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彼はおそらく、私が彼を好きなほど、私を好きではない・3

DP01‐BS3



 13歳の頃、母が男と蒸発した。

 夫婦の預金をごっそり抜いていったらしい。

 父は散々浮気をしていたくせに、それがショックだったらしく、会社を辞めて、酒びたりの生活を始めた。

 父は酒に酔っては私に絡み、ことあるごとに身体を触って来ようとしたが、その頃、すでに素面(しらふ)の父に余裕で勝てるだけの力量を持っていた私には、酔った父など相手にもならない、軽く叩きのめす日々が続いた。


 父は家庭内暴力だと、近所にさんざん私の悪評をバラ蒔き、居酒屋やBARをハシゴした。

 時には愛人を連れ帰ることもあった。

 愛人というよりは水商売の女性だと思う。

 「汚らわしい」行為でお金を稼ぐ大人たちだ。


 いつものように酒に酔った父が私に管を巻く。


「よう、沙耶ちゃん精が出るねぇ、がっぽがっぽ儲けてんだろぉ」

-「ちょっとはこっちに回してくれよぉ、血の繋がらないお前を養ってやってるんだからさぁ」


 あのカメラマンの事件以降、京子さんの勧めで私名義の口座を作っており、私に入ってきた報酬はそこに入れてもらうことにしてくれていた。

 通帳、印鑑、カードは京子さんが預かってくれている。

 だから、母が出て行ったとも言えるのだが。


「仕事しなさいよ、クズ、あなたの酒代の為にお金を入れているわけではないのよ」


 すでに父に何も期待していない私は、もはや遠慮も何もない。


「ちょ、おまえぁ、仮にも親に向かって、言い方ってもんがあるだりょぉおー」

「だったら、親らしいことしてから言いなさいよ」


 それを見てゲラゲラ笑う連れの女。

 少しイラッとした。


「ねぇ、さやちゃ~ん、おねぇさん、すこ~ぅし、お金に困っているの、援助してくれないかなぁ~」

「いいじゃねぇか、いくらでもあんだろうぉ~、お父ちゃんの顔を立ててくれよぉ~」


 父が寄りかかって来ようとしたので避けた。

 父は廊下にひっくり返り、そのままいびきをかきはじめた。

 それを見た女がまた、ゲラゲラ笑う。

 私は女の鳩尾(みぞおち)あたりを爪先で軽く蹴った。

 くの字になってえずく女。


「あなたも、お金に困っているのかなんなのか知らないけど、中学生にたかっているんじゃないわよ、情けない、少しは恥ずかしいとは思わないの? 」


 翌朝、目覚めると父がまだ、廊下で寝ており、玄関の靴入れの上に置き手紙があった。

 そこには思ったよりも綺麗な字で、謝罪と反省、今後このようなことが無いようにするという文面が書かれていた。

 ただ、彼女が勤めているのだろう、スナックの名刺の裏に書かれていたのは、ご愛嬌というものなのだろうか。




 そのしばらく後、私の所属する芸能プロダクション主催のサイン会が行われた。

 私はそこで初めて私のコアなファンと呼ばれる人々の存在を知った。

 私は人より容姿が優れているらしい。

 それで得をしたことなど一度も無いけど。

 でもその優れた容姿に注目する人は一定数おり、そういう人たちは貪欲に私の映像を求めるのだ。

 もっと、恥ずかしく、もっと露出度の高い、もっと「汚らわしい」映像を追求するのだ。

 コアなファンは私を沙耶姫と呼ぶ。

 それが彼らのステータスなのだろうか。


 サイン会実施中、私がサイン色紙にサインを書く仕事に没頭していると、一人のコアなファンの番になって、私の前に出た。


 私が愛想よく挨拶をして、サイン色紙を渡そうとすると、彼に止められた。

 サインして欲しい場所があるそうだ。

 こういうファンは一定数いる。

 お気に入りの物や、思い入れのある物にサインをして欲しいというファンたちだ。

 私は「いいですよ」と答える。


 果たして、それは、私の「汚らわしい」写真だった。

 写真に写る背景から見て、12歳の頃、両親に嵌められて、初老の変態カメラマンに撮られた写真の一枚に違いない。

 私は固まった。


「どうしたの、沙耶姫、これ、俺の殿堂入りの写真なんだ、早くサインおくれよ、サインと同時にイクからさ」


 コアなファンはチャックから身体の一部を露出させて、せわしなく手を動かしている。

 私は京子さんに渡され、まだ一度も使っていなかった防犯ブザーを鳴らした。

 会場が騒然とする中、京子さんが来てくれた。

 彼女は私の写真を見てすぐに事情を察してくれた。

 突然の防犯ブザーの音にうろたえている目の前のコアなファンは、警備員にどこかへ連れて行かれた。


 後の調査によると、警察の中にもコアなファンがおり、その輩が、押収品である写真やネガを持ち帰り、他のコアなファンに売り捌いていたらしい。

 コアなファンたちの間では、この警察官は英雄視されており、声高に賞賛されていた。






登場人物紹介

門倉沙耶……13歳、女性、ダンジョンパートナーNo.1。沙耶さんは口数は少ないが、言うことがキツいです。

門倉王将……47歳、男性、ダンジョンパートナーNo.84。

八井津京子……29歳、女性、ダンジョンマスターNo.80。沙耶のマネージャー。

佐々木伸郎……26歳、男性、門倉沙耶のコアなファン。彼を糸口として、沙耶の淫靡な写真やネガの存在が、世間の明るみに出ることになった。社会問題となり、児童ポルノ禁止法の罰則が強化された。

黒川麗華……21歳、女性、スナック「サガミハラ」のホステス。恋人(詐欺師)の借金の返済のために水商売の世界に入った。が、中学生のマジ説教をくらい、心を入れ替えた。その後、ダメな恋人とも別れ、お腹の中にいた子を一人で生み落とし、シングルマザーとなった。

佐伯翔真……29歳、男性、警察官。返却予定の押収品を着服し、横流しした。コアなファンの間では英雄視されていた人物。佐々木伸郎の事件後、警察の内偵により捕まった。警察官の不祥事として大いに世間を騒がせた。

長谷部祐人……22歳、男性、警備員。門倉沙耶のコアなファン。佐々木伸郎の事件後、沙耶の固まった表情を見て反省し、自身が所有していた沙耶の淫靡な写真を燃やす動画をアップした。ここから一部のコアなファンによる自粛ムードが高まり、少しだけ優しいファンになった。

雪丘しずる……29歳、スナック「サガミハラ」のママ。黒川麗華に門倉家の家庭の事情を聞き、門倉王将を出禁にした。王将の普段の行動と、王将が広めた沙耶の悪評が、逆に彼の行状を際立たせ、近隣住民は門倉沙耶の内情に涙した。

 その流れから、ここに門倉沙耶の私生活を護る自警団が誕生した。彼らは自発的に自分たちの街を巡回し、彼女を脅かすコアなファンからの性的、変質的なアプローチから、彼女の身を護った。それは街に蔓延るコソ泥等の小悪党をも駆逐し、街の治安向上にも繋がった。だが、コアなファンたちによる、あまりにもあまりな行状から、義憤に駆られた自警団たちの間で狂信的過激派が生まれ、コアなファンとの傷害事件も相次ぎ、社会問題となった。結果、門倉沙耶本人が世間で叩かれることとなり、二派の対立は下火になった。





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