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帝国の燃素使い〜輸送部隊から始まる英雄譚〜  作者: 工程能力1.33


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第58話 進軍

 クリプトン帝政軍の野営地は、整然としていた。

 天幕が規則正しく並び、兵士たちは持ち場を離れない。武器の手入れをする者、食事の準備をする者、見張りに立つ者。それぞれが黙々と動いている。無駄口が少ない軍だった。


 オズウィン・ドレヴは天幕の中で地図を広げていた。


「報告します」


 副官が入ってきた。


「フェルゼンブルクに帝国軍が防衛線を敷いている模様です。指揮官はセシリア・フォン・オキシジェン皇女との情報があります」


 オズウィンは地図から目を上げなかった。


「ギフト持ちか」

「はい。凍てつくギフト、氷を操ると言われています」


 オズウィンは少し考えた。

 連合軍のギフト持ちはエリオット将軍と自分。帝国はそのそれぞれにギフト持ちを当ててくるだろうと予想していた。

 二択であり、どちらが来てもいいように、戦い方を想定しながら進軍してきたが、相手がセシリア皇女ならばやりやすいと安堵する。

 水と氷。相性の問題は承知していた。むしろ、同系統のギフト持ちが相手の方が、読みやすい。


「もう一点」


 副官が続けた。


「昨日、第三中隊の兵士二名が、街道沿いの民家から物品を持ち出したとの報告がありました。既に処分済みです」

「わかった」


 オズウィンは答えた。それだけだった。

 副官は少し迷ってから言った。


「将軍、厳しすぎるという声が一部から……」

「略奪は厳罰だと、出発前に全員に伝えた」


 オズウィンは地図に目を戻した。


「我々がこれから支配する土地だ。民に恨みを買ってどうする。傷をつけずに手に入れた領地と、焼いて奪った領地では、その後の統治が全く違う。兵士にそれがわからないなら、軍にいる資格がない」


 副官は黙って頭を下げた。

 徴兵された兵士たちの楽しみは略奪というのは、この世界の常識であった。

 戦争に参加し、得たものは自分のものとなる。それは略奪でも。

 だから、徴兵されても従うのであるが、それが無ければ士気は下がる。

 ただし、今回は帝国の領土を大きく切り取ることができる可能性が高く、末永く統治するのであれば、略奪はマイナスとなる。

 オズウィンはそれを皇帝から言われており、兵士たちにも徹底していた。


「フェルゼンブルクまで、あと二日だ。兵の状態を整えろ」

「はっ」


 副官が出ていった。


 オズウィンは一人、地図を眺めた。

 フェルゼンブルク。帝国南東の要塞都市。堅牢な城塞だが、水を制すれば攻略の道はある。城壁の外を流れる川を使えば、内部への浸水も不可能ではない。


 オズウィンは静かに、作戦の続きを考えた。



―――



 帝都から離れた町の、ある教会だった。


 石造りの建物の中は、薄暗かった。

 ステンドグラスから差し込むはずの光は、割られた窓から入る風に揺れる埃の中に消えていた。祭壇は荒らされ、什器は持ち出されていた。床に、壊れた燭台が転がっている。


 エドワード・ラザフォードは、祭壇の跡に腰を下ろしていた。


「ジョセフが、フェルゼンブルクに向かったらしいな」


 エドワードは弟であるヘンリーに言った。


「ああ」


 ヘンリーは窓の外を見ながら答えた。


「セシリア殿下に呼ばれたとか。消臭剤ごときで殿下に気に入られるとは、運のいい男だ」

「運がいいんじゃない。あざとい男なんだ」


 エドワードは吐き捨てた。


「庶子のくせに、少しばかりの手柄があるからと調子に乗りやがって。死ねばいいのに」

「まあ、前線に出れば何が起きるかわからん。父上の温情で安全な輸送部隊に配属されているが、それでも戦場に行くことは変わりない。俺たちみたいに、絶対に戦場に出ない青い血とは違う」


 ヘンリーは薄く笑った。


「クリプトン帝政軍は精強だ。運よく生き残ってきた男も、本物の戦場でどこまで持つか」


 廊下の奥から、声がした。


「お、お願いです……っ、ここは神聖な場所です、どうか……」


 老いた男の声だった。震えていた。

 エドワードは立ち上がり、廊下に向かった。


 柱の陰に、聖職者の男が座り込んでいた。白髪で痩せた老人だった。両手を前に差し出し、目に涙を浮かべていた。


「ここにあるものは、信者の方々が神への捧げものとして……私有財産ではないのです……どうか、どうか……」

「神への捧げものか」


 エドワードは老人を見下ろした。


「ならば、俺が接収しても問題ないな。お前らの信じている神は偽物だ。いや、信仰が偽物だと帝国が認定したのだからな」

「そ、そんな……っ」


 エドワードは剣を抜いた。

 老人は目を見開いた。


「お待ちを、お待ちください、神はこのような……ウランの御名において、どうか――」


 刃が、一度だけ動いた。

 廊下が静かになった。

 エドワードは剣を払い、鞘に収めた。表情を変えなかった。祭壇の跡に戻り、再び腰を下ろした。


「続きを話そう」


 ヘンリーは廊下の方を一度だけ見た。それから、窓の外に目を戻した。


「……ジョセフが死ぬのはいいとして、侯爵閣下はどう動くかだ。ルドルフ殿下が簡易とはいえ戴冠された。アントワネット殿下も動かねば、相手の体制が盤石となる」

「だからこそ、こうして資金集めをしているんだがな。閣下もそろそろ我らに計画を打ち明けてくれてもよいのに……」


 二人は頷いた。


「我がラザフォード家は、常に帝国の中枢にいる必要がある」


 エドワードがそう言った時、割れた窓から、風が入ってきた。

 燭台が、床の上で小さく転がった。


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