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帝国の燃素使い〜輸送部隊から始まる英雄譚〜  作者: 工程能力1.33


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第28話 神の使者

 アクアリスの政務室は、久しぶりに賑やかだった。

 賑やかといっても、笑い声があるわけではない。怒声と溜息と、紙をめくる音が重なっている。

 長机を囲む政治家たちの顔は、一様に疲れていた。

 国王からの命令は、状況を打開せよのみであった。しかし、言いたいことはわかっていた。帝国が攻めてこない状況にしろということである。

 その難題を解決するため、こうして国の各部門のトップが集まっていたのである。


「帝国が安定すれば、必ず攻めてくる!」


 財務大臣が声を上げた。禿頭に汗が光っている。


「二度の戦争で国庫は底をついている。三度目があれば、我が王国は終わりだ!」

「わかっている」


 外務大臣が静かに言った。


「だから停戦協定を結ぼうと言っている」

「どうやって!二度の戦争はどちらもこちらから仕掛けたもの。そして、帝国は今、皇位継承で揺れている。誰と話をすれば正式な協定になる!協議が難航しているうちに、皇位継承のための手柄作りのために、我が国への侵攻をしようという者が出るかもしれないのだ。悠長な事は言ってられん」

「それを考えているのだ」

「考えているだけでは時間が過ぎる!」


 議論は堂々巡りだった。停戦協定を結びたい。しかし帝国の窓口がない。帝国が安定するまで待つか、しかし待てば攻められる可能性がある。そして、安定しなくとも攻められる可能性もあった。

 誰も解決策を持っていなかった。


 そこへ、侍従が扉を開けた。


「失礼いたします。ラドン教皇領からの使者がご到着です」


 室内が静まった。


「何事か?今は非常事態。先ぶれもなく使者がいきなりとは無礼な。しかし、追い返す訳にもいかぬな。通せ」


 無礼ではあるが、追い返せばそれはそれで外交問題となる。場合によっては国王よりも上の存在に、一同は苦虫を嚙み潰したような表情となった。

 そして、大臣たちは応接室へと移動した。

 ラドン教皇領からやってきた使者は若い司祭だった。白い法衣に金の刺繍。穏やかな顔で、深々と頭を下げた。


「ラドン教皇アリア・サンクトゥスの名代として参りました」


 外務大臣がたずねた。


「教皇領から、なぜ今?」

「神がこれ以上の犠牲を望まれておりません」


 司祭は静かに言った。


「帝国とハイドロジェン王国、両国の民が流した血は、すでに十分でございます。教皇猊下は、平和条約の締結に向けて、ラドン教が主導する形で進めることをご提案申し上げます」


 室内がざわめいた。


「教皇領が仲介を」

「はい。両国の間に立ち、神の御名のもとに条約を結ぶ。それが猊下のお考えです」


 財務大臣が外務大臣を見た。外務大臣が他の閣僚を見た。

 是非もなかった。

 自分たちでは窓口すら作れなかった。教皇領が仲介に入るなら、それに乗るしかない。


「……謹んでお受けいたします」


 外務大臣が頭を下げた。


「神の御心のままに」


 使者は笑顔を見せた。



―――



 王都の外れにある将軍官舎の庭で、エリオット将軍は土を掘っていた。

 熊のような巨体が、小さな鍬を持ってしゃがみ込んでいる。球根を植えているらしかった。

 副官が庭に入ってきた。


「将軍、報告があります」

「なんだ?」


 将軍は土から目を離さない。


「ラドン教皇領から使者が来まして、平和条約の締結に向けて教皇領が仲介すると。政務室では受け入れることになりました」

「そうか」


 将軍は球根を穴に埋めながら答えた。


「それは政治家の仕事だ」

「将軍のご意見は」

「ない」


 土を被せる。軽く押さえる。


「俺は庭仕事をしている」


 副官は少し間を置いた。


「……将軍は、平和条約についてどうお考えですか」


 エリオット将軍は手を止めた。

 それから、空を見上げた。


「神の判断はさかしい」


 短く言った。


「もっと早く動けばよかったのだ。どれだけの兵士が死んだと思っている。自分達の利益になると踏んで、やっとここで動いてきたのだ。それとも何か、人を神の御許に送るのがあいつらの仕事か?」


 副官は黙った。

 将軍は再び土に目を戻した。


「まあ、遅くても来ないよりましだ。あとは政治家に任せる」


 球根をもう一つ取り出した。


「次の春には、花が咲く」


 将軍は静かに言った。


 庭に風が吹いた。


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