第6話 街道の罠
ヴィック・モーガンは、焚き火を囲む男たちを見回した。
三十人。どこから集めたかは聞かないのが礼儀というものだ。賭場の借金を抱えた元兵士、流れ者の傭兵、食い詰めた農民崩れ。顔ぶれは様々だが、共通点がある。金のためなら人を殺せる目をしている。
「いいか」
モーガンは低い声で言った。
「明日の朝、この街道を帝国の輸送部隊が通る。荷台は四台。護衛は亜人が二十ほど」
男たちがざわついた。
「亜人か」
誰かが言った。
「化け物じゃねえか」
「亜人だからこそ、だ」
モーガンは続けた。
「人間の兵なら剣の腕が立つ。亜人は身体能力だけが頼りの獣だ。連携もない。統制もない。数で押せば崩れる」
嘘だった。モーガン自身もそれが嘘だとわかっていた。だが男たちはそれを信じたかった。
「荷台には何が」
「軍資金だ。金塊で運んでいる。帝都への送金途中だという情報がある」
焚き火の周りが静まり返った。次の瞬間、どよめきが起きた。
「本当か」
「情報源は確かだ」
また嘘だった。モーガンには上がいる。その上から渡された嘘の情報を、そのまま流しているだけだ。目的は金ではない。輸送部隊の少尉が何をするかを見ることだ。
しかしそれを男たちに言う必要はない。
モーガンはハイドロジェン王国の特務小隊隊長として、オキシジェン帝国に潜入している。
情報分析将校であるレナード・ドルトン中佐の指示を受け、ジョセフたちの輸送部隊を襲撃するために、男たちを集めたのであった。
「明朝、夜明けと同時に動く。弓は前に出すな。まず騎馬で荷台を囲め。降伏させれば血を見ずに済む」
男たちが頷いた。金の話に目が輝いている。
モーガンは焚き火から離れて、闇の中に立った。
少し離れた木立の陰に、部下が三人いる。特務の人間だ。明日は彼らと遠くから見ている。
(さて、少尉とやら。お手並み拝見といこうか)
―――
太陽が南中したのは二時間前。
マルチが荷台の御者台でふと顔を上げた。垂れた耳がぴくりと動く。
「隊長」
隣を歩いていたジョセフが振り返った。
「どうした」
「臭います。人の臭い。街道の脇、木立の中に……複数」
ジョセフはすぐに表情を引き締めた。マルチの嗅覚は信頼できる。
「何人くらい」
「わかりません。でも、多い」
ジョセフは静かに周囲を見た。街道は両側を林に挟まれており、視界が悪い。
「ダオ」
象人の大男が荷台の横から顔を出した。灰色の厚い皮膚と、小ぶりながら確かな牙が特徴だった。
「荷台を寄せろ。四台を二列に並べて壁を作れ」
「わかった」
ダオは低い声で答えた。
「タン、ノイ、ビン。聞こえるか」
返事が三方向から来た。
「タンは荷台の後ろ。ノイは右の木立を見ろ。ビンは左だ。マルチ、荷台の上に上がって全体を見ていてくれ」
「はい」
タンは熊人。
ノイは兎人。
ビンは犬人。
静かに、しかし素早く、亜人たちが動いた。
それが終わるか終わらないかのうちに、木立から人影が飛び出してきた。
―――
三十人が一斉に街道に躍り出た。
先頭は騎馬が五騎。後ろに徒歩の男たちが続く。剣、斧、棍棒。武器はまちまちだが、数は圧倒的だった。
「囲め! 抵抗すれば殺すぞ!」
先頭の男が怒鳴った。
だが荷台はすでに横並びで壁を作っており、亜人たちはその内側に収まっていた。
「弓!」
マルチが上から叫んだ。
林の奥から矢が飛んだ。ジョセフは荷台の陰に飛び込んだ。
ビンが低く唸った。犬人らしい素早さで走り、騎馬の一頭に飛びついて騎手を引きずり落とした。馬が嘶いて暴れ、後続の騎馬が崩れた。
タンが前に出た。熊人の巨体が、突っ込んできた男二人をまとめて押し返した。剣が皮膚を掠めたが、熊人の厚い体毛と脂肪が刃を止めた。
ノイが跳んだ。兎人の跳躍力で荷台の上を飛び越え、弓を持った男の背後に着地して組み伏せた。
ダオが荷台の前に仁王立ちになった。突っ込んでくる男たちを、象人の巨腕で次々と払い飛ばす。
しかし数が多かった。
「ぐっ」
ビンが矢を受けた。左肩だ。それでも倒れない。
ノイの足にも矢が刺さった。跳躍力が落ちた。
「押せ! たかが亜人だ!」
盗賊たちが勢いを取り戻した。荷台の壁が少しずつ押されていく。
ジョセフは荷台の陰で状況を見ていた。
(まずい。このままでは――)
ジョセフは考える。フロギストンの能力を使うか?と。
だが、使わない。
引火させるための火がないのである。
(別の手だ)
「マルチ! 発煙筒はあるか!」
「はい、二本!」
「両方使え! 風上から!」
マルチが荷台の荷の中から取り出した発煙筒に火をつけ、風上に向かって投げた。白い煙が広がり、街道を覆い始めた。
視界が悪くなった。盗賊たちが戸惑った。
それもそのはず。発煙筒はジョセフが考案して、最近やっと量産が始まったばかりである。
しかも、軍に優先的にまわしているため、一般には出回っていない。
硝砂と呼ばれる鉱物を酸化剤として使用し、炭粉、松脂などと混ぜて作られている。
「なんだ!」
「見えないぞ!」
その混乱の中で、遠くから馬蹄の音が響いた。
複数。速い。
煙が風に流され、視界が確保されると、盗賊たちも気が付く。
「街道守備隊だ!」
誰かが叫んだ。
「逃げろ!」
盗賊たちが散り始めた。煙の中で怒号が飛び交い、やがて足音が遠ざかっていった。
煙が薄れていくと、街道には守備隊の騎馬が十騎ほど到着していた。
―――
木立の奥で、モーガンは部下と並んで街道を見ていた。
「……ギフトは」
「使いませんでした」
部下が答えた。
「煙のでる道具と、亜人の身体能力だけです」
「そうか」
モーガンは腕を組んだ。少尉は煙の中で落ち着いていた。亜人を的確に動かした。恐怖の様子もなかった。
だがギフトは使わなかった。
「報告は?」
「ありのままを。それと、あの煙の出る道具のことも加えておけ」
「はっ」
モーガンは街道に目を戻した。守備隊が盗賊の残党を追っている。亜人の負傷者が手当てを受けている。少尉が負傷した者たちの傍に膝をついていた。
(偶然だったのか。それとも、使う必要がなかっただけか)
答えは出なかった。
―――
ドルトン中佐は報告書を読んで、細い目をさらに細めた。
ギフトの使用、なし。
発煙筒による煙幕。亜人の身体能力による防衛。街道守備隊の到着による撃退。
どこにも、砦の夜のような現象はなかった。
(使わなかったのか。使えなかったのか。それとも必要がなかっただけか。あるいは条件があるのか……)
ドルトンはペンを置いた。
疑問符は、まだ消えなかった。




