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帝国の燃素使い〜輸送部隊から始まる英雄譚〜  作者: 工程能力1.33


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第24話 岩と風

 ついに、両雄が激突となった。

 ルーカス・グレイ大佐がエリオット将軍に追いついたのである。

 その場は戦場であるのだが、異様な雰囲気に包まれて、両軍が距離を置いた。

 誰も命令したわけではなかった。ただ、自然とそうなった。


 エリオット将軍とルーカス・グレイが向かい合っているとき、その周囲の兵士たちは足を止めた。ギフト持ち同士の戦いに、自分たちが踏み込む場所はない。それを本能で理解していた。


 エリックが馬を引きながら、少し離れた丘の上から見ていた。

 エリオット将軍の側では、バルトロ中将が同じように見守っている。


 誰も声を出さなかった。



―――



 エリオット将軍は剣を構えた。


 熊のような巨体。分厚い鎧。大剣は普通の人間が両手で持つ重さを片手で扱う。ギフトによって強化されたその体は、まさに動く岩壁のようだった。

 ルーカスは軽装だった。薄い鎧に細身の剣。体格もエリオット将軍より一回り小さい。だが、その足は止まっていない。常に動き続けている。風のように。


「グレイ大佐」


 エリオット将軍が低く言った。


「若いな」

「将軍こそ、その御年でまだ現役ですね」

「年寄りと馬鹿にするものでない。あと30年は現役でいるつもりだ」

「本日、ここで討ち取られるわけですがね」


 ルーカスは笑顔で答えた。その爽やかな笑顔が、戦場では逆に不気味だった。


 エリオット将軍が動いた。

 地が揺れるような踏み込み。大剣が横薙ぎに振られる。風圧だけで木の葉が舞った。

 ルーカスは跳んだ。


 大剣の軌道の上を、紙一重でかわす。着地と同時に踏み込み、エリオット将軍の横に剣を走らせる。

 金属が弾ける音。将軍の鎧に傷がついた。


「速い」


 エリオット将軍は素直に言った。


「強い」


 ルーカスも素直に返した。

 躱しこそしたが、一撃でも当たれば致命傷。どんな戦場よりも高い緊張にあった。

 再び距離が開く。また動き始める。

 二人の戦いは、繰り返しの中で続いた。エリオット将軍の一撃は重く、広く、防ぐことができない。ルーカスはそれを避け続けながら、隙を突く。


 一刻が過ぎた。


 周囲の兵士たちは声も出せなかった。二人の動きは次元が違った。ギフトがあるとはいえ、ただの力や速さではない。経験と判断と胆力が重なった戦いだった。

 そして、誰一人としてこの場を離れる者はいなかった。どのような結末になるにしても、後世に伝説となって語り継がれる戦いという予感が、目を離させなかったのである。


 そして、時間が経つにつれ、じわじわと、ルーカスが優勢になっていった。

 エリオット将軍の動きが、わずかに鈍くなった。一刻の戦いは、巨体を動かし続ける体力を消耗させていた。


 ルーカスはそれを見逃さなかった。


 踏み込む。エリオット将軍の大剣が振られる。ルーカスはその軌道を読んでいた。内側に入り込む。将軍の体制が崩れる。


 ルーカスの剣が将軍の首筋に向かった。

 届く。


 エリオット将軍は体は反応しなかったが、目ではルーカスの剣筋を追えていた。

 だから、この一撃が自分の命を散らすと理解したのである。


 その瞬間――


 ルーカスは剣を折った。

 自らの手で、地面に叩きつけて。


 金属の折れる音が響いた。


 エリオット将軍は動きを止めた。何が起きたか、一瞬理解できなかった。

 ルーカスは折れた剣を投げ捨てた。


「今日はここまでにしましょう。予備の武器を持ってくるべきだった」


 静かに言った。

 エリオット将軍はルーカスを見た。長い沈黙の後、将軍は大剣を下ろした。


「……なぜだ」

「疲れました。流石は天下に名高いエリオット将軍です。良い剣でしたが、この戦いではもちませんでした。次はもっと良い武器を持ってきます」


 ルーカスは笑顔で言った。嘘だった。その目は疲れていなかった。

 エリオット将軍はしばらくルーカスを見ていた。やがて、短く言った。


「そうか」


 将軍は踵を返した。


「全軍、退却する」


 王国軍が動き始めた。



―――



 丘の上でエリックは息を吐いた。

 ルーカスが戻ってきた。折れた剣の柄だけを手に持ったまま。


「勝てたはずです」


 エリックは静かに言った。


「そうだな」

「なぜ折ったのですか?」

「見えたのか?」

「いいえ。しかし、貴方が剣の耐久性を見誤るとは思えません」


 ルーカスは馬に乗りながら、遠ざかるエリオット将軍の背中を見た。


「エリックは猟師の話を知っているか」

「猟師、ですか」

「兎を狩り尽くした猟師は、猟犬を食う。必要が無いのに、維持費ばかりかかるからな」


 エリックは少し間を置いた。


「……エリオット将軍がいなくなると」

「帝国にとって、ギフト持ちの将校が必要な理由が一つ消える。それに、皇女もギフトを持っているとなれば、俺は不要になるだろう。除隊ならまだしも、暗殺される可能性も出てくるからな。しかし、エリオット将軍が健在であれば、俺の価値はまだある」


 ルーカスは静かに言った。


「今の帝国に、ギフト持ちの敵がいなくなれば、僕は何者だ。変わり者の下級貴族の大佐だ。それだけだ」


 エリックは黙った。


「エリオット将軍は強い。あの将軍が生きている限り、僕は必要とされる。必要とされる間は、命の保証はされるし、軍人として動ける」


 ルーカスは前を向いた。


「今は、まだ倒すときではない」

「では、いつが」

「すべての準備が整ったとき」


 ルーカスは短く答えた。

 それ以上は言わなかった。


 夕暮れの中、帝国軍の歓声が遠くで上がった。退却する王国軍を見て、勝利を確信した兵士たちの声だった。


 ルーカスはその歓声を聞きながら、静かに馬を進めた。


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