彼はおそらく、私が彼を好きなほど、私を好きではない・4
DP01-BS4
13歳の秋、京子さんに新進気鋭の女監督を紹介された。
京子さんの大学時代の後輩らしい。同じサークル仲間だったと言っていた。
その女監督さんは芸名と言っていいのか、監督としての名を「日本橋螺羅」というらしい。
私を一目見て気に入ってくれたようで、是非、次作品となる映画に起用したいと言ってくれた。
それはそうと、私のファンを名乗る人々の行状には頭が痛くなる。
先日も、握手会場に入り込んできた変質的なコアなファンが、コートを肌蹴て「汚らわしい」物を握らせようとした。
その人は何故かコート以外は何も着ておらず、それを見咎められて警備員に連れて行かれた。
かといって、私を護ろうとしてくれる人たちもおり、時に彼らは傷害事件を起こすこともある。
そのせいで私が黒幕だとか何とか騒ぎ出す人たちまで居て、収拾がつかない。
久住健宏さんとそのおじさんに誓って、精一杯生きようとしてきた私だが、少し疲れてきたのかもしれない。
最近、とみにそう思う。
さて、日本橋螺羅監督の作品「さきみだれ」ではセリフの無いワンシーンを担当した。
主演は私の二つ年上の万屋シルクさん。
彼女はとても努力家で、私のように役に入り込むタイプではなく、確かな技術で魅せる演技派の女優さんだ。
年齢も近いことから、二人して特集を組まれることもあるが、すでに女優として活躍している彼女にとっては、子役の延長である私と比べられても迷惑でしょうけど。
彼女より秀でる部分があるとすれが、子役時代が長かったことかな。
子役の世界というのは、端から見たら、ルールが有って無いような世界で、子供の記憶力には期待できないからアドリブは当たり前だし、視聴者を沸かせる演技なんか、普通はできないから、そういう場合はスタッフが子役の感情をコントロールするのだ。
例えば、笑顔が欲しい時にはお菓子をあげたり、泣き顔が欲しい時には付き添いのお母さんに、別室に行ってもらったりね。
私はというと、物心ついた頃には、人の喪失も、裏切りも、経験していたので、ちょっとやそっとでは感情が動かない自信があった。
だから役に入り込むしかなかった。
台本を見ている時間は、あまりないことが多いから、一度で覚えてしまえばいい。
台本を読み込むのではなく、写真のように映像として頭の中に取り入れ、それから取捨選択すればいい。
私の場合は頭の中で勝手に人物像が形成されて、それをただ動かしている感じかな。
私はそれしかできないからそうしている。
いわば惰性、職業病のようなもので、生活の何もかもを糧にして、全力で取り組む万屋シルクさんと比べるのもおこがましいと思っている。
この役は思ったより難しかったといった印象かな。
情報が少ないんだよね。
情報が少ないから想像でカバーしなくちゃならない。
子役の頃もアドリブは多かったけどその場合はスタッフが合わせてくれていたからね。
でも今回は、台本を見て、全体の流れを見ながら、どこまでの行動が許されるかの範囲を予測し、そこから外れないように動かなければならない。
同じアドリブでも子役の時とは違う。
いわば監督の歯車なのだ。
まあ、できるだけのことは出来たと思う。
映像を全体通して観て、目立たず、自己主張をせず、万屋シルクさんの添え物として、良い歯車になれたと思うよ。
と、思っていたのに、上映後は物凄く注目され、主演女優を食ったとかなんとか言われてしまった。
解せぬ。
そしてこれは8年間に及ぶ子役業の敗北でもある。
起用してくれた監督と、撮影中は仲良くしてくれた万屋シルクさんには申し訳なさで一杯だ。
二人の反応はというと、万屋シルクさんには、凄い表情で睨まれライバル宣言された。
その後、笑顔だったので演技だったのだろうが、少しビクッとした。
監督には手放しで褒められた。
蕾の開花だとか、蛹の羽化だとか色々言っていた。
登場人物紹介
門倉沙耶……13歳、女性、ダンジョンパートナーNo.1。
岸田立夫……34歳、男性、門倉沙耶のコアなファン。露出狂。
八井津京子……32歳、女性、ダンジョンマスターNo.80。沙耶のマネージャー。
日本橋螺羅(本名:名塚夕)……29歳、女性、ダンジョンマスターNo.30。新進気鋭の女性映画監督。京子いわく映画バカ。
万屋シルク……15歳、女性、ダンジョンパートナーNo.4。女優業に全力を掲げる女性。




