彼はおそらく、私が彼を好きなほど、私を好きではない・6
DP01-BS6
14歳の秋、父が暴漢に襲われ、病院に運ばれた。
私のファンの誰かだと思う。
狂信的過激派か、コアなファンか……。
責任を感じた私は病院に父を見舞いにいった。
病室の父は女性のナースに「汚らわしい」下品なジョークなどを言ったりして、よろしくやっていた。
…………心配して損した。
その後、日本橋監督から次作品出演のオファーが来たが、きっぱりと拒絶させてもらった。
これには所属事務所の轡社長が難色を示したが、京子さんは消極的ながらも賛成してくれた。
ところが後日、今をときめく日本橋監督本人が菓子折りを持ってやってきて、衆人環視の前で、私に土下座した。
大人はずるい。
土下座すれば望みが適うと知っているのだから。
日本橋監督に同情した京子さんに切々と説得され、幾つかの条件と引き換えに受け入れた。
ところで、この一連の動画がネット上にアップされ、物議をかもした。
もともと私のファンだった人たちは、さすが沙耶姫と、更に熱狂的、狂信的に私を支持し、それ以外の人たちには「門倉沙耶、何様のつもりだ」とお叱りを受けた。
日本橋監督の今回の作品「火花散る」は白木組という任侠組織の娘、白木火花(私)を主人公とする任侠活劇だ。
私が出演する条件として、濡れ場NG、接触NGと言ったから、こういう作品になったのかもしれない。
15歳の初春頃、撮影は始まった。
撮影初日だが、気のせいかな、日本橋監督の私への当たりが強い気がする。
環境にも配慮してくれると言っていたが、改善されているとは言い難い。
監督の目の届かないところで、貞操の危機を感じることがしばしばあり、そして、何故か京子さんの動きが鈍かった。
撮影現場は前回よりも過酷で、雪解け水の中を長時間浸かっていたり、身に何も着けない状態で放置されたりということもあった。
火花の通う学校に、ヤクザの娘とばれてイジメに会うが、じっと耐えるシーンがあり、所持品を捨てられたり、机に落書きをされたり、上履きを隠されたり、暴力を振るわれ傷を負ったり、体操服を切り裂かれたり、周囲に人がいる状態で跪かせられたり、泥水を被せられたりした。
所持品や上履き、体操服などは製作側の小道具や衣装で、傷も特殊メイクなので実害は無いが、跪かせられたり、泥水を被るシーンは何度も取り直しがあった。
チラッと監督の方を見ると、よそ見をしながら隣のスタッフと談笑している時もあった。
それでも、カストルさんや、「むっつりすけべえ」先生は監督の目の届かないところで私を助けてくれた。
シルクなんかは堂々と私を庇い、面と向かって監督に抗議までしてくれた。
彼らに勇気を貰った私は、虐めっ子役の三人が、収録外に人格を貶めるようなことを言ってきたので、軽く撫でてあげた。
三人は次の収録時には及び腰で演技するようになり、何度もNGを出していた。
ある日、シルクが降板になった。
監督に楯突いたからだろうと周囲は噂した。
元々、今回のシルクの役柄はあってもなくてもいいような、さして重要でない役柄で、私の味方をあえて奪う為だけに起用していたのではないか、と思った。
そして次の日、監督は私に濡れ場シーンの挿入を指定してきた。
おそらく監督は、最初の条件を反故にするために、私の精神を追い込もうとしてきたのだろう。
そして京子さんは、私が女優として大成するために必要なことだとでも、監督に説得されたに違いない。
私は監督の命令を拒否した。
「おい、そんな我儘が通ると思っているのか、そんな奴がここにいる資格はない、女優やめちまえ」
「はい、辞めます。……今までありがとうございました」
その場を去ろうとする私。
「おい、お前、ちょっといい加減にしろよ」
