第5話 疑惑の糸
エリオット将軍に呼ばれた上級情報分析将校レナード・ドルトン中佐は、入口で一度だけ背筋を伸ばしてから中に入った。
痩せた体に几帳面に整えられた軍服。神経質そうな細い目が、室内をさっと確認する。地図、書類、卓の上の蝋燭。すべての配置を一瞬で記憶するような目だった。
エリオット将軍は卓の前に立っていた。熊のような巨体が、部屋の中で余計に大きく見える。
「ドルトン。来たか」
「お呼びとのことで」
ドルトンは卓の前に立った。将軍が無言で書類を差し出す。帝国側から入手した報告書の写しだった。
「読め」
ドルトンはすでに読んでいた。だが黙って目を通すふりをした。将軍が自分に何を求めているのかを、確認するために。
「……偶発的な爆発、ですね」
「そうだ。帝国の公式見解はそうなっている」
エリオット将軍は腕を組んだ。
「お前はどう思う」
ドルトンは書類を卓に置いた。
「状況を整理します。砦に入ったのは五千。生存者はゼロ。我々が把握できる情報は、帝国の公式報告書と、砦の外から観察した事実のみです」
「続けろ」
「外から見えたのは、夜半の爆発と火柱。篝火の火がなんらかに引火し、爆発が発生。ただ」
ドルトンは細い指を立てた。
「あの規模は、通常の篝火の引火では説明がつきません。兵糧庫や武器庫への引火があったとしても、あれほどの速さで全域に広がるものではない」
「根拠は」
「私も戦場は長い。爆発の広がり方が、あまりにも均一すぎました。まるで砦全体に何かが仕込まれていたかのように、ほぼ同時に複数箇所が燃え上がったとあります。そのようなことがありましょうか?これが敵の新兵器だとしたら、まず間違いなく侵攻してくるはずですが、そのような動きはない。防衛に特化したものである可能性はありますがね。罠という前提で考えましょう」
エリオット将軍が低く唸った。
「ギーレンは罠の確認をしていたはずだ」
「はい。あの方の流儀はよく知っています。慎重に斥候を入れ、異常なしと確認した上で全軍を砦へ入れた。それでも全滅した」
ドルトンは一拍置いた。
「つまり、斥候が見つけられない方法で、あの爆発が引き起こされた可能性があります」
「仕掛けではなく」
「仕掛けなら斥候が見つけるはずです。となれば——砦の外から、入った後に何かをした者がいる」
沈黙が落ちた。
「ギフト持ちか」
「断定はできません。証拠がない。生存者もいない。外から観察できたのは爆発の様子だけです」
ドルトンは将軍を見た。
「ただ、可能性として排除できないということです」
「帝国にそのようなギフトを持つ者がいるという情報は」
「ありません。少なくとも把握している限りでは」
ドルトンは書類を一枚手に取った。
「ただ、今回の砦を守っていたのは輸送部隊と亜人兵のみ。指揮を執っていたのはラザフォード公爵家の庶子、少尉です」
「少尉が」
エリオット将軍が眉をひそめた。
「輸送部隊の」
「はい。戦闘経験はほぼないはずです。それが、ギーレン将軍相手に砦を守り、全滅させた」
ドルトンは淡々と続けた。
「帝国の報告書では偶発的爆発とあります。しかし、その報告書を書いたのは誰か。その少尉が関与している可能性は否定できない」
将軍はしばらく黙っていた。
「調査できるか」
「時間をいただければ」
ドルトンは書類を揃えて卓に置いた。
「帝国内に伝手がないわけではありません。そのラザフォードという少尉が何者か。なぜ輸送部隊にいたのか。砦の夜に何があったのか」
「やれ」
「承知しました」
ドルトンは一礼した。
「ただ将軍、ひとつだけ」
「なんだ?」
「もしこれが本当にギフトによるものだとすれば」
ドルトンは細い目を将軍に向けた。
「我々が知らないギフトが、帝国にある。それは—――」
「わかっている」
エリオット将軍は短く遮った。
「だから調べるんだ」
ドルトンは再び一礼して、部屋を出た。
外の空気は冷たかった。国内の雰囲気は暗い。ギフト持ちの英雄を失ったことは、すでに知れ渡っている。数日後にはギーレン将軍の国葬である。これで明るくなれと言う方が無理である。
ドルトンは空を見上げた。星が出ていた。
(ラザフォード・ジョセフ。私の考えでは二度起きたことは偶然とは言えない。さて、どんな結果になりますかね)
名前を頭の中で繰り返す。感情はない。ただの、調査対象だ。
しかしその名前は、しばらく彼の頭から離れなかった。




