表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝国の燃素使い〜輸送部隊から始まる英雄譚〜  作者: 工程能力1.33


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/46

第42話 焦燥

 アントワネットの私室は、セシリアがギフトの力を使ったのかと思えるほど冷えていた。

 暖炉に火は入っている。しかし、室内の空気が冷たいのは気温のせいではなかった。

 ハートフィールド侯爵は、扉を入った瞬間にそれを感じた。

 アントワネットは窓際に立っていた。侯爵の入室はわかっていたが、しかし、振り返らなかった。


「来たか」

「はい、殿下」


 侯爵は一礼した。丸々とした体が、珍しく縮こまっていた。


「ラドン教の使者が来る。知っているか」

「存じております」


 昨日、帝国にもたらされた先触れである。

 アリア・サンクトゥスがしびれを切らし、半ば強引に帝国の時計を進めに来たのである。


「戴冠式の打ち合わせだ」


 アントワネットは窓の外を見たまま言った。


「つまり、皇帝が決まるということだ。誰が戴冠するかが、大陸に向けて宣言される」

「はい」

「ルドルフが戴冠すれば、我らは終わりだ。私はどこぞの貴族に降嫁、もしくは外国に嫁がされる。それでも、暗殺よりはましだが。それに、其方は軍での権力ははく奪であろうな」


 アントワネットはようやく振り返った。

 その目は、冷たかった。セシリアとは違う冷たさだ。セシリアの冷たさは感情を押し込めた結果だが、アントワネットの冷たさは、怒りが凝縮したものだった。


「侯爵」

「はい」

「どうなっておる」


 静かな声だった。しかし、その静けさが重かった。


「私が継承順位第一位だ。法務局の判断は不当だ。それを覆すと言ったのは、そなたではなかったか」


 侯爵は額に汗をかいていた。


「鋭意、動いております。グレイへの不満を持つ将校たちを取り込み、着実に――」

「着実に、では間に合わぬ。言葉はもうよい。結果で示せ」


 アントワネットは一歩前に出た。


「使者が来れば、日取りが決まる。日取りが決まれば、覆す猶予がなくなる。そなたにはそれがわからぬのか」


 侯爵は黙った。

 反論すれば火に油を注ぐようなもの。黙っているのが最善の選択である。


「グレイが将軍になり、コンラートが処刑され、ルドルフの地位は固まりつつある。私には時間がない。そなたにも時間がない」


 アントワネットは窓際に戻った。


「結果を出せ。言葉ではなく、結果を」

「……御意」


 侯爵は深く一礼して、退室した。



―――


 廊下に出ると、侯爵は大きく息を吐いた。

 叱られた。それは事実だった。しかし、侯爵には侯爵の計算があった。


(焦るな。焦った方が負ける)


 今はまだ準備が整っていない。

 権謀術数渦巻く貴族社会を生きてきた侯爵である。兵の運用は無能であるが、策を弄するタイミングは心得ていた。

 まだ早いと、経験が教えてくれている。


 足早に邸宅へ戻った。

 密室にグレアムと数人の腹心が待っていた。


「いかがでしたか」


 グレアムが静かに問うた。


「殿下はご立腹だ。使者が来る前に動けとのことだ」


 室内に緊張が走った。


「時間がありませんな」


 グレアムは指先で卓を叩いた。


「戴冠式の日取りが決まれば、こちらの動く余地が狭まります。使者が到着する前に、何らかの形で帝都の情勢を動かす必要がある」

「グレイへの不満分子は集まっているのか」

「着実に増えています。しかし、まだ一斉に動かせる段階ではない」


 一人が低い声で言った。


「セシリア派を崩せないか。あちらはまだ小さい。先に潰せば、その勢力を取り込むこともできるであろう。そうなれば、ルドルフ派を圧倒できる」

「セシリア殿下には近衛がいる。なにより、本人がギフト持ち。計略を仕掛けるのは危険だ」


 グレアムは首を振った。


「正攻法では難しい」


 しばらく沈黙が続いた。


「ラザフォードの庶子は、まだ動いているか」


 グレアムは少し考えた。


「輸送任務を続けています。峠の件以来、警戒を強めているようですが」


「あの男がセシリアに与すれば、厄介だ」


「与する気はないと思います。あの男は派閥に与しない」


「それが問題だ」


 一人が静かに言った。


「与しない人間は、こちらにも引き込めない。しかし、向こうもそうだ。セシリア派が引き込めなければ、ラザフォードは動かない。動かない駒は、今は放置でいい」


 グレアムは頷いた。


「今は、グレイの足元を崩すことに集中する。使者が来るまでに、軍の内部からほころびを作る」


 卓を叩く音が、また静かに響いた。


「急げ。しかし、焦るな」


 グレアムは静かに言った。


「焦った方が、負ける」


 帝都の夜は、深かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