監督はつかつかと歩み寄り私の胸倉を掴む。
私は監督の鳩尾に、手のひらの付け根の部分を勢いよく押し付けた。
くずおれる監督。
監督を振り切って出口を目指す私。
「おい、だれか、そいつを捕まえてくれ……」
監督のかぼそい声に、ぽつりぽつりと、私の元へ向かってくる製作側のスタッフや関係者たち、私は彼らを叩きのめし、地に沈めながら、出口を目指した。
出口を前にして立ちはだかる偉丈夫。
「むっつりすけべえ」先生だ。
私は身構えたが、先生はフッと苦笑いして道を開けてくれた。
いつの間にか斜め後ろに、沈痛な面持ちの京子さんがおり、私に追従して歩いていた。
今、私は京子さんの車に乗せてもらい、帰り道を走って貰っている。
運転しているのは、「むっつりすけべえ」先生だ。
京子さんは助手席に座っており、私は後部座席にいる。
しばらくして京子さんがぽつりと私に訊く。
「ねえ、女優辞めるって本気なの? 」
「京子さん、私なんだか、生きていくことに疲れちゃった、少し休みたいな……」
京子さんは嗚咽を漏らしながら、小声で何度も私に謝っていた。
登場人物紹介
門倉沙耶……14歳、女性、ダンジョンパートナーNo.1。
門倉王将……48歳、男性、ダンジョンパートナーNo.84。
桂川五月……29歳、女性、ナース。陽気な王将に気を許す。
八井津京子……33歳、女性、ダンジョンマスターNo.80。沙耶のマネージャー。
籐郷睦助……35歳、男性、ダンジョンパートナーNo.80。沙耶の護身術の先生。「むっつりすけべえ」先生。
轡慎二郎……37歳、男性、ダンジョンマスターNo.79。沙耶の所属事務所、「轡社」の社長。所属する役者たちの教育を巡って、八井津京子と対立していた。今までは稼ぎ頭の沙耶が問題を起こさなかったので、事態を静観していた。
日本橋螺羅(本名:名塚夕)……30歳、女性、ダンジョンマスターNo.30。新進気鋭の女性映画監督。京子いわく映画バカ。より良い映画を撮るために沙耶の固定観念を取り除かなければならないと考えている。
長谷川カストル礼司……30歳、男性、ダンジョンパートナーNo.30。日本橋の映画に対する真摯な思いは知っているが、今回はやり過ぎだと感じていた。
万屋シルク……16歳、女性、ダンジョンパートナーNo.4。友人の為に手を差し伸べ、監督相手でも意見を言える勇気ある女性。
長田菊佳……27歳、女性、女優。少し気の弱いところがあり、撮影所では特に行動を起こさなかったが、気にはかけており、沙耶の携帯に励ましのメールを送ったりしていた。
桜川もも……19歳、女優。おっとりした言動の女性。童顔で年下に見られることから今回起用された、三人の虐めっ子の一人。腹黒小悪魔タイプ。異性にはもてるが同性に徹底的に嫌われるタイプ。地元の有力者の恋人の一人というポジションを得て、高校時代を平穏無事にやりすごした。他の恋人たちを蹴落とし続け、最終的にただ一人の彼女として、彼を独占したが、高校卒業後、上京する時にはもちろん関係を断った。
椿山ひかる……18歳、地元のコンテストで優勝したミススイカガール。今回起用された、三人の虐めっ子の一人。きりっとした委員長タイプ。ヤクザの娘を成敗する正義感からイジメに加わった設定。感情が昂ぶると地元の方言が出る。
苑崎すみれ……17歳、グラビアアイドル。今回起用された、三人の虐めっ子の一人。顔黒ギャル。仲間内では明るいムードメーカー。中学時代、地味で大人しかった為に虐められ、地元から離れた高校へと入学し、高校入学と同時に高校デビュー。顔黒ギャルに変身した。入学後はリーダー格の友人が指し示すターゲットを苛め抜く日々。虐められないコツは、先に誰かを苛めることだと本気で信じている。




