第21話 盤上の戦略
談話室の卓の上に、地図が広げられていた。
そこにはセシリアとジョセフが向かい合っている。これから始まる戦いのシミュレーションをするため、ふたりはここにいた。
セシリアは小さな駒を一つ一つ丁寧に置いていった。青い駒がアイギス要塞。赤い駒がハイドロジェン王国軍。黄色い駒がセシリアの部隊。
「座れ」
ジョセフは向かいの椅子に腰を下ろした。後ろではマルチとカリナが控えている。
「グレイ大佐が後方から攻め込む。エリオット将軍はその対応に追われる」
セシリアは指で駒を動かした。
「この状況で、グレイはどう動くべきだと思うか」
ジョセフは地図を見た。
駒の配置。補給線の位置。アイギス要塞から街道までの距離。
「盤上のシミュレーションとして答えるなら」
ジョセフは静かに言った。
「補給線の寸断です」
「説明しろ」
「エリオット将軍の軍は、アクアリスから伸びた補給線に依存しています」
ジョセフは地図の上を指でなぞった。
「ここを断ち切れば、前線の軍は食料も武器も届かなくなる。時間をかければ、戦わずして弱体化できます」
セシリアは頷いた。
「王道の戦略だ。しかし」
これだけでは足りないと、セシリアが促す。
「はい」
ジョセフは続けた。
「ギフトという変数が、その戦略を無意味にする可能性があります」
「そういうことだ」
「補給線を寸断するには時間がかかります。その間、エリオット将軍が動かないとは限らない。ギフト持ちの将軍が本気で動けば、補給線の防衛など吹き飛ぶ。盤上では通用する戦略が、ギフト持ちが一人いるだけで崩れる」
セシリアはしばらく地図を見ていた。
「エリオット将軍がそう動くとして、どうなる」
「自分が将軍であれば、ザウアーシュトフ方面へ軍を向けるのではなく」
ジョセフは赤い駒を動かした。
「要塞攻略を諦めて、周辺の都市を攻め始めます」
「都市を?」
「はい。狙いは食料です」
ジョセフは答えた。
「補給線が伸びすぎて物資の輸送が困難になっているなら、現地で調達すればいい。周辺の都市や村を制圧して、食料を奪う。そうすれば補給の問題は解決する。村では軍隊を養うほどの規模はないでしょうが、都市であれば物資も豊富。略奪できれば腹は膨れます」
セシリアの目が細くなった。
「エリオット将軍はそういう男か」
「わかりません」
ジョセフは正直に答えた。
「ただ、追い詰められた軍がそう動く可能性は排除できない。ギーレン将軍を失い、講和派と強硬派で揺れているという話も聞きます。強硬派が主導権を握れば、民への被害が拡大する方向に動くかもしれません。勝利したのちに統治するなど考えなければ、実行するハードルは低くなります」
「ふむ。それで被害が拡大すれば――」
「帝国の復興予算がかさみます」
ジョセフは淡々と続けた。
「街が焼かれ、農地が荒らされれば、再建には年単位の時間と金がかかる。そうなれば、帝国は次の戦争ができなくなる。戦費が尽きるからです。今回の戦いに勝利しても、次に同じ条件とはいかないでしょうね。軍資金も物資も少ない状態になりますから」
セシリアは腕を組んだ。
「つまり、エリオット将軍が都市攻撃に転じれば、帝国は勝っても負けても消耗する」
「はい。帝国の勝利が、帝国の弱体化に繋がる可能性があります。それであれば、補給線を狙うという定石を捨てて、すぐにエリオット将軍を狙う方が上策かと」
静寂が落ちた。
後ろでマルチが小さく息をつくのが聞こえた。
セシリアはジョセフを見た。
「お前は、軍学校でこういうことを学んだのか」
「学びました。実技よりもこういう方が好きでしたね」
ジョセフは少し間を置いた。
「教本にはそこまでは載ってないだろう?」
「ほとんどは自分で考えたことです」
ジョセフはあっさりと言った。
「ただし、殆どは歴史上にあったことから導き出されます。歴史書に無いことなんてほとんどないですから」
セシリアはしばらくジョセフを見ていた。
「貴公ならグレイ大佐に、補給線の寸断を進言するか?」
「それはなんとも言えません。今は情報が少なすぎますから。敵味方の士気や、天気、地形など、戦場には様々な情報がありますので」
ジョセフは答えた。
「ただ」
「なんだ?」
「被害を小さくしようとすなら、直接エリオット将軍を狙うでしょうね。将軍さえ討ち取ってしまえば、敵軍は怖くないので」
セシリアは地図に目を戻した。駒を見つめながら、静かに言った。
「今まで予測は当たったことは?」
「当たることもありましたが、当たらないこともあります」
「それは誰でもそうだ」
セシリアは一つの駒を手に取った。ルーカスを示す黄色い駒だ。
「グレイ大佐が、素直に補給線を狙うかどうか」
セシリアは駒を卓に置いた。
「それが問題だ」
ジョセフは黙った。
「グレイ大佐は、手柄を求めている。あの男の内にある野心がひしひしと伝わってくることがある」
セシリアは静かに続けた。
「補給線の寸断は地味だ。目に見える戦果が出にくい。あの男が、そういう戦略を選ぶかどうか」
「……それは、僕には判断できません」
ジョセフは正直に答えた。
「そうか」
セシリアは地図から目を上げた。その目が、少しだけジョセフを値踏みするように動いた。
「一つ聞く」
「はい」
「お前は、この戦争が終わった後のことを考えるか」
ジョセフは少し驚いた顔をした。それから、静かに答えた。
「たまに」
「どう思う」
「帝国とハイドロジェンが消耗し続けても、周辺国が得をするだけです」
ジョセフは地図を見た。
「どこかで止めなければ、誰も得をしない戦争になる。それに、元々戦争なんて馬鹿らしい。やらない方が良いのです。人間には口があるのですから、話し合いで解決するべきです」
セシリアはしばらく黙っていた。
「そう思うのに、戦場で戦うのか」
「命令ですから。まあ、輸送部隊ですので、そこまで戦うわけではありませんが」
ジョセフはあっさりと言った。
「それにしては、随分と戦闘に巻き込まれているようだな」
「ええ。厄介ごとは向こうからやって来る」
「話し合いで解決したらどうだ?」
「それは政治家の役割ですね。それに、相手が殺すつもりでやってきているので、目の前の仲間を守るためなら、戦います。戦争全体の話と、目の前の話は別です」
セシリアは答えなかった。ただ、地図を見つめた。
後ろでマルチが、静かに息を整える音がした。
「仮にだが、この戦場で自由に兵を動かせるとしたら、どういう手段を取るか?」
セシリアが話を地図上に戻した。
「そうですねえ……」
ジョセフは少し考えた。
「アイギス要塞を放棄します」
「放棄か」
「はい。それで敵が要塞を占領して、一か所に集まったところで謎の爆発が発生。敵兵は全滅となります。これなら周辺都市に被害は出ません。要塞という餌を目の前に、迂回して進軍するような決断が出来るとは思えませんので」
「なるほど。しかし、謎の爆発が起こると相手もわかっていたら、そうはしないだろうな」
セシリアが笑う。
ジョセフは後頭部を掻いた。
「そうですねえ。しかし、それでも後ろからグレイ大佐が迫れば……」
その後もシミュレーションが続いた。
セシリアの機嫌は終始よかった。




