第7話 それぞれの思惑
街道守備隊の詰め所は、街道沿いの小さな石造りの建物だった。
捕らえた盗賊は十二人。逃げた者が大半だったが、煙の混乱の中で身動きが取れなくなった者たちが縛り上げられていた。
ジョセフは守備隊長と並んで、その尋問に立ち会っていた。
なお、ビンは別室で治療中である。
「金塊を運んでいると聞いた」
最初の男が言った。三十がらみの元兵士風の男で、観念した様子だった。
「誰から聞いた」
「俺たちを雇った男だ。名前は知らない。酒場で声をかけてきた」
次の男も同じだった。その次も。十二人が十二人、判で押したように同じことを言った。金塊の話を聞いた。雇った男の名前は知らない。顔は覚えているが、どこの誰かはわからない。
今となっては何故そんな話を信じたのかわからないが、あの時は奪った金塊の山分けの話で盛り上がるくらいには、その男を信頼していたという。
ジョセフは腕を組んだ。
(全員が同じ話をする。つまり、嘘ではないってことか。そして、そう思わせる技術を持って、情報を統制していた誰かがいる)
単なる盗賊の仕業ではない。組織だった動きだ。しかし証拠がない。足取りも掴めない。
「輸送部隊の荷の中身は」
守備隊長がジョセフに向いた。
「金塊ではないのか」
「軍の備品と食料です。金塊などありません」
「では誰かが嘘の情報を流したということか」
「そうなります」
守備隊長は腕を組んだ。
「厄介だな。帝国内に諜報の網が張られているとすれば」
「今のところ、そこまで断定はできません」
ジョセフはそう答えながら、内心では別のことを考えていた。
(輸送部隊を狙う理由が金塊なら、情報が間違っていたで済む。だが、もし別の目的があるとすれば——)
思考の先に、砦の夜が浮かんだ。あの爆発を誰かが見ていたとすれば。
(狙われたのは俺か?ギフトを持っていることが知られ、密かに消そうとして動いている勢力がある……)
ジョセフは静かに息を吐いた。考えすぎかもしれない。だが、考えておく必要はある。
そう考えたのは、中らずと雖も遠からずといったところであった。
そして、尋問が終わり、ビンのところに顔を出す。
看病していたマルチが、ジョセフを見て敬礼をするが、ジョセフはそれを手で制した。
「いいよ」
「はい」
「で、傷の具合は?」
「隊長、俺、大丈夫です」
ビンはそう言うが、マルチは首を振った。
「後遺症は残らないそうですが、しばらくは激しい運動は出来ないとの事です」
詰所には軍医もおり、その診察結果はそういうものであった。
「まあいい。しばらくは休暇だ」
「でも、それじゃあ」
ビンは必死に訴える。
これは彼が家族に仕送りをしているためだ。怪我で軍務に就けない場合は、給料が大きく減るので、仕送りに支障をきたす。
人間の軍人はそこまでではないが、亜人の扱いの酷さゆえであった。
「そういう時のために、みんなで積み立てをしていたんだろ」
積み立てとは、給料の一部をジョセフに預けることであった。
ジョセフはこうした事態を想定し、隊のみんなで積み立てをしていたのである。互助会費のようなものであり、ジョセフの隊だけの仕組みであった。
他の部隊であれば、隊長がピンハネするので、誰も積み立てなどしない。
こんなところに信頼が現れているのである。
―――
帝都の皇宮、セシリアの執務室に報告書が届いたのは数日後だった。
守備隊からの報告は上司の承認を経て、軍の上層部にあげられた。それがやっとセシリアの手に届いたというわけである。
彼女は書面を一読して、すぐに手を止めた。
輸送部隊が街道で盗賊に襲われた。捕らえた盗賊の証言によれば、金塊を運んでいると聞いたという。しかし輸送部隊の荷の中身は軍の備品と食料であり、金塊は存在しない——。
