第75話 就寝前・2
D01-71
「狂った騎士の屋敷」でオレと沙耶さんは、寝台の背に並んで腰をかけている。
沙耶さんはきっちりと胸の辺りまで布団をかけ、腕だけ晒している。
少し寒いのか、左手で右の二の腕をさすっている。
オレは沙耶さんの視線の圧に耐えられなくなったので、言ってみた。
「沙耶さん、寒いなら、布団に潜りこんでしまったら……? 」
「今はいい」
-「それより、捕まえたってなに、シルコワのこと? 」
「た、他意はない」
-「お、幼子が、周囲を飛んでいる珍しい蝶を捕まえようとするようなものだ」
-「ほ、本能みたいなものだよ」
「本能で半裸の女子を捕まえようとするな」
-「ったく、……それで、その後どうなったの? 」
「もちろん、直ぐに離して湯船に浸かったよ」
「どうして直ぐに正気に戻れたの? 」
「……そこは、…追求しないでくれると嬉しい……」
「……まあ、いいわ、それでシルコワの反応はどうだったの…? 」
「後ろを向いていたからな、正確なことは判らないけど、しばらくオレの方を見ていたような気がするな」
-「視線を感じた気がするんだよね」
-「でものぼせてきたから風呂を上がると言ったら、普通に応じてくれたよ…」
「罪なことをするのね」
-「なんなら、今から行って来る? 」
-「私の方は後回しでも良いよ? 」
「シルコワの方には、後でフォローを入れておくよ」
-「それより、オレたちが、……オレとヤズナとシルコワが、君を優先させるのは理由がある」
-「君が不安定だからだ」
「そうかな、私はこれでも、この世界での事には全力で当たっているつもり」
-「最初期に出遅れたからね、もうあのときみたいに、何もせぬまま、何も知らないままに生きていくのにも、窮したりしたくはない」
-「君とのことも、覚悟を決めてここにいる」
「沙耶さんが凄いことは認めるよ」
-「オレより遥かに強い、精神的にも、肉体的にもね」
-「開始二日目で既に自衛手段を手に入れているし」
-「魔法だって、…シルコワに聞くのなら解るが、現状、魔法を使えないヤズナに教えてもらって、パッと使えるようになっている」
-「インベントリのことだって、ダンジョンコアが教えてくれていないことでも、どんどん発見して、自分のものにしているのだから」
「……君のそういう、年下の女性相手でも相手を認められるところ、凄いと思うよ、でも…」
「でもだからこそ、そんなに何もかも、いっぺんにやらなくて良いと思うよ」
-「ヤズナは元神さまだし、シルコワだって、…実年齢は知らないけど、しわくちゃの爺婆を子供扱いだからな、なんだか仙人っぽいし…」
-「そんな人たちを相手に、一朝一夕にどうこうなんて、どうにもならないよ」
-「まあ、ダンジョンルールで、寿命で死なないことと、歳をとらないことは保障されているのだし、そのうちどうにかなるんじゃないの? 」
-「…くらいで良いんじゃないかな? 」
「……私は、今出来ることを全部やっておきたいの」
-「でないと後悔するわ、もう既に何度も後悔しているのよ」
「そんなに常に気を張り詰めていても仕方ないと思うけどね」
-「ある程度余裕を持たせていないと、ブチッといったときに取り返しがつかないでしょ」
「君が私を心配して言ってくれているのは解る」
-「でも今は従いたくない、やりたいようにやらせてほしい」
「……頑固だね、解った、休みたくなったら、そう言ってくれ、一緒に休もう」
「フフッ、私の代わりに頑張ってくれるわけじゃないんだ…」
「それはそれとして」
「なにか? 」
「今のこの状況、どういう状況か解ってる? 」
「ふわぁ~」
オレは欠伸をした。
ちょっとわざとらしかったかな。
「じゃあ、明日に備えて、もう寝ますか…」
「違うでしょ」
-「私はこの世界では……」
-「違うわね、私はいつでも全力で生きようと心掛けているつもりよ」
-「もっとも、いつでも最善の行動をとれているとは言えないけどね」
-「そして、さっき、覚悟を決めてここにいると言ったはず…」
「そっちも全力なんだね…」
-「でもオレ、甘いと思うかもしれないけど、システム上、仲良くした方が良いからとか、周囲が望むからとか、そういう理由でするのは嫌だな」
「それは、……私だって初めてなんだもの、そういう気持ち、解らないわけではないけど」
「そうだよね、なら今日のところはもう寝よう、今日のことは明日、明日のことは明後日考えよう」
「ま、待って、それでは何も進まないでしょ」
-「私は君ともっと絆を強めたいと思っている」
-「運命共同体と言っても良い存在なのだし、君の良いところも、放っておけないところもたくさん知っている」
-「この人とならやっていけそうだとも思っている…」
-「それではだめなの? 」
「うん、まあ言いたいことは解ったよ」




