第24話 岩と風
ついに、両雄が激突となった。
ルーカス・グレイ大佐がエリオット将軍に追いついたのである。
その場は戦場であるのだが、異様な雰囲気に包まれて、両軍が距離を置いた。
誰も命令したわけではなかった。ただ、自然とそうなった。
エリオット将軍とルーカス・グレイが向かい合っているとき、その周囲の兵士たちは足を止めた。ギフト持ち同士の戦いに、自分たちが踏み込む場所はない。それを本能で理解していた。
エリックが馬を引きながら、少し離れた丘の上から見ていた。
エリオット将軍の側では、バルトロ中将が同じように見守っている。
誰も声を出さなかった。
―――
エリオット将軍は剣を構えた。
熊のような巨体。分厚い鎧。大剣は普通の人間が両手で持つ重さを片手で扱う。ギフトによって強化されたその体は、まさに動く岩壁のようだった。
ルーカスは軽装だった。薄い鎧に細身の剣。体格もエリオット将軍より一回り小さい。だが、その足は止まっていない。常に動き続けている。風のように。
「グレイ大佐」
エリオット将軍が低く言った。
「若いな」
「将軍こそ、その御年でまだ現役ですね」
「年寄りと馬鹿にするものでない。あと30年は現役でいるつもりだ」
「本日、ここで討ち取られるわけですがね」
ルーカスは笑顔で答えた。その爽やかな笑顔が、戦場では逆に不気味だった。
エリオット将軍が動いた。
地が揺れるような踏み込み。大剣が横薙ぎに振られる。風圧だけで木の葉が舞った。
ルーカスは跳んだ。
大剣の軌道の上を、紙一重でかわす。着地と同時に踏み込み、エリオット将軍の横に剣を走らせる。
金属が弾ける音。将軍の鎧に傷がついた。
「速い」
エリオット将軍は素直に言った。
「強い」
ルーカスも素直に返した。
躱しこそしたが、一撃でも当たれば致命傷。どんな戦場よりも高い緊張にあった。
再び距離が開く。また動き始める。
二人の戦いは、繰り返しの中で続いた。エリオット将軍の一撃は重く、広く、防ぐことができない。ルーカスはそれを避け続けながら、隙を突く。
一刻が過ぎた。
周囲の兵士たちは声も出せなかった。二人の動きは次元が違った。ギフトがあるとはいえ、ただの力や速さではない。経験と判断と胆力が重なった戦いだった。
そして、誰一人としてこの場を離れる者はいなかった。どのような結末になるにしても、後世に伝説となって語り継がれる戦いという予感が、目を離させなかったのである。
そして、時間が経つにつれ、じわじわと、ルーカスが優勢になっていった。
エリオット将軍の動きが、わずかに鈍くなった。一刻の戦いは、巨体を動かし続ける体力を消耗させていた。
ルーカスはそれを見逃さなかった。
踏み込む。エリオット将軍の大剣が振られる。ルーカスはその軌道を読んでいた。内側に入り込む。将軍の体制が崩れる。
ルーカスの剣が将軍の首筋に向かった。
届く。
エリオット将軍は体は反応しなかったが、目ではルーカスの剣筋を追えていた。
だから、この一撃が自分の命を散らすと理解したのである。
その瞬間――
ルーカスは剣を折った。
自らの手で、地面に叩きつけて。
金属の折れる音が響いた。
エリオット将軍は動きを止めた。何が起きたか、一瞬理解できなかった。
ルーカスは折れた剣を投げ捨てた。
「今日はここまでにしましょう。予備の武器を持ってくるべきだった」
静かに言った。
エリオット将軍はルーカスを見た。長い沈黙の後、将軍は大剣を下ろした。
「……なぜだ」
「疲れました。流石は天下に名高いエリオット将軍です。良い剣でしたが、この戦いではもちませんでした。次はもっと良い武器を持ってきます」
ルーカスは笑顔で言った。嘘だった。その目は疲れていなかった。
エリオット将軍はしばらくルーカスを見ていた。やがて、短く言った。
「そうか」
将軍は踵を返した。
「全軍、退却する」
王国軍が動き始めた。
―――
丘の上でエリックは息を吐いた。
ルーカスが戻ってきた。折れた剣の柄だけを手に持ったまま。
「勝てたはずです」
エリックは静かに言った。
「そうだな」
「なぜ折ったのですか?」
「見えたのか?」
「いいえ。しかし、貴方が剣の耐久性を見誤るとは思えません」
ルーカスは馬に乗りながら、遠ざかるエリオット将軍の背中を見た。
「エリックは猟師の話を知っているか」
「猟師、ですか」
「兎を狩り尽くした猟師は、猟犬を食う。必要が無いのに、維持費ばかりかかるからな」
エリックは少し間を置いた。
「……エリオット将軍がいなくなると」
「帝国にとって、ギフト持ちの将校が必要な理由が一つ消える。それに、皇女もギフトを持っているとなれば、俺は不要になるだろう。除隊ならまだしも、暗殺される可能性も出てくるからな。しかし、エリオット将軍が健在であれば、俺の価値はまだある」
ルーカスは静かに言った。
「今の帝国に、ギフト持ちの敵がいなくなれば、僕は何者だ。変わり者の下級貴族の大佐だ。それだけだ」
エリックは黙った。
「エリオット将軍は強い。あの将軍が生きている限り、僕は必要とされる。必要とされる間は、命の保証はされるし、軍人として動ける」
ルーカスは前を向いた。
「今は、まだ倒すときではない」
「では、いつが」
「すべての準備が整ったとき」
ルーカスは短く答えた。
それ以上は言わなかった。
夕暮れの中、帝国軍の歓声が遠くで上がった。退却する王国軍を見て、勝利を確信した兵士たちの声だった。
ルーカスはその歓声を聞きながら、静かに馬を進めた。