(嘘の情報を流して襲わせた、ということね)
セシリアは書面を卓に置いた。
輸送部隊の荷の内容は、軍の管理下にある情報だ。外部の盗賊が知れるものではない。つまり誰かが意図的に嘘の情報を流し、輸送部隊を襲わせた。
目的は略奪ではない。
(ラザフォード少尉の部隊を狙った、ということでいいかしらね)
セシリアは窓の外を見た。帝都の夕暮れが、街並みを赤く染めている。
砦の件から、ずっと引っかかっていた。あの爆発。ギーレン将軍の死。偶発的な爆発という報告書。そして煤だらけの軍服の少尉。
誰かがジョセフ・ラザフォードという人間に興味を持っている。帝国の中か外か。
(放っておけない)
セシリアは侍女を呼んだ。
「第77輸送部隊の現在地と次の任務を調べてきなさい」
「はい、殿下」
侍女が下がると、執務室に静寂が戻った。
セシリアは再び報告書に目を落とした。
発煙筒による撃退、とある。ジョセフが考案した新兵器だという注釈がついていた。
(本当に、変わった少尉だ)
口の端が、わずかに動いた。
―――
帝都の外れにある小さな宿の一室で、ダニエル・プリーストリーはワインを傾けながら向かいの男を見た。
アッテンボロー。かつての大佐。今は辺境の補給基地に左遷された、落ちぶれた貴族だ。
帝都に戻ってきたのは、ダニエルが呼んだからだ。
「発煙筒の話は聞いたか」
ダニエルは静かに切り出した。
「ええ、まあ」
アッテンボローは苦い顔をした。
「輸送部隊の庶子が考えたとか。あんな小細工が評価されるとは、世も末ですな」
「小細工、か」
ダニエルはワインを一口飲んだ。
小細工ではない。あれは戦術的な発想だ。発煙による視界遮断、混乱の誘発、そして守備隊の到着まで時間を稼ぐ——状況を正確に読んだ上での判断だ。
だからこそ、腹が立った。
軍学校を優秀な成績で卒業し、ヘンリー様に目をかけていただいて、ここまで積み上げてきた。なのに、庶子の輸送部隊長が新兵器を考案したというだけで、上層部の話題をさらっていく。
それに――
「ヘンリー様はなんと」
「お怒りです」
アッテンボローが身を乗り出した。
「庶子が目立ちすぎる、家の恥だと。ダニエル殿、あなたなら何かできるのではと」
「できることはある」
ダニエルは卓にワインを置いた。
「ただし、直接手を出すのは得策ではない。発煙筒の件で名が上がっている今、ラザフォードに何かあれば疑いの目が向く」
「では」
「足を引っ張ればいい。手柄を潰す。評価を下げる。じわじわとやれば、誰も気づかない」
アッテンボローの目に、じくじくとした光が灯った。
「具体的には」
「まず、発煙筒の功績だ」
ダニエルは指を立てた。
「あれはラザフォードが考案したとされているが、証拠はない。軍の備品として開発されたものを、少尉が自分の手柄にしたという話を流せば」
「なるほど」
「次に任務だ。ヘンリー様を通じて、上に働きかける。危険な任務、あるいは手柄の立てにくい任務に回す。輸送部隊のままでいさせる」
アッテンボローはにやりとした。
「ラザフォードが死んでくれれば一番いいのですが」
ダニエルはアッテンボローを一瞥した。
「その発想が余計なことを引き起こす。感情で動くな」
「は、はあ」
アッテンボローは萎縮した。
ダニエルは内心で舌打ちした。この男は使えるが、感情的すぎる。駒として使うには、手綱を握り続ける必要がある。
「今日の話は他言無用だ。ヘンリー様にも、詳細は伝えるな。動いているということだけ報告しておけばいい」
「わかりました」
アッテンボローが頷く。その顔には、久しぶりに希望の色が浮かんでいた。
ダニエルはそれを見ながら、ワインを飲み干した。
(使えるうちは使う。用が済めば、それまでだ)
窓の外では、帝都の夜が静かに更けていった。




