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彼はおそらく、私が彼を好きなほど、私を好きではない・7

DP01-BS7



 私が撮影所から出て行く動画がネット上にアップされていた。

 こういうのを見ると本当にファンは怖いなと思う。

 ファンは私に同情的だったが、世間での私の評判は地に落ちた。

 犯罪者予備軍とまで言われた。


 そんな時、ドキュメンタリー映画を出さないか、というオファーが来た。

 確かに、このまま引退しても世間の私を見る目は冷たい。

 ある程度世間に対して言い訳のようなものが必要かもしれないと京子さんも言っていた。

 ただし、女優に戻るつもりはもう無いので、女優として出演する気は無いとはっきり言っておいた。


 彼らは私の原点とも言える、4歳の頃の事故の事まで調べ上げた。

 また、父が、血は繋がっていないと広言していることを知り、DNA鑑定を受けませんか?

 と私に打診してきた。

 私は難色を示した。

 そんなことは血が繋がっていると解り切ったことだからだ。

 母の下らない嘘を未だ信じている父が、愚かなだけなのだから。


 だが結局受けることにした。

 科学的に血の繋がりを証明することで、父や母が、何もかもを私のせいにして、真摯に生きることから逃げることを防ぐ為だ。

 鑑定の結果、血は繋がっていると99,9%の確率で証明された。


 父は私に土下座した。

 おどろくほど感情が動かなかった。

 そして父の小さい背中を見て、この家を出て行こうと思った。

 こんな人たちにもうかかずりあってはいられない。

 今の私に父を許す気力は湧かなかった。

 信じて裏切られるのが怖いというのもあったのかもしれない。


 だがもう、両親の事で腐心したくはない。

 なにもかも清算する時が来たのだ。

 女優を辞める時には家からも出て行こう、そう決めた。




 ある日、所属事務所の社長に呼び出された。

 (くつわ)慎二郎(しんじろう)社長には黒い噂が複数あり、そのことで京子さんとも何度も対立していた。

 京子さん担当の私が好成績を上げていたので、今までは静観していたが、私が辞めると言い出したために動き出したのだろう。


 私は「むっつりすけべえ」先生に連絡を取った。

 京子さんにも連絡は行くだろうが、裏切られた直後なので直接連絡する気にはなれなかった。

 それに、もともと京子さんと轡社長は対立していたので、また裏切ることもないだろう。




 移動中、道を歩いていると、親子連れとすれ違った。

 優しそうな表情のおじさんと、女の子だ。


「あやねー、しらないおじちゃんについていっちゃだめっていわれてて……」

「大丈夫だよ、おじちゃんはママのにいちゃんだからかね、そうだこれをあげよう、おいしいよ? 」

「ママのおにいちゃんならあんしんだね、あ、あっまーい」


 私はバッと後ろを振り返った。

 風采のあがらない背の高い禿げた男と、幼い女の子が脇道に入るところだった。

 走って追いかける私。

 脇道まで追いかけていったが、二人は見当たらなかった。

 付近を捜したがもう誰もいない。

 危機感を覚えた私は最寄りの交番に駆け込んだ。


 交番の中には誰もいない。

 どこへ行ったの、こっちも約束の時間が迫っているのに……。

 奥の戸を開けようとすると、ひとりでに開いた。

 中から、優しそうな年配の警察官がでてくる。


「おや、どうしたのかな? 」

「あ、はい、さっきそこで……」


 風采の上がらないおじさんと女の子のことを話した。

 警察官は真剣に私の話を聞いてくれた。

 私の話を何度も聞き、調書をとっているようだ。


「あやちゃん、その女の子はそう呼ばれていたのだね」

「はい」

「男の方は40代から50代、暗色のスーツ姿、女の子「あやちゃん」は10歳未満で柄入りのオーバーコートを着ていた、間違いないね? 」

「見えたのは一瞬だけでしたが、そのくらいです」

