↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝国の燃素使い〜輸送部隊から始まる英雄譚〜  作者: 工程能力1.33


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/103

第57話 フェルゼンブルク

 荷台の上に、藁が積まれていた。

 ビンは首を傾げながら、それを眺めていた。


「……隊長」

「なんだ」

「今回の積み荷、藁ですよね」

「そうだ」

「なんで藁なんですか。食料でも武器でも資材でもなく」

「輸送命令だからだ」

「そりゃそうですけど」


 ビンは藁の束をつついた。


「こんなもん、何に使うんですかね」

「さあな」


 ジョセフは素知らぬ顔で荷台の固定を確認した。

 マルチが隣に来て、小声で言った。


「隊員たちには、まだ言わないんですか」

「街道に出てからだ。人目がある場所で話すことじゃない」


 マルチは頷いた。それ以上聞かなかった。



―――



 街道を半日ほど進んだところで、ジョセフは隊列を止めた。

 前後左右、人の気配がない。街道の両脇には野原が広がるだけだ。風が草を揺らしている。空は青く晴れ渡り、鳥が飛んでいた。


「全員、集まれ」


 ジョセフは隊員たちを呼んだ。七人が荷台の周りに集まった。


「目的地はフェルゼンブルクだ。それは知っている通り。しかし、今回の任務はただの輸送じゃない」


 隊員たちの表情が変わった。


「クリプトン帝政軍が南東から進軍してくる。フェルゼンブルクが最初の防衛線になる。俺たちはその防衛に参加する」

「防衛、ですか」


 ビンが首を傾げた。


「輸送部隊が防衛任務に?」

「防衛任務といっても、直接戦うわけじゃない。今運んでいる藁を使って、街の中で火を起こして、敵を一掃する」


 沈黙があった。


「……街ごと、燃やすんですか」


 タンが言った。声が少し上ずっていた。

 ダオやノイたちも声は出さないが、露骨に嫌そうな顔をする。


「そうだ。だから積み荷が藁なんだ。燃料だ」


 ビンが藁の束を見た。それから、ジョセフを見た。それから、また藁を見た。


「……なるほど」


 妙に感心した声だった。


「でも、住民は?街の人たちはどうなるんですか」


 ダオが聞いた。


「セシリア殿下が退避指示を出しているはずだ。今頃、住民の避難が進んでいる」


 隊員たちは顔を見合わせた。

 ジョセフは続けた。


「危険な任務じゃない。フェルゼンブルクの街にこれを運んだら、みんなは街の外に退避。俺だけ残って風上で火をつける」


 しばらく誰も言わなかった。


「……行きます」


 最初に口を開いたのはビンだった。


「隊長が燃やすんなら、ちゃんと燃えるように準備しないと」


 笑いが起きた。張り詰めていた空気が、少し緩んだ。

 他の隊員たちも、順に頷いた。

 マルチは最初から頷いていた。当然のような顔で。


 ジョセフは一度、全員の顔を見た。


「ありがとう。行くぞ」



―――



 フェルゼンブルクの城門は、重厚だった。


 何百年もの風雨に晒された石造りの壁が、空に向かって伸びている。城壁の上には見張り台が並び、遠くからでも要塞としての威圧感がある。帝国南東部を長年守ってきた、その歴史が石の色に染み込んでいるようだった。


 セシリアは城門の前に立ち、避難の列を眺めていた。


 住民たちが、荷物を抱えて城門から出てくる。老人。子供。荷車を引く男。乳飲み子を抱えた女。一人一人が、それぞれの荷物を持って、それぞれの足で歩いていた。


「爺――。いや、ヴィクター・ハルム将軍」


 セシリアは隣に立つ老将に声をかけた。


「はっ」


 ヴィクター・ハルムは背筋を伸ばした。七十に手が届こうかという年齢だが、体つきは頑健で、目に衰えがない。長年セシリアの副官を務めてきた老将だった。


「避難の進捗は」

「現在、住民の六割ほどが城外に出ました。残りは日没までには完了する見込みです」

「わかった」


 セシリアは城壁を見上げた。


「……この街を燃やすのは、惜しいですな」


 ハルムが静かに言った。感傷ではなく、事実を述べるような口調だった。


「帝国南東の要。何百年も敵を退けてきた城塞だ。これを自ら焼くとは」

「人の命に比べれば安いものだ」


 セシリアは城壁から目を離さずに答えた。


「街だけあっても、帝国は滅びる。人さえあれば、帝国は続いていける」


 ハルムは少し黙った。


「殿下のお言葉、肝に銘じます」

「まあ、こちらの作戦がうまくいけばの話だがな」


 セシリアは短く息を吐いた。


「我々も街から出て、近くに潜んで状況を見ます。しかし、本当に火であのオズウィン・ドレヴを倒せるのですか?」


 ハルムは率直に聞いた。


「水使いに火で対抗するとは、私には理解が及ばんのですが……」

「私にも完全にはわからない」


 セシリアは答えた。


「しかし、ラザフォード少尉の炎は普通の炎ではないらしい。水で消えない理屈があると言っていた。信じるしかない」

「信じる、とは」

「頼んだのは私だ。ならば信じる。それだけだ」


 ハルムはそれ以上聞かなかった。



―――



 避難の列の中に、一組の家族がいた。

 祖父と、母と、幼い女の子。女の子は七つか八つ。母親に手を引かれながら、城壁を振り返っていた。


「ねえ、お母さん」


 女の子が言った。


「あの壁があれば大丈夫じゃないの? 分厚いし、高いし、悪い人たちだって入ってこられないよ」


 母親は答えなかった。足を止めずに歩き続けた。

 横を歩いていた祖父が、城壁を見上げた。


「昔、悪い外国の兵隊から街を守ったんじゃがな、あの壁は」


 祖父は言った。皺の刻まれた顔に、懐かしむような表情があった。


「わしが若い頃にも、一度、大きな戦があった。あのときも、外からぐるりと囲まれてな。しかし、あの壁のおかげで、誰も入ってこれなかった。三月持ちこたえて、援軍が来た」

「じゃあ、今回も中にいれば――」


 少女は振り返り、高くそびえる壁を見た。


「さあ、急ぐわよ」


 母親が言った。女の子の手を引く速度が少し上がった。


「お城が守ってくれるとか、そういう話は後でいいから。今は歩く」

「でも――」

「歩く」


 女の子は唇を尖らせたが、足を動かした。

 祖父は城壁を最後にもう一度見て、それから孫の小さな手を取った。


「いつかまた帰って来られるさ」


 誰に言うでもなく、そう呟いた。

 避難の列は続いた。

 城壁の影が、少しずつ遠ざかっていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。