第38話 待ち伏せの算段
薄暗い酒場の奥の席で、ダニエルは地図を広げた。
ランプの光が、細い輸送ルートの線を照らしている。
この酒場はその筋では有名だった。店主も含めて悪人しかいない。でなければ、地図を広げ、これからするような話など出来ない。
「ここだ」
指が平地から外れた峠道の一点を叩いた。
「目的の第77輸送部隊は三日後にこの道を通る。ルートはあらかじめ決められているから、間違いはない」
向かいに座るアッテンボローは、手元の杯を置いた。
「人数は揃いますかな」
「十五人いれば足りる」
ダニエルは地図を畳んだ。
「帝国軍の装備を着せれば、正規の検問に見える。だから、だれであろうと命令には従う」
「しかし、ラザフォードが素直に従いますかな。状況が状況ですから、帝国軍といえど信頼できるものではないでしょう。我らも他の派閥は信用できませぬから」
「従わなければ、それが口実になる」
ダニエルは静かに言った。
「亜人が物資横流しの嫌疑あり、目録と荷の照合が必要だと伝える。正当な手続きに見せる。拒否すれば命令違反。応じれば、そこで終わりだ。命令書も業者に頼んで本物そっくりなものを用意する」
アッテンボローは少し考えた。
「装備はどうしますか。本物に近くなければ、看破されます」
「それも手配済みだ」
ダニエルは短く答えた。それ以上は言わなかった。
アッテンボローは頷いた。頷きながら、内心では少し引っかかるものがあった。しかし口には出さなかった。ダニエルに逆らう理由もなかったし、ラザフォードの庶子が消えることに異存はなかった。
―――
帰り道、ダニエルは一人で夜の街を歩いた。
頭の中に、古い記憶があった。
軍学校の山岳訓練。急勾配の岩場。霧が出ていた日だった。
ラザフォードが遅れた。疲れたと言った。情けない顔をしていた。だから、エリザが先に進んだ。待っていても仕方ないからと、笑って先に行った。
その直後に、落石があった。
偶然だ。ラザフォードのせいではない。そんなことはわかっている。誰もそう言わなかったし、調査でもそう結論が出た。
わかっている。
しかし、あの時ラザフォードが遅れなければ。あの時エリザが先に行かなければ。あの時、あの場所に、あの順番でいなければ。
ダニエルは歩き続けた。
エリザの墓は、故郷の小さな丘の上にある。花を供えるたびに、ダニエルは同じことを思った。いつか報告しに来る。終わったと、そう伝えに来る。
それだけだった。それだけが、今のダニエルを動かしていた。
―――
同じ夜、執務室でフィリップ・グレアムは一枚の報告書を読んでいた。
監視役からの定期報告だ。ダニエルとアッテンボローの動きを、数日前から追わせていた。
報告書には、酒場での密議の概要が記されていた。峠道。十五人程度を集める。検問を装った騙し討ち。
悪人が集まる酒場。そこでの情報は筒抜けであった。
何故か?
壁の裏に秘密の小部屋があり、会話を盗み聞き出来るからである。
悪人の店主に、客を守るという概念は無かった。
グレアムは読み終えると、書類を机の引き出しに収めた。
止める気はなかった。
ダニエルが手配した装備のことは、すでに把握していた。グレイの軍団から横流しされた装備だ。ダニエルは抜け目なく動いたつもりだろうが、どこから調達したかまでは隠せていない。
成功すれば、グレイの兵装を使った不法な襲撃としてグレイを責める口実になる。
失敗しても、愚かな二人が勝手に動いて勝手に失敗しただけだ。侯爵閣下の名前はどこにも出てこない。
どちらに転んでも、損はない。
グレアムはランプを消した。
―――
三日後の昼過ぎ。
峠道の手前の木陰に、帝国軍の装いをした十五人の男たちが集まっていた。
装備は本物に近い。遠目には正規の検問に見える。しかし、目の利く者が見れば、細部の違いがわかった。留め具の形。剣帯の通し方。軍靴の踵の減り方。
男たちはそれぞれ、金のために集まったごろつきだった。命令の理由は聞かされていない。聞く気もなかった。
ダニエルは少し離れた場所の木陰から、道を見下ろした。
荷台の音が、遠くから聞こえてきた。




