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帝国の燃素使い〜輸送部隊から始まる英雄譚〜  作者: 工程能力1.33


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第51話 消臭剤と皇女

 ジョセフ達は待機命令が続いていた。

 することがない。装備の手入れも終わった。荷台の点検も終わった。訓練もひと通りこなした。


 そんな時、ビンが軍靴を脱いで、そのまま固まった。


「……くさい」

「自分の靴だろう」


 とタン。


「わかってる。でも、くさい。なんでこんなにくさいんだ」

「長距離を歩いて、雨にも濡れて、毎日履いているからだ」


 とダオ。

 これは古今東西、どこの軍隊でも起こっている問題である。

 革で出来た通気性の悪い軍靴が抱えるものだ。


「解決策はないんですかね」


 とビン。


「洗え」


 とノイ。


「洗ってもすぐにくさくなる」


 全員が黙った。反論できなかった。

 そんな会話を聞いていたジョセフは軍靴を眺めながら、少し考えた。


(そういえば……)


 前世の記憶の片隅に、何かがあった。消臭。抗菌。ミョウバン。タルク。ハーブ。


「ちょっと待ってくれ」




―――



 ジョセフが材料を調べ始めると、意外とすんなり揃った。

 ミョウバンはオキシジェン帝国で産出される鉱物だ。染色や革なめしに使われているので、市場で普通に手に入る。

 タルクも同様で、化粧品の材料として流通していた。

 ラベンダーは近くの野原に自生していた。タイムとローズマリーは料理用として厨房に常備されていた。


「何を作るんですか?」


 とマルチ。

 そろえた材料を前に、腕組みをしているジョセフに問いかけた。


「消臭剤だよ。靴の中に入れるやつ」

「そんなものが作れるんですか」

「作れるかどうかやってみる」


 ジョセフは乳鉢を借りてきた。ミョウバンを細かく砕き、タルクと混ぜる。乾燥させたラベンダーとタイムとローズマリーを刻んで加える。よく混ぜ合わせて、小さな布袋に詰めた。


「これを靴の中に入れておく。ミョウバンが菌を抑えて、タルクが湿気を吸う。ハーブが臭いを和らげる」

「本当に効くんですか」


 とビン。


「前世……いや、異国の書物で読んだことがある。試してみよう」



―――



 翌朝、ビンが目を丸くした。


「くさくない」

「本当か」


 とタン。


「本当だ。全然くさくない。これすごくないですか隊長」


 全員が自分の靴を確認した。効果は明らかだった。

 マルチがジョセフを見た。


「隊長、これ売れますよ」

「面倒だからいい」

「でも材料費を考えると、かなり安く作れます。軍の需要だけでも相当な数になりますよ」

「面倒だからいい」

「隊長」

「面倒だからいい」


 マルチはため息をついた。

 ナムが手を挙げた。


「私、作るの手伝います。売るかどうかは隊長が決めればいいですが、部隊の分だけでも作っておきたい」

「ナムが言うなら」

「俺もやる」


 と全員が賛同した。

 結局押し切られる形で、ジョセフも首を縦にふる。


「作っておこうか」


 とジョセフ。

 マルチはまたため息をついた。めんどくさがりなのはわかっていたが、みすみす儲け話を棒に振るようなことに呆れたのである。

 だからといって、嫌いになるわけではないが。



―――



 数日後、ジョセフはセシリアへの定期報告のついでに、小袋をいくつか持っていった。


「殿下、これをお渡ししたくて」


 セシリアは小袋を受け取った。


「なんだ」

「消臭剤です。靴の中に入れると臭いが和らぎます。部隊で作ったもので、よければお試しください」


 セシリアは小袋を開けて、中を見た。それからカリナを見た。


「カリナ」

「はい」

「試してみろ」

「……殿下の靴に、でございますか」

「そう――」


 セシリアはそこでハッとして言葉を止める。

 そして、慌てて取り繕った。


「そういえば、部下でも足が臭いのがいたであろう。あやつに試してみよ」


 カリナは少し黙った。それから、静かに一礼した。

 翌日、カリナから返事が来た。

 ジョセフが次にセシリアに会いに行くと、セシリアは開口一番言った。


「ラザフォード」

「はい」

「あれを大量に頼む」


 ジョセフは少し間を置いた。


「……どのくらいですか」

「百袋」

「百袋!?」

「多いか?」

「多いです」


 セシリアはわずかに目を逸らした。


「……皇宮の衛兵にも配る予定だ」

「なるほど」

「それだけだ。他に理由はない」

「それならば、レシピを軍に報告します。我が部隊が暇なときに作るだけでは足りませんので」


 ジョセフは真顔で答え、細かくは追及しなかった。

 後ろでカリナが、静かに目を伏せた。


 宿営地に戻ったジョセフは、マルチに言った。


「百袋作ってくれ」


 マルチは目を丸くした。


「売れたんですか」

「売ったわけじゃないけど、発注が来た」

「誰からですか」

「殿下だ。でも、レシピは軍に公開するよ。僕らだけじゃとてもじゃないけど手が足りない」


 マルチは少し考えた。それから、何かを察したような顔をした。しかし、口には出さなかった。


「……わかりました。ナムと一緒に作ります」


 ビンが遠くから声を上げた。


「隊長、売れたんですか?」

「売れ過ぎたよ。だから、レシピを軍に公開することにした」

「ええ!?折角の儲け話を!みんなで除隊して、これで食っていけるって話していたのに……」

「ああ、そういう生き方も悪くなかったね」

「そうですよ!それを軍に公開だなんて!もう、商売にならないじゃないですか!」


 ビンの悲鳴と焚き火の煙が、夜空に上がっていった。


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