第37話 愚物どもの密議
執務室の扉が閉まると、室内の空気が変わった。
フィリップ・グレアムは書類から目を上げず、二人の来訪者を一瞥した。ダニエル・プリーストリー中佐と、アッテンボロー大佐である。
「用件を」
短い言葉だった。歓迎の色はない。
ダニエルが一歩前に出た。
「ジョセフ・ラザフォード少尉の件です」
「ラザフォード公爵の庶子か。現在は状況が非常に良くない。緊急の案件であろうな?」
「はい」
ダニエルは言葉を選びながら続けた。
「現在、第77輸送部隊を率い、砦への物資輸送任務に就いています。しかし参謀殿、あの男は放置すれば厄介なことになりかねません」
グレアムはようやく書類を置いた。
「続けろ」
「ラザフォード公爵家は、帝国の名門です。その庶子といえど、公爵に認知されている。今はまだ末端の少尉ですが、もし戦功を重ねれば……」
「セシリア殿下が引き立てる、と言いたいのか」
「すでに殿下は、あの男に注目しています」
アッテンボローが声を上げた。
「砦での一件も怪しいのです。ギーレン将軍を討ったのは本当にあの庶子ではないかと、兵たちの間で囁かれております。私が報告した通りであれば、あのような噂は出るはずがない」
グレアムは無言でアッテンボローを見た。
凡下を見下す目である。
アッテンボローはその目に恐怖し、少し黙った。
「……ともかく」
ダニエルが会話を引き取った。
「ラザフォード家がセシリア殿下に近づくことは、侯爵閣下にとっても危険ではないでしょうか。名門公爵家と皇女が結びつけば」
「くだらん」
グレアムは短く言った。
「は?」
「庶子一人を潰すために、今のリソースを使えと言っているのか」
ダニエルは言葉を詰まらせた。
「状況が良くないと言ったであろう。今は何に注力すべきか、わかっているか?」
グレアムは再び書類に目を落とした。
「グレイだ。ルーカス・グレイが将軍になった。それがどういう意味を持つか、考えたことがあるか」
「もちろんです」
「ならば、なぜその話をしに来ない。末端の庶子の話を持ってくる」
グレアムの声に温度はなかった。侮蔑でもなく、ただ純粋に、相手を計算の外に置く冷たさだった。
相手にする時間がもったいない。早く消えろというものである。
「ラザフォードの庶子がセシリアに取り入ろうと、それが何だ。庶子に政治的影響力はない。セシリアが引き立てたところで、あの派閥の規模では話にならない。今の帝国でそれを恐れるのは、先が見えていない証拠だ」
アッテンボローが口を開きかけた。
「下がれ」
グレアムは言った。
「……失礼いたしました」
二人は礼をして、扉の外に出た。
廊下に出ると、アッテンボローが小声で言った。
「……取り合ってもらえませんでしたな」
「わかっている」
ダニエルは歩きながら、静かに答えた。その顔に怒りはなかった。あるのは、冷えた計算だった。
「参謀殿はグレイのことしか見ていない。それはそれで正しいのかもしれない。しかし」
「しかし?」
「放置して得をすることは、ない」
アッテンボローは少し考えた。
「では……独自に動くということですか」
「ああ、そうだ。参謀殿の名前は使わない。派閥のリソースも借りない」
ダニエルは立ち止まった。
「ただ、あの輸送部隊が任務を果たせなければ、それはそれで一つの結果だ」
「具体的には」
「それはこれから考える。しかし、任務の失敗。出来れば軍法会議か、任務途中の死亡がいい」
ダニエルは言った。
「命令は出た。物資は揃っている。しかし、道中で何かあれば……任務は完了しない」
アッテンボローは周囲を見渡してから、小声で続けた。
「亜人部隊を使っているという話ですが、それを利用できませんかな。亜人が起こした問題として処理すれば、ラザフォードの評判も」
「いいな。使える」
ダニエルは短く言った。
「ただ、直接手を出すな。間接的に、状況を作る。それだけでいい。証拠を残すような真似はするな」
その時、廊下に人影が通りかかった。
二人は自然に話題を変え、何事もなかったように歩き始めた。
この時、アッテンボローはダニエルの瞳に異様なものを感じた。
燃え盛る復讐の炎とでもいおうか。そういった類のものである。だが、その理由を確認するようなことは無かった。
聞きそびれたともいえるし、聞くのが怖かったというのもある。




