彼はおそらく、私が彼を好きなほど、私を好きではない・5
DP01‐BS5
14歳の夏、私も出演した日本橋監督の作品「蚊帳の外」が上映された。
主演俳優は長谷川カストル礼司さん、主演女優は前回と同じくシルクだ。
万屋シルクさんとはライバル宣言されて以降、敬称無しの名前で呼び合う間柄になっていた。
長谷川カストル礼司さんがどういう方かというと、祖父が外国人だったらしく、日本人離れした堀の深い容姿の持ち主で、スタッフの女性がうっとり見ているのを、端から見たことがある。
カストルさんはコミュニケーション能力が高いのか、いつの間にか沙耶ちゃん、カストルさんと呼び合う仲になっていた。
出会い頭に沙耶姫と呼ばれ、異物を飲み込んだような顔になっていたらしく、すぐに呼び方を変えてくれたことが印象に残っている。
物語の最初の骨子としては、高校教師・人見幸治郎役に長谷川カストル礼司と女子高生・中島志津役に万屋シルクの恋愛物だ。
教師の方には同僚の婚約者・真木恵那役に長田菊佳がおり、結局は婚約者と結婚して失恋で終わる話だ。
私の役柄だが、人見は担当するクラスの生徒の一人が行方不明になったことから、独自に少女を拉致して働かせている非合法の売春組織を突き止めた。
売春組織は摘発され、担当クラスの生徒は解放されたが、拉致され働かされていた一人の身寄りのない少女を、一時的に保護することになる。
それが私扮する駿河レナだ。
レナは保護してくれた人見に恋をするが、結局実らず失恋し、自暴自棄になって、苦界に身を落とすという救いのない役柄だ。
しかし監督にはストーリーは気にせず、好きに動いて良いと言われていた。
おそらく監督はシルクと、カストルさんを取り合う展開を望んでいるのだろう。
この作品には良い思い出がほとんどない。
撮影中は悪夢の連続だった。
序盤に客の相手をするシーンがあるのだが、役を忘れて思わず叩きのめしてしまった。
客役の俳優と触れ合わなければ話にならないのだが、断固拒否させてもらった。
客役の俳優の演技が上手いのかなんなのか、ねっとりした「汚らわしい」視線を送ってくるのだ。
その視線は父さんやコアなファンを連想させて、どうにも受け入れられなかった。
私の頑なな態度を見た監督は、急遽、カストルさんと私を絡ませることにしたようだ。
ストーリー的には警察の協力を得て、客に偽装して潜入したカストルさんが少女売春の物的証拠を集めるため、ということになり、行為を行う振りもしなくて済んだ。
カストルさんは真摯な視線を私に送り、「汚らわしい」視線を送ってこないので、安心して身を任せられる。
と言っても、肉体的接触は拒否させてもらった。
一度偶然だと思うが、カストルさんの腕が私の肩に触れたことがあり、その時は容赦なく地に沈めた。
それからはカストルさんも慎重になり、私に触れないように演技してくれた。
しかしカストルさんの演技力は凄い。
後に見せてもらったが、私に触れてもいないはずなのにまるで本当に、身体を重ねているかのように錯覚させる映像に仕上がっていた。
正直、カストルさんは監督と同い年で、私の倍以上の年齢。
カストルさんと恋愛とか、違和感しかないのだけれどね。
それ以外にも、撮影中に他の俳優がその気になってしまい、襲われかけたり、欲情したスタッフ数人に囲まれたりと、何度も身の危険を感じる状況があった。
その度にカストルさんや京子さん、「むっつりすけべえ」先生(京子さんがこう呼ぶと、いつも寡黙な先生が慌てて否定するので、それが楽しくて、周囲ではすっかりこのあだ名が定着してしまっている)に助けてもらった。
監督はこういうところ無頓着な部分があり、むしろ演技のために処女を捨てろ的なことを、もってまわった話し方で言われたりした。
