尻拭いをしてくれたシルクには頭が下がる思いだ。
私が虐め殺されるシーンを見る事で世間も私への溜飲を下げたらしく、私に同情する声も上がった。
だが全体的には世間の私に対する評価はまちまちで、だからといって、監督に暴力を振るったのは間違っているという、厳しいというか、もっともな意見もあった。
「火花散る」上映後、日本橋螺羅監督は性懲りも無く、菓子折りを持って現れて、周囲に人が居る場所で私に土下座した。
また次回作に出て欲しいそうである。
この人はなんというか、厚顔というか、ふてぶてしいというか、あれだけのことがあったのに、と呆れるばかりだ。
京子さんの言う映画バカとはこういうことなのかもしれない。
私は、…本名・名塚さんでしたっけ、の後頭部を見ながら、彼女の頭を靴のまま踏みつけた。
「もう、出ることはないから」
彼女にだけ聞こえるようにひっそりと言った。
もちろん顔に傷がつかないように配慮はした。
その代わり菓子折りはぐしゃぐしゃに踏み潰させてもらった。
これでチャラにしてあげる、感謝してよね。
私がその場を去ろうとすると、後方から監督と京子さんの話し声が聞こえた。
「いてて、っつーー、普通踏むか? 」
-「うわっ、菓子折りがぐしゃぐしゃだ、……これ、高かったのに…」
「ごめんねー、あの子、容赦ないから」
親しげに話す京子さんの声を聞いて、少し不安になった私は、その場を離れながらも振り向いた。
「京子さん、次はないから」
「ええ、分かっているわ」
京子さんの真剣な声色を聞いた私は、安心して再び歩を進める。
「では夕、もう帰ってね、あの子、今、余裕ないから」
「先輩にもゴメン、今回は迷惑かけた」
「夕がそんなこと言うなんて、少しは成長したのかしら」
「さすがに今回はね、少し堪えたよ」
二人のそんな言葉を背中で聞くともなしに聞きながら、その場を去った。
…………
…………
…………
頬に化学繊維のシートの感触がある。
そして振動と外から入ってくる騒音から、車でどこかへ移動中のようだ。
私は後部座席にうつぶせで横たえられている。
手足に全く力が入らない。
さっきより症状が重い気がするので、さらに、念入りに薬か何かを盛られたのかも知れない。
ポケットの感触から京子さんに持たされていたGPSは抜き取られたようだ。
でも靴の中、つま先あたりにあった発信機は、足の感覚が分からなくなっていて、その存在を確認できない。
再び意識が混濁してきた私は、そこで意識が途切れた。
…………
…………
どこかの倉庫か、屋内の駐車場か、蛍光灯だけを光源とする薄暗い、人気の無い場所で、私は折りたたまれてトランクに詰め込まれているようだ。
冷たい空気が直接身体に触れる。
寒いな。
どうやら私は服を着ていないようだった。
「どうした、レイナ? 」
「本当に、ここまでする必要があるのですか? 」
「私に意見するとは偉くなったものだな? 」
「…………今までここまでのことはなさらなかった…」
「レイナ、お前の心配も解る、だがこのガキはたかが奴隷の一匹の分際で、私の王国から脱けると言いやがったのだぞ」
-「それどころか、私の経営方針に意見しやがった」
-「到底、許せるものではない」
-「これは教育だよ、レイナ、いや村澤くん」
-「私の王国の国民になるには、奴隷としてのきちんとした躾が必要だ」
-「それを八井津くんは解っていない、我が王国から世間の目を誤魔化す盾として、彼女のような人材も必要とはいえ、少しおイタが過ぎたな」
「…………」
「さあ、なにをボサッとしているレイナ、それを閉じたなら早くこちらによこしなさい」
「……はい」
「ああ、それと、君も付いて来なさい」
-「相手は4人だ」
-「奴隷のガキ一匹では足りないだろう」
-「その時は君にも相手をしてもらわなければな」
-「筆頭奴隷として、ガキに手本を見せつけてやりなさい」
-「もちろん追加料金は貰うがね」
…………
コンコン
「失礼します」
「おお、クツワくんか、待っていたよ」
「こちらがご依頼の商品です」
轡社長はそう言って、トランクの口を開ける。
視界が一気に拡がった。
広い、ホテルの一室と思えるのに、広くて豪華だ。
轡社長と村澤マネージャー以外に人の気配がする。
腰にタオルを巻いただけの半裸の男たちが4人、思い思いの場所に座っていた。
「クツワくん、君は良い趣味をしておるねぇ」
「お褒めに預かり恐悦至極、グッズはプレイルームに置いてありますので」
―「では、村澤くん、後は頼んだよ」
「はい、社長」
登場人物紹介
門倉沙耶……15歳、女性、ダンジョンパートナーNo.1。「火花散る」は実際の映画よりも、沙耶が監督と揉めて、集まって来る関係者たちをちぎっては投げて出て行く隠し撮り映像の方が有名です。
八井津京子……34歳、女性、ダンジョンマスターNo.80。沙耶のマネージャー。後輩のことも気にかけている。
日本橋螺羅(本名:名塚夕)……31歳、女性、ダンジョンマスターNo.30。新進気鋭の女性映画監督。映画の為には鬼になると業界では知られており、映画監督としてはまだ若く、女性であることもあいまって「鬼姫」と呼ばれる。今までは犠牲となった役者たちが、役者として飛躍してきたので黙認されてきたが、今回、才能ある女優候補を引退に追い込んでしまった。
万屋シルク……17歳、女性、ダンジョンパートナーNo.4。「鬼姫」の犠牲者ではない。日本橋監督いわく、「手のかからない優等生」。
轡慎二郎……38歳、男性、ダンジョンマスターNo.79。沙耶の所属事務所、「轡社」の社長。かなりキテます。
村澤レイナ……31歳、女性、ダンジョンパートナーNo.79。轡の犠牲者。沙耶の処遇に同情的。
噂の4人。……41歳、男性、ダンジョンマスターNo.77。
噂の4人。……32歳、男性、ダンジョンマスターNo.78。
噂の4人。……34歳、男性、ダンジョンマスターNo.83。
噂の4人。……32歳、男性、ダンジョンマスターNo.85。
衣笠幸四郎……27歳、ダンジョンマスターNo.77の関係者。彼の名義でホテルの一室を借りている。
高級和菓子「おもひで」……1個3000円相当。通常のものよりはひとまわり以上大きい大福で、餡の中に金箔で覆われたフルーツが入っている。完全受注生産で、不意に店頭に行っても買うことはできない。今回の菓子折りは6個入り、中の果物は苺(夕日)、栗きんとん(日出)、黒豆(雲間)、メロン(朝露)、干し葡萄(星空)、薩摩芋(黄昏)。尚、黒豆と干し葡萄は一つの大福に複数入っており、その一粒一粒が金箔で覆われている。愛好家の間では栗きんとんが「黄金太陽」と呼ばれて人気があるが、最も原価が高いのは干し葡萄入り。6個入りの価格は税込1,9440円也。




