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彼はおそらく、私が彼を好きなほど、私を好きではない・16

DP01-BS16



「さて、私はそろそろお暇しようかな……」

「待って、サガサン、あなたたち4人に話しておきたいことがあるの…」

「……そうですか、では皆が集まってくる頃にまたお邪魔します」


 ヨレヨレのサガサンが出て行く。

 入れ替わるようにしてメガネが入ってきた。


「嵯峨さんはお帰りになられたのですか? 」

「いえ……」

「4人に話があると言っておいたから、どこかで休憩しているのかもしれないわ」

「どのような話ですか? 」

「それは……」

「皆が集まってきてからで良いではありませんか、そちらの方が一度で済みます」

「まあ、そうですね」


 私が言い淀むと、レイナが助け舟を出してくれた。

 メガネも納得してくれたようだ。


 しばらくしてまたメガネが携帯を手に取る。


「来たようですね、では出迎えに行って来ます」


 メガネ退室。



 しばらくすると、出迎えに行っていたメガネと、安城先生、秘書の衣笠さん、神崎さん夫妻、サガサンが入ってきた。


 お見舞いの品を貰い、一通りの挨拶を終えると、安城先生がおもむろに切り出してきた。


「それで、養子のこと、考えてくれたかね」

「安城先生、性急すぎやしませんか、また次の機会でも良いのでは? 」

「お気遣いありがとうございます」

-「ですがそれには及びません、私の答えは決まっています」

-「このお話、お断りさせていただきます」

「そうか、やはり君は……」

「どのような親であれ、親は親ですので、親子関係をやめるつもりはありません」

「沙耶ちゃん、君はそれでいいのかい、ご両親とは上手くいっていないのだろう? 」

-「ホテル暮らしだと聞いたよ? 」

「……今、何もかも受け入れて両親と一緒に暮らすだけの余力はありません」

-「でも見たくないものを切り捨てて、見たいものだけを見る気もありません」

「…………」


「直人さん……」

「ああ、そうだね、解った、この話はこれまでとしよう」

-「……大人だねぇ沙耶ちゃんは…」

-「……そんな大人な沙耶ちゃんが、どうして女優を辞めようと思ったんだい? 」

「意に染まぬことを強要されて当たり前の世界に、納得がいかなかったからです」

「……沙耶ちゃん、実際に社会に出るとね、よく解るけれど、嫌なこと、意に沿わぬことなんてよくあることだよ、でも、だからって一々立ち止まったり、引き返したりしていたら立ち往生するしかなくなってしまう、前に進めないよ? 」

「では神崎さんは、最初に契約したことを反故にされても、よくあることだから諦めろと、そうおっしゃるのですか? 」

「あ、いや、そうではなく……」


「沙耶姫様はどうして最初に「蚊帳の外」の次回作の出演を断ったのだね? 」

「それは……、私にとってあまりにもメリットが無かったからです」

「メリット? 」

「はい、あの時点で私は、街を歩けば一回は変質者に絡まれる状態でした」

「それが、「蚊帳の外」が上映されたからだと? 」

「そうだと思います、嫌な思いをして映画に出演して、それで変質者に絡まれる頻度が増えるのではやっていられませんから」


「変装して街に出れば良いんじゃないの、有名人はみんなやってるよ? 」

「何故、私が、変質者(かれら)に遠慮して生きなければならないのですか、馬鹿馬鹿しい」

「しかし、そうは言っても、どうしようもないだろう…」

「ええ、何か、元から断つ方法を考えなければいけません」


「……ああ、だから女優を辞めると? 」

「はい、私が辞めれば、ファンがファンである存在意義も無くなるはずです」

「うーん、それはどうだろう」

「それは、……見通しが甘いと思うよ」

「そうですね、僕もそう思います」

「往年の歌姫なんか、死んでも毎年ファンが追悼したりしているだろう? 辞めたからといってファンがいなくなるとは思えないな」

-「ましてやサヤくんは生きているわけだからね」

「そうは言っても、公的な露出が少なくなれば、ファンは減っていくはずです、辞める意味はあります」

「……それでは変質者に遠慮しているのと同じじゃないのかな? 結局どの分野でも突出すれば、有名になるのだからね」

-「そして沙耶ちゃんのような女性であれば付加価値が付いて、結局、変質者に付け狙われることになると思うよ? 」

「ただ辞めるだけではダメだということですね…」

「……辞めるというのは、決定事項なのですか? 」

-「その、…隠し撮り映像を見た時は勢いで決めたような気がしたものですから…」

-「売り言葉に買い言葉で決めたのだったら後悔することになりますよ」

「一度決めた事を覆したくはありません」

「すでに映像になっていて、世間に知られているからバツが悪いというのは解るけど、沙耶ちゃんの年齢だったら、前言をひるがえしても許される年齢だと思うよ、方便としてでもね」


