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帝国の燃素使い〜輸送部隊から始まる英雄譚〜  作者: 工程能力1.33


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第4話 血

 帝都に戻ったジョセフを待っていたのは、ラザフォード公爵家からの呼び出しだった。

 ジョセフは普段は官舎暮らし。公爵家には母がいるため、時折顔は出してはいる。

 また、今回のように、呼び出されることもたまにはあった。

 ただし、敷居が高いというか、寄り付きたくないという気持ちが強い。


 公爵邸の応接間は広く、天井が高かった。調度品のひとつひとつが、平民の一年分の給金に相当するような部屋だ。ジョセフはそこに通され、向かいのソファに座る二人の男を見た。


 長男のエドワードは三十手前で、父親に似た整った顔立ちをしていた。物腰は柔らかく、口元には常に薄い微笑みが浮かんでいる。一見すると温厚な貴族の嫡男に見えた。

 次男のヘンリーは二十代半ばで、体格がよく、顔に感情が出やすいタイプだった。ジョセフが部屋に入った瞬間から、すでに不快そうに眉をひそめている。


「ジョセフ。久しぶりだね」


 エドワードが先に口を開いた。


「兄上。ご無沙汰しております」

「戦場から戻ったと聞いて、父上がお会いになりたいと。まあ、輸送部隊とはいえ、無事でよかった」


 無事でよかった、という言葉の裏に、何かが滲んでいた。輸送部隊とはいえ、という一言が、さりげなく刺さるように置かれていた。


「おかげさまで」


 ジョセフは表情を変えずに答えた。


「それにしても、聞いたよ。ギーレン将軍を相手に砦を守ったとか。いや、逃げ出したんだってね。まったく、偶然とは恐ろしいものだね。爆発が起きなければどうなっていたか」


 エドワードはにこやかに言った。偶然。その一言に、すべての功績を消す意図が込められていた。


「全くです。運がよかった」


 ジョセフはあっさりと同意した。

 その返答に、エドワードが一瞬だけ表情を揺らした。反論を期待していたのかもしれない。だが次の瞬間にはまた笑顔に戻っていた。


「謙虚なのはいいことだ。ただ、あまり目立つのも考えものだよ。家のことを考えると、ね」

「肝に銘じます」

「あと、亜人の部隊を率いたというのも……父上は少し気にしておられた。ラザフォードの名がそういう形で広まるのは、いかがなものかと」


 その言葉が終わる前に、ヘンリーが口を挟んだ。


「兄上、回りくどい」


 ヘンリーはジョセフを真っ直ぐに見た。隠す気がまるでない、剥き出しの敵意だった。


「お前は庶子だ。母親は平民で、父上が哀れんで認知してくださっただけの存在だ。それが戦場で目立ったからといって、調子に乗るなよ。家の格を汚す気か」


 部屋が静まり返った。

 ジョセフはヘンリーを見た。怒りもなく、傷ついた様子もなく、ただ静かに。


「おっしゃる通りです」

「……それだけか」

「他に何かありますか」


 ヘンリーは拍子抜けしたように黙った。怒鳴り返してくることを期待していたのだろう。感情的な反応を引き出せなければ、攻撃は空振りになる。

 エドワードが咳払いをした。


「まあ、父上もお待ちだ。行こうか」


 立ち上がる兄二人の背中を見ながら、ジョセフは静かに息をついた。

 別に、傷つかないわけではない。ただ、怒るだけの気力が惜しかった。前世でも理不尽な上司はいた。怒鳴り返しても何も変わらないことを、体で知っていた。

 受け流すのは、諦めではない。

 ただの、省エネだった。

 これが実家に足が向かない理由であった。



―――



 同じころ、皇宮の一室では全く別の戦いが繰り広げられていた。


 セシリアとアントワネットが向かい合っている。テーブルを挟んで、茶器が二つ。湯気が静かに立ち上っているが、室内の空気は凍りついていた。


「セシリア。最前線に出たそうね」


 アントワネットが先に口を開いた。姉の声は穏やかで、しかし言葉の芯に棘があった。


「はい。必要と判断しました」

「皇族が前線に出る必要が、本当にあった? それとも、何か別の目的が」

「戦況の確認です。エリオット将軍とギーレン将軍が同時に動いた。ギフト持ちが二人、それぞれの戦場にいた。放置できる状況ではありませんでした」

「なるほど」

 アントワネットは茶器を持ち上げた。


「それで、砦の件は。偶発的な爆発で敵将が死んだとか」

「そのように報告しています」

「随分と都合のいい偶然ね。いや、貴女が敵将と戦わなくてよかったと言うべきかしら?」


 セシリアは答えなかった。


「ラザフォード公爵家の庶子が指揮を執っていたそうね。輸送部隊の少尉が」


 アントワネットは茶を一口飲んだ。


「あなたが随分と気にかけているとか」

「報告書に必要な事実を記録しただけです」


 一瞬の間が出来る。


「そう」


 アントワネットは微笑んだ。姉妹で同じ顔をしているのに、笑い方がまるで違った。


「でも、あなたが庶子ひとりを記憶に留めるのは珍しいと思って」

「姉上こそ、なぜそれほど気にかけるのですか」


 今度はアントワネットが答えなかった。

 沈黙が数秒続いた。どちらも、表情を変えない。


「帝国のためよ」


 アントワネットがやがて言った。


「皇位継承者として、帝国の利益を最優先に考えるのは当然でしょう」

「私も帝国のために動いています」

「方向性が違うかもしれないけれど」

「それは姉上の判断です」


 アントワネットはしばらくセシリアを見ていた。それから静かに茶器を置いた。


「ひとつだけ言っておくわ、セシリア」

「はい」

「皇族が特定の人間に肩入れすると、その人間が政治の道具になる。それは、その人間のためにならない」


 セシリアは一瞬だけ、何かを考えるように目を伏せた。


「……忠告、受け取ります」

「よかった」


 アントワネットは立ち上がり、扉へと向かった。その背中に、セシリアは静かに言葉を添えた。


「姉上も、お気をつけて。政治の道具を増やしすぎると、どこかで手が足りなくなります」


 アントワネットの足が、一瞬だけ止まった。

 しかしすぐに動き出し、扉が閉まった。

 残されたセシリアは、冷めかけた茶を見つめた。

 脳裏に、煤で汚れた軍服の少尉の横顔が浮かんだ。それをすぐに、意識の外へと押しやった。


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