ストーリーの方だが、レナの身の上は、一つボタンを掛け違えていたら私もこうなっていたかも、と思える部分もあったので、他人事とは思えず、すっかり感情移入してしまった。
なので、いくらなんでもこの結末は酷いと思ったので、能動的に動くことにした。
監督に横槍を入れさせないために、カストルさんに気のある振りをしつつ、菊佳さんを篭絡し、引き取って貰うことを目指した。
ところで長田菊佳さんが、普段どういうキャラを演じているかと言うと、決して、主人公やヒロインに絡まない、女性脇役といった感じだ。
例を挙げると、主人公の弟の彼女とか、主人公の幼い息子の保母さんとかだ。
他の女優さんなら一波乱あるかもしれないが、菊佳さんの場合は、そうはならない。
かつて読者モデルをしていた経験があり、綺麗な女性なのだが、作品の中での役割は地味というか、役柄を淡々とこなしているというか。
監督の歯車として、きっちりと自分の仕事をしている印象がある。
私がかつて目指していた女優職人とでも言っていい、尊敬してやまない役者さんだ。
だが、よくよく話を聞いてみると、シルクや私のような魅力や演技力があればもう少し上を目指せるのに、と嘆いておられたので、余計なことは言わないでおくにした。
楽屋など、撮影外でも菊佳さんと行動を共にし、公私ともに仲良くなったところで、作品内で引き取って貰うことの内諾を得た。
菊佳さん的にはレナを引き取るというイレギュラーはあるものの、台本どおりカストルさんと結婚する結末を思い描いておられるだろうけど、菊佳さんと私がカストルさんを取り合う形になってしまっては目も当てられない。
ということで、カストルさんは邪魔なので、シルクに熨斗付けて押し付けることにした。
しかし、最後の最後で、何故かシルクがカストルさんと無理心中してしまい、レナ(私)と恵那(菊佳さん)が後に残されるという後味の悪い作品になってしまった。
だが、世間では前評判どおりの悲恋の作品として大ヒットした。
日本橋監督は邦画の第一人者として、カストルさんとともに高評価を受けた。
シルクは主演女優としての貫禄を魅せたとして、さらなる飛躍を遂げた。
菊佳さんはお人好し枠で、テレビ番組やCMなどからオファーが来るようになった。
私はと言えば、悪女のイメージが定着し、コアなファンが加速度的に増えた。
この映画の上映以降、街を一人で歩いていると、必ずと言っていいほど、変質的なコアなファンに絡まれ、嫌な思いをすることになった。
常に京子さんや「むっつりすけべえ」先生の付き添いが必要になったほどだ。
登場人物紹介
門倉沙耶……14歳、女性、ダンジョンパートナーNo.1。
八井津京子……33歳、女性、ダンジョンマスターNo.80。沙耶のマネージャー。
籐郷睦助……35歳、男性、ダンジョンパートナーNo.80。沙耶の護身術の先生。「むっつりすけべえ」先生。
日本橋螺羅(本名:名塚夕)……30歳、女性、ダンジョンマスターNo.30。新進気鋭の女性映画監督。京子いわく映画バカ。名前を変えているのは有名な女優と同姓同名だから。
長谷川カストル礼司……30歳、男性、ダンジョンパートナーNo.30。日本橋作品の常連といってもいい俳優。監督の同じ大学のサークル仲間だった。祖父が外国人のクォーター。誰とでも仲良くなれるという特技を持つ。
万屋シルク……16歳、女性、ダンジョンパートナーNo.4。女優業に全力を掲げる女性。
長田菊佳……27歳、女性、女優。人が良い。
伊刈信夫……42歳、男性、俳優。売春組織の客。普段は日雇い労働者という設定だった。大人顔負けの沙耶の色気に本気で欲情してしまい、役を降ろされた。しかしそのことを恨むでもなく、沙耶の危機には陰ながら救助に尽力した。ここにコアなファンが一人誕生した瞬間であった。