「では、「あやちゃん」の失踪届けが見つかったらまた連絡するかもしれないからその時はよろしくね」

「はい、わかりました」




 私は今、所属事務所の応接室で、轡社長と対面している。


「……それで、本当に辞めるつもりかね? 」

「はい、そのつもりです」

「八井津くんが気に入らないなら、担当を代わってもらうが…」

「そういうことではありません」

「それは困ったね、君には宣伝料やらなんやらで巨額の費用がかかっているんだが…」

「社長、私知っているんですよ、私のCM出演料が相場より安いこと」

-「社長がピンハネしてたんですよね? 」

-「それに私のファンに、部外秘のはずの写真や、私の着た衣装、使ったタオル等を横流ししていましたよね」

-「コアなファンの中には社会的地位の高い人も多く、金に糸目をつけないから、随分稼がれたのでしょう? 」

「きみぃ~~~、根拠のないことを言ってくれるなよ」


 コンコン


「失礼します、お茶を持って参りました」

「ああ、村澤くんか、入ってくれ」


 盆の上に二人分の茶と茶菓子を乗せてきたのは、村澤レイナさん。

 京子さんと双璧をなす敏腕マネージャーだ。

 村澤さんは何かと対立する京子さんとは違い、轡社長に忠実で、社長の方針通りに所属する女優やアイドルたちを扱う。


 私はこの女性(ひと)が苦手だ。

 嫉妬のような、憧憬のような、嘲りのような、感謝のような、色々な感情が混ざったこわい目で私を見てくるからだ。


 今日の村澤さんはいつもと印象が違う。

 村澤さんの目には、哀れみと、……これは恐怖?


「粗茶ですが……」


 村澤さんがまず茶菓子を置き、茶の入った湯のみを置こうとする。


 ガタッ、ガタガタガタ


 村澤さんの手は震えていた。

 そして茶請けに乗っていた湯飲みが倒れた。


「あっ、ごめんなさい、すぐに拭くから……」

「これっ、村澤くん、なにをやっているのだねっ」


 すぐに雑巾を取って来た村澤さんは、茶が(したた)った応接机と床を拭く。


「すまんね、無作法なことで」


 轡社長がソファーから立ち上がり、盆に乗った茶を私に差し出してくる。


「代わりといってはなんだが、こっちを飲んでくれたまえ」

「ありがとうございます」


 社長の好意を受け入れて、申し訳程度に茶に口をつける。


「それで、さっきの話だがね……」


 社長が話し始めようとすると、ピピピピピピッと社長の携帯が鳴った。


「……すまんね」


 携帯を耳に当てて応接室から出て行く社長。




 30分ほどが経ち、社長が応接室に戻って来た。


「おお、やっと効いてきたようだね……」


 私は全身に力が入らなくなっていた。


「実は、君ともっと親密になりたいと言う、ファンの方々がいらっしゃってね」

-「君に使った経費については、彼らからの報酬で賄うことにするよ」

-「なに、君はもう辞めるのだ、君に配慮する必要はないだろう? 」






登場人物紹介

門倉沙耶……14歳、女性、ダンジョンパートナーNo.1。沙耶は誤解していますが、ファンがというより情報化社会のせいでしょうね。

門倉王将……48歳、男性、ダンジョンパートナーNo.84。小さい背中。

八井津京子……33歳、女性、ダンジョンマスターNo.80。沙耶のマネージャー。

籐郷睦助……35歳、男性、ダンジョンパートナーNo.80。沙耶の護身術の先生。「むっつりすけべえ」先生。

(くつわ)慎二郎(しんじろう)……37歳、男性、ダンジョンマスターNo.79。沙耶の所属事務所、「轡社」の社長。所属する役者たちの教育を巡って、八井津京子と対立していた。今までは看板女優の沙耶が問題を起こさなかったので、事態を静観していた。

村澤(むらさわ)レイナ……30歳、女性、ダンジョンパートナーNo.79。かつては仕事を得るため、轡の命令に何でも従ってきた女優だった。今では女優業を引退して轡社長に忠実な秘書兼マネージャーとなっている。




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