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帝国の燃素使い〜輸送部隊から始まる英雄譚〜  作者: 工程能力1.33


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第6話 街道の罠

 ヴィック・モーガンは、焚き火を囲む男たちを見回した。


 三十人。どこから集めたかは聞かないのが礼儀というものだ。賭場の借金を抱えた元兵士、流れ者の傭兵、食い詰めた農民崩れ。顔ぶれは様々だが、共通点がある。金のためなら人を殺せる目をしている。


「いいか」


 モーガンは低い声で言った。


「明日の朝、この街道を帝国の輸送部隊が通る。荷台は四台。護衛は亜人が二十ほど」


 男たちがざわついた。


「亜人か」


 誰かが言った。


「化け物じゃねえか」

「亜人だからこそ、だ」


 モーガンは続けた。


「人間の兵なら剣の腕が立つ。亜人は身体能力だけが頼りの獣だ。連携もない。統制もない。数で押せば崩れる」


 嘘だった。モーガン自身もそれが嘘だとわかっていた。だが男たちはそれを信じたかった。


「荷台には何が」

「軍資金だ。金塊で運んでいる。帝都への送金途中だという情報がある」


 焚き火の周りが静まり返った。次の瞬間、どよめきが起きた。


「本当か」

「情報源は確かだ」


 また嘘だった。モーガンには上がいる。その上から渡された嘘の情報を、そのまま流しているだけだ。目的は金ではない。輸送部隊の少尉が何をするかを見ることだ。

 しかしそれを男たちに言う必要はない。

 モーガンはハイドロジェン王国の特務小隊隊長として、オキシジェン帝国に潜入している。

 情報分析将校であるレナード・ドルトン中佐の指示を受け、ジョセフたちの輸送部隊を襲撃するために、男たちを集めたのであった。


「明朝、夜明けと同時に動く。弓は前に出すな。まず騎馬で荷台を囲め。降伏させれば血を見ずに済む」


 男たちが頷いた。金の話に目が輝いている。

 モーガンは焚き火から離れて、闇の中に立った。

 少し離れた木立の陰に、部下が三人いる。特務の人間だ。明日は彼らと遠くから見ている。


(さて、少尉とやら。お手並み拝見といこうか)


―――


 太陽が南中したのは二時間前。

 マルチが荷台の御者台でふと顔を上げた。垂れた耳がぴくりと動く。


「隊長」


 隣を歩いていたジョセフが振り返った。


「どうした」

「臭います。人の臭い。街道の脇、木立の中に……複数」


 ジョセフはすぐに表情を引き締めた。マルチの嗅覚は信頼できる。


「何人くらい」

「わかりません。でも、多い」


 ジョセフは静かに周囲を見た。街道は両側を林に挟まれており、視界が悪い。


「ダオ」


 象人の大男が荷台の横から顔を出した。灰色の厚い皮膚と、小ぶりながら確かな牙が特徴だった。


「荷台を寄せろ。四台を二列に並べて壁を作れ」

「わかった」


 ダオは低い声で答えた。


「タン、ノイ、ビン。聞こえるか」


 返事が三方向から来た。


「タンは荷台の後ろ。ノイは右の木立を見ろ。ビンは左だ。マルチ、荷台の上に上がって全体を見ていてくれ」

「はい」


 タンは熊人。

 ノイは兎人。

 ビンは犬人。

 

 静かに、しかし素早く、亜人たちが動いた。

 それが終わるか終わらないかのうちに、木立から人影が飛び出してきた。


―――


 三十人が一斉に街道に躍り出た。

 先頭は騎馬が五騎。後ろに徒歩の男たちが続く。剣、斧、棍棒。武器はまちまちだが、数は圧倒的だった。


「囲め! 抵抗すれば殺すぞ!」


 先頭の男が怒鳴った。

 だが荷台はすでに横並びで壁を作っており、亜人たちはその内側に収まっていた。


「弓!」


 マルチが上から叫んだ。

 林の奥から矢が飛んだ。ジョセフは荷台の陰に飛び込んだ。

 ビンが低く唸った。犬人らしい素早さで走り、騎馬の一頭に飛びついて騎手を引きずり落とした。馬が嘶いて暴れ、後続の騎馬が崩れた。

 タンが前に出た。熊人の巨体が、突っ込んできた男二人をまとめて押し返した。剣が皮膚を掠めたが、熊人の厚い体毛と脂肪が刃を止めた。

 ノイが跳んだ。兎人の跳躍力で荷台の上を飛び越え、弓を持った男の背後に着地して組み伏せた。

 ダオが荷台の前に仁王立ちになった。突っ込んでくる男たちを、象人の巨腕で次々と払い飛ばす。

 しかし数が多かった。


「ぐっ」


 ビンが矢を受けた。左肩だ。それでも倒れない。

 ノイの足にも矢が刺さった。跳躍力が落ちた。


「押せ! たかが亜人だ!」


 盗賊たちが勢いを取り戻した。荷台の壁が少しずつ押されていく。

 ジョセフは荷台の陰で状況を見ていた。


(まずい。このままでは――)


 ジョセフは考える。フロギストンの能力を使うか?と。

 だが、使わない。

 引火させるための火がないのである。


(別の手だ)


「マルチ! 発煙筒はあるか!」

「はい、二本!」

「両方使え! 風上から!」


 マルチが荷台の荷の中から取り出した発煙筒に火をつけ、風上に向かって投げた。白い煙が広がり、街道を覆い始めた。

 視界が悪くなった。盗賊たちが戸惑った。

 それもそのはず。発煙筒はジョセフが考案して、最近やっと量産が始まったばかりである。

 しかも、軍に優先的にまわしているため、一般には出回っていない。

 硝砂と呼ばれる鉱物を酸化剤として使用し、炭粉、松脂などと混ぜて作られている。


「なんだ!」

「見えないぞ!」


 その混乱の中で、遠くから馬蹄の音が響いた。

 複数。速い。

 煙が風に流され、視界が確保されると、盗賊たちも気が付く。


「街道守備隊だ!」


 誰かが叫んだ。


「逃げろ!」


 盗賊たちが散り始めた。煙の中で怒号が飛び交い、やがて足音が遠ざかっていった。

 煙が薄れていくと、街道には守備隊の騎馬が十騎ほど到着していた。


―――


 木立の奥で、モーガンは部下と並んで街道を見ていた。


「……ギフトは」

「使いませんでした」


 部下が答えた。


「煙のでる道具と、亜人の身体能力だけです」

「そうか」


 モーガンは腕を組んだ。少尉は煙の中で落ち着いていた。亜人を的確に動かした。恐怖の様子もなかった。

 だがギフトは使わなかった。


「報告は?」

「ありのままを。それと、あの煙の出る道具のことも加えておけ」

「はっ」


 モーガンは街道に目を戻した。守備隊が盗賊の残党を追っている。亜人の負傷者が手当てを受けている。少尉が負傷した者たちの傍に膝をついていた。


(偶然だったのか。それとも、使う必要がなかっただけか)


 答えは出なかった。


―――


 ドルトン中佐は報告書を読んで、細い目をさらに細めた。

 ギフトの使用、なし。

 発煙筒による煙幕。亜人の身体能力による防衛。街道守備隊の到着による撃退。

 どこにも、砦の夜のような現象はなかった。


(使わなかったのか。使えなかったのか。それとも必要がなかっただけか。あるいは条件があるのか……)


 ドルトンはペンを置いた。

 疑問符は、まだ消えなかった。


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