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帝国の燃素使い〜輸送部隊から始まる英雄譚〜  作者: 工程能力1.33


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第23話 退却と末路

 夜明けとともに、セス・バーンは動いた。

 五十の兵を率いて、補給線の中継地点へと切り込む。守備の兵は三十ほど。だが、セスにギフトはない。速さだけがある。

 本来であればもっと厚い布陣にすべきだが、無理して補給線を伸ばした結果、守備に回せる兵士がいなくなってしまったのである。


 剣が閃いた。


 一人、二人、三人。セスの動きは目で追えない速さではないが、それを補うのは判断の速さだ。どこを叩けば崩れるか。どこが手薄か。常に動きながら、考える。

 中継地点は半刻で制圧された。


「次だ」


 セスは息を整えながら言った。まだ続きがある。



―――



 オーガスト・クロウは北側の分岐点で守りを固めていた。

 来た。ハイドロジェン王国軍の一部が、迂回路を求めて動き始めた。


「引きつけろ」


 オーガストは静かに命じた。


「深追いはするな。ここを通らせなければいい」


 七十の兵が、地形を利用して敵の前進を阻んだ。正面からぶつかるのではなく、狭い道に誘い込んで足を止める。一時間、二時間。それだけで充分だった。

 あとはこの周辺で、敵の輸送部隊を盗賊団のように襲うだけ。地の利は自分たちにあり、敵から見れば神出鬼没に見える攻撃も可能だった。

 こうしてハイドロジェン王国軍は補給の目処が立たなくなった。


 エリオット将軍は地図を見つめた。前線への物資が届かない。迂回路も封鎖されている。


「将軍」


 バルトロ中将が静かに言った。


「敵の動きは予想以上です。これは補給線を短くするどころではありませんね。退却の時機です」


 補給線を短くするといっても、大軍はすぐには動けない。敵の追撃をかわすためにも、入念な準備をしてからと行動していたが、もはや時間的な猶予は無かった。


 エリオット将軍は黙っていた。

 熊のような巨体が、微動だにしない。その目に、悔しさと冷静さが混在していた。


「……そうだな」


 やがて、将軍は低く言った。


「全軍、退却する」


 幕僚たちが動き始めた。

 エリオット将軍はバルトロ中将を見た。


「殿は誰にする」

「……ラッシュ少将しかいません」


 バルトロ中将は言いにくそうに答えた。他の将校たちは、みな実戦で必要な人間だ。消耗品のように使える将校となれば、ラッシュしかいない。


 ラッシュを呼んだ。

 状況を説明すると、ラッシュの顔が青くなった。


「殿、ですか。それは……私は参謀の役割であって、前線での指揮は――」

「ラッシュ少将」


 エリオット将軍が静かに言った。


「ルーカス・グレイがこちらに向かっている。奴は私を狙っているはずだ。殿を務めてくれれば、グレイは君の方へ向かう可能性は無くなる」


 ラッシュは固まった。


「……グレイが、私の方へ来ない」

「そうだ。ギフト持ちの大佐を相手にするなら、殿の方が安全だというもの」


 実際には殿は非常に危険であるが、それ以上に危険なギフト持ちという存在が、ラッシュの判断を誤らせる。

 ラッシュはしばらく黙った。そして、顔を上げた。


「……わかりました。殿を引き受けましょう」


 エリオット将軍は頷いた。


(これで心置きなく戦える)


 将軍は内心でそう思った。ラッシュに申し訳ないとは思わなかった。戦場での邪魔者を合理的に処理しただけだ。ただ、彼と一緒に戦死する兵士には、わずかばかり同情した。



―――



 アイギス要塞のハートフィールド侯爵は、物見台から王国軍の動きを観察していた。


「動いているな」


 グレアムが頷いた。


「退却です。ルーカス大佐の補給線寸断が効きました」

「よし」


 侯爵は拳を握った。


「打って出る。今だ!」

「閣下、まだ確認が――」

「好機を逃すな! 全軍、出撃だ!」


 グレアムは眼鏡を押し上げた。


(これは侯爵の手柄になる。計画通りだ。本当はもう少しエリオット将軍が離れるのを待った方が良いが、あれだけの大軍だ。方向転換するには時間がかかるし、それをすれば脆弱な側面をこちらに晒すことになる。問題はない)


 要塞の門が開いた。



―――



 殿を任されたラッシュの部隊は、退却する本隊の後ろを進んでいた。

 ラッシュは馬上から周囲を見回した。王国軍の退却。帝国軍の追撃。その狭間に自分がいる。


(グレイが来るかもしれないどころではない。このままでは俺は帝国軍に追いつかれる。)


 その考えが頭から離れない。

 そのとき、後方で喊声が上がった。


 帝国軍の追撃がいよいよ迫ってきた。。ハートフィールド侯爵の部隊がすぐそこまで迫っていた。

 王国軍の退却が乱れた。ラッシュの部隊にも混乱が波及した。


 ラッシュは周囲を見た。乱戦になっている。


(死ぬかもしれない)


 その考えが、すべてを塗りつぶした。

 自分だけが生き残ることに、全ての脳機能を投入する。そして、結論が出た。


「副官」


 ラッシュは小声で言った。


「お前の鎧と私の鎧を交換しろ」

「は?」

「早くしろ!」


 副官は困惑しながらも従った。豪華な将官の鎧が副官の体に。地味な副官の鎧がラッシュの体に。


「少将、これは――」

「黙れ」


 ラッシュは馬を反転させた。混乱に紛れて、部隊から離れていく。

 副官は鎧の重さを感じながら、軍団の旗の下に立っていた。



―――



 その夜、街道から外れた森の中で、ラッシュは馬を歩かせていた。

 地味な鎧。目立たない装備。これなら誰も気づかない。


 そう思っていた。


 茂みから、三人の男が現れた。農民か、流民か。手には粗末な武器を持っている。落武者狩りだ。

 男たちはラッシュを見た。地味な鎧。傷一つない装備。高そうには見えない。


「おい、金はあるか」

「な、なんだ貴様ら――私は王国軍少将で――」

「将官がこんなとこ一人でいるか」


 男が鼻で笑った。


「偉くなさそうだな。身代金も取れやしない」


 男たちが動いた。

 ラッシュは声を上げた。だが、その声は森の中に消えた。


 翌朝、街道から外れた森の中で、剥ぎ取り目的でうろついていた村人に、地味な鎧を着た男の遺体が発見された。

 誰も、それがジャック・ラッシュ少将だとは気づかなかった。


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