第43話 禁じ手
「見つかったか」
「はい」
グレアムはダニエル発見の報告を受けていた。
ダニエルはアッテンボローと共に、軍が自分たちを捜索しないかを見極めていたのである。
そして、第77輸送小隊襲撃事件について、捜査が行われていないとわかると、姿を現したのである。
「さて、もう少しだけ使うとするか」
グレアムは便利な使い捨ての駒が戻ってきたことに喜びもせず、感情のない声でそう言った。
呼び出しは夜だった。
ダニエルが密室に入ると、グレアムが一人で待っていた。いつもの腹心たちはいない。それだけで、話の重さがわかった。
「座れ」
グレアムは短く言った。
ダニエルは椅子に腰を下ろした。
「あの……」
「言い訳はいらぬ。これから新たな指示を伝える」
ダニエルは今までの事を弁明しようとしたが、グレアムは時間の無駄を嫌った。
「ラドン教の使者が、帝都に向かっている」
「存じております」
「国境を越えたのが三日前だ。このまま何もなければ、十日以内に帝都に着く」
グレアムは指先で卓を叩いた。
「着かせるな」
ダニエルは少し間を置いた。
「……使者を、ですか」
「馬車ごとだ。野盗に扮して襲え。略奪に見せかければいい」
ダニエルは黙った。
ラドン教の使者を襲う。それがどういう意味を持つか、わかっていた。発覚すれば、帝国全土を、いや、世界中を敵に回す。ラドン教は大陸中に信徒を持つ。その使者を殺せば、どんな権力者も言い訳できない。
しかし、拒否できるような空気ではなかった。
「場所はどこで実行するのですか」
「国境付近だ」
グレアムは静かに言った。
「グレイの軍団が管轄している地域がある。そこで実行しろ」
ダニエルは少し目を細めた。
つまり、失敗しても成功しても、ルーカス派の責任範囲で起きた事件になる。発覚すればルーカスへの疑惑が生まれる。うまく処理されても、帝都への到着が遅れる。
その遅れはルーカスの責任となるのだ。
「人数は?」
「十五人もいれば足りる。護衛は少ない。宗教の使者だからな、まさか襲われるとは思っていない」
十五という数字にピクリと反応するダニエル。
気まずそうにグレアムの顔を見たが、その表情からはなにも読み取れなかった。
「装備は?」
「野盗らしくしろ。帝国軍の装備は使うな」
ダニエルは少し考えた。
峠の件が頭をよぎった。あの時も似たような話だった。しかし、あの時の相手は輸送部隊だった。今度の相手は、ラドン教の使者だ。
失敗した時の代償が、桁違いだ。
「……もし、発覚した場合は」
「発覚させるな。それに聞くようなことでもあるまい」
グレアムは静かに言った。その目は、いつもと変わらなかった。
聞かなくてもわかる結末は、ダニエルにとって最悪の結末である。だからこそ、聞いておきたかったのだが、あっけなく拒否された。
「それがお前の仕事だ」
ダニエルは一礼して立ち上がった。
「承知しました」
扉を閉めた後、廊下でダニエルは少し立ち止まった。
エリザの墓が、頭に浮かんだ。
(まだだ。まだ終わっていない)
ジョセフはまだ生きている。今はそれだけを考えればいい。この任務をこなせば、グレアムへの貸しが増える。貸しが増えれば、次の機会が来る。
ダニエルは歩き始めた。
―――
密室に一人残ったグレアムは、窓の外を見た。
帝都の夜が広がっていた。
禁じ手だとわかっていた。ラドン教の使者を襲うなど、本来であれば考えもしない手だ。しかし、時間がない。アントワネット殿下の焦りは、自分の焦りでもある。
「戴冠式の日取りが決まれば、すべてが終わる。それだけは避けなければならない」
一人になったことで、グレアムは感情を表に出す。
強く奥歯をかみしめた。
(使者が着く前に、情勢を動かす。それだけだ)
グレアムは指先で卓を叩いた。
しかし、その音はいつもより少し速かった。




