第40話 厄介な予感
時間は少し巻き戻り、ジョセフ達が襲撃を受けた直後である。
峠道の片付けが終わった頃、日が傾き始めていた。
荷台を確認し、部下の怪我がないことを確かめ、ジョセフは道の端に腰を下ろした。
マルチが水筒を持って隣に来た。
「どうぞ」
「ありがとう」
ジョセフは水を飲んだ。峠の風が汗を乾かし、熱を帯びた体を冷やした。
しばらく沈黙が続いた。
マルチが、静かに言った。
「隊長」
「うん」
「誰かに恨まれていますね」
ジョセフは水筒を口から離した。
「……そうだね」
「心当たりは」
「ない」
マルチは少し考えた。
「本当にないんですか」
「本当にない」
ジョセフは空を見上げた。
「人を怒らせた記憶はあまりないんだが。訓練中に口論したとか、誰かの昇進を邪魔したとか、そういうことも思い当たらない」
「しかし、今日の連中は明らかにこちらを狙っていました」
「そうだね」
「偶然ではないです。相手は亜人の物資横流しの疑惑といっていましたが、多分それは単なる理由づくりで、狙いは隊長ですよ」
マルチは続けた。
「輸送ルートも知っていた。誰かがこちらの動きを追っています。軍内部に敵がいるのか、もしくは協力者がいて、情報をもらしている」
ジョセフは黙って聞いていた。
「隊長」
「うん」
「ここのところ、戦闘が多くないですか」
ジョセフは少し考えた。
砦での一件。帰路での襲撃。今回の峠道。任務のたびに、何かが起きていた。戦時だから、危険はある。しかし、それを差し引いても。
「……多いね」
「普通の輸送任務で、これだけ戦闘になることはないです」
マルチははっきりと言った。
「最初は運が悪いのかと思っていました。でも、今日のことがあって確信しました。これは偶然じゃない」
ジョセフはため息をついた。
長い息だった。
「つまり、誰かが継続的に僕を狙っているということか」
「そう思います」
「やっかいだね」
「やっかいです」
マルチは珍しく、少し語気を強めた。
「隊長、笑い事じゃないですよ。今日は対処できましたが、次はどうなるかわからない。相手が本気なら、もっと手の込んだことをしてくる」
「わかってる」
ジョセフは立ち上がった。
「ただ、心当たりがない以上、今できることは気をつけることだけだ」
「それだけですか」
「心当たりがあれば、対処のしようもある。しかし、誰かもわからない相手に先手を打つのは難しい」
マルチはため息をついた。
「隊長は本当に、自分が恨まれているという実感が薄いですね」
「恨まれる理由がわからないから。実家は兄が継ぐ。軍で出世競争をしているわけじゃない。誰かの恋人を奪ったことだってないよ」
「本当ですか?」
恋人という発言を聞いて、マルチは目をスッと細めた。
「出られますよ」
ビンが荷台の方から声を上げた。出発の準備ができたらしい。
ジョセフは峠道を見渡した。さっきまで男たちが倒れていた場所は、もう何もなかった。
「行こう」
荷台が動き始めた。
ジョセフは馬上で、静かに考えていた。
戦闘が多い。誰かが狙っている。しかし誰かわからない。
(襲撃されたという報告書、どうしようかなあ)
ジョセフはため息をついた。
非情に厄介な話に巻き込まれていると自覚した。




