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帝国の燃素使い〜輸送部隊から始まる英雄譚〜  作者: 工程能力1.33


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第21話 盤上の戦略

 談話室の卓の上に、地図が広げられていた。

 そこにはセシリアとジョセフが向かい合っている。これから始まる戦いのシミュレーションをするため、ふたりはここにいた。

 セシリアは小さな駒を一つ一つ丁寧に置いていった。青い駒がアイギス要塞。赤い駒がハイドロジェン王国軍。黄色い駒がセシリアの部隊。


「座れ」


 ジョセフは向かいの椅子に腰を下ろした。後ろではマルチとカリナが控えている。


「グレイ大佐が後方から攻め込む。エリオット将軍はその対応に追われる」


 セシリアは指で駒を動かした。


「この状況で、グレイはどう動くべきだと思うか」


 ジョセフは地図を見た。

 駒の配置。補給線の位置。アイギス要塞から街道までの距離。


「盤上のシミュレーションとして答えるなら」


 ジョセフは静かに言った。


「補給線の寸断です」

「説明しろ」

「エリオット将軍の軍は、アクアリスから伸びた補給線に依存しています」


 ジョセフは地図の上を指でなぞった。


 「ここを断ち切れば、前線の軍は食料も武器も届かなくなる。時間をかければ、戦わずして弱体化できます」


 セシリアは頷いた。


「王道の戦略だ。しかし」


 これだけでは足りないと、セシリアが促す。


「はい」


 ジョセフは続けた。


「ギフトという変数が、その戦略を無意味にする可能性があります」

「そういうことだ」

「補給線を寸断するには時間がかかります。その間、エリオット将軍が動かないとは限らない。ギフト持ちの将軍が本気で動けば、補給線の防衛など吹き飛ぶ。盤上では通用する戦略が、ギフト持ちが一人いるだけで崩れる」


 セシリアはしばらく地図を見ていた。


「エリオット将軍がそう動くとして、どうなる」

「自分が将軍であれば、ザウアーシュトフ方面へ軍を向けるのではなく」


 ジョセフは赤い駒を動かした。


「要塞攻略を諦めて、周辺の都市を攻め始めます」

「都市を?」

「はい。狙いは食料です」


 ジョセフは答えた。


「補給線が伸びすぎて物資の輸送が困難になっているなら、現地で調達すればいい。周辺の都市や村を制圧して、食料を奪う。そうすれば補給の問題は解決する。村では軍隊を養うほどの規模はないでしょうが、都市であれば物資も豊富。略奪できれば腹は膨れます」


 セシリアの目が細くなった。


「エリオット将軍はそういう男か」

「わかりません」


 ジョセフは正直に答えた。


「ただ、追い詰められた軍がそう動く可能性は排除できない。ギーレン将軍を失い、講和派と強硬派で揺れているという話も聞きます。強硬派が主導権を握れば、民への被害が拡大する方向に動くかもしれません。勝利したのちに統治するなど考えなければ、実行するハードルは低くなります」

「ふむ。それで被害が拡大すれば――」

「帝国の復興予算がかさみます」


 ジョセフは淡々と続けた。


「街が焼かれ、農地が荒らされれば、再建には年単位の時間と金がかかる。そうなれば、帝国は次の戦争ができなくなる。戦費が尽きるからです。今回の戦いに勝利しても、次に同じ条件とはいかないでしょうね。軍資金も物資も少ない状態になりますから」


 セシリアは腕を組んだ。


「つまり、エリオット将軍が都市攻撃に転じれば、帝国は勝っても負けても消耗する」

「はい。帝国の勝利が、帝国の弱体化に繋がる可能性があります。それであれば、補給線を狙うという定石を捨てて、すぐにエリオット将軍を狙う方が上策かと」


 静寂が落ちた。


 後ろでマルチが小さく息をつくのが聞こえた。

 セシリアはジョセフを見た。


「お前は、軍学校でこういうことを学んだのか」

「学びました。実技よりもこういう方が好きでしたね」


 ジョセフは少し間を置いた。


「教本にはそこまでは載ってないだろう?」

「ほとんどは自分で考えたことです」


 ジョセフはあっさりと言った。


「ただし、殆どは歴史上にあったことから導き出されます。歴史書に無いことなんてほとんどないですから」


 セシリアはしばらくジョセフを見ていた。


「貴公ならグレイ大佐に、補給線の寸断を進言するか?」

「それはなんとも言えません。今は情報が少なすぎますから。敵味方の士気や、天気、地形など、戦場には様々な情報がありますので」


 ジョセフは答えた。


「ただ」

「なんだ?」

「被害を小さくしようとすなら、直接エリオット将軍を狙うでしょうね。将軍さえ討ち取ってしまえば、敵軍は怖くないので」


 セシリアは地図に目を戻した。駒を見つめながら、静かに言った。


「今まで予測は当たったことは?」

「当たることもありましたが、当たらないこともあります」

「それは誰でもそうだ」


 セシリアは一つの駒を手に取った。ルーカスを示す黄色い駒だ。


「グレイ大佐が、素直に補給線を狙うかどうか」


 セシリアは駒を卓に置いた。


「それが問題だ」


 ジョセフは黙った。


「グレイ大佐は、手柄を求めている。あの男の内にある野心がひしひしと伝わってくることがある」


 セシリアは静かに続けた。


「補給線の寸断は地味だ。目に見える戦果が出にくい。あの男が、そういう戦略を選ぶかどうか」

「……それは、僕には判断できません」


 ジョセフは正直に答えた。


「そうか」


 セシリアは地図から目を上げた。その目が、少しだけジョセフを値踏みするように動いた。


「一つ聞く」

「はい」

「お前は、この戦争が終わった後のことを考えるか」


 ジョセフは少し驚いた顔をした。それから、静かに答えた。


「たまに」

「どう思う」

「帝国とハイドロジェンが消耗し続けても、周辺国が得をするだけです」


 ジョセフは地図を見た。


「どこかで止めなければ、誰も得をしない戦争になる。それに、元々戦争なんて馬鹿らしい。やらない方が良いのです。人間には口があるのですから、話し合いで解決するべきです」


 セシリアはしばらく黙っていた。


「そう思うのに、戦場で戦うのか」

「命令ですから。まあ、輸送部隊ですので、そこまで戦うわけではありませんが」


 ジョセフはあっさりと言った。


「それにしては、随分と戦闘に巻き込まれているようだな」

「ええ。厄介ごとは向こうからやって来る」

「話し合いで解決したらどうだ?」

「それは政治家の役割ですね。それに、相手が殺すつもりでやってきているので、目の前の仲間を守るためなら、戦います。戦争全体の話と、目の前の話は別です」


 セシリアは答えなかった。ただ、地図を見つめた。

 後ろでマルチが、静かに息を整える音がした。


「仮にだが、この戦場で自由に兵を動かせるとしたら、どういう手段を取るか?」


 セシリアが話を地図上に戻した。


「そうですねえ……」


 ジョセフは少し考えた。


「アイギス要塞を放棄します」

「放棄か」

「はい。それで敵が要塞を占領して、一か所に集まったところで謎の爆発が発生。敵兵は全滅となります。これなら周辺都市に被害は出ません。要塞という餌を目の前に、迂回して進軍するような決断が出来るとは思えませんので」

「なるほど。しかし、謎の爆発が起こると相手もわかっていたら、そうはしないだろうな」


 セシリアが笑う。

 ジョセフは後頭部を掻いた。


「そうですねえ。しかし、それでも後ろからグレイ大佐が迫れば……」


 その後もシミュレーションが続いた。

 セシリアの機嫌は終始よかった。





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