「……私の望みは精一杯生きること、それは4歳の時に私の代わりに死んでくれた、久住健宏さんのご遺族の願いでもあります」

-「私にとって「女優」は手段です、なにがなんでも就きつづけなければならない職業ではありません」

-「女優であることに不都合しか感じないのであれば、別の職業に就く自由があって良いはずです、それに……」

「それに? 」

「私は少し疲れました、今は静かに暮らしたいです」

「かーーーーっ、15歳にしてスローライフを望むとは、これは参ったね」

「ちょっと、直人さん? 」

「沙耶姫様は少し生き急ぎすぎたのかもしれないね」


「でも、ご両親とは上手くいっていないのですよね、大丈夫なのですか? 」

「ふむ、それはそうだ、何が何でも前に進む必要がないのであれば、まずは足下を固めるのも意味のある行為だ」

「…………」

-「……また裏切られるのではないか、また騙されているのではないか、そう考えながら一緒に暮らすのは億劫です」

-「……もう言ったかもしれませんが、両親の事は気力が湧いたら考えます」

「……そういえば、さっきもその話をしていましたね、蒸し返してしまって申し訳ない」


「うーん、一人では心配だな、……八井津さんではダメなのかい、まだ許せない? 」

「京子さんのことは信頼しています」

-「でも京子さんには大事なものがたくさんあります」

-「私ばかり京子さんに負担をかけるわけにはいきません」

「そうか、距離を置いてしまったのか、これは、……根が深いな」

「大丈夫です、今はレイナがいます、レイナが私をあまやかしてくれるはずです」

「は、はい、もちろんです、沙耶さん」


「村澤さんを責めるわけではないが、轡社長側だった人間だ」

-「そんなに簡単に信用して良いのかい? 」

「レイナはまだ私を裏切ってはいません、裏切られたらその時考えます」

「その考え方は危険だな、最初の裏切りが致命的だったらどうするのだね? 」

「だからといって、周囲を疑ってばかりでは生きていけません」

-「どこかで見極めなければならない」

-「その取捨選択は自分で決めます」

-「今はレイナがおかあさん代わりです」

「沙耶さん……」


「わ、私も……」

「はい? 」

「私もおかあさん代わりになります」

「せ、聖羅、何を急に…」

「だいたい直人さんはひどすぎます、こんなに頑張っている子を責め立てるばかりで……」

「なっ、それは誤解だ、俺は沙耶ちゃんを心配しているだけだ」

-「でも、そうだな、沙耶ちゃん、何が困った事があったら、いや、何も無くても気軽に相談して欲しい」

-「親子関係でなくてもいい、俺と聖羅は君を全面的に支援すると誓うよ」

「ズルイぞ、ナオトくん」

-「サヤくん、君には才能があると思う」

-「ところで毎週金曜日に駅前のパンナビル3階で私主催の勉強会を行っているのだ」

-「いつでもいい、気が向いたらでいいから来てくれ」


「……今後どう付き合うかは、私の話を聞いてからにした方が良いでしょう」

「おお、そういえば私たち4人に話したいことがあると言っていましたね」

「そういえばそうでした」


「あなたがたは私の生命を繫いでくれた、そのことには感謝しています」

-「ですが、自分たちの都合で轡社長に依頼し、私を拉致させたのも事実です」

-「これを放置すれば、私を拉致したり、誘拐しても、なんのリスクも負わなくて良い人間ということになってしまいます」

-「だから無罪放免と言うわけにはいきません」

-「聖羅さんには災難でしょうが、あなた方4人には、私の保身のために一度死んで貰う必要があります」






 門倉沙耶……15歳、女性、ダンジョンパートナーNo.1。入院中寝巻き姿。

 八井津京子……34歳、女性、ダンジョンマスターNo.80。沙耶のマネージャー。

 籐郷睦助……35歳、男性、ダンジョンパートナーNo.80。沙耶の護身術の先生。「むっつりすけべえ」先生。

 村澤レイナ……31歳、女性、ダンジョンパートナーNo.79。沙耶に仕えることにした。

 安城(あんじょう)文彦(ふみひこ)……41歳、男性、ダンジョンマスターNo.77。民確党の代議士。自身の子供たちの出来が悪いと感じており、後継者として養子に迎えるに足る子供を探していて、沙耶を見つけた。沙耶を調べ、その情報を集めるうちにどっぷり嵌ってファンになった。

 神崎(かんざき)直人(なおと)……32歳、男性、ダンジョンマスターNo.78。財界の麒麟児。安城に政治献金をする代わりに、便宜を図ってもらっていたグループ企業の会長の息子。彼自身は安城とは疎遠だった。政略結婚で嫁いで来た聖羅とは、愛を育んできたが子宝には恵まれなかった。安城が将来有望な養子を見つけたと聞いて、彼に近づき、沙耶に興味を持った。そして夫婦で沙耶の情報を集め、共有する内に二人してファンになった。

 神崎(かんざき)聖羅(せいら)……29歳、女性、ダンジョンパートナーNo.78。美男美女のおしどり夫婦。この夫婦の養子になる事が一番幸福になれる道筋だと思われます。

 嵯峨(さが)優一(ゆういち)……34歳、男性、ダンジョンマスターNo.83。元俳優の映画監督。俳優時代の代表作「江戸前評定」。沙耶のドキュメンタリー映画の映画監督を務める。

 メガネ……32歳、男性、ダンジョンマスターNo.85。本名・(さく)恭司(きょうじ)。「総会」の常連。自身の過失による医療事故を交流のあった女性看護師に庇われてから何があっても集中できず、務めていた病院も辞めた。夢中になれるものを探して門倉沙耶という存在に出会い、コアなファンになった。

 衣笠幸四郎………27歳、ダンジョンマスターNo.77の秘書。





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