第45話 政治の波紋
グレアムは報告を聞いて、少し目を閉じた。
「成功したか」
「はい。司祭は仕留めました。ただ……」
部下が少し間を置いた。
「目撃者がいた可能性があります。亜人を連れた輸送部隊が、現場付近に現れました」
グレアムは黙った。
「顔は見られたか」
「距離があったため、判別は難しいかと」
「そうか」
グレアムは指先で卓を叩いた。
(亜人を連れた輸送部隊……)
頭の中で何かが引っかかったが、今は後回しだ。まず動かなければならない。
「侯爵閣下に報告してくる。軍の命令系統にアクセスして、当時付近を輸送していた部隊を調べたいところだが、今我々がそんなことをしたら、疑いの目を向けられる。どのみち向こうが報告をするだろうから、それで目撃した部隊がどこだったのかを確認すればよい」
そう命じると、侯爵の元へと向かった。
―――
ハートフィールド侯爵邸の応接室で、侯爵はグレアムの報告を聞いた。
聞き終えると、侯爵は口の端を動かした。
「よくやった」
「ありがとうございます。ただ、目撃者の件が」
「距離があったなら問題ない。それに、こちらにつながるような痕跡は残しておらぬのだろう」
侯爵は手を振った。
「それより、これをアントワネット殿下にお伝えする。ただし、我々が動いたとは言わずにな。お前も来るんだ」
「承知いたしました」
「ルーカスの担当地域で起きた事件だ。治安維持の責任は、あの男にある。そこを突いてもらう」
グレアムは静かに一礼した。
―――
アントワネットは報告を聞いて、立ち上がった。
「ラドン教の使者が殺された?」
「はい、殿下。グレイ将軍の担当地域において」
アントワネットは窓の外を見た。その目が、静かに燃えていた。
「グレイの担当地域で、使者が殺された。護衛もほぼ全滅。これが帝国軍の治安維持かと思われるな」
侯爵たちは黙って控えていた。
「ラドン教への影響は計り知れない。大陸中の信徒が、帝国の失態を知ることになる」
アントワネットは振り返った。
「帝国議会に諮る。グレイの担当地域における治安維持の失敗として、正式に問題提起する」
―――
使者襲撃の知らせはすぐにクラウディアの元にも届いた。
クラウディアは書類を机に叩きつけた。
「ラドン教の使者が殺されただと!」
侍従が身を縮めた。
「グレイの担当地域での話だ。なぜ防げなかった!」
「申し訳ございません。調査中で――」
「調査中? ラドン教がなんと言うか。戴冠式はどうなる。大陸に向けて帝国の恥を晒したも同然だ!将軍を呼べ!」
怒鳴り声が廊下まで響いた。
その時、アントワネットの動きを告げるためにやってきた従者は、直後に自分に振りかかる不幸があると理解したのだった。
―――
砦の一室で、ジョセフは椅子に深く沈んでいた。
向かいに、砦の将校が座っている。書記が羽ペンを持って控えていた。
「それで、現場に到着した時、賊はすぐに撤退してしまったと」
「そうです」
「賊の人数は」
「十五人前後かと。ただ、林の中で正確には」
「特徴は」
「統率が取れていました。目的を果たしたら即座に撤退した。略奪はしていません」
「野盗ではないと?」
「野盗にしては、動きが洗練されていました」
将校は書記に何かを書き留めさせた。それから、また同じような質問を繰り返した。
これが三度目だった。
廊下の外では、マルチたちが待っていた。全員、すでに一度ずつ聞き取りを受けていた。
―――
日が傾いた頃、ようやく聞き取りが終わった。
宿営地に戻ったジョセフたちは、焚き火を囲んで座り込んだ。
最初に口を開いたのはビンだった。
「同じこと何回聞くんですかね」
「三回だね」
とジョセフ。
顔には疲労が色濃く出ていた。
「俺は四回聞かれました」
とタン。
隊員も結局あの後何度も聴取されたのだった。
「私も四回です」
とノイ。
「俺は五回」
とダオ。
全員がダオを見た。
「ダオ、数が数えられないだろう?」
とビン。
「俺だって勉強してるんだ」
ダオは静かに言った。
「それにしても多いな。疑われているんだろうな」
沈黙が落ちた。
「それはひどいですね」
とビン。
「慣れている」
ダオは焚き火を見たまま言った。その顔に怒りはなかった。ただ、疲れていた。
マルチがジョセフを見た。
「隊長は何回ですか」
「三回。それと、書類に署名を六枚」
「六枚も」
「第一発見者というのは、面倒なものだよ。疑われているというよりも、帝国の面子の問題に巻き込まれたんだ。犯人はなんとしても捕まえなければならない。繰り返し訊くことで、思い出すこともあると思っているんだろう。生存者が僕らが犯人じゃないと証言してくれているしね」
ジョセフは空を見上げた。夜になっていた。
「悪い予感、当たりましたね」
ビンがまた言った。
「だから言わないでもらいたかった」
「でも当たったじゃないですか」
「当たってほしくなかったよ」
焚き火が、ぱちりと音を立てた。
マルチが静かに言った。
「隊長、あの野盗……本当に野盗だったんですかね」
「わからない」
「でも、気になりますよね」
「気になる」
ジョセフは焚き火を見た。
「ただ、僕たちの仕事は輸送だ。余計なことに首を突っ込むと、また聞き取りが増える。だいたい、ラドン教の司教を殺そうなんて奴らがまともなわけがない。さらに、背景は面倒なことが控えているはずさ。どうだい、関わり合いになりたくないだろう?」
「それは嫌ですね」
とビン。
「嫌だね」
全員が頷いた。
焚き火の煙が、夜空に上がっていった。




