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帝国の燃素使い〜輸送部隊から始まる英雄譚〜  作者: 工程能力1.33


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第49話 口封じ

 貴族の別荘は、森の中にひっそりと建っていた。

 ヴァルター男爵の別荘だ。帝都から馬で半日ほどの距離にある。男爵は高齢で、もう何年もここを使っていない。管理人も年に一度来るだけだ。


 そこに、十人ほどの男たちが身を潜めていた。

 ダニエル。アッテンボロー。そして、司祭暗殺を実行した残りの者たち。

 アッテンボローは世話係として動いていた。食事の準備、薪の補充、見張りの割り振り。表向きは淡々とこなしていた。


―――


 居間で、男の一人が新聞を広げていた。

 帝都から届いた、数日前の紙面だ。一面に大きく書かれていた。


「ラドン教使者、国境付近で殺害――帝国、犯人捜索を急ぐ」


 男はその紙面を見ながら、手が震えていた。


「……神罰が下る」


 男が呟いた。

 他の者たちが顔を上げた。


「大丈夫だ」


 別の男が言った。


「俺たちがやったとは誰も知らない。証拠もない」

「でも、神様は知っている。ラドン教の司祭だぞ。神の使者だぞ。こんな大罪を犯して――」

「落ち着け」

「落ち着けるか! 俺は地獄に落ちる。絶対に落ちる」


 男の声が裏返った。


 他の者たちは黙った。大丈夫だと言い聞かせながら、その言葉が自分自身に向けられていることを、誰もが知っていた。

 ダニエルは窓際に立ったまま、その様子を見ていた。

 頭の中で、グレアムの言葉が蘇った。


(暗殺でまともな精神じゃなくなった奴は、簡単に口を割る。楽になりたくて、誰かに話したくなる。そういうものだ)


 ダニエルはアッテンボローを見た。

 目が合った。

 アッテンボローは小さく頷いた。



―――



 夕方、アッテンボローが厨房から声を上げた。


「食事ができましたよ。食堂へどうぞ」


 男たちが立ち上がった。震えていた男も、促されて席についた。

 テーブルに並んだのは、シチューとパンだ。湯気が立っている。


「食べれば落ち着く」


 ダニエルは静かに言った。


「腹が減っているから、余計なことを考える。飯を食って満腹になれば、つまらぬ考えも消えるぞ」


 男たちは黙って食べ始めた。

 ダニエルとアッテンボローは、自分たちの皿には手をつけなかった。それを気にする者はいなかった。

 しばらくして、最初の一人が船を漕ぎ始めた。続いて、また一人。気づけば、テーブルを囲む者たちが次々と頭を垂れていた。


 静寂が落ちた。


 アッテンボローが小声で言った。


「……うまくいきましたね」


 ダニエルは答えなかった。

 立ち上がり、厨房へ向かった。そこから油の入った桶を持ってきた。


 別荘が燃え始めたのは、夜の帳が降りた頃だった。

 森の中で、炎が静かに広がった。

 ダニエルとアッテンボローは、すでに馬で別荘を離れていた。

 振り返らなかった。



―――



 翌朝、憲兵隊が現場に到着したのは、近隣の農夫が煙を見て知らせたからだった。

 憲兵隊長のブルーノ・ザイフェルトは、焼け跡を前にして額に手を当てた。


「……何人だ」


 部下が答えた。


「確認できたものだけで八人です。焼け方が激しくて、まだ正確には」

「八人か」


 ザイフェルトは繰り返した。


「ここはヴァルター男爵の別荘だな」

「はい。しかし、男爵は数年来ここを使っていないと聞いております」

「使っていない別荘に、八人の焼死体」


 ザイフェルトは焼け跡を見渡した。建物の骨格だけが残っている。中から人が逃げた形跡はなかった。


「火の回り方が速すぎる。外から油でも撒いたのか」

「可能性はあります」

「つまり、誰かが中にいる者を意図的に」


 部下は黙って頷いた。


「男爵に話を聞く必要があるな。ただ、男爵がここに人を入れたとも思えない。無断で使われていたのか、あるいは……」

「鍵が壊されていたとしたら、男爵は無関係かもしれません」

「そうなれば、手がかりがない」


 ザイフェルトはため息をついた。


「焼死体の身元を調べろ。それと、男爵には丁寧に事情を聞け。無関係な貴族に余計な恨みを買うな」

「はい」


 部下が散っていった。

 ザイフェルトは焼け跡を見続けた。


(ラドン教使者の暗殺。その直後に、森の中の別荘で集団焼死。関係がないとは思えないが……)


 しかし、証拠はなかった。

 朝の光が、焼け跡を静かに照らしていた。


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