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帝国の燃素使い〜輸送部隊から始まる英雄譚〜  作者: 工程能力1.33


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第60話 火葬の準備

 フェルゼンブルクは、静かだった。

 人の声がない。荷車の音がない。犬の鳴き声も、子供の笑い声も、厨房から漂う食事の匂いも、何もない。

 石畳の広場に風が吹き抜け、誰もいない露店の布をはためかせた。扉の開いたままの家がある。急いで出ていったのだろう、水桶が道の真ん中に置き去りにされていた。


 ジョセフは荷台から降り、広場を見回した。


「……本当に誰もいない」


 ビンが呟いた。


「殿下の退避命令、ちゃんと行き届いたんですね」

「ああ」


 ジョセフは風の向きを確認した。頬に当たる感触。木の葉の揺れ方。

 北西から吹いている。予報通りだった。


「藁は北西部に置く。この時期の風を使う」


 オキシジェン帝国、いや、ジョセフにとって幸いなのは、この時期は北西の風がふくことである。南から攻めてくる敵にしたいして、風上を取ったうえでの火計は効果が大きくなる。


 隊員たちが荷台から藁の束を降ろし始めた。

 ビンが一束を抱えながら、ジョセフに聞いた。


「……隊長」

「なんだ」

「本当に、ここを燃やすんですか」


 石畳。古く歴史のありそうな家々。何百年も人が暮らしてきた街並み。

 ビンはその景色を見ながら言った。声に責める気持ちはなかった。ただ、確認したかっただけのようだった。


 ジョセフは頷いた。


「火は死なない兵士だから。僕らが直接敵と戦うより、よっぽど良いだろ?」


 ビンは少し黙った。


「……承知しました」


 それだけ言って、藁を抱えて歩き始めた。



―――



 クリプトン帝政軍の先頭部隊から、報告が上がってきた。


「将軍。フェルゼンブルク、もぬけの殻とのことです」


 副官が言った。

 オズウィンは馬上で、しばらく黙っていた。


「もぬけの殻」

「はい。城門は開いており、城壁の上に見張りの姿もなく、住民の気配もないと」


 オズウィンは前方を見た。地平線の向こうに、フェルゼンブルクの城壁の影がある。


(怪しい。露骨すぎる)


 オズウィンは訝しんで、進行方向を眺めた。

 フェルゼンブルクよりも守りに向いた場所など、この地域には存在しない。帝国がここを捨てるとは考えにくい。しかも、交通の要衝でもある。

 仮に、帝国が反攻作戦を計画していたとしても、フェルセンブルクを自分たちがおさえていれば、物資の輸送にも大きく影響する。

 それに、取り返そうとすれば多大な被害を生じるはず。


 しかし、そんな重要な場所が無人だという。

 罠だ、とオズウィンは思った。疑う余地がなかった。


 だが――


「城塞都市を、無血で占拠できる」


 オズウィンは静かに言った。副官が聞いた。


「将軍?」

「罠ならば、罠ごと食いちぎる」


 たとえ罠だとしても、自分のギフトなら乗り越えられると考えた。

 それに、ここを見逃せば、戦後に何を言われるかわかったものではない。

 そうしたことから、オズウィンは馬を進めた。


「全軍、進め。城内に入ったら警戒を怠るな。しかし、止まるな」


 副官は一瞬だけためらった。しかし、オズウィンの背中を見て、頷いた。


「はっ」


 クリプトン帝政軍が、フェルゼンブルクへ向けて動き始めた。



―――



「隊長」


 マルチが言った。


「みんなを下がらせてから、隊長も一緒に出るんですよね」


 ジョセフは北西の建物に最後の藁束を置きながら答えた。


「僕はもう少し残る。火をつけてから出る」

「なら、私も残ります」


 ジョセフはマルチを見た。


「マルチまで残る必要はない」

「隊長一人を残して下がれるわけがないじゃないですか」


 マルチは譲らなかった。

 ジョセフは少し考えた。マルチの目を見た。説得できる目ではなかった。


「……わかった。マルチだけだ。他の全員は、セシリア殿下たちのところまで下がれ」


 ビンたちは顔を見合わせた。


「隊長と副官だけ残して……」

「俺が火をつけたら、すぐに出る。マルチと二人ならむしろ動きやすい。心配するな」


 ジョセフはビンの肩を叩いた。


「お前たちは殿下のところで待っていてくれ。終わったら合流する」


 ビンはまだ何か言いたそうだったが、結局頷いた。


「……わかりました。絶対に来てくださいよ」

「ああ」


 隊員たちが城門の方へ歩き始めた。ジョセフはその背中を見送った。


 静かになった。

 マルチとジョセフの二人だけが、街に残った。

 マルチはジョセフの顔を見る。


「ここには二人だけ。そろそろ、ギフトをどう使うのかを教えてもらえますか?」

「わかったよ」


 ジョセフは火災旋風についてマルチに説明を始めた。


 北西の風が、変わらず吹いていた。


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