第49話 口封じ
貴族の別荘は、森の中にひっそりと建っていた。
ヴァルター男爵の別荘だ。帝都から馬で半日ほどの距離にある。男爵は高齢で、もう何年もここを使っていない。管理人も年に一度来るだけだ。
そこに、十人ほどの男たちが身を潜めていた。
ダニエル。アッテンボロー。そして、司祭暗殺を実行した残りの者たち。
アッテンボローは世話係として動いていた。食事の準備、薪の補充、見張りの割り振り。表向きは淡々とこなしていた。
―――
居間で、男の一人が新聞を広げていた。
帝都から届いた、数日前の紙面だ。一面に大きく書かれていた。
「ラドン教使者、国境付近で殺害――帝国、犯人捜索を急ぐ」
男はその紙面を見ながら、手が震えていた。
「……神罰が下る」
男が呟いた。
他の者たちが顔を上げた。
「大丈夫だ」
別の男が言った。
「俺たちがやったとは誰も知らない。証拠もない」
「でも、神様は知っている。ラドン教の司祭だぞ。神の使者だぞ。こんな大罪を犯して――」
「落ち着け」
「落ち着けるか! 俺は地獄に落ちる。絶対に落ちる」
男の声が裏返った。
他の者たちは黙った。大丈夫だと言い聞かせながら、その言葉が自分自身に向けられていることを、誰もが知っていた。
ダニエルは窓際に立ったまま、その様子を見ていた。
頭の中で、グレアムの言葉が蘇った。
(暗殺でまともな精神じゃなくなった奴は、簡単に口を割る。楽になりたくて、誰かに話したくなる。そういうものだ)
ダニエルはアッテンボローを見た。
目が合った。
アッテンボローは小さく頷いた。
―――
夕方、アッテンボローが厨房から声を上げた。
「食事ができましたよ。食堂へどうぞ」
男たちが立ち上がった。震えていた男も、促されて席についた。
テーブルに並んだのは、シチューとパンだ。湯気が立っている。
「食べれば落ち着く」
ダニエルは静かに言った。
「腹が減っているから、余計なことを考える。飯を食って満腹になれば、つまらぬ考えも消えるぞ」
男たちは黙って食べ始めた。
ダニエルとアッテンボローは、自分たちの皿には手をつけなかった。それを気にする者はいなかった。
しばらくして、最初の一人が船を漕ぎ始めた。続いて、また一人。気づけば、テーブルを囲む者たちが次々と頭を垂れていた。
静寂が落ちた。
アッテンボローが小声で言った。
「……うまくいきましたね」
ダニエルは答えなかった。
立ち上がり、厨房へ向かった。そこから油の入った桶を持ってきた。
別荘が燃え始めたのは、夜の帳が降りた頃だった。
森の中で、炎が静かに広がった。
ダニエルとアッテンボローは、すでに馬で別荘を離れていた。
振り返らなかった。
―――
翌朝、憲兵隊が現場に到着したのは、近隣の農夫が煙を見て知らせたからだった。
憲兵隊長のブルーノ・ザイフェルトは、焼け跡を前にして額に手を当てた。
「……何人だ」
部下が答えた。
「確認できたものだけで八人です。焼け方が激しくて、まだ正確には」
「八人か」
ザイフェルトは繰り返した。
「ここはヴァルター男爵の別荘だな」
「はい。しかし、男爵は数年来ここを使っていないと聞いております」
「使っていない別荘に、八人の焼死体」
ザイフェルトは焼け跡を見渡した。建物の骨格だけが残っている。中から人が逃げた形跡はなかった。
「火の回り方が速すぎる。外から油でも撒いたのか」
「可能性はあります」
「つまり、誰かが中にいる者を意図的に」
部下は黙って頷いた。
「男爵に話を聞く必要があるな。ただ、男爵がここに人を入れたとも思えない。無断で使われていたのか、あるいは……」
「鍵が壊されていたとしたら、男爵は無関係かもしれません」
「そうなれば、手がかりがない」
ザイフェルトはため息をついた。
「焼死体の身元を調べろ。それと、男爵には丁寧に事情を聞け。無関係な貴族に余計な恨みを買うな」
「はい」
部下が散っていった。
ザイフェルトは焼け跡を見続けた。
(ラドン教使者の暗殺。その直後に、森の中の別荘で集団焼死。関係がないとは思えないが……)
しかし、証拠はなかった。
朝の光が、焼け跡を静かに照らしていた